【春金】(4)
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(C)Eriko Kawaguchi 2020-12-26
ミッションは9/12-13(土日)に実行された。
朝、羽田から千里姉のG450が能登空港に飛来する。そのタレントさんと撮影班が予約していたレンタカーに乗り津幡に移動して、アクアゾーン他で写真撮影をした。
夕方、彼女たちは青葉たちと能登空港で落ち合った。
青葉は脱力する。
「先生がプロデュースしておられるんですか?」
「撮影も私がしてるわよ。ちなみに私は“仮名(かめい)A”でお願いね」
「なんで仮名(かめい)なんですか?」
「お互いに正体は知らなくてもいいということで。この子は“仮名E”こと、近々デビュー予定の葉山セリア。こちら作曲家の大宮万葉。別名金沢ドリル」
「大宮万葉先生!お初にお目に掛かります。でもこの人、他人に紹介する度に、私の名前を毎回違うように言うんですよ。羽鳥セシルです、よろしくお願いします」
と彼女は挨拶した。適当な名前を言うのは“Aさん”らしいと青葉も思った。こちらも訂正する。
「霊能者の金沢“ドイル”こと、作曲家の大宮万葉です。よろしく、セシルさん」
G450(定員14名)はすぐに能登空港を飛び立った。乗っているのはパイロット以外にこの9人である。
■セシル撮影班(4)
羽鳥セシル、大物プロデューサー“Aさん”(兼撮影担当)、撮影助手を務めているらしい真城聖美・歌美姉妹。
■ヒグマ取材班(5)
神谷内大・皆山幸花・夏野明恵・伊勢真珠・川上青葉
セシルは「眺めのいい所に座らせてあげる」と言われてコーパイ席に座らされていたが後から「結構怖かった」と言っていた。迫力満点だったろう。
青葉は、パイロットの山村に「お疲れ様です」と挨拶し、真城姉妹には「お久しぶりです」と挨拶しておいた。真城姉妹は
「私たち、仮名“アナ”と“オナ”ですから、本名言わないようにして下さい」
などと言っていた!
どうも全てバーチャルな世界で制作されているようだ。
青葉は
「お土産に」
と言って、真城姉妹に、金沢銘菓・中田屋の《きんつば》を2箱渡したが、姉妹は
「これ美味しいですよね!今みんなで食べちゃいましょうよ」
と言って、全員に配っていた。セシルちゃんはこれを食べたのは初めてらしく
「すっごい、美味しい。ファンになっちゃう」
と言っていた。
金沢銘菓としては柴舟が有名だが、中田屋のきんつばも全国的にファンの多いお菓子である。柴舟だと生姜が苦手という人もあるが、きんつばはあんこなので苦手な人が少ない。
「でもアナ・オナって、阿吽(あうん)か何かから来たんですか?」
と青葉は真城姉妹に尋ねたのだが
「お股に穴を開けけたからアナ、女になったからオナだと言われました」
「ひっどーい!」
「今この飛行機に乗ってる人でお股に穴が空いてないのは、そちらのプロデューサーさんだけかな?」
「すみません。そこまで偉くないです。ディレクターです」
と神谷内さんは言って、2人に名刺を渡していた。
「済みません。名刺を切らしていまして」
と真城姉妹は言ったが
「お母さんにはお世話になったことありますから」
と神谷内さんは言う。
「母からは馬鹿息子姉妹と言われてます」
「こんな美人なのに」
「ちなみに、ディレクターさんは、お股に穴を開けたりする気はないです?」
「女房に離婚されるから勘弁して下さい」
などと、やりとりしていたが、よく考えたら“仮名Aさん”もお股に穴は無い!と後で気付いた。
(青葉は山村は性転換手術済みと思い込んでいる)
「でも楽しいですよ。セシルちゃん可愛いし」
「可愛い子ですね!」
「すっかり女の子するのにハマってしまって、うまく唆されて今月からは女子制服で学校に行っているらしいですよ」
「・・・」
青葉は一瞬意味が分からなかった。
「まさか男の子?」
「そうですけど」
「嘘でしょ!?波動が完璧に女の子ですよ」
「そういう子、たまに居ますよね。ローズ+リリーのケイちゃんとか、あの子に初めて会った小学生の頃から完璧に女の子でしたよ」
「あの子見て、私たちも早く女になりたい!って思ったもん」
真城姉妹は小学生のケイさんを見ている数少ない1人じゃなかった2人だろうなと青葉は思った。しかしセシルちゃんは男の子!?青葉は自分の席に就いて機内で彼女を探査してみたものの、男の子らしき痕跡が全く無い。体内までサーチしてみると、卵巣や子宮があるように見える。ペニスや睾丸などは見当たらない。この子、男の娘という建前で本当は純粋な女の子なのでは?“パーチャル男の娘”?などと考えたりしていた。もっともこの青葉の“スキャン”については、千里姉のように美事に欺されたこともあるにはある。しかし、もし偽装なら物凄い霊能者が偽装しているとしか思えない。
まあ、そういう“物凄い霊能者”に2人ほど心当たりはあるけどね、と青葉は心の中で呟いた。
2時間近いフライトで旭川空港に着陸する。この日は旭川市内のホテルに泊まった。
翌日、セシルちゃんたちは旭岳などに撮影に行くと言っていたが、青葉たちは旭山動物園に向かった。ヒグマを飼育している北海道の動物園は、ここと札幌の円山動物園の2ヶ所である(本州に10ヶ所ほどあるが北陸には無い)。
予め取材を申し入れていたので、スタッフの方が案内してくれたが、ヒグマは“もうじゅう館”に収納されている。ここには、他にライオン、アムールトラ、アムールヒョウ、ユキヒョウもいる。やはりライオン・トラと並ぶ動物なんだなということで、青葉たちは身が引き締まる思いだった。
(来年くらいには“エゾヒグマ館”として独立する予定)
「大きい」
と幸花が声を挙げる。
「ツキノワグマを見られました?」
「数日前、富山の動物園でツキノワグマを見ました」
「ヒグマはツキノワグマの倍くらいありますからね」
「ですよね!」
「でも、この子“とんこ”はメスだから、まだ小さいんですよ」
「これで小さい方なんですか!」
「この子の息子のダイ(2011.1.17生)は札幌の円山動物園にお婿さんに行ったので、もしお時間があったら、息子君にも会ってあげてください」
「ダイ君のお父さんは?」
「くまぞうって子だったんですが、6年前(2014.10.16)に亡くなったんですよ」
「あらあ」
「ダイ君にはきょうだいは居なかったんですか?」
「ダイと一緒に生まれたユキちゃんって女の子がいたんですが、2歳の誕生日に亡くなってしまいました」
「あらぁ」
「2人あわせて“大雪”だったんですけどね」
「そういう熟語を分けた双子の命名ってよくありますよね」
飛行機に同乗していた真城聖美・歌美姉妹が“聖歌”だよなあ、と青葉は思った。
青葉たちはしばらく“とんこ”の様子を眺めていたが、やがて真珠が言った。
「可愛いですね」
「でしょ?私大好きなんですよ」
とスタッフさんが言う。
「山の中では会いたくないけど」
と幸花が言うので青葉は言った。
「人間と熊や狼は明治以前にはお互いのテリトリーを守って暮らしていたんですけどね。明治以降、人間が熊や狼のテリトリーに入り込みすぎましたね」
旭山動物園を出る。
「札幌まで行く?どうする?」
と神谷内さんが訊く。
「札幌まで往復どのくらいかかりますかね」
「片道2時間くらいですね」
「今11時だから着いて13時。取材が終わって戻って来て16時」
「行きましょう」
それで一行は旭川空港で借りたレンタカーを(青葉が)運転し、札幌の円山動物園に向かった。車内から神谷内さんが電話で取材を申し入れた所、快く応じてもらえた。
「わざわざ金沢からいらしたんですか?」
と言ってスタッフさんが笑顔で案内してくれた。
ここは旭山動物園から来たダイ、のぼりべつクマ牧場から来たメスの“とわ”(2008.1.14生)の2頭が飼育されており、一般客には毎日前半と後半で交替展示されている。しかし今回はテレビ局の取材ということで、両方見せてもらった。
最初にダイを見る。
「でかい!」
と全員声をあげた。
「ああ、旭山からいらしたんですね。だったら、お母さんの“とんこ”とお会いになりましたか」
「ええ。“とんこ”より一回り大きい感じですね」
「ヒグマはオスとメスでかなり大きさが違いますからね」
「さすがオスは風格がありますね」
「動物世界のチャンピオンのひとつですから」
「でもかっこいい!」
と明恵が声をあげている。どうも明恵も真珠もクマが大好きになったようであった。
続いてメスの“とわ”も見せてもらったが、こちらは“とんこ”と似たようなサイズという気がした。
青葉たちは円山動物園で2頭のヒグマを見た後、旭川空港にとんぼ返りしたが、機内で夕食を食べながら待機していたら、セシルたちが戻って来たのはもう20時近くだった。日没(17:45)まで撮影をしていたらしい。
「明日また撮影という訳ではないんですね?」
「学業絶対優先という契約だから、月曜日学校を休ませる訳にはいかない」
「でも土日はこき使われる訳だ?」
「まあ仕方ないね」
それで青葉たちが乗るG450は21時半頃離陸許可をもらって旭川空港を旅立つ。そして23時すぎに羽田空港に到着した。
羽田でセシルやAさんたちと別れる。
そしてこの日は『せっかく東京に来るなら』と言われて、大田区内(羽田からはとっても近い)の、あけぼのテレビ本部(§§ミュージック・サテライト)に来てと言われていたので、そちらに移動した。ここに泊めてもらえるということだったが、当然打ち合わせ付きである!
美味しい紅茶と軽食を頂いた上で、幸花・明恵・真珠はもう休ませて、青葉と神谷内で、アルト、ケイ、コスモスの“あけぼのテレビ・トップ3”と会談した。
「単刀直入に。実は今、あけぼのテレビでは“ローカル番組を全国に”というプロジェクトを進めていまして、まずは関東地域で放送されている、関東不思議探訪をあけぼのテレビで深夜枠に1月遅れで放映させてもらうことで話がまとまった所なんですよ」
とアルト社長は説明した。
「あの番組にはお世話になってます」
と青葉が言う。
「大宮先生も、お姉さんの醍醐先生も、昔からよくあの番組には出演なさってますよね」
「そうなんですよ。私が設立した、玉依姫神社も頻繁に映してもらっていますし」
と青葉が言うと、後ろで《姫様》が頷いている。
「他に、北海道で放送されている『カイ綺譚』、北部九州で放送されている『街道の寄り道』とも交渉を進めている所で」
「怪しい番組ぱかりだ!」
と神谷内さんが苦笑しながら言った。
「深夜にちょっとトイレに行けなくなるような物語をと」
「防水シートが必要になるかな」
などと言ったジョークも交わしたが、神谷内さんは自分だけでは判断できないので持ち帰って検討すると言ったが結構乗り気な感じであった。
あけぼのテレビで放送されると、その分、予算が増やせることになる。ただ、ローカルだからこそ許されていたようなものが、放送倫理的に厳しくなることも予想され、そのあたりの落とし所を見つけるのが課題かなと青葉は思った。
1時間ほどの打ち合わせの後、宿泊室に案内されて休んだが、寝ようとしていたら、電話が掛かってくる。
“仮名Aさん”である。
「あんた、ちょっと頼みがあるんだけど」
「それではお休みなさい」
「こらー!電話切ると、狩猟免許も持たずに日輪熊を穫って食べたことばらすぞ」
「日輪熊という熊は聞いたことありませんが」
「胸にお日様のような丸い発光する毛のある熊よ」
「聞いたことのない模様ですね。発光なんてホタルみたい。それで何です?」
「私が連れてた羽崎セイラだけどさ」
「羽鳥セシルですか?」
「そうだったっけ?まあいいや。あの子のデビュー曲を書いてくれない?何か可愛いのがいいな」
「松本花子でもいいですか?」
「あんたが仕上げ調整してくれるなら、それでもいい」
「あの子の音域は?」
「G2-E♭6」
「そんなに出るんですか!」
「テノール、アルト、ソプラノの曲が歌える。並みの曲ならバスでも歌える。イメージ戦略上、歌わせないけど」
「書きます!」
と青葉は言った。そんな凄い声域を持つ子が歌う曲なら書いてみたい。
「ただ、彼女(と言っていいんだろうな。彼ではなく)の歌を録音でもいいですので聞かせて下さい。彼女のイメージを掴みたいので」
「OKOK。そちらに送る」
と言って、雨宮先生はセシルが歌った"Amazing Grace", "Torna a Surriento", "Gloria" の録音を送ってきてくれた。
物凄い迫力である。声が女の子の声だけど、あの子の雰囲気を見ると、きっと小学生の内から女性ホルモンを使用して声変わりを止めていたのだろうと思う。
青葉は、この子はアクアの強力なライバルになるかも知れないと思った。
雨宮先生に電話する。
「この子凄いですね」
「でしょ?フルートも上手いから、フルートの吹き語りでデビューさせようかと思ってる」
「いいんじゃないですか?」
「マジで?」
と向こうが驚いている。
「ただこの子、アクアと競合する可能性ありますよね?」
「大丈夫だと思うけど。この子は男の娘だけど、アクアは女の子だし」
「女の子になっちゃったんでしたっけ?」
「20歳までには性転換手術受けさせるから、もう女の子扱いでいい」
また無茶言ってるし。
「もういい加減、あの子も男の娘は卒業よ。立派な女にしてあげよう」
「男の娘卒業って、男に戻るんじゃなくて、女にしちゃうんですか?」
「だって男らしいアクアとか全く考えられないし、そんなの需要無いし」
「確かに」
「だからちょっと手術受けてもらって、男の娘は廃業してもらおう」
「本人、絶対同意しないと思いますが」
「ちょっとちんちん切るだけじゃん」
「雨宮先生もそろそろちんちん切りますか?」
「それ絶対嫌」
しかしセシルちゃんこそ、既に男の子を廃業しているみたいだけど!?きっと親切すぎる誰かさんのせいで。
青葉は言った。
「セシルちゃんには大宮万葉以外の名前を使いたいです」
「だったら、氷川百葉」
「あからさますぎる変名ですね」
(“大宮”という地名は、そこに氷川神社があることから付いた名前)
青葉たちは翌日午前中に、羽田からG450に乗り、能登空港に移動した。
神谷内さんはパイロットの山村さんに
「無料でいいとは言われたけど、せめてもの御礼に」
と言って、金沢名物・フグ卵巣の糠漬けと、地酒「菊姫」を渡していた。
「わぁ、フグの卵巣は150年ぶりだ!」
などと言って喜んでいたので、青葉は面白い冗談を言う人だと思った。
(青葉は山村が人間ではないことにいまだに気付いていない。明恵さえこの3日間、彼の操縦する飛行機に乗っていて「この人、どうも人間じゃなくて龍みたい」と察していた!)
能登空港に駐めていた車(能登空港に来る時に使用したテレビ局のプリウス)に乗って金沢に帰還する。
実際には能登空港から、能越道を走り高岡で青葉を降ろし、8号線を西行してX町で真珠をおろし、金沢市内のS町で明恵、W町で幸花を降ろして、最後は神谷内さんひとりでテレビ局に戻った。
9月19日(土)、秋の連休の初日、香沙の通う中学で、文化祭が行われ、香沙は英語部で演じられる英語劇『Sleeping Beauty』(眠り姫)に友情出演し、姫に呪いを掛ける魔法使い Carabosse (カラボス) を演じることになっていた。
香沙たちは最後の練習をしていた。姫の誕生会の場面である。
王は7人の魔法使いを誕生会に招いていたのだが、実は招待漏れがあった。それがカラボスである。カラボスはもう50年以上、誰も姿を見ていなかったし、もし生きていたら100歳以上になるはずなので、既に死んでいると思い込んでいたのである。
慌てて王はカラボスに席を用意する。しかし急だったので、他の7人の魔法使いの食器(皿・スプーン・ナイフ・フォーク)は黄金なのに、カラボスのだけ銀であった。王から各魔法使いへのプレゼントも、他の魔法使いには、ダイヤモンドのペンダントで黄金のチェーンが付いていたが、大臣がカラボスに渡そうとしたのは、トパーズのペンダントで銀のチェーンであった。しかし "fountain" (泉)の魔法使いが気付いて、自分がもらったものと交換したので、カラボスにはちゃんと黄金とダイヤのペンダントが渡された。カラボスは泉の魔法使いを一瞥したものの、おとなしくその贈りものを受けとった。
料理も食べて「Hmm, Delicious」と言っている。それでカラボスも少し落ち着いたかと多くの人が思ったのだが、カラボスはまだ怒っていると感じた Lilac (リラ)という名の魔法使いはそっと席を立ち、カーテンの影に隠れた。
魔法使いたちが、姫にプレゼントを贈る。
"The Princess shall be the most beautiful woman in the world."
"The Princess shall have a temper as sweet as an angel."
"The Princess shall have a wonderful grace in all she does or says."
"The Princess shall sing like a nightingale."
"The Princess shall dance like a flower in the wind."
"The Princess shall play such music as was never heard on earth."
全員プレゼントを贈ったと思い込んだ Carabosse がおもむろに言った。
"When the princess is seventeen years old, she shall prick her finger with a spindle, and SHE SHALL DIE!"
それで Carabosse は大笑いして城を去ってしまった。人々には悲嘆の声をあげる者、泣く者などもあった。そこにカーテンの影に隠れていた、Lilacが出て来て言う。
"Do not grieve. King and Queen, Your princess shall not die. I cannot undo what my elder sister has said, but I can weaken it; the princess shall indeed prick her finger with the spindle, but she SHALL NOT DIE. She shall fall into sleep that will last a hundred years. At the end of that time, a marverous prince will find her and awaken her with his kiss."
直前の練習が終わった所で、本番衣装に着替えてくださいと言われ、全員衣装を渡される。英語劇は、"Alibaba and Fourteen Rubbers"(アリババと14人の盗賊)、"The Tale of the Bamboo Cutter"(竹取物語)と3年サイクルで上演しており、衣装も3年前のものを使い回しする(サイズが合わなかったり破損したりでたまに新調される衣装もある)。
カラボス役の香沙は黒い衣装を渡された。着替えは部室の中央に移動黒板を置いて男女別に着替える。むろん香沙は男子のほうで着替える。学生服・ズボンを脱いで衣装を着ようとして戸惑う。
「これ女の衣装みたいなんだけど」
「そりゃ、カラボスは女だから」
と部長さん。
「え?だってカラボスって魔法使いなんでしょ?魔法使いって男じゃないんですか?女なら魔女ですよね?」
すると3年生の部長さんは言った。
「あ、それわりとある誤解。魔法使い wizard と魔女 witch は全く別物」
「そうなんですか〜〜!?」
「流派の違いみたいなものだよ。たとえるなら、フェンシングと剣道の違い。だから、wizardに男もいれば女もいるし、witchにも男もいれば女もいる」
「witchを魔女と訳したのは誤訳だよね〜」
と別の3年生も言う。
「中世の魔女狩りでも、女だけでなく男も随分濡れ衣を着せられて殺されてるし」
「じゃ、僕、もしかして女役?」
「そうだけど」
今更断れないし、それで香沙は黒いドレスを着たのだが、いきなり転ぶ。
「ああ、スカート穿いたことない人は転ぶよね」
と言う2年生男子は、花の魔法使いの役だが、赤いドレスの衣装で普通に歩いている。
「スカートで歩く時はね、膝より下だけを動かして歩かないといけないんだよ」
「青野君、普通に歩いてるね」
「普段からそれで歩いてるし」
「スカート普段でも穿くの?」
「最近は、男子でもスカート穿くの、わりと流行ってるよ」
「そうなの!?」
そういう訳で、香沙はこの日、女装初体験をしたのであった!
「明日もよろしくね」
「あ、うん」
文化祭は明日もあるのである。
「スカートでだいぶ転んでたし、練習用にその衣装、持ち帰って練習する?」
「いや、いい!」
でも香沙は、結局練習用に普通のスカートを渡された!
そして自宅の自分の部屋で、鍵を掛けた上で、スカートを穿いて歩く練習をしていたのだが、鍵がちゃんと掛かっていなかったようで、姉にドアを開けられてしまう。
「香沙、ちょっと手伝ってくれない?って、あんたスカート穿いてるんだ?」
「英語劇の練習なんだよぉ」
「ああ、やはり女に目覚めたのかな?女らしくなれるように女性ホルモンの注射をしてあげようか?」
「嫌だ」
「でも練習なら、今日はずっとスカートで過ごしなよ。劇の練習だといえば、お母ちゃんも別に変には思わないよ」
「まー姉ちゃんみたいに、無断で女にする手術されちゃったりしないよね?」
「あれはジョークだよ」
「やはりそうなの?」
「本人が女の子になりたいというから、手術受けさせてあげただけだよ。性別を変える手術は今は保険が利くから安く済むんだよ」
「そうだったのか。僕は手術されたくないからね」
「分かってる、分かってる。でも、ちんちん取らないにしても、おっぱいだけでも欲しくない?」
香沙は一瞬考えてしまったが言った。
「要らない!」
それで香沙はこの日ずっとスカートを穿いていたが、母も恵真も特に何も言わなかった(「劇の練習」ということさえ言ってないのに)。でもおかげで、スカートで歩いても転ばなくはなった。そして翌日のステージでは転ばずに演技ができた。しかし香沙は呟いた。
「これ癖になっちゃったらどうしよう?」
『北陸霊界探訪』のレギュラー放送は9月25日深夜に行われ“脇道から飛び出してくるワゴン車”事件を取り上げて大きな反響があったのだが、その1週間前の9月18日に『緊急特番・北陸あ!くまっ!探訪』という番組を放送した。
最初に今年は熊の目撃情報がひじょうに多いという報道に始まり、山岳会の方や金沢市の森林課の人に、熊と遭遇しないようにするための注意点、万一遭遇した場合の対処法などを解説してもらう。
そしてここで“謎の巨大熊”に関する噂について取材した内容を放送する。
それから大学の先生に、熊の分類について話してもらう。ストレートに“巨大熊”について尋ねると、先生は「ペットとして飼っていたものを面倒見きれなくなって、山野に放した可能性がある」とし、本当に3mくらいの熊がいるなら、ヒグマの一種(エゾヒグマやグリズリーなど)ではないかと言った。特に目撃者が「体毛は黒かった」と言っていることから、グリズリーの可能性があると先生は言っていた。
ここで番組は一転して、テディベアの逸話、くまのプーさんの話などが紹介される。それでテディベア・プーさんは、凶暴なグリズリーではなく、日本のツキノワグマと性質が似ている、おとなしいアメリカグマであることが解説された。また動物園の人の話も入れて、ツキノワグマは元々温和で臆病な性格であること、人間を捕食することは、めったにないことも解説された。
その上で、人間が襲われるケースとして、子熊に不用意に近づいて母熊が子熊を守るために戦おうとするケース、何かで熊を刺激してしまったケース、背中を向けて逃げるケースなどが、明恵・真珠と、熊の着ぐるみ(中身は吉田!)で撮影したものを流した。実はこの寸劇の部分がいちばん好評だった!
幸花は寸劇の解説者として登場。クマと遭遇した場合の対処として3点あげる。
・悲鳴をあげたり、背中を見せて逃げるのはNG。木に登ったり死んだふりは無効。
・笑顔で敵意が無いことを示し、後ずさりでゆっくり距離をあける。
・クマが近づいて来ても多くの場合は数メートル手前で停まり地面を叩いたりする。これは襲おうとしているのではなく、威嚇しているだけなので慌てない。
また、クマに遭遇しない対策として3点あげる
・クマは薄明性なので、クマの活動が活発になる早朝・夕方はできるだけ山道を歩かない。
・鈴などを携行し、人が近づいてくるのをクマに報せる。
・生ゴミなどを屋外に放置しない。果実はできるだけ早く摘み取る。
また他の注意点として下記をあげた。
・キャンプやバーベキューをした場合、確実に残飯を持ち帰る。クマに人間の食べ物の味を覚えさせたら危険。
・子熊がいたら確実に近くに母熊がいる。絶対に近寄ってはいけない。
更に北海道に行って、動物園のヒグマを撮影してきた映像も流す。真珠たちが「かっこいい!」などと声をあげているシーンが映る。スタッフさんの声なども紹介する。
そして最後に金沢ドイルが登場して解説する。ドイルは熊について2つの認識が必要だと視聴者に訴えた。
(1)クマは基本的には臆病な動物である。積極的に人を襲うことはない。
(2)クマは猛獣であり、愛玩動物の感覚で考えてはいけない。
その上で、ドイルは“巨大熊”について3つの可能性があると述べた。
(1) ツキノワグマの特に大きなものの見間違い。
(2) ヒグマ(ペットとして飼われていたものの“捨て熊”かも)
(3) 熊のお化け
それで事実を究明するため、“巨大熊110番”を設置するとして、スマホの番号を紹介した。この番号は『北陸霊界探訪』のホームページにも掲載する。
その日、恵真は夢を見ていた。
恵真は空の上から海岸線の景色を見ていた。大きな半島が突き出ている。そこに多数のブルドーザーが動いていて、みるみるうちに半島は削られて無くなってしまう。
更に海岸線がブルドーザーで削られて行き、やがて大きな湾が出来た。
「エマ半島は金鉱がたくさんあったんだよ。だから削られて無くなってしまった。そして金は海岸線付近でも採れたから、どんどん掘られた。そして、その採掘跡は、今やエマ湾になってしまった」
誰かがそんな解説をしていた。
へー、エマ半島がエマ湾になっちゃったのかと思いつつ、エマって何だっけ?と考えていた。
そこで目が覚めた。
恵真はこの夢には何か意味がありそうな気がしたものの、よく分からなかった。
“巨大熊110番”への最初の通報は放送翌日にあった。夕方で青葉は津幡で泳いでいたが、真珠が通報を受け、プールに自ら飛び込んで青葉に報せた。
(これができるように、青葉の専用レーンは端の0レーンに変更していた)
電話を代わると声からして20代の女性かと思われた。青葉の視界に、体長1.6mくらいある、大きなツキノワグマが感じられた。しかし情報採取のため敢えて訊く。
「どのくらいのサイズでしたか?」
「3m近くある気がします」
「体毛の色はどうでした?」
「黒っぽいです。茶色じゃないです」
「警察か役場には通報なさいました?」
「もう少しクマと距離が離れてから通報します」
「・・・・」
「あのぉ、まさかクマが目の前にいたりしませんよね?」
「10mくらい向こうに居て、こちらを見ているんですが」
リアルタイムだった!
再度霊視してみるとクマとの距離は実際には20mくらいある。
青葉は通報者の女性に対処法を教える。女性に笑顔で手を振ったりしながら、ゆっくりと後退して距離を空けるように言った。最終的には50-60mまで距離が離れたところで、クマは森の中に入っていき危機は去った。
その後、2日に1件くらいのペースで通報があるが、ほとんどツキノワグマである。2件、大きな犬!を誤認したケースがあった。どちらも近くに飼い主がいた。
さすがに遭遇中!というのは少なく、多くが充分離れ、役場などに通報した後だったが、まだ通報してないというので、こちらから通報先を教えて通報してもらったケースもあった。
ツキノワグマの体長は青葉が感じ取ったのでは1.5m前後のものが多かったが、通報者は全員3mか4mくらいあったと言う。やはり、恐怖を覚えていると、実際より大きく見えるんでしょうね、と霊界探訪本部では話し合った。
通報は、ほとんどが早朝か夕方であった。だいたい明恵か真珠または初海が対応した。吉田も3回くらい対応した。毎日青葉の家に泊まり込んでいる明恵は、早月・由美と戯れていた。
「私、アパートに帰らずにずっとここに居ようかな」
「リモートの週はそれてもいいかもね」
彼女には無線LANのパスワードも教えている。つまりギガを使わずに動画などが見放題!である。
明恵がずっと青葉の家にいる場合は。朝青葉の出勤に付いて行き、放送局からバイク(真珠が前日放送局に来るのに使用したもの)で青葉の家に帰宅!すればいい。そして動画などを見ながら早月たちと戯れる!
9月22日(火・祝).
ルキアはテレビ局でバラエティ番組の収録に出たのだが、また女装させられた!今日はセーラー服を着て、女子中学生の役を演じることになった。“一緒に女装させられた”のは、信濃町ミューズの木下宏紀くんである。ルキアより1つ上の高校3年生だが、ルキアにしても木下君にしても、見た目が若いので、充分、女子中生で通ると、共演の松梨詩恩ちゃんに言われた。彼女はアクアと同級生で、この春に高校を卒業した。結局、詩恩ちゃんを中心に、ルキアと木下君と3人がセーラー服姿で、肩を組んで!記念撮影をした。
(本人としては)健全な男子のつもりのルキアとしては、美少女の詩恩ちゃんと肩を組むとかなりドキドキしたが、詩恩ちゃんは平気でルキアと肩を組んだ。しかし木下君と肩を組んだ時に一瞬「え?」という顔をしたのは何だろうと思った。
何かボク色物扱いになりつつあるなあと思いながらも帰宅したら、自宅マンションの明かりが点いている。
ありゃ、出かける時に消し忘れたかな?と思いながら、部屋の中に入っていくと、テーブルの上にラウンド・ケーキが置いてあるので、何?何?と思う。
そこにいきなり誰かに飛びかかられて、ルキアは思わず
「きゃっ!」
と女の子のような悲鳴をあげた。
ルキアに飛びかかってきた人物はそのままルキアを押し倒す!そしていきなり唇を奪った!
「モナちゃん?」
「呼び捨ててでいいよ。みっちゃんお帰り。そしてハッピーバースデー」
「ちょっと、ちょっと離れて」
「このままベッドに行っていいよ。モナを誕生日プレゼントとして受け取って」
「ダメだよ。そんなことしちゃ」
「だって、私たちもう17歳だし、セックスくらいしてもいいよね。ちゃんと避妊具も用意しておいたよ」
「WindFly20は恋愛禁止じゃないの〜?」
「○○プロに移籍したから、恋愛禁止条項は廃止された」
「で、でもボクの事務所は28歳まで結婚できないんだけど」
「それまで愛人でもいいよー」
「あ、あいじん!?」
ルキアはモナに組み敷かれて、ズボンを脱がされてしまう。モナは結構腕力があり、ルキアが振り解こうとしても振り解けない!
「女の子ショーツつけてるのね。でもみっちゃんなら許しちゃう」
などとモナは言っている。
「そうだ。ボク誕生日は明日なんだけど」
「明日は平日だから。今夜私たちひとつになろうよ」
ルキアは焦っている。とうとうパンティーまで脱がされてしまった。
「待って。ボク、それが立たないんだよ」
「それは平気だよ。レスビアンの本で勉強したし、私が入れてあげてもいいし」
「入れるって、どこに何を〜〜〜!?」
30分後、ルキアはベッドの中で、隣でスヤスヤと幸せそうな顔で眠っているモナの寝顔を見て、参ったなと思った。
結局モナは“ミューチャル・プレジャー”をすることで妥協してくれたが、
「私、みっちゃんのものになったということでいいよね?」
と言うので
「うん。モナはボクがもらった」
と言ったら幸せそうな笑顔をしていた。ボク、この子のバージンを物理的にはもらってないけど、精神的にはもらっちゃったことになるよな、とルキアは思っていた。でも好きと言われたら悪い気はしないし、彼女のこと嫌いでもないし、このまま恋人になってもいいかな、という気もした。
でも彼女がしてくれた“女の子式オナニー”は今まで自分がしてたのよりずっと気持ち良かった。他人にされたせいなのか、それとも彼女のリズムや力(ちから)の入れ方が上手いせいなのかは分からない。
この夜はモナが0時すぎに目を覚ましたので、一緒にコーラで乾杯してケーキを分けて食べ、また彼女が作ってくれていたフライドチキンを再度温めて一緒に食べた。そして同じベッドで寝たが、今度は何もせずに添い寝しただけである。でもキスしてと言うので、してあげたら嬉しそうにしていた。
翌日は一緒に朝御飯を食べ、一緒に登校したが、帰りは彼女はちゃんと自分のアパートに帰った。ルキアは今夜も彼女と一緒に過ごすことになったらどうしよう?とドキドキしていたので、少し拍子抜けしたものの、ホッとした。
この日は仕事がないのでそのままマンションに帰る。お風呂に入った後、
「ボク、女の子の下着つけるの、やめようかな・・・」
などと考えて、男物の下着を取り出そうとしたのだが・・・
「あれ?」
男の子の下着がひとつも見つからず、どうなってんの!?とルキアは戸惑った!!
恵真は9月5日のセッションで銀のフルートを買ってもらった後、9/12に次のセッションをする予定だったのだが、前日の11日(金)になってから、Aさんから、母に直接電話が掛かってきた。
「明日・明後日、ちょっと遠出して撮影をしたいんだけどいい?」
「遠出というと?」
「石川県と北海道」
「新幹線?」
「プライベートジェットで飛ぶ」
「へー!」
「水着写真がもう少し欲しいと思ってさ。だけどこの時期に海はもう寒いでしょ?プールで感染対策のしっかりしている所を探していたら、石川県の津幡町って所に物凄くしっかりした所があったのよ。ロッカーとかも使う度に消毒するとか、プールがアクリル板で区切られていて、感染が拡大しないようにしてるとか、そもそも入場者に簡易検査キットで感染の有無を確認してるとか」
「なんか凄いね」
「それに首都圏より絶対人数が少ないから」
「そうだよね!」
「ついでに石川県の巌門(がんもん)とかヤセの断崖とかでも撮影してくる」
「断崖からミモちゃんを突き落とすように言っておこう」
「私は崖の岩には乗らないもんねー」
「2日目は旭川に行って、旭岳の鏡池とか、層雲峡の銀河流星の滝とかでも撮影してくる」
「クマに襲われないようにね」
「死んだふりするから大丈夫」
「そのまま死んじゃうといいね」
恵真と電話を代わり、簡単な指示をする。水着での追加撮影というのには、恵真も了承した。
「ビキニ着ない?」
「ワンピースでお願いします」
「ま、いっか。そうだ。ステラちゃん、念のためサインを考えといて」
と恵真は言われた。もう名前は何と呼ばれようと気にしない!
「サイン!?なんか芸能人みたい」
「あんた♪♪ハウスと契約したから既に芸能人だからね」
それでサインに関しては母に相談し、一緒に考えた。
“羽鳥”という苗字に合わせて小さな楕円を描き、それに羽根が付いて飛んでいるような絵を描く。そしてその下に筆記体で Cecile と書いてみた。
「これだけじゃ寂しいなあ。もう少し何か絵を描こう」
と母が言うので、恵真は Cecile という文字の左右に、ほぼ対称になるようにカジキマグロっぽい絵を描いた。
恵真の出生星座・魚座に掛けたものであり、また亡き父の仕事にも掛けたものである。
「何か紋章のような感じになったね。格好いいと思うよ」
「じゃこれでやってみる」
「うん」
そういう訳で、恵真は早朝Aさんにフェラーリで迎えに来てもらい、羽田空港に向かった。手荷物検査を通り、小型の飛行機に乗り込んだ。アナさん・オナさんは既に搭乗していた。
「適当な席に座ってね」
「お客さんはこれだけですか?」
「そうそう。これはプライベートジェットだから。ちなみにパイロットの山村さんはアクアのマネージャーでもある」
「わっ、お早うございます。羽鳥セシルです。今日明日はお世話になります」
「おはようございます。よろしく、セシルちゃん」
と40代に見える女性は笑顔で返事をした。
女性のパイロット制服って格好いいな、と恵真は思った。上はペールブルーのブラウスに白いダブルのジャケットで金ボタン。首の所には黄色いリボンをしている。ボトムは白い膝丈スカートでやはり金色の飾りボタンが縦に付いている。青いストッキングを穿いていて、靴はローファーである。やはりパンプスでは操縦に問題が生じる場合もあるのかな?と恵真は思った。帽子は将校さんみたいなツバのある帽子。白い布手袋をしている。
「この機体は事実上アクアの専用機なんだよ、でも空いてる時はどんどん使わせてもらってる」
「へー」
「あと能登から5人乗せるから」
「はい」
朝食に用意されたお弁当を食べながら離陸許可を待つ。
Aさんが
「そうだ。サイン考えた?」
と言うので、持って来た画用紙にマイネームで描いてみせる。
「格好良い!」
とアナ・オナ姉妹が言った。Aさんは
「さすがヒロミンが考えただけある」
と感心したように言うと
「そうだ。これを金色のサインペンで描くといい」
と言った。
「金色ですか!?」
「黄金のセシル、Cecile d'or だね」
「フランス語ですか?」
「うん。君はドイツ語よりフランス語が似合う」
「セシルという名前自体、フランスっぽいですね」
「うん。スペイン語ならセシリア、英語ならシシリア、ドイツ語ならツェツェーリアかな」
「へー」
そういえば最初はセリシアと言われたのに、映画撮影の時にセシルにされちゃったけど、元々同じ名前だったのか、と恵真は考えた。しかしセシリアはスペイン語か。
それでたまたま?Aさんが持っていた金色のマジックで、渡された藍色の色紙に描いてみたら、なんかすっごく格好良い。
「では君のサインはそれで」
「はい」
この第1号のサインは2020.9.12 という日付を入れて、パイロットの山村さんに贈呈した。日付および“山村さん江”という宛名は白いマジックで書いた。
「なんで“江”を使うんですか?」
「昔からの風習だからなあ。一応それ漢字の“江”ではなく、“え”の変体仮名の“江”なんだけどね」
「ああ。“し”の変体仮名の“志”などと同じですか?」
「そうそう」
「ちなみに変態ではなくて変体だから」
「ああ、Aさんのことですね」
「君のことでもあるね」
アナ・オナ姉妹が笑って
「今この飛行機に乗っている5人、全員変態と言われてきた人ですね」
と言っていたが、恵真は、あれ?今乗ってるの4人だよね?と不思議に思った。
G450は羽田から1時間ほどのフライトで能登空港に着陸する。今日1日運転手を務めてくれる、福井さんという女性がトヨタ・スペイドを持って来てくれていたので、それに乗り込む。
「狭い車でごめんなさいね。能登は細い道が多いから、3ナンバーは機動性が落ちるのよね」
と言っているが、アナさんは
「私たちみんな細いから大丈夫ですよ」
と言った。
助手席にAさんが乗り、後部座席にアナ・オナ姉妹と恵真が乗る。恵真は運転席の後に座るように言われた。
のと里山海道を1時間ほど走って津幡町の火牛スポーツセンターに入る。
「アクアゾーンは今日午前中、貸し切りにしてるから」
「へー」
それでアクアゾーンに入るのだが、入口の所の検温、問診票の記入に加えて簡易検査キットで感染の有無をチェックされる。ほんとに厳重だなと思った。全員陰性ということで中に入ることができる。むろん4人とも女子更衣室を使うのだが、全てのロッカーに“消毒済”の紙テープが貼られている。渡された鍵でアンロックしてから扉を開く時、この紙テープが破れる。使えば破れるようになっている訳だ。
服を全部脱いでアンダーショーツを穿いた上で、渡された水着を着る。わりとおとなしめの水着でホッとした。
女子更衣室を出てプールエリアに入るが、左手にある大きな遊泳プールには透明アクリル板の区切りがある。
「水の循環もこの区分ごとになっていて、浄水施設でも水は混じり合わないようになっている。そもそも水の循環速度を本来の倍の速度にしてある」
「浄水施設でも混じり合わないようにするって、物凄くお金が掛かっているのでは?」
「感染対策にこのアクアゾーンだけで2億かけたらしいからね」
「恐ろしいですね」
それでこの遊泳プールを中心に撮影をしたが、奥の方にある滑り台でも撮影した。水着も4回着替えた。ビキニは断固拒否した!
その後、布面積の多い水着に着替えてから、スライダーに行く。
「これ、もしかしてあの高さを滑り降りるんですか?」
「スライダーってやったことない?」
「ないです」
「じゃ初体験で」
「なんか怖そうな気がします」
「取り敢えず1回練習してみよう」
それでちゃんと水泳帽とゴーグルまで着けてから、Aと書かれたコースで滑り降りてみたが・・・怖かった!!
「もう1回くらい練習しようか」
と言われて再度Aを滑ったが、やはり怖い。
「では撮影しよう」
と言われて、足の先に1台小型カメラを取り付けられ、1台はベッドライトのような感じで頭にカメラを取り付けられる。
「動画撮影するから、できるだけ笑顔で」
「無理ですー」
とは言ったものの、恵真は頑張ってこの状態で滑り降りた。
「念のためもう1回撮影」
「え〜〜〜!?」
それで再度Aコースを滑り降りる。4回目で少しは慣れてきたものの、やはり怖い。特にストンと落ちる所などビクッとする。
「よし、次はCコース行ってみよう」
「あのぉ、それって、より怖いコースとか」
「当然」
「Bじゃダメなんですか?」
「2位ではダメ。1位を目指そう」
と言われたが、アナさんが
「1度Bを滑ってからCにしましょう」
と言ってくれたので、結局、恵真はカメラを付けたまま1度Bを滑り、最後にCを滑った。
もうとても笑顔などする余裕が無く、本当に怖かった!!
スライダーの後は、水泳帽とゴーグルを外し、水着もやや布面積の少ないものに変える。でもビキニでないならいいことにした。
外周の“流れるプール”を、Aさん、アナさん・オナさんと一緒に歩く。そして歩きながら撮影する。これはとても楽しかった。
ずっと外側に景色が見えているのだが、途中彼岸花が咲いている所がある。
「これ凄い。4色の彼岸花だ」
「この世とあの世の境だから、彼岸花が咲いているらしいよ」
「Aさん、向こうに行かれるんですか?」
「あんたもだいぶ言うようになってきたね」
「でも赤以外にも彼岸花ってあったんですね」
「うん。珍しいものだと思う。4色揃っているのはここだけかもね」
この4色の彼岸花を背景にプール内から写真・動画を撮ったが、その後、プールを出て、許可を取り(着衣で)その4色の彼岸花が並んでいる所のすぐ前でも撮影をした。ここは通常は保安上の理由で立入禁止区域になっており、無断で入ると警報が鳴るらしいが、Aさんの顔で特別に許可をもらった。でも警備員さんがずっと付いていた。
許可を取るのに、Aさんが、ここの社長さんと直接電話で話していたが、電話の向こうから聞こえてくるのが若い女性の声なので、へー、ムーランって、女社長さんなのかと感心した。
これで火牛スポーツセンターでの撮影は終了した。
トレーラー・レストラン“ムーラン”で福井さんも一緒に5人で昼食を取る。ここで他のお客さんに協力をお願いして、いったん退席してもらい、恵真だけのショット、それに“ブラスチックスタイル”という宇宙服みたいな制服?を着たウェイトレスさんたちと一緒の撮影もした。
お客さんたちには5分で戻ってもらう。
「アイドルさんですか?」
「そうそう。羽鳥セシルという名前で売り出す予定だから」
とAさんが言っている。名前を間違えないのは珍しい!
「サイン頂けます?」
「いいよ」
と“Aさんが”言って、撮影に協力してくれたお客さん5人に、藍色の色紙・金色のサインペンでサインをしエア握手した。これがセシルが最初に一般の人に渡したサインである。客のひとりが
「モーリーさんのサインももらえませんか?」
と言ったので
「高いわよ」
などと言って、普通の白い色紙に黒いサインペンでサインしてあげていた。
そういえば、Aさんのことを白河社長も“モーリーさん”と呼んでいたなと恵真は思った(母は「ミモちゃん」と言っていた)。
昼食の後は、福井さんのスペイドに乗って、のと里山海道を北上、西山ICで降りる。
県道を走り、やがてアリス館滋賀に着く。たくさんお花が咲いているので、この花をバックに撮影した。30分ほどで撮影を終えて、県道を10分ほど北上。巌門(がんもん)に至る。
「“げんもん”じゃなくて“がんもん”なんですか?」
「“厳格”の“厳”じゃなくて“巌窟王”の“巌”よ」
恵真はAさんがスマホで示してくれた文字を10秒くらい、じーっと見詰め
「あ、山冠があるかないかだ!」
と声を挙げた。
「男と女は、ちんちんがあるかないかの違いね」
「なぜ、そういう話になるんです?」
結構な高低差の道を降りて船着き場まで行く。小さな船に乗るが、お客さんは恵真たち4人だけであった。しばらく待っても他に誰も来ないので船を出してもらった。本来はマスクをずっと着用しておかないといけないのだが、船内の撮影のため、特に許可をもらっていたので、マスクを外して撮影した。
巌門という貫通した海食洞の途中まで船が入る。海底が浅いので、手こぎの小さな船なら通れるが、遊覧船サイズの船は通過できないということで途中からバックする。
「長い年月の間に波が岩に穴を開けたんですね」
「人工的にヴァギナを作るのに、あそこに棒を当てて圧迫して、少しずつ凹みを大きくしていくやり方もあるのよ」
この人は一体何を突然言い出すんだ!?
「時間がかかりそうですね」
「そうね。100年もすれば結婚できるサイズのヴァギナができるかな」
「Aさんはそうやってヴァギナを作ったんですか?」
「私100歳に見える?」
「400歳くらいかと思いました」
巌門をバックに撮影する。
船はその後、鷹ノ巣岩の横を通り、碁盤島・虎岩の間を通り抜けてから船着き場に戻った。しかし船着き場から売店などのある所まで登る道が辛かった!軽い登山の感覚である。そこでソフトクリームを持って撮影する。更に巌門の裏側にある大洞窟の中でも撮影をした。
能登金剛センター内の食堂でカレーパンをテイクアウトし、次の撮影地に行く車内で食べたが美味しかった。
巌門から近い所にある機具岩(はたぐいわ)という所で撮影する。
「ここも巌門と同じタイプの海食洞ですね」
「そうそう。この穴が空いてるのが女岩」
「Aさん、そんなに穴が欲しかったら、頭に穴を開けるのとかどうです?」
「あんたのお股に穴を開けてから考えるわ」
と言われて、恵真はドキッとした。
ボク、やはりお股に穴を開ける手術しちゃうのかな・・・。
「どうかした?」
「いえ」
「何なら明日は北海度に行くのやめて、お股に穴を開けに行く?」
「それはまた今度で」
「ふむ」
ここは短時間の撮影で次に行く。
“世界一長いベンチ”に行く。但しこれは過去の記録で、現在は3位らしい(1位は富山県瑞泉寺前のベンチ 653.02m, 2位はポーランドのシェチュナ・スタジアムのベンチ 613.13m)。
「確かに長いベンチですね」
「じゃ、このベンチを向こうまで往復走ってこようか」
「え〜〜〜!?」
「撮影はアナちゃんとオナちゃんに任せた」
「分担して撮影するんですか?」
「セリネが向こうまで走って行く最中はアナちゃんが撮影し、戻ってくる所はオナちゃんが撮影する」
「それって結局私たちも往復走るんですか?」
と姉妹が文句を言った。
「撮影する人まで走ったら画面が揺れてまともな画像になりません」
「それはまずいわね」
ということで。アナ・オナ姉妹は停まっている所に恵真が走って寄って行くという形で撮影することになった。それでアナ・オナは歩いて次の撮影ボイントまで行くのだが、恵真は断続的に走ることになった。
疲れた!
その後、ヤセの断崖に行く予定だったが
「突き落とされたら嫌だから」
とAさんが言ってパス!
関野鼻で撮影したがここもアップダウンが凄くてなかなか辛かった。
「今日はひたすら運動なんですね」
「若いから頑張ろう」
そして最後はまた県道を走り、権現岩(トトロ岩)まで行く。
「君に最高の衣装を用意した」
と言われて出て来たのはトトロの着ぐるみである。
「これ着るんですか〜?」
「可愛いから似合うよ」
それで恵真はその着ぐるみを着てトトロ岩の前で撮影したが、今日の撮影の中でいちばん恥ずかしかった!
9月23日(火・祝日ではない)、§§ミュージック総選挙まの投票が締め切られた。無意味な競争を防ぐため、中間結果は一切公開されなかった。最終得票数も公表しないことにしているのだが、結果を見たケイ・コスモス・ゆりこの3人はその結果に驚きの声をあげた。
アクア__ 2,406,373
ラピスラズリ 901,224
白鳥リズム_ 193,026
品川ありさ_ 192,963
高崎ひろか_ 192,589
姫路スピカ_ 191,915
西宮ネオン_ 120,172
川崎ゆりこ_ 115,382
山下ルンバ__87,635
これ以外は全員5万票以下である。
「ゆりゆり善戦してる」
「開けてびっくり」
とゆりこは笑顔である。
「でも何この横一線は?」
「ほとんど差が無いですね」
「特に白鳥リズムと品川ありさの差なんて、わずか63票」
「昔みたいな手書きの投票用紙なら確認のため再集計が必要な所だね」
「品川ありさと高崎ひろかも374票差」
「あけぼのテレビ効果だと思う」
とゆりこは言った。
「これまでは過去の実績から、品川ありさ・高崎ひろかは、テレビや雑誌への露出が多かった。だけど、あけぼのテレビでは全員平等にチャンスがある。メインの子たちは、みんな似たような時間露出している。それで第3グループが追い上げてきたんだと思う」
「それってこの後数年は、熾烈な争いが続くということだよね」
とケイが訊く。
「だと思いますよ」
と、ゆりこは答えた。
「高崎ひろか・品川ありさのファンはアクアのファンと重なっている。ラピスに追い上げられるかもという危機感でアクアのファンクラブは引き締めに尽力した。それがひろか・ありさ票の伸び悩みにつながったと思う」
「白鳥リズムは他の子とあまりファン層が重なってないんですよね」
「あの子は個性が強いからね」
「女性ファンが多いし。他の子はアクアを除けば男子ファンが圧倒的」
(西宮ネオンが忘れられている)
「だからリズムが善戦したんでしょうね」
「今回は複数の子のファンクラブに入っている人から、ファンクラブ単位で投票させて欲しいとか、せめて2票投票させて欲しいとかいう声が大きかったけど、2票投票する方式なら、全然結果は違ったろうね」
「それなら純粋に、ひろか・ありさの戦いになってますね」
「で、どうします?」
とゆりこは尋ねる。
「1位アクア、2位ラピスラズリ、3位リズムと発表するしかないと思う」
とコスモス。
「変な操作は無しだよね?」
とケイ。
「うん。そういう不誠実なことをしてはいけない。恨みっこ無し」
とコスモスは言った。
ゆりこは言った。
「得票数は公開しない方針だったけど、公開しましょうよ」
コスモスも言った。
「うん。これは公開したほうがいいと思う。物凄く惜しかったんだということをファンの人たちには知っておいてほしい」
「うん。そうしよう」
とケイも言って、得票数は公開されることになった。
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【春金】(4)