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「はるかちゃん、仙台で被災したんだって?」
常連のお客様に呼びかけられて和実は
「ええ、そうなんです。大変だったんですよ!」
と明るい声で答えた。その胸に青いリボンが留められている。
「もう津波がすぐそこまで来て怖かったですよ。津波の方見つめて『お願い、来ないで』と言ったら停まってくれたんで、その間に何とか逃げ切りました」
朝から、連日たくさんの『ご主人様・お嬢様・奥様』達につかまって、和実は地震と津波の話をさせられていた。最初はかなり事実に沿って話していたのだが、あまり何度も話させられるもので、だんだん創作が混じりはじめていた。
その日の朝、和実は焦った顔でお店に飛び込んできた。「ごめんなさい。遅刻」
と言ってドアを開ける。時刻は9:50であった。もう開店前のミーティングが始まっているはず。。。。。と思ったら、なんだか人数が少ない。
「あ、お帰りなさいチーフ」
「もう、計画停電なんてやってるって、駅まで来てから知って。。チーフ??」
「お帰り、和実ちゃん。君、今日からチーフだから」
「え?」
「美波ちゃん、辞めちゃったんですよ」とサブチーフの麻衣が言う。
「親にバレちゃって、そんなことするなら田舎に戻ってこいと言われたって」
「あらあ」
「それで、君にチーフしてもらうことにした」と店長。
「ちょっと待って。美波ちゃんが辞めたなら、サブの麻衣ちゃんが昇格じゃないの?私、まだこのお店1年だし。麻衣ちゃん2年で、年も3つ上ですよ」
「こら、年バラすな。たしかにこのお店では私2年だけど、和実ちゃんメイドさん歴4年でしょ。しかも前の店ではチーフやってたというし。それにコーヒーや紅茶の入れ方は絶品。オムレツの形も凄くきれいに作るし。私は今でも和実ちゃんに教えられることのほうが多いもん。外国語も10種類くらいぺらぺらで外国人のお客様の対応にも心強いし。ここビジネス街だから外人さん多いもんね」
「ということで、チーフのリボン付けてね」と店長は和実に青いリボンを渡した。
「10ヶ国語もしゃべれないよ。。。しかし確かにメイド歴は長いかもしれないけど。そうだ、そもそも私男の子ですよ。男の子がチーフメイドって変です」
「え?男の子?和実ちゃんが男の子だと思う人手を挙げて」
誰も手を挙げない。
「じゃ、和実ちゃんが女の子だと思う人手を挙げて」
全員手を挙げた。
「全員一致で、和実ちゃんは女の子と認めます。問題無し」と店長は言い切った。「よろしく、チーフ」とサブの黄色いリボンを付けた麻衣が言う。
「うーん。仕方ないなあ。分かりました!チーフ拝命します!」
和実は青いリボンを手に持ったまま敬礼のポーズをとって答えた。
「ところで人数少なくない?」
「計画停電の影響で、時間通り出て来れない子が多くて。じきに出てくると思う。和実ちゃん東京に居なかったから分からないと思うけど、この計画停電というのが、実に無計画停電で、首都は大混乱なんだよ。当面は遅刻者続出はしかたないということで。さあ、そろそろ開店だ」
「はい。急いで着替えてきます」和実は女子更衣室に飛び込んだ。
最初のきっかけは開店早々にやってきた常連さんが「あ、はるかちゃん帰ってきたんだ。仙台かどこかに帰省してたんじゃなかったっけ?地震大丈夫だった?」
と聞いたのが発端であった。『はるか』というのは和実のメイド名である。ちなみに麻衣のメイド名は『もも』である。
「いや。それが九死に一生を得たというか、マジで危なかったんですよ。私のすぐ後ろにいた人まで津波に飲まれちゃいましたから」
「ほんとに!それは怖かったろうね」
「でももう元気です!昨日はボランティアで被災地に支援物資届けてきました」
「ええ?そんなことまでしてるんだ。凄いね。そうだ。僕も少し寄付するよ。その支援活動に使って」
「ええ?ありがとうございます。でもどうしよう」といって和実は店長と相談して、店に急遽募金箱を置くことにしたのだった。その常連さんはいきなり募金箱に3万円入れてくれた。
ちなみに、このお店は「本日のコーヒー」1杯380円、オムレツセット700円などというとっても健全な価格のお店である(コーヒー系約20種類,紅茶系約10種類)。「接待行為」もNGであり飲食店営業の登録になっている。
常連さんと地震や津波の様子について話していたら、それを聞きつけた他のお客様からも呼び止められて、現地の様子を聞かれるなどという連鎖反応が起きた。そして、そのお客様たちが、ある人は100円、ある人は1000円、そしてどうかした人は万札を数枚募金箱に入れてくれた。
どうもかなりの高額が入ってそうだと判断した店長が「そのまま置いておくのは不用心だからいったん回収しよう」といって募金箱を引き上げ、中の金額を確認した。10時開店なのだが、今日は13時の段階でなんと42万7823円の現金が入っていた。「この1円玉は・・・・」「財布を逆さにして小銭全部放り込んでいったお客様がいましたので」と麻衣がにこやかに言った。「小切手まであるじゃん・・・げっ」和実も額面を見てびっくりした。「500万?」「こんなに頂いていいものなんでしょうか」「余裕のある人には出してもらえばいいさ」
と店長は割り切っている。
「でもこれ、和実ちゃんのしている支援活動に使ってくれといってたんだよね」
「支援活動といっても、石巻に2回入って、避難所4ヶ所に支援物資を届けただけなんですけどね。これは又行けということですよね。ちょっと一緒に行った人と相談してみます」
「このまま赤十字とかに寄付してもいいけど、それだけと被災者に義捐金として届くのはずいぶんあとになる。和実ちゃんの話を聞いてると、今現地に物が要る感じだよね」「そうなんです。とにかく食料がないし、基本的な日用品が無いし。自治体の職員も少ない人数でフル回転で、なかなか末端の避難所まで物資が届かないんです」
「じゃ、この頂いたお金で物を買い込んで直接届ければいい」
「そうですね」
「その和実ちゃんのお友達の女性?その人だけではこれは辛いな。うちの従兄が大型のバン持ってるから借りられないか相談してみる」
「ドライバーもちょっと友達関係あたってみます」
そういうわけで、このメイド喫茶を拠点としたにわか支援グループが出来てしまったのであった。和実や麻衣が各々の大学の友人などに電話をかけまくり、ドライバーのボランティアをしてくれる男子学生を5人確保した。店長は従兄からデュトロを借りることができた。また買い出し隊としてやはり和実や麻衣の友人関係で5人の女子学生の協力者を得ることができた。和実は淳に連絡して、お兄さんのトヨエースをしばらくこの作業に使わせて欲しいと言った。淳が兄に交渉してゴールデンウィーク明けまで夜間と土日は使っていいことになった。
募金についてはこの活動の買い出しとガソリン代に充当することにしてきちんと会計管理することにした。その報告をするためのホームページを急遽立ち上げた。会計は和実が帳簿を付けて管理することにしてサイトは淳が作ってくれることになった。管理用の口座を郵便局に作り、とりあえず今日の募金額は今日の買い出しに使う分を除いてそこに入金した。郵便局にしたのはここまで決まったのがもう15時過ぎだったからである!この活動は資金が尽きるか5月10日までとして、その時点で残金があった場合は赤十字に寄付して活動終了することにした。(赤十字や放送局などに寄せられた義捐金は「配分委員会」を通して被災者に渡される)
取りあえず金曜は夕方6時で上がった和実がまたトヨエースを持ってきた淳と合流して買い出しをし、夜間の東北道を走って石巻まで行った。向こうも3回目の支援なので流れが確立したようで、こことここに行って欲しいと頼まれた。
「妹さんの方はご自身被災者だそうですね」「ええ、津波はほんとに危ない所を逃れることができて。そのあと石巻の避難所に3日間お世話になりました。住んでたアパートも流されちゃったんですけど、じっとしてられなかったし、何かしなきゃと思って、この活動始めたんです」ふたりは姉妹と思われている感じだった。淳はこの支援活動が多人数のプロジェクトに発展したことを報告し(プロジェクト名はメイド喫茶の名前をとって「エヴォン友達会」とした。被災地の人も私達も友達ですという意味だ)、デュトロも使うので緊急車両の許可証発行を警察にお願いしてもらえるよう市の人に頼み、デュトロの車検証のコピーを渡した。
この日は、市の物資集積拠点からの物資移動もお願いできないかといわれ引き受けた。現地は緊急車両といえどもなかなかガソリンが調達できす、配送が思うようにできていないらしい。その日は女川と鮎川の避難所までも行くことになった。
「しかし2週間の旅から戻って家で寝たのは昨日だけで今日はまた車中泊か」
と淳は荷室で夜食のカップ麺を食べながら言った。車は東京に戻るところで東北道のSAに駐めている。「車中泊も楽しいよ」と和実もカップ麺を食べながら言う。今日は都内の買い出しでは淳が運転したが、石巻との往復は和実が運転している。ドライバーを頼んだ男子学生が活動できるのが火曜からなのでこの連休はふたりで活動する予定である。つまり家で寝られるのは最短で火曜の夜になる予定であった。
「さあ、寝ようか」
「うん。2−3時間寝てから出発すればいいね」
「何してんの?和実」
和実は服を全部脱いでしまった。淳は和実のボディラインをほんとに綺麗だと思った。これを維持するには凄い努力をしているはずだ。思わず注視する。なぜかバストは手で隠しているが、ウェストのくびれが凄い。モデルさん並みではなかろうか。ウェストサイズは57cmだと言ってたっけ。そして股間はどう見ても女の子の形だ。余計なものは認められない。淳はいいなあと思った。自分もああいう形にしたい。タック練習しようかなと思った。