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4月に入る頃、和実の青森にいる同級生から「また救援物資を集めるのしないの?」
と言われたので、あらかじめ告知した上で、和実と淳が運搬を担当した時にそのまま青森まで足を伸ばし、またあの公園で救援物資を頂き、宮城まで運んだ。青森での救援物資募集は4月中旬にもすることにした。今回は盛岡で和実の姉・胡桃を拾って、仕分け作業を和実と胡桃のふたりですることでちゃんと分類された状態で被災地に届けることができた。胡桃は東京の知人に誘われて、東京の美容室でしばらく働くことになった。和実のアパートに身を寄せるつもりでいたら、和実が淳と同棲していると知り驚いていた。
「ごめん。アパート見つけるまで何日かだけでいいから泊めて」と言ったが、淳は
「アパート代もったいないですから、倉庫代わりにしている和実のアパートが5月に空くまで同居しましょう。あそこが空いたら、お姉さんはあちらに住んでもらえば気兼ね無いでしょうし」と言った。
「うん。それまでは3人で暮らそう。これって庇を借りて母屋をぶん取るというやつだっけ?」と和実。
「でも新婚さんの家に同居するのは・・・・」
「大丈夫だよ、姉ちゃん。音立てないようにやるから」
「ちょっと待て。そんなに音立ててるか?」
「こないだ淳、凄い声で叫んでたよ」「あ・・・・あの時は」
「あの・・・再度確認したいんですけど、淳さんは戸籍上の性別は置いといて自己認識的には女性なんですよね?」
「はい。私は自分では女のつもりです」と淳は答えた。同じ質問に1ヶ月前なら迷ったと思うが、和実のおかげで淳自身自分の性別についても散々悩んだ結果だ。
「じゃ、女の子2人の同居世帯に、女の私がお邪魔するのなら、大きな問題はありませんね」
「問題無いです」と淳が言うのと同時に和実は
「あ、姉ちゃん、私を女の子と認めてくれた」と言った。
「だって、あんたのその様子見てたらもう男の子とはみなせないもん。では済みません、淳さん。しばらく同居させてください」
「はい、よろしくお願いします」
「そうそう。淳は女性の裸とか見ても何も感じないから、着替えたりお風呂入ったりする時も気を遣わなくていいから」
「私も淳さんを女性と思うことにしますから、たぶん気にしません」
と胡桃はにこやかに言った。
胡桃は淳に家賃を払おうとしたが、淳は自分と和実は事実上夫婦(正確には婦婦)だから、胡桃は自分にとっても義理の姉になるので、義理の姉から家賃はもらえませんといって断った。新生活を始めるのにお金が必要でしょうからそれに使って下さいと言った。
「ありがとうございます。洋服とかも少し買わないと。和実の服は派手すぎるからあまり借りられないし。私とてもゴスロリとか着れないもん」
「私ゴスロリ着させられました。羞恥プレイさせられてる気分でした」と淳。「可愛かったのになあ」と和実。
メイド喫茶では、店長が震災支援ランチなどというメニューを作った。普通のランチに+100円でマカロン付きにし、売り上げ1個につき200円を支援活動に寄付するというものだった。
「どうしてマカロンなんですか?」と麻衣が訊いた
「負けるな!マカルナ、マカロナ、マカロン」
「それ苦しいです」
ちなみにマカロン作りは和実がレシピを教えて、お菓子作りの好きな瑞恵と秋菜のふたりで交代で担当してもらった。前日に仕込みをしておいて毎朝10時頃から焼き始め、ランチの時刻にはまだ暖かい状態で出せるようにした。シフトの入り方によっては和実が仕込みあるいは焼きを担当することもあった。
胡桃が東京に出てきた翌々日、淳は会社が休みだったし、和実も久しぶりにお店をお休みにしていたので、3人で町に出て胡桃の生活に必要なものを一緒に買うことにした。「最近買い出しばかりだったから個人的な物を買うの久しぶりね」
と和実が言った。「うん。服を買うのにじゃこれを20着とかつい考えちゃう」
「そうだ。だいたい買い出し終わったら、みんなで温泉物語とか行かない?」
「いいけど、和実どっちにはいるつもり?」と胡桃が訊く。
「私はもちろん女湯に」「あんた高校の修学旅行でも女湯に入ったと言ってたね」
「だって私女の子だもん」
「私無理です。男湯にも女湯にも入れません。でも足湯だけなら」と淳。
「淳も女湯入れるよ」
「ふつうは手術受けてないと無理よ。あんたが特殊なだけ」
「えへへ」
買った荷物はプリウスに置いたまま3人で大江戸温泉物語の中に入った。受付に行くと、こちらを見て女子更衣室のロッカーの鍵を3つくれた。
「淳、女子更衣室は初めて?」「ううん。前にも来てる。女子用浴衣を着て、足湯だけして帰ってきた。今日も私はそれで」
「淳なら行けると思うけどなあ」
今日は淳も和実もタックしている。しかし胸が・・・・
女子用浴衣を3着受け取り、女子更衣室に入って、浴衣に着替える。
胡桃が「みんなで足湯に行こうよ」といったので、淳はほっとして浴衣のまま足湯の方に行った。
ここのところずっと東北との往復をやっていたので疲労がたまっている。足湯をしているだけで、その疲れがほぐれていく感じがした。自宅のお風呂でも充分体をリラックスさせているはずだが、こういう所に来るとまた違うなと思った。来て良かったと淳は思った。足湯をしながら3人は色々な話をした。震災の話題で話していても、お互い当事者意識になっているので、かえって暗い雰囲気にはならなかった。何かに遠慮して話す必要もないので本音で語り合っていた。
「私はその時、食事に出ていて、御飯食べたあと、何となく景色眺めたくなったのよね。なぜそんなこと思ったのか今となっては分からないんだけど。それで近くのビルの6階に上がって、そこのホールから外を眺めていたら地震が来て。上の階だからめちゃくちゃ揺れた。それで地震が収まってから逃げなきゃと思って。そこにいた人、みんな階段使って降りてった。でもその時、ひとりおばあちゃんが転んで怪我したのか立てずにいたのよね。もう放って逃げようかと思ったんだけど、思い直して近づいて介抱していて、そしたらそこに津波が来たのよ。6階にいたのに、津波は窓のすぐ下を通ってった。あの時、先に逃げてった人はみんな津波にやられてるよ。私もおばあちゃん介抱してなかったらやられてた」
「私は地震が来た時1階にいたのよね。もう何よこれ?と思ったよ、あの時は。もう遊園地の絶叫系遊具なんて目じゃないよね。揺れが収まったら、やっぱり姉ちゃんとこと同じくみんな外に飛び出していくのよ。私も建物が崩れるかも知れないし逃げなきゃと思ったんだけど、その時ガシッと私の手を掴んだ人がいたのね。40歳くらいの男の人。『これは津波が来る。下にいたらさらわれる。上の階に逃げなさい』と。その人に促されて階段まで行って上り始めたの。その時、上の階から階段を下りてくる人の方が多かったけど、私達含めて何人か上に上がっていった。私達が上がっているの見て、降りてきた人で逆に上がり始めた人もいた。あれは凄く不思議な光景だったね」
「で、途中まで昇った所で、何か恐ろしい音が聞こえてきて、誰かが走れ!って言ったから私も駆け上がり始めた。もう無我夢中だった。必死で走って、私が屋上まで辿り着いた時、直後に階段室から波が吹き出して来て「げっ」と思った。私より後から上がってきた人はいなかった。屋上にいた人はみんな呆然としてて動けなかった。そのあと、道をとぼとぼ歩いてて、通りかかった車の人に行き先訊かれて、石巻と言ったら自分も行くところだからって乗せてくれて。でも、屋上まで避難した時から、その車で拾ってもらうまでの記憶が、私無いのよ」
「その話ってメイド喫茶ではしてないよね」淳は先日1度、店長への挨拶も兼ねて和実のメイド喫茶を訪問していたが、和実の語る『体験談』は脚色や創作のほうが多い感じだった。
「こんなのお客さんに話せないよぉ。でもやっと淳や姉ちゃんには話せるようになった気がしたんで話したんだよ」
淳は和実の手を握りしめた。
胡桃は盛岡の両親の話もしていた。父はあんな奴いなかったと思え、などと言っているらしいが、母の方はほとぼりが冷めたら一度来るように言ってと言っていたと胡桃は和実に伝えた。家の片付けはほんとに大変だったらしいが、何とかなるようになったということだった。「あんたからもらった100万、あんたに言われた通り、私の貯金ということにしてお母さんに渡しておいたから」「うん、ありがとう」「窓が割れたの直したり、水回りの損傷が酷かったから、それ直すのとかでだいたい無くなっちゃったけどね。でも助かった。だけど良かったの?何かのために貯めてたお金じゃ」「また貯めるからいいよ」
「さて、姉ちゃん、大浴場のほうに行こう」「そうね。淳さんは?」