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「さて、姉ちゃん、大浴場のほうに行こう」「そうね。淳さんは?」
「ここに居ますよ」
「淳、私のおっぱいの秘密、知りたかったら一緒に来ない?」「え?」
「大丈夫。淳なら裸でもパスするって。おっぱいなんてほんとに男みたいな貧乳の女の人だっているからさ。いちばん大事なのは女の雰囲気を漂わせておくことなんだよ。淳は雰囲気が女だもん。それに女声で話していれば、みんな女だと思ってくれる」
あ、そうか。声はけっこう武器になるかも知れないと思った。それに
雰囲気がいちばん大事というのは、ふつうに着衣でパスする時も最重要事だ。忘れていた。淳は何となく行ってもいい気がしてしまった。「分かった。行く」
おそるおそる服を脱ぎ、一応タオルで胸を隠した。和実が当たり障りのない話をしてくるので、淳はそれに(いつも通りの女声で)答えていた。和実も服を脱いでいたが、こちらに向かって少しはにかむように首を傾げてからブラジャーを外した。淳はそこをしっかり見た。「触ってもいいよ」と和実は言う。
おっぱいは確かに存在した。
淳はひょっとしてブレストフォームかもと思い触ってみた。境目らしきものは無い。「本物?」「本物だよ」「手術じゃなかったらホルモン?」「不正解。これは様々な努力の成果なのだよ、ワトソン君」
3人は浴室に入り、かけ湯をしてから浴槽に入った。浴槽に入ってしまうと胸が隠れるので淳は少しホッとした。時間帯のせいか客が少ない。胡桃ももちろん胸を出していたが、淳は和実の胸は見ても胡桃の胸にはあまり視線がいかないようにしていた。しかし胡桃は特に気にしている様子は無かった。淳もある程度ウェストのくびれがあるので、胡桃はそれを褒めていた。和実にはかないませんと言うと、胡桃は和実のくびれ方が異常なだけと言った。最初は大きな浴槽でしばし雑談をしていたが、体が充分温まってきたので、露天風呂コーナーに行き、桶風呂に一緒に入った。周囲には人がいない。和実がバストの秘密を話し始めた。
「まずは筋肉を集めるため毎日腕立て伏せ朝昼晩100回ずつ。それから毎日お風呂の中でのバストマッサージ、それからツボの勉強をしてバストが発達するツボを正確に刺激した。それから牛乳とか牛肉とか、大豆製品にザクロに、豊胸効果のあるといわれる食べ物をたくさん取った。でもそんなのでは大した効果出ないんだよね。それで、ちょっと危ないことを実行した」
「私あとから聞いて和実を殴ったの。健康を損ねる危険が大きすぎる」と胡桃。
「高2の春だけど、私1度体重を70Kgまで増やしたの。さすがにそれだけ体重があると、胸にもけっこうなお肉が付くんだよね。その状態でマッサージとかツボ刺激とかすると、そこに更にお肉がついて、本当に女の子みたいな胸が完成したんだ。乳首もこの時今みたいに大きくなったの」
「問題はその後よね」
「うん。そこから3週間ほど、ほとんど断食に近いことして一気に体重を50kgまで落とした」
「死ぬよ、ほんとに」と胡桃は怒ったようにいう。
「必須アミノ酸とか生命維持に絶対に必要な栄養素だけ摂ってた。そしたら、胸はそのままで他の部分の肉が落ちて、今の体型に近いボディラインができたのよね。あとは矯正下着とかの助けを借りて、今度はちゃんと食事を取りながらゆっくりとボディラインを調整しつつ体重を落として今の42kgで安定させた。でもいったんできあがったボディラインはそう簡単には崩れないのよね。イソフラボン系をしっかり摂り続けてるおかげかも知れないけど。でも腕立て伏せ、マッサージ、ツボ押しはずっと今に至るまで日課にしてる」
「私にはまねできないよ」淳は半ば呆れながら言った。
「うん、絶対人にも勧めない。それにこれ、17歳だから出来たワザという気もするのよね。20代の人が同じことしても多分だめ」
「太る時はお腹から太って、痩せる時は胸からという人も多いよ」と淳も言う。
そして淳は言った。
「でもさ、そこまでするくらいなら、普通に女性ホルモンとか飲んだほうがよほど安全じゃない?」
「うん、そんな気がする。でも先月の10日までは、自分自身の性別に迷いがあったからね。それでさ、私、ダイアン35を買っちゃった」
「飲み始めたの?」淳は驚いて言った。
「ううん。まだ飲み始める決断が出来ない」と和実。
「それ私がいいと言うまで、飲むの禁止していい?」と淳。
「えへへ。迷ってたから、淳にそう言われたの言い訳にして飲まない」
「うん。早まっちゃいけないよ」
「うん」
「ダイアン?それ女性ホルモンですか?」と胡桃が尋ねる。
「ええ。一種のピルです。ふつうのピルみたいに数字が入ってますよ。ただ、女性が飲むのではないので休薬期間は無し。抗男性ホルモンと女性ホルモンがブレンドされているので、男を辞めて女になるのに最適のお薬です。でも豊胸効果はそんなに強くないよね」
「うん。どちらかというと男を辞めるのに使おうかと思った」
「もうとっくに男なんて辞めてる癖に」
「そ、そう?」
「前から思ってたんだけど、和実、射精してないよね?」
「私女の子だよ。女の子には射精機能はありません」
「ほら、やはり自分でも女と認めてる。じゃ、質問の仕方変えてひとりHは?」
「少なくとも3年以上してない。ただHな妄想して脳で逝っちゃうことはあるよ。クリトリス派からはそんなのひとりHじゃないって言われちゃうけど」
「女友達とひとりHのこと話すの?」「女子会では出る話題。今だって話してるし」
淳は苦笑した。
「体毛は剃ってるの?」「高校生の頃からソイエだよ」
「高校時代、自分のソイエを私の机の引き出しに入れてたよね」と胡桃。
「女物の服も全部姉ちゃんのタンスに入れてました。感謝です。でもずっと使ってたソイエが震災で流れちゃったから新しいの買ったんだけど、痛みが少なくてびっくり。技術進歩してるね。淳は剃ってるでしょ。ソイエしない?」
「私、以前ソイエ使ったことあるけど痛くてギブアップしたのよね。そんなに痛くなくなってるなら再挑戦してみようかな・・・・」
「剃るとどうしても剃り残し出るから、生足になれないのよね」
「和実って喉仏無いよね」
「うん。私、あまり変声しなかったんだ。全くしなかった訳じゃないけど。軽い変声障害というやつかも。だからこれメラニー法とかで作った声じゃなくて、ほぼ地声だよ。少しだけ可愛くしてるけど。高校時代、学校では逆に男の子っぽい声を作って出してた。私、4〜5種類の声色使えるんだ。普段、こうやって話してるのがレディ風。友達と話す時はこの声。・・・これが少女風。トーン高め。可愛い子ぶって使うの。電話で使う時もある。・・・これが男の子風。高校で使ってた声。・・・・これは理系女子風。少しトーン低め。。。。。これがメイドさん営業用。少し上品。お店で使ってる声・・・そしてこれが地声・・・あれ?6種類?」和実は喉に手を当てながら様々な声を出して最後は普段の声に戻した。地声は確かに普段の声に近いがやや中性っぽい響きだった。
「男の子風ってアニメで女性の声優さんが少年の声を当てる感じの声だね」
「ああ、それ言われたことある。高校時代の女友達から宝塚風だとかも言われた。最初は女友達とは少女風の声で話していたんだけど自分でも少し疲れるから、もっと楽に出せる声を探して、今のこの声を見つけたのよね」
「家では地声より少し低めのトーンで話してたよね」と胡桃。
「あ、そうか、この声もあった」と和実はまた別の声を出してみせた。
「ところで、それだけのおっぱいがあるなら、なぜいつも隠してたのさ?」
「それは小さいからに決まってるじゃん。これBカップが少し余るんだよ。だから寄せて集めるブラとか使って、脇から持ち上げるパッドとかも入れてごまかしてるんだから」
そうか・・・そうだったのか。淳は頭に手をやって苦笑した。
「ちなみに、麻衣たちとこことか熱海の温泉とかに行った時はブレストフォーム付けてった。近づいてよくよく見ない限りは境目は分からないから。だから麻衣にはDカップの胸を見せてるんだ」
「私といちゃいちゃする時にブレストフォーム付けてたことある?」
「無いよ。いつも生胸だよ。だってブレストフォームじゃ触られても気持ち良くないじゃん」
「たしかにそれはプレストフォームの欠点だね」
「高校の修学旅行の時はさ、あ、うちの高校は2年の3学期に修学旅行に行くんだけど、もうおっぱい大きくしてたから、お風呂には入らないつもりだったんだけど、なぜ入らないの?という話から、私は実は女の子の体なのでは?と疑われて、女子柔道部主将のグループに拉致されて女湯の脱衣場まで連行されちゃったのよ」
「はははは」
「2年の夏休みに市民プールに行く時、女の子のビキニ持ってって女子更衣室使ってたから、それをひとりに見られてたのね。それで確認してみようと思ってたって」
「あああ」
「で、裸にひんむかれて。下着は女の子用?おっぱいあるじゃん、おちんちん無いじゃん、と。それなら女湯に入りなさいといわれて、そのまま女湯の浴室に入った」
「うーん」
「その子たちとはそのあと仲良くなったよ。女子の制服貸してくれて、記念写真も撮ったりした。実はさ、私って高校時代に学生服着た写真が1枚も残ってなくて、高校時代の制服写真は女子制服の写真だけなんだよね。メイド服着た写真は大量にあるけど」
「今度それ見せて。でも和実って誰とでも仲良くなっちゃうよね」
「うん。私って人を嫌いになること無いよ。意地悪されてもすぐ忘れちゃうし」
「でもそれって、凄く悪意持った人にはうまく利用されちゃう」
「じゃ、淳が私を守って」
「うん。守ってあげる」
3人は桶風呂のあとまた大浴場でいくつかの風呂に入り、そのあと少し浴衣で涼んでから温泉物語を出た。淳はちょっと名残惜しそうに大浴場の方を見た。今日はうまく和実に乗せられて女湯に入ってしまったが、次ここの女湯に入るのは、性転換手術をした後かな、と思った。淳は5年後くらいまでには手術を受けたいと思うようになっていた。たぶん和実はもっと早く手術してしまうのだろう。彼女が早まらないように、本人自身が充分熟慮した上でステップを昇っていくようにブレーキを掛けていくつもりではいるが、最終的にはたぶん停めようがないと淳は思った。