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朝起きると和実はもう起きて『お肌のメンテ』をしていた。「見ないで〜」
と恥ずかしがっているが、その恥ずかしがるさまがまた可愛い。「避難所ではちゃんとメンテができなかったから」「どうしてたの?マジで」「夜中にこっそりトイレで剃ってたよ」「大変だよね。お互い」「もう永久脱毛しちゃおうかなあ」「お金に余裕があるならやってもいいかもね。去勢するとかとは違うから、後で男として生きていくことにしても、そう困らないでしょ」「うん」
「でもどうして今カムアウトする気になったの?」
「地震と津波のせいかな」「へ?」
「なんか凄い地震で心の中にあったいろいろなものが崩れちゃった感じで。自分の心の中の価値観が完全に変わってしまったんだよね。私の心の中にはね。もう男の子はいない気がするの。男の子の私は津波で流されて行っちゃって今残っているのは女の子の私。だからこのまま女の子になっちゃおうかなって。あ、でも体をいじるつもりは当面無いよ」
「気持ちが固まるのはいいことだと思う。でも結論を急いじゃだめだよ。ホルモンもプエラリアも当面禁止」「うん、そうする。ありがとう」和実はそう言うと、また淳の頬にキスをした。「あ、待って」淳は体を離そうとする和実をつかまえて、額にそっとキスを仕返した。和実は優しい微笑みを湛えていた。
お湯をわかしてパックの御飯を戻し、インスタント味噌汁で朝ご飯にした。お姉さんも起きてきた。「お昼前には盛岡に着くと思いますよ」
「ほんとに済みません。お世話になっちゃって」「いえいえ、お互い様ですよ。何かの時にはみんな助け合っていかないと」「でもほんとに今回はいろいろな人にお世話になっちゃって。避難所でもそうだったし、避難所に辿り着くまでも。津波でさらわれてしまった美容室の跡に呆然として立ってたら、通りがかりの人が津波はまた来るかもしれないから、ここに居ちゃダメだっていって高台の避難所まで連れてってくれたんです。この子も親切な人のおかげで仙台から戻って来て、合流することができましたし」
「日本人ってみんな基本的に優しいよね」と和実が言う。
「農耕民族の性質なのかもね。農耕ってチームプレイだもん。日本列島って地震もあるし台風も来るし。2000年前から、何度もいろんな災害に遭ってきたろうけど、その度にみんなで協力して立ち直ってきたんだと思う」
と淳は言った。
「そうだ。淳は会社には戻らなくてよかったの?盛岡まで送らせておいて私が言うことじゃないけど」
「ああ、会社には昨日の朝電話がつながったんだけど、一応生きているということと、震災の影響でいつ帰れるか分かりませんという連絡しといた」
「実際、あちこちで足止めくらって動こうにも動けない人多いでしょうね」
と姉が言った。
盛岡市内は渋滞していたが、なんとかお昼頃に和実たちの実家まで辿り着くことができた。ふたりは丁寧にお礼を言って降りていったが、和実は降りぎわに「ね、少し離れたところに車停めてちょっと待っててくれない?」
と言った。「いいけど」
淳は言われた通り、家から少し離れた場所に車を駐めた。ふたりが家の中に入っていく。約10分後、和実だけが家から小走りに出てきて、こちらを認めると車に駆け寄ってきた。ドアを開けると乗ってくる。
「東京まで連れてって」
「実家にいなくていいの?」
「あはは、勘当されてきた」
「なるほど」
「家の後片付けは姉ちゃんに任せた」
淳は笑って車をスタートさせた。
「でも東京までのガソリンが無いんだ。どこかで給油しないといけないけど盛岡も被災地だから、ここでは余所者があまり給油したくない」
「じゃ、いったん青森県内まで行って給油して、それから東京に戻ろうよ」
「うん、それしかないかなと思ったんだけど、空の車で往復するのはもったいないよね」「じゃ、こうしよう」
和実は携帯でmixiに接続すると、「救援物資を被災地に運びます。協力していただける方は、青森市の○○公園まで明日16日の昼12時に物資を持ってきて下さい。欲しいものの例:カップ麺、トイレットペーパー、ペットボトル入りの水、女性用ナプキン、レトルト食品、赤ちゃん用粉ミルクなど」と書き込んだ。同じ文章をツイッターにも流し、拡散希望と書いた。
「私も呼びかけてみよう」と言って、淳は車をいったん脇に停め、青森の叔母に電話した。事情を話すと、町内会に呼びかけてみると言ってくれた。
翌日指定の公園まで行くと、けっこうな人が集まっていてびっくりした。集まっていた中には、ちょうど青森に帰省していた和実の大学の同級生の女子も2人いて、手を取り合って無事を喜んでいた。高校の同級生に一斉メールしたと言っていた。そのおかげで、こんなに集まったようだ。行き先は縁があることもあり、石巻市にすることにしたが、和実達が避難していた避難所の人と直接電話をした所、他にも悲惨な所があるのでということで、紹介してもらった別の避難所に届けることにした。
叔母の家に行くと、町内会のみなさんの協力でこちらも多数の物資が集まっていた。和実とふたりで荷物を積み込んでいると、「そちら奥さん?可愛いわね」
と近所の奥さんから声が掛かった。「あ。どうも。淳平がお世話になってます」
などと和実は挨拶していた。淳平は困った顔をして頭を掻いた。叔母が小さな声で「仙台で被災して無事だったというので喜んでいた子よね」と言った。「ええ」
「結婚するの?」「いや、そういう段階ではないですが、今回はなりゆきで一緒に行動していて」と答える。「こんな災害に遭って助かったんだから大事にしてあげなさいよ」と言われた。うーん。やはり恋人とか夫婦に見えるのか?
「そうそう。仙台の佳奈は無事だったよ。昨日やっと連絡が取れた」「それはよかった」「津波で怪我して病院に収容されてたのよ。それで連絡できなかったみたい」「ああ」「怪我は大したことなかったみたいで、重症患者がどんどん入ってくるからというので追い出されてしまったらしい」それなら大丈夫か。「それで言付かって欲しい」と言われて封筒を渡された。「キャッシュカードも身分証明書もなくて途方にくれてるらしいから」佳奈がいる避難所の名前と住所をメモする。
2ヶ所でいただいた救援物資を積んでも少しスペースがあったので、淳と和実は自腹でペットボトルの水やカップ麺を買える範囲で買い込んだ。和実は青森市内のATMでやっとお金をおろすことができていた。「これ使って」といって淳に10万渡した。「実家に戻れないし春休みバイトに精出すから」というので、ありがたく買い出しに使わせてもらった。買い出しも1ヶ所でたくさん買うのは悪い気がしたので、4つのスーパーやドラッグストアを回った。それからふたりは市内のガソリンスタンド3ヶ所で給油してほぽ満タンにし、再び宮城県を目指した。
緊急車両の特権を使わせてもらうことにして東北道に乗り、一気に南下する。途中車中泊して、17日のお昼すぎに石巻に入ることができた。仙台の佳奈は途中で叔母から教えられたといって淳の携帯に電話を掛けてきた。千葉の姉の所に行きたいから乗せていって欲しいというので、仙台駅で落ち合うことにした。
連絡してもらっていた避難所2ヶ所に車をつけて、物資を降ろすと歓声があがった。寄せ集めなので(移動中に和実が可能な範囲で分類をしていたものの)仕分けがやや不十分ではあったが、なにせ物が無い状態だったので喜ばれた。特に粉ミルクや女性用ナプキンが感謝されていた。ほんとに無いと困る物資だ。
届け終わってから、仙台駅に行き佳奈を拾い、言付かったお金を渡した。佳奈は足を怪我していて松葉杖をついていた。淳は女装のままで会ったので、向こうはびっくりしていたが「女物の服、ちゃんと着こなしていて偉い。私より美人だし」
などと言っていた。道すがら、佳奈は和実と女子トークで盛り上がっていた。和実は「淳のガールフレンドの和実です」と佳奈に自己紹介したが、佳奈は恋人という意味に取ったようであった。
佳奈は途中まででいいと言っていたが、首都圏の交通も乱れているようなので、しっかり千葉市内の佳奈の姉、比奈の所まで送り届けた。結果的に淳は比奈にも女装姿を披露することになったが、比奈も「似合ってる。きれいだよ」などと言っていた。比奈が御飯食べてってというので、4人で食事をすることになった。淳は会社に電話して明日出社することを伝えた。また和実もお店に電話して、戻って来れたことと明日お店に出ることを伝えた。
「でも、淳ちゃん、彼女公認で女装できるなら、いいじゃん」と比奈。「洋服も共用できて便利なんですよ。今私が着てる服も淳のなんです」と和実。「あ、なるほど!いいかも」と佳奈。「私も女装趣味の男の子探してみようかな」
淳は苦笑いしていた。それは事実だが(和実が着替えを全部無くしていたので貸しただけである)、そういう言い方だと、まるで長く交際しているかのようだ。しかし比奈も佳奈も和実が男の子だなんて、まるで気付いていないようであった。
話題がこの震災で亡くなった人、行方不明になっている人などのことに及ぶとみな神妙な感じになった。和実は夕方姉と電話で話していたが、姉のいた美容室の人とは結局全く連絡が取れていないということだった。店長のお兄さんから連絡があったものの、向こうも店長や他のスタッフと連絡が取れないということらしい。佳奈は勤め先の人の遺体を3体病院で確認したと言った。佳奈の勤め先でも連絡の取れている人は2人だけだった。
「まだ救助隊とかが近づけない区域もあるみたいだよね」
「犠牲者の数なんて考えたくない・・・・だって『数』で数えられちゃう、そのひとりひとりの人が、その家族や恋人にとっては掛け替えのない人だったんだから」涙を浮かべながら言う佳奈に、淳は何も言う言葉が無かった。
「この震災って、尋常な手法では復興できないよね。戦後の枠組み変えなきゃ」
「うん。終戦後並みの大胆な事しないと。まともなやり方では復旧に20年掛かる」
話題はいつしかまた軽い話題へと移っていった。話は「女同士」の気軽さで盛り上がっていった。23時頃になって、淳と和実は比奈の家を辞した。
東京に戻ってきたが、そのまま別れがたい気がして「どこかでお茶でも飲む?」
と聞いた。しかし和実は「ううん。落ち着ける所がいいから、淳のうちにお邪魔していい?」と和実が言った。「うん」「それにね。。。一人で寝るのが怖いの。津波が来た時、必死で階段駆け上った時の記憶が・・・私の後ろを昇ってたはずの人私が屋上まで辿り着いた時、いなかった・・・」淳は運転しながら和実の手を握りしめた。いつも元気に明るく振る舞っているから気づきにくいけど、心の中はいろいろなものが渦巻いているんだなと思った。そして彼女も、ほんとにギリギリの所を生き延びたんだ。
駐車場に車を入れ、布団だけ抱えて約30m歩き自宅に戻る。他の荷物の整理は明日だ。お風呂を入れて交代で入った。
「すっきりした。地震に遭ってからずっと入ってなかったから」
「そうだったよね。ごめん、青森に行った時に叔母さんところで入れさせてもらえば良かったね」「ううん、あの時は先を急いでいたもん。早く被災地に物資を届けなきゃというので」
「今夜は・・・泊まっていくんだよね?」「うん」
「今、布団敷くね」
といって奥の部屋にひとつ布団を敷き「そちらを使ってね」と言う。
そして自分の分を居間に敷きかけたら和実が抱きついてきた。
「布団はひとつでいいよ」「でも」「くっついて寝たいの」
「そうだったね。ごめん」
そういえば石巻で再会して以来、和実は毎晩車の中で淳にくっつくようにして寝ていたのだった。寂しかったんだなと思った。
淳は、いとおしく思えて、そっと和実の額にキスした。
「あ、だめ」
「ごめん。ついキスしたくなったから」
「違うの。キスはここにして欲しいの」
和実は淳の唇に深いキスをした。『あ・・・』淳は心の中で声を出した。理性が吹き飛んだ。いいよね。性別なんて大した問題じゃない。
和実の口はさわやかな香りがした。
「ね、ぴったりくっついて寝よう」「うん」
ふたりは下着だけになって一緒に布団に入った。。
和実が抱かれながら淳のブラのホックを外す。あそこを触られる。
淳は男の子に戻ってしまった。和実のも触ってあげようとする・・・・あれ?「どこ?」「えへ。タックしてみました。だから今夜は女の子」
あの付近を触ってみるがこれはまるで女の子の股間だ。男の子の痕跡が無い。「ずるい」「今度淳のもしてあげようか?そしたら女の子同士のHができる」
「えっと・・・」そうか。この子、女の子の格好してる時は大きくなったりしないと言ってた。多分私には無理だ。タックしても抑えきれない・・・・「でも今夜は淳、男の子役してね」「うん。あ・・・」
とろけるような感覚の中、明日の朝起きれるかな?という不安が頭をよぎった。
「・・・出社は来週からと電話で言っておけばよかったな・・・・・」
「大丈夫だよ。私ちゃんと朝起こしてあげるから。今日は疲れたけど、明日はまた元気が出るよ」
和実が可愛い顔でそんなことを言うと、淳は本当に元気が出てくる気がした。