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その日いっぱい、和実は「完全女の子モード」でいた。和実の変化を他にも何人かの同僚が気付いた。「何かあったんですか?」と菜々美が悠子に尋ねると、悠子は「うーん。和ちゃん、女の子に性転換しちゃったかも」と答えた。
その日の夜、和実は姉の部屋に行って、実は7月からずっとメイド喫茶でバイトをしていたこと、そしてこの1ヶ月ほどは、完全に女の子としてパスするように「女の子大作戦」をしていたことなども打ち明けた。姉は親に言うかどうかは、和実の仕事をしているところを見て決めるといい、翌日実際にメイド喫茶に客として行くことを告げた。和実はその日のうちに「女の子モード」を解除するつもりだったのだが、これでその日は解除できなくなった。
姉は予告通り、メイド喫茶「ショコラ」に来たが、姉としてではなく客として来るから特別なことはしないでという約束だったので、和実は「お帰りなさいませ、お嬢様」とにこやかに応対し、席に案内して、オーダーされたウバ紅茶とオムレツを持って行った。オムレツにはリスの絵を描いた。「リスがクルミを食べるのであって、クルミがリスを食べたら逆じゃん」と初めて笑って言った。「あ、美味しい!紅茶とか自分でいれたの?」と胡桃が訊くので「はい、当店ではオーダーを受けたメイドが自分でコーヒー・紅茶・オムレツは作って持ってまいることになっております」と和実は笑顔で説明した。胡桃はその笑顔を見て、この子は今、完全な女の子だと思った。
和実が勤務を終わる時刻にあわせて胡桃はまた町に出てきて、通勤用の女の子服姿の和実をファミレスに連れて行き、今後のことについて話した。
「あのお店自体は私気に入ったわ」
「ありがとう」
「あんたが喫茶店でバイトしてるとは聞いてたけど、お店の名前とかを言わないのがちょっと変だなとは少し気になってたのよね。父ちゃんも母ちゃんもそういう所が鈍いし。でも、メイド喫茶というから、なんかいかがわしいサービスとかしてないか心配だったんだけど、あそこはとてもまともなお店だわ」
「メイド喫茶は風俗とは違うから。お客様も女性の方が多いくらいなのよ」
「ところが東京にはとんでもないメイド喫茶もあるのさ」
「え?そうなの」と和実は驚いたように言う。
胡桃は板に付いた女言葉で話す和実を複雑な思いで見ていた。
「で、あんた、女の子になりたいの?」と胡桃が単刀直入に訊いた。
「私、まだよく分からないの。でも女の子もいいなあとは思ってる」
和実は今精神状態が「女の子モード」になったままなので、一人称が「私」になってしまうということを断った。
「たった1度の人生なんだし、自分の生きたいように生きていいと思う。でもちゃんと考えて行動して行けるよね?」
「うん。軽はずみなことはしないようにする」と和実は首を傾げながら答える。その様が微妙に色っぽい。これはハイティーンの女の子だけが持ってる色っぽさだ。「3つ約束して」と胡桃は言った。
「1つ。高校を卒業するまでは一応男の子の格好で学校には行って」「うん」
「2つ。20歳になるまでは、去勢とかホルモン飲んだりとかはしない」
「ああ。それ考えたことなかったけど約束する」
「3つ。高校生の間は、男の子とのH禁止」
「女の子とはHしてもいいの?」「あんた恋愛対象は男の子じゃないの?」
「自分でもよく分からないんだよね〜。恋愛対象は女の子のつもりだったんだけど、こないだ初めて男の子に恋しちゃった。振られたけど」
「じゃ、女の子とも男の子ともH禁止」
「はい」
「それ守れるなら、あんたの女の子服、私のタンスに入れて勝手に使っていいから」
「わあ、助かる。時々自分ちに服を持ってきたい時あったから、そんな時に置き場所に困ってたのよね」「洗濯したいのは、私が盛岡にいる間は洗濯機にほうり込んでおくといいよ。洗濯して干したのを私が回収しておくから」「うん、ありがとう」
そんな会話をした翌朝、胡桃は和実の様子を見て、思わず箸を落とした。
「あんた・・・・・」
「おはよう、姉ちゃん」
そこにいたのは『弟』だった。
「男の子の雰囲気なんだけど」
「あ、女の子モード解除したから」
「男の子に戻ったの?」
「ううん。お店に行く前にまた切り替えるよ」
和実はだいたい30分くらいの時間があると、女の子の雰囲気と男の子の雰囲気を切り替えられるようになった。学校に行く時は男の子モード、お店に行く時は女の子モードにするのだが、町を散歩したりショッピングモールに行ったりする時は、その時々の気分で、女の子モードと男の子モードを切り替えた。実は学校に行く時も女の子モードで行く日があり、級友の女子達から「今日は女の子だね」
とか「今日は男の子みたい」などと言われて、そのこと自体を少し楽しんでいた。
しかし和実は女の子モードにしている時、世界がまるで違うことを実感していた。今までと同じものを見ているはずなのに心の受け取り方が違う。また周囲が自分をどう扱うかが男の子の時とは全然違っていた。男の人から優しくしてもらえることが多かった。女性からは、少しなれなれしい感じの接し方をされる事があった。
トイレについては初期段階で心の葛藤があった。それまで和実は、お店では入店以来、お客様に性別疑惑を起こさせないようにということで女子トイレを使っていたが、ふつうに女の子の服を来て町などに出ている時は多目的トイレを使っていた。しかし自分が「女の子の服を着た男の子」なら女子トイレ使うのは問題があるかも知れないけど自分が「女の子」であるなら、女子トイレを使ってもいいのではないかという気がした。そもそも多目的トイレが少ない。ある時思い切って中に入り使ってみたら何でもなかったので、今度からこっちにしよう、と決めた。
そう決意してから一週間ほどたった時、学校はもう春休みに入っていたが、ショッピングモールの女子トイレを使って、手を洗っていたら隣に同級生の梓が来た。「あ、梓。買い物?」と和実は反射的に声を掛けてしまってから、あ、ここはやばかったか?と後悔した。梓は一瞬目をパチクリさせていたが「和実?」と言って「あんた、何してるの?ここ女子トイレなんだけど」と言う。和実は開き直って
「うん。でも最近の女子トイレって同伴男児用の小便器があって、入った時ギクリとするよね」などと言って「じゃまたね」と手を振りトイレを出た。梓は、可愛いセーターと膝上スカートにニーソを着こなした和実をぽかーんとして見送った。『声掛けられてなかったら普通に女の子としか思わなかった』と梓は心の中で呟いた。和実は梓とは後によく女の子の格好で遊ぶようになるのだがそれはまた別の物語で。
翔太の所には2〜3日に1度御見舞いに行った。翔太は手術後数日はひどい飛蚊症などに悩まされ、また炎症でかなりの痛みもあったようであったが次第に症状は落ち着いていき、視力も安定してきた。そして3月末に退院して田舎に帰っていった。翔太は手紙を書くと言っていた。格好いいロボットの絵付きのお手紙をあとで和実はもらって微笑んだ。
和実は股間の処理について、テープの代わりに接着剤で留める方法に気付いていた。テープだとどうしても数時間で外れてしまうが、接着剤だとかなり長期間そのままにしておけた。これ水にぬらしても大丈夫だよねと思い、和実は試してみることにした。女子用のワンピース水着を持って市民プールに行く。入口で中高生・女子のボタンを押してチケットを買い、受付で鍵をもらって女子更衣室に入った。多数の女性が着替えていたが全然気にならない。水着はあらかじめ着てきたので服を脱ぎシャワーを浴びてプール内に入る。胸には水着用のヌーブラを付けておいた。2時間泳いだが股間は全く崩れなかった。
和実は満足してプールからあがり、シャワーを浴びて更衣室に戻った。自分の服をいれているロッカーの前で手早く水着を脱ぎ、体をバスタオルで拭いて、下着を着けた。股間にぶらぶらするようなものは無いので、精神的には余裕がある。胸に貼り付いたヌーブラも遠目にはほんとうに胸があるように見える。そのあとゆっくりカットソーやスカートを着ていたら、けっこう更衣室内を裸で歩き回っている人がいた。それを見ても和実は何とも感じなかったが、ひとり凄く胸の豊かな人がいて「いいな。あのくらいのおっぱい、私も欲しい」などと思った。
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萌えいづるホワイトデー(6)