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■七点鐘(5)

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(C)Eriko Kawaguchi 2016-09-19
 
私は別に性転換手術など受けるつもりは無いものの、警部補さんと一緒に乗ったスポーツカーでの高速道路走行が快適に感じたので、運転免許を取ろうと思った。それで、毎日夕方からの時間と、非番の日を使って教習に通うことにした。うちの職場は土日はまず休めないので代わりに平日のどこか2日間を仕事の状況を見て休んで良いことになっている。
 
夕方会社から行きやすい所と思って高崎市内の自動車学校に入ったのだが、実際は夕方までどこかで取材をやっていて、駆けつけるのに苦労することもあった。
 
それで1ヶ月ほど通っていた時に、私は事務の人から呼ばれた。
 
「あのぉ、あなた、女性ですよね?」
「え?私は男ですけど」
と私は答える。
 
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「男性用トイレをお使いになっているようだなと思って。でも書類では女性になっていますよね。もしかして女性から男性に性転換なさったのでしょうか?」
 
「え?書類が女になってますか?」
 
それで慌てて自分が手に持っている生徒票を見てみると、本当に女の方に○が付けてある。
 
「私は法的にも男ですけど」
「戸籍も変更なさったんですか?」
「変更も何も生まれた時から男なんですけど」
「あら、そうですか?」
 
「入校する時に、住民票を提出していますよね。確認してください」
 
それで事務室で私の書類をチェックしてくれた。
「あ、本当だ。ちゃんと男と書かれていますね。すみませーん」
 
「いえいえ」
 
私はこういうミスって結構あるものなのかな、と思った。
 
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私と同時期に入校した人で、20歳くらいかなという感じの女性がいた。しばしば講義で一緒になるし、2時間連続実車の講習で同じ車に同乗したりもしたので、結構親しくなり、言葉を交わす。むろん下心は無く、純粋に同じ教習を受けている者同士の連帯感のようなもので結ばれている(と少なくともこちらは思っていた)。
 
その日は、夕方からの教習だったのだが、18時からの学科を受けた後、20時からの実車の時間が来るのを待つが、自習室に入ってパソコンで交通法規の練習問題を解くことにした。
 
その日は私が自習室に行った時は誰も居なかったが、しばらく問題を解いている内にその彼女が入って来た。お互いに会釈する。彼女は私の隣の机に座った。
 
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「今日は生徒さん少ないみたいですね」
と彼女も問題の画面を開きながら言う。
 
「ええ。やはり天気が悪いからですかね」
と私も答えながら、問題の続きをする。
 

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私たちは時々言葉を交わしながら、各々問題を解いていたのだが、30分くらいした時に唐突に彼女が言った。
 
「でも、明宏さん、ごく自然に男性ですよね。やはり10代の内から性別移行して男性ホルモンとか取ってたんですか?」
 
「へ?」
 
「あ、いや、確か女性から男性に性転換なさったんでしょ?」
 
「そんなのしてません。私、生まれた時から男です」
「え!?そうなんですか? 他の生徒間で噂になっていたので」
 
「いや、入校する時に書類が間違って女になっていたんですよ。それでこの通り、生徒票が女のままになっているんですが」
 
と言って私は生徒票を見せる。
 
「あ、そうそう。生徒票を見たけど女になっていたと言っていた人が何人かいたんですよ。じゃ、これ間違いなんですか?」
 
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「そうなんですよ。再発行すると、手書きで書かれた先生のコメントとかを転写できないので済みません、そのままで使って下さいと言われました。卒業証書はちゃんと性別男で出すからと」
 
「私、てっきり女性から男性に変わられたものと」
「違います」
「何だ。間違いだったのかぁ。凄いなあと思っていたのですが」
「たまにこういう性別の記載ミスってあるみたいですね」
 
「だったら、私こそ性別を記載ミスして欲しかったなあ」
「え?由美子さん、男の生徒票にしたかったんですか?」
 
「うーん・・・」
と言いながら、彼女は生徒票を見せてくれた。私は驚いた。
 
「性別、男になっているじゃないですか?」
「そうなんですよ。性別は20歳まで直せないんですよね〜」
「え?まさか」
 
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「私、生まれた時は男の子だったんです。でも高校卒業してすぐに性転換手術を受けたんですよ」
 
「ホントに?全然男の子だったようには見えない」
「ありがとう。物心ついた頃から自分は女だと思っていたし、友達もみんな私のこと女の子とみなしてくれていたし。中学の間は男子制服だったんですけど、中学3年の時に法的に名前を女の子名前に変えて。そしたら高校は理解してくれて女子制服で通学したんです」
 
「良かったですね」
「私女性ホルモン飲んでいたから、当時けっこうおっぱい膨らんでいたし。男性機能はもう消失していると話したら、だったら女子に準じていいと言ってもらえて」
「それは良かった」
 
「ただ、性別がまだ修正できなくて不便しているんですよ」
「大変だけどあと少しの辛抱ですね」
 
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「そうですね〜。でも、ああ。私、性別を変更している者同士でお友達になれるかなあと思っていたんだけど」
 
私は微笑んで言った。
 
「性別は関係無いよ。お友達でいようよ、由美子ちゃん」
「ほんと?じゃ、そうさせてもらおうかな、明宏ちゃん」
 
と言って私たちは携帯のアドレスを交換して、握手した。
 

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「ちなみに、今男の人なんだったら、性転換して女の子になる気は?」
と由美子が言う。
「無いよぉ」
と私は言った。
 
「そう?だって、明宏ちゃん、雰囲気的に性別が曖昧なのよね。だから私も女から男に変わったという噂話を信じちゃったんだけど」
 
へ?雰囲気的に性別が曖昧??
 

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4月。
 
私は入社3年目になった。そして会社には新入社員が5人入ってくる。男性2人と女性3人だ。この1年間にうちの雑誌社では8人の社員が辞めている。その補充には10人程度入って欲しかったのだが、なにせうちの会社は給料が悪い。それに労働時間も長く結構ハードである。それで、なかなか応募者も無いようである。今回応募者は9人居たものの、3人はあまりに常識が無かったり性格に問題がありそうで落とし、1人は向こうから辞退して5人の入社になった。
 
仕事にあまり影響の無い水曜日の夕方、歓迎会をした。男性1人と女性1人は大卒で23,22歳だが、他の3人は専門学校を出た20歳である。一応全員20歳を過ぎているので、居酒屋さんでパーティールームを借りて、お酒を酌み交わしながら、色々話をしたり、余興をしたりした。
 
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男性の新入社員は2人ともセーラー服女装させられていた。女性3人の内2人は歌を歌ったが、もう1人は『独り漫才』をやっていた。
 
宴会が終わった後、課長が「希望者だけ二次会に行くぞ」と言ったが、新入社員の5人は全員付いていった。2次会はカラオケ屋さんで歌いまくったが、ここで結局12時を過ぎてしまう。
 
「もう終電が行っちゃってるね」
「タクシーに相乗りして帰らない?」
などという声も出ている。
 
二次会は途中で結構帰る人もあり、新入社員も3人は帰宅したのだが、男性1人と女性1人が最後まで残った。私はふたりを心配して言った。
 
「君たちはどうやって帰るの?」
 
「僕はネットカフェで一晩過ごそうかと思っています」
と男子の方は言う。
 
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「君は?」
ともうひとりの女子の方に訊く。
 
「タクシーで帰ろうかなと思ったんですけど、お金掛かりそうでどうしようかと思っていた所です」
 
「君どこだっけ?」
「**町なんですけど」
「うーん・・・」
と私は悩んだ。結構な距離がある。おそらくタクシー代は3000円くらいかかる。ただ私はひとつのことを考えた。
 
「ねえ、もしよかったら、僕と相乗りしていかない?僕のアパートは**町に行く途中の**町なんだよ。だから僕が自分ちまでの料金を払うから、その先の分だけ君が払えばいい。そしたら多分1500円程度で済むよ」
 
「あ、じゃ相乗りお願いします」
 

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それで私は彼女と一緒にタクシーを停めると一緒に乗り込んだ。彼女を後部座席に乗せ、私は助手席に乗せてもらう。
 
「済みません。私、もっと早く帰るべきでしたよね。でも課長さんが飲んでおられるのに新人が先に帰っていいものかと悩んじゃって」
 
「宴会の退出タイミングって難しいよね。**さんが帰る時に一緒に出れば良かったかもね」
 
「私、そのあたりの空気読むのがへたくそなんですよ」
「まあ少しずつ感覚を磨いていけばいいね」
 
そんなことも話しながら、タクシーが走っていき、もう少しで私のアパート付近に到達すると思った時、唐突に彼女が言った。
 
「しまった。私、自宅の鍵を会社に忘れてきちゃった」
「え?」
「これだと自分のアパートに入れない」
「ありゃあ、それは困ったね。どこか深夜営業のファミレスか何かででも夜を明かす?」
と私は提案した。
 
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すると彼女が言った。
 
「あのお。失礼は承知なんですけど、先輩のおうちに泊めていただけません?」
「え〜〜?」
「ダメですか?」
「うーん。僕は構わないけど、変な誤解をされないかな」
 
「黙っていれば大丈夫ですよ」
 
この子、意外に大胆じゃんと私は思った。
 

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しかし鍵を忘れて自宅に入れないという後輩を放置する訳にもいかないので、タクシーには自分のアパートの所を終点にして欲しいと告げ、そこで一緒に降りた。彼女は料金を半分出すと言ったが、大丈夫大丈夫と言っておいた。
 
「散らかっていてごめんね」
と言って彼女を家にあげる。
 
「あら、きれいじゃないですか。キッチンもきれいに整理されているし」
「ああ。僕は母親の躾が厳しかったから、使った茶碗とかはすぐ洗って拭いて食器棚にしまうんだよ。だからシンクが食器であふれているなんてことにはならないんだよね」
 
「先輩、いいお嫁さんになれますよ」
「あはは。そういう意見は過去に聞いたことある」
 

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取り敢えず台所のテーブルの所の椅子を勧め、紅茶を入れた。
 
「砂糖は適当に入れてね」
と言って、シュガーポットを置く。
 
「あ、私ノンシュガーがいいので」
「へー。紅茶をノンシュガーで飲む人は、特に女の子ではレアだね」
「実はノンシュガーの方が美味しいんですよ。わあ、このディンブラ美味しい」
 
私は少し驚いた。
 
「キーマンとかダージリンは味が特徴的だから分かる人も多いけどディンブラを飲んだだけで分かるという人は凄い」
 
「私、アッサムとかウバとかディンブラとか、この傾向の紅茶が好きなんで、よく飲んでいるんですよ」
「へー。僕も実はそのあたりが好きなんだよ」
「わあ、気が合いますね」
 
と彼女は無邪気そうに言う。これは本当に無邪気なのだろうか。それとも自分を誘惑するつもりなのだろうかと私は判断に迷った。むろん私は彼女が私に強引に迫った場合はアパートから逃げ出すつもりである。
 
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「クッキーでも食べる?」
と言って、私はストックしておいた森永のムーンライトを出す。
 
「わあ、これ大好きです」
と言って笑顔で食べている。
 
屈託の無い笑顔だ。やはり単に純粋で少し世間知らずなのかなと思った。こんな深夜に男性の家を訪問してはいけないということ自体を知らないのかもしれない。
 
私もクッキーを摘まみながら、彼女が仕事の仕方などでいくつか質問するのに自分の考えではこうだというのを断った上で私は答えていた。
 
それで10分ほど話した時のことであった。
 
「でも実は私、先輩と少しゆっくり話したかったんです」
「え?」
 
ちょっと待て。まさか好きですとかは言わないでくれよ。
 
「私のお仲間みたいだなと感じて」
「仲間?」
 
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「私は小学3年生の時に性別変更したんですけど、先輩はいつ頃女の子になられたんですか?高校生くらい?」
 
「へ!?」
 
「性転換なさってますよね?でもやはり女子社員として勤めるのが難しくて仮面男子なさってるんですか?」
 
「えっと、僕男だけど」
 
「大丈夫ですよ。私、誰にも言いませんから」
 
「いや本当に性転換はしてないんだけど。君は、小学生で性転換したの?」
と私が訊くと、彼女は微妙な微笑みを見せて語り始めた。
 
「私、生まれた時はおちんちん付いてたから、自分は男の子だと思っていたんですよ。ところが小学1年生の頃からそのおちんちんが縮み始めて」
 
「え?」
 
「どんどん小さくなって行くんです。それでタマタマもしばしば身体の中に入り込むようになって、その内全然降りてこなくなって。でもそんなこと恥ずかしいから、私誰にも言えずに悩んでたんです」
 
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「ええ」
「でも小学2年生の春に風邪を引いて病院に行った時、お尻に注射されたんですけど、その時看護婦さんが、陰嚢の中に睾丸が無いことに気づいて先生を呼んで、それで調べられたら停留睾丸ですねと言われたんですけど、先生がその停留睾丸のせいか、おちんちんの発達も遅いみたいだねと言われて。でも実際は発達が遅いんじゃなくて、縮み掛けだったんですよね」
 
「ああ・・・」
 
「それで結局大きな病院に連れて行かれて精密検査を受けたんですけど、検査結果としては、体内に入り込んでいる性腺が睾丸なのか卵巣なのかよく分からないと言われて。それで私、やっと自分のおちんちんが縮みつつあることを先生に言ったんです」
 
「なるほど」
 
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