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■七点鐘(2)

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会社に戻って、朝遅れたことを課長に詫びた。
 
「何だ。だったら朝まで取材していた訳か」
「結果的にはそうなります」
「だったら問題無い。これは遅刻にはならんよ。でもその話面白そうじゃん。今日中にまとめてくれる」
「はい。午前中には書き上げます」
 
それで私は午前中に自分の机の上の端末から記事を入力し、撮ってきた写真も適当なサイズにトリミング・縮小して添えた上で校正担当者に送信した。
 
その後、雑多な記事の整理をしていたら、主任から声を掛けられる。
 
「ね、フィギュアスケートの夢井兄妹の取材に行って来てくれない?」
「あ、はい。行って来ます」
 

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アポイントは既に取られているというので、私はバスと電車を使ってその兄妹が練習場所にしているというスケートリンクに行った。途中でふたりのプロフィールを見る。両親はごく普通の会社員と主婦だったようであるが、ふたりは小学生の内から頭角を現し、兄妹らしい息の合った演技で期待が高まっており、次期五輪の有力候補にも挙げられているらしい。
 
私が行くと、ふたりはリンクで練習中であった。リンクの貸し切り料金は結構高いはずである。その貴重な時間を使っての練習を邪魔してはいけないと思い、私はずっとその様子を見ていた。
 
確かにかなりセンスが良い。兄は身長180cmくらい、妹は150cmくらいだろうか。お兄さんはわりと細身の身体だが、妹がそんなに重くないのでリフトなどもできるようである。
 
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私はコーチさんに声を掛けて許可をもらって練習中の様子を取材用カメラで何枚も撮影した。
 

練習は16時に終わった。私はふたりが着替え終わってから近くのファミレスで軽食でも取りながら取材させてもらうことにした。
 
「どうも貴重なお時間を頂いて済みません。こういうものです」
とあらためて名刺を渡す。
 
「今日は学校は早く終わられたんですか?」
「いえ。練習の日は早退させてもらっています。学校が終わった後で夕方から練習したい所なんですけど、その時間帯は人が多くて、ぶつかりそうで怖いので」
 
「ああ、貸し切りにしている訳ではないんですね」
「ええ。とても貸し切りの料金は払えません。普通の使用料金でも、平日の昼間は安いんですよ」
「そういう練習活動の資金とか大変ですよね」
「はい。結構な有名選手でも資金は苦労しているようです。オリンピックに出るような選手でもスポンサーの付いている人はごく少数なんですよ」
 
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「そうでしょうね。金メダリストとかでもバイトしながらという人は多いみたいですよ」
 
「私も高校生くらいになったらバイトとか探せると思うんですが。両親に苦労掛けていて」
とお兄さんの方が言うが、
「いや、今は練習に集中してください」
と私は言った。
 

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「スケートは小さい頃からしていたんですか?」
と私は質問する。
 
「はい。私は幼稚園の頃からしていました。母が大きな大会とかには出たことはなくてもスケートが好きだったので、それで教わったんですよ」
と兄。
 
「私はその兄がやってるの見てて、面白そうだなと思って、一緒に習い始めたんですよね」
と妹。
 
「それでペアを組むようになったんですか?」
「そうなんです。ペアとして練習するようになったのは、私が小学2年生でこいつが幼稚園の年長の時からかな」
 
「ほんとに長く一緒にやっておられるんですね」
 

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「その頃は誰かの指導を受けるでもなく、母が教えてくれる程度の内容で取り敢えず、滑っている程度で。スピンとかジャンプも初歩的なものでした。でもそれでリンクで滑っている時に、地元出身のスケーターの方に目を留められて、レッスン代は要らないから、自分の生徒にならない?と言われたんです」
 
「いい出会いがあったんですね」
 
「それで兄が大会に出ることになって、最初はそのスケート教室の別の女の子と組んでペアで出る予定だったんですよね」
 
「ああ、何か事故でもあって、その人が出られなくなって、妹さんが代わりにというパターンですか?」
 
「そうなんですよ。直前にその子が盲腸やっちゃって。入院したので出られなくなって。それでピンチヒッターでこいつと組むことにしたんです。実はいつも練習相手になってもらってたんですよね」
 
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「なるほど、そもそもペアの代理をしていたんですか」
 
「それで私が兄と組んで出ることになったんですけど、この衣装着て滑ってと言われて、『え〜?』と思いました」
 
「何か派手な衣装だったんですか?」
「派手とかはいいんだけど、スカートだったので」
 
「ああ、スカートはあまりお好きじゃないんですか?」
「スカートなんて穿いたことなくて」
 
「ああ、最近の女子はあまりスカート穿きませんよね」
 

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「でもまあお前しか居ないからと言われて、渋々スカート穿いて兄と一緒に出て、滑ったんですけど、優勝しちゃって」
 
「それは凄い」
「それが市の大会だったんですけど、県大会に出ることになって。そこでもまた優勝して、全国大会まで行っちゃったんですよ」
 
「最初の大会でそこまで行くって凄いじゃないですか」
「ほんとにびっくりでした。全国大会は上手い人がたくさん居て、上位には入れなかったんですけど、私たちがまだ小学2年と幼稚園というのに凄いと言われて特別賞をもらいました」
 
「良かったですね」
「それで、本格的に兄弟で組んで練習しなよと言われて。実際、その大会が12月の小学生選手権だったんですが、3月に行われる選抜大会にも招待するからと言われて」
 
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「それから本格的にペアとして練習するようになったんですね」
「ええ。そうなんです。でもここでちょっと問題が生じて」
 
「はい」
「ペアは本当は男女でないといけないと言われたんです」
 
「えっと。。。兄妹ではダメという意味ですか?」
「いえ。兄と妹ならいいのですが、当時私たちは兄と弟だったので」
 
「は?」
 
「あ、聞いておられませんか?私、生まれた時は男だったんですよ」
 
「え?」
 

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「だからスカート穿いて演技するのも嫌だったんですけど、今度はちゃんと女の子になれと言われて」
 
「え〜〜〜!?」
 
「まあそれでちょっと手術して女の子になっちゃったんだよね」
と兄が言う。
 
「まあ、当時は自分としてはショックだったけど、まあ女の子ライフは割と気に入っているよ」
「お前は最初から女の子になる素質あったと思うよ。そもそも赤ちゃんの頃はいつも『可愛いお嬢さんですね』と言われていたらしいし」
 
「じゃ、性転換手術しちゃったんですか?」
と私は驚いて尋ねた。
 
「ええ。幼稚園年長の12月25日、クリスマスの日に女の子になる手術を受けました」
 
「それって、睾丸を取ったとか?」
「おちんちんもタマタマも取って、割れ目ちゃんを作ってもらいました。でも実は赤ちゃん産む穴は作ってないんですよ。それは結婚する前に作ればいいと言われています」
 
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「じゃ兄妹ペアになるために性転換したんですか?」
「そうですよ。弟ではダメだから妹になってくれと言われて」
 
「でもそういう大手術したら、しばらく寝てないといけないのでは」
「あの手術って、赤ちゃん産む穴まで作ったら、半年くらい痛みが続くらしいですけど、実はおちんちんとタマタマ切るだけなら、そんなに痛くないんですよ。私は翌日には普通に歩けましたし。溶ける糸で縫ってもらったから、抜糸も必要無かったし。一応一週間入院しましたけど」
 
「そのくらいは入院するでしょうね」
 
「幼稚園の内に女の子になったので、小学校には普通に女子として通ったんですよ」
「それお友達とか何か言いませんでした?」
 
「同じ地域の学校に行くと何か言われるかもと言って、引っ越して別の市に行って、小学校からはそちらに入ったので。だから、私が元々は男の子だったと知っている人はいないと思います」
 
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「えっと、この話は記事にしないほうがいいですよね」
「あ、できたら記事にしないで下さい」
「分かりました。この件は書きません。ただ、大会にピンチヒッターで妹さんがお兄さんと組んで出たら全国大会まで行っちゃったというのだけ書きますね」
 
「はい、ありがとうございます」
 
「しかしこれ記事にはしませんけど、突然女の子になって、違和感とか無かったですか?」
 
「最初の内、結構トイレに入り間違いましたよ」
「でしょうね」
 
「君君、女の子トイレは向こうだよと言われました」
「なるほどなるほど」
 
「お風呂はまだ幼稚園だから、一緒に入っちゃったね」
「ええ。兄と一緒に男湯に入ってました。でも幼稚園とか小学1年生の女の子が男湯にいても、特に何も言われないので」
 
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「まあ小学1年生くらいが限界でしょうね」
 
「スカートは今でも苦手なんですよね」
と元弟の妹は言う。
 
「だいたいズボン穿いてることが多いよね」
「友達とかでもスカート派って少ないから、これはごく普通」
「うん。確かに今時の小学生の女の子はスカート穿かない。僕は今中学1年で制服だから、女子たちも仕方なくスカートのセーラー服着ているけど、小学校の時はクラスの中でスカート穿いてる子は1人か2人くらいしか居なかったです
 
「名前はその時に改名したんですか?」
「病院のお医者さんが、何だか診断書書いてくれて、それで戸籍の性別を男から女に変えるのと同時に名前も変えました。当時何度か裁判所に連れて行かれたのを覚えていますよ」
 
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「ああ、だったら半陰陽か何かということにして性別変えちゃったのかな」
「そのあたりはよく分かりませんけど、確かに生まれた時は女の子のように見えたけど実は男の子だったとか、その逆って割とあるらしいですね」
 
「うんうん。そもそも性器の形が曖昧な人もいるし、生まれた時は無かったおちんちんが、5−6歳くらいになってから生えてくる人も稀にいるんですよ」
 
「へー。人間の身体って面白いですね」
 
「そういうことを引き起こす遺伝子が見つかっているんですよね。逆に生まれた時はあったおちんちんが消えちゃう子も居るんですけど、こちらはまだ医学的には解明されていないみたいですよ」
 
「そういう人たちがいるんだったら、私みたいに男に生まれたけど、女の子として生きているというのもあっていいんでしょうね」
 
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「もちろん。あなたがそれで良いと思っていれば、それでいいんですよ。男の子のままで居たかったと思うことはないですか?」
 
「女の子は可愛い服着られていいですよ。私、お菓子作りとかも好きだし。特におちんちん無くしたくなかったと思ったことはないです。最近少しおっぱいが膨らみ出したから、これも楽しみ。これで結構遊んでいるんですけどね、男の子はおっぱい無くて可哀相と思っちゃう」
 
「だったら問題無いですね」
と私は笑顔で妹さんの方に言った。
 
取材はその後、練習の内容、今後の抱負、目標としてる選手などについてふたりに聞き、1時間ほどで取材を終えた。
 
私はその日の内に記事をまとめて会社に送信したものの、むろん妹さんの方が元は弟であったのを性転換したなどということは、どこにも書かなかった。
 
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