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西国三十三ヵ所を回っている最中の千里1は、6月22日の昼頃から翌朝まで貴司のマンションに滞在したのだが(それで23日夜に美映にトラブル?が発生した)、その23日。夕方、神戸のショッピングモールで食料品の補充をしていたら、阿倍子・京平の親子に遭遇した。結局京平のリクエストで夕食をおごってあげることになる。
ショッピングモール内のトンカツ屋さんで食事をしてからお店を出た所で、阿倍子が知り合いに会ったようであった(本当は待ち合わせていた)。
「あ、お友達?」
「ええ。近所に住んでいるんですよ」
と会話を交わしたが、その女性が何か焦ったような顔をしているのは何だろうと思った。近所ということで、私の車に乗って帰られない?と彼女が阿倍子を誘い、阿倍子も「お願いします」と言っていた。京平もその女性に慣れているようだ。
「私が荷物も持つよ。阿倍子さん、ほんとに腕力無いから」
と彼女は言って、阿倍子が持っていた買い物袋を手に取ったが、その時、そばにいた千里とも接触した。
「あ、ごめんなさい」
「いえいえ」
「だけど阿倍子さん、お友達できてよかった」
と千里は言った。彼女は全く友人がいないのも問題だったのである。
千里1は阿倍子たちと別れた後は、軽く休憩したあと宮津市まで移動してから車中泊した。
「これどうする?」
「晴安を別の千里に会わせる訳にはいかないよな」
「俺に考えがある。千里を呼んでくれ」
「じゃ2番が空いてるから呼ぶよ」
晴安は阿倍子を神戸の自宅まで送っていった後、その夜は阿倍子の家にそのまま泊まった。この時点で晴安は既に妻とは別居しているが、さすがに妻不在中の家に阿倍子を引き入れる訳にはいかないので、ふたりはしばしば阿倍子宅でデートしている。晴安は妻とは現在離婚(条件)交渉中で2人は10月に離婚することになる。
阿倍子が夕食を作るが
「時間かかるからお風呂に入ってて」
と言った。
「うん。先にもらうね」
と言って着替えを持って脱衣室に行く。そして服を脱いだ時、ギョッとした。
「なんでこうなってるの〜〜〜?」
個人的にはこういうことになっているのは嬉しい。でもこれだと阿倍子さんと“できない”よぉ。
取り敢えず浴室に入り、身体を洗うが、大きくなったバストとか、全く形が変わってしまった“あそこ”とかを洗う時、ドキドキした。つい敏感な部分を自分で揉んでみる。女体を充分研究しているので、どうやったら気持ち良くなるかは知っている。でもここを揉んだ時の気持ち良さは想像を超えていた。
こんなに気持ちいいなんて。女の人はいいなあ。
それで結構気持ちよくなった後、髪を洗ってから、今度はあそこにそっと指を入れてGスポットも探ってみた。なんかとても感じやすい部分がある。
いいなあ。なんでこんなことになっているのか分からないけど、個人的にはマジでこういう身体でずっと居たいよぉと思った。
身体が冷えてきたので、湯船に10分近くつかってからあがり、身体を拭いて、洗濯済みのブラジャーとパンティを身につけた。更にスカートタイプのルームウェアを身につけ、着替えた服は洗濯機に放り込んだ。
阿倍子の夕食作りの方は後は煮込むだけになっている。それで交替で阿倍子が入浴した。
晴安は平静を装っているものの困っている。当然今夜は一緒に寝ることになる。それなのにこの身体では・・・・
と思っていた時、ピンポンが鳴る。自分が出るのはまずいかなと思ったものの、阿倍子は入浴中だし、宅急便を受けとる程度なら構わないだろうと思って玄関に出た。
ドアスコープから覗くと、黒い背広を着た中年の男性である。
「はい。どなたでしょう?」
「あなたは神を信じますか?」
とその人物はドア越しに言った。
「すみません。うちは仏教ですから、お帰り下さい」
「あなたは今日身体に異変が起きませんでしたか?」
晴安はドキッとした。
「信じるものは救われます。もしあなたが元の身体に戻りたければ、ドアを全開する必要はありませんから、ドアを少しだけ開けて手を出して下さい。もし今の身体のままで良ければ、私はそのまま帰りますし、あなたは一生女の身体のまま過ごすことができます」
晴安は悩んだ。自分としては女になりたい。というか女の身体のままで居たい。でも阿倍子のことも好きだから彼女と結婚するには男の身体が必要だ。
「戻りたいです」
「では手を出して」
「はい」
それで晴安は鍵を開けてチェーンを掛けたままドアを少しだけ開き、左手を出した。その左手を向こうの人がつかむ。男性だと思ったのに、晴安の手を掴んだ手は女性の手のような感触だった。
「しばらくこのままで。途中でやめると、ペニスもヴァギナも無い身体になります」
それは困ると思って晴安はじっとしていた。
「終わりました。もう男に戻りましたよ」
と向こうの人物は言って、手を離した。
「それでは失礼します」
晴安は胸とお股を触り男に戻っていることを確認したが、凄く惜しい気がした。せっかく女の子になれたのに・・・。
「あの」
「はい」
「どちらの教会の方ですか?後でお礼参りに行きます」
「ではこちらで礼拝を」
と言って、男は郵便受けから小さな紙を差しこんだ。
それで男は去って行った。
晴安が見ると、○○稲荷大明神と書かれた御札だった。
翌日、晴安は○○稲荷に行くと、1万円の初穂料を払って昇殿祈祷を受けた。
(宗教勧誘を装ったのは《こうちゃん》だが、手を握ったのは千里2である)
貴司は6月25日(火)が誕生日だった。その日貴司はちょっとだけ期待し、会社の用事で姫路まで行ったついでに、会社には直帰すると連絡を入れ、姫路駅から播但線に乗り甘地駅まで行く。そして市川ラボに行った。
居室(ここは実は一貫して貴司と千里のスイートホーム)に入ると
「お誕生日おめでとう。でもプレセントは美映さんからもらってね」
という張り紙がしてあった。
張り紙のそばに明治ミルクチョコレートが置いてあったので、それを
食べてから1時間ほど汗を流した。
それから居室に戻り、汗を掻いた下着などを着替える。
(汗を掻いたアンダーシャツなどの洗濯物は洗濯籠に入れておけば千里が洗濯しておいてくれる)
部屋を出ようとしたら、ドアの内側に揚げたての鶏の唐揚げの入った袋がさがっていて、そのそばに
「練習お疲れ様。28日は京平の誕生日だよ」
という張り紙があるのに気づく。それで貴司は
「ごめん。うっかりしてた。明日から週末まで出張なんだよ。代わりにプラレールか何かでも贈ってあげてくれない?」
と声に出して言う。たぶん千里は自分から見えない場所に居て聞いているはずと貴司は思っている。
それで貴司はテーブルの上に1万円札を置いた。
それから貴司は播但線・新幹線で大阪に戻った(唐揚げは甘地駅で電車を待っている最中に食べた)が、乗車中に貴司のスマホに「プレゼント代行はOKだから、貴司の字で伝票書いておいて」というメッセージがある。
それで新大阪駅で新幹線を降りると近くの佐川急便の営業所に寄り、伝票を1枚もらって宛名を書いた。それをコンビニで買った封筒に入れ、市川ラボ宛に送った。
マンションに戻ると、美映がケーキを買ってきてくれていたので、ワインで乾杯した後、ケーキを食べ(緩菜もケーキと取っ組み合っていた)、美映の手作りのビーフシチューを一緒に食べた。
美映は貴司にナイキのバッシュをプレゼントとして用意してくれていた。
「ありがとう。そろそろ買い換え時かなと思っていた」
と言って喜んで受けとった。
6月27日、★★レコードでは株主総会が行われ、村上社長や佐田副社長が株主提案により解任され、町添専務が社長に就任した。しかし高利益をあげている子会社TKRの吸収も否決されたことから、株価は暴落する。直前に所有株を全部売っておいた千里2は暴落したところで大量に買い、結果的に100億円ほどの利益を得た。
この利益が実は若林公園開発の原資となった。
同じ日、MM化学の株主総会も開かれたが、ここまで順調に会社の再建を進めていた鈴木社長が解任され、守旧派の高縄氏が新社長に就任した。MM化学の大混乱の始まりであった。株価が暴落したことから、千里2は下がりきった所で50万株ほど買い、年明けにコロナ騒動の前に売り抜けて、この相場でも10億円ほどの利益を得ている。
(千里3はこの手の“危険な遊び”には興味が無い。但し千里2が通常の取引の際に使用しているのは千里3が作ってくれたプログラムである)
6月28日、神戸の阿倍子の家に「篠田京平様」宛名の荷物が届く。
「京平、パパからの荷物だよ」
と言うと、京平が喜んでいる。開けて見るとプラレールのセットだった。
「わあ。これでまたレールを広げられる」
と言って、今持っているものにつなぎ、一緒に入っていたサンダーハードの列車セットを走らせて楽しんでいた。ポイントを切り替えたりして遊んでいる。
「京平、特急電車好きね」
「うん。サンダーバードは、まだぼくがうまれるまえに、ちさとおばちゃんにのせてもらったことあるんだよ」
「へ、へー!生まれる前に」
子供って時々不思議なこと言うなと阿倍子は思った。
この日は晴安がケーキとコーラを買ってきてくれたので、3人で食べて京平の4歳の誕生日を祝った。
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△・男はやめて女になります(3)