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■少女たちの国際交流(7)

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沈痛な空気が場に満ちていた。
 
「とりあえず残った料理、みんなで分けて持ち帰ろうか」
「うん」
 
全員で手分けして料理を分け、ビニール袋などに入れる。それからテーブルの上を片付けて食器を洗い、また部屋の掃除などもした。
 
それで何か情報があったらお互い共有することにして、その日は解散した。折れたリコーダーは勲男の机の上に置いた。ヴァイオリンは千里が持ち帰った。
 

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「ヴァイオリン壊れちゃった」
と千里は少し涙を浮かべて言った。
 
「また買ってあげるよ」
「しばらくはいい」
「うん」
 

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勲男およびその両親の処遇について、タマラ・リサ・ヒメ・千里の両親が共同で弁護士を雇い、できるだけのことはしたものの、不法滞在での有罪(執行猶予)・強制退去の処分は動かなかった。
 
勲男一家は2月にはフィリピンに送還されることになる。フィリピンへの航空運賃は4家で共同で負担し、国費出国ではなく自費出国の形にしてあげた。これで再入国のハードルが少しだけ下がる。弁護士さんは勲男のお父さんが勤めていた会社の社長と交渉し、ちゃんと退職金を受け取れるようにした。フィリピンでの住む場所については、一家は長い間日本に居て、向こうには知り合いなども無いということだったので、タマラのお父さんがマニラの不動産屋さんに直接電話して安いアパートを借りてあげた。こちらの家の荷物も4家で一緒に整理して、そこへ送った。千里たちも荷物の整理を手伝った。
 
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弁護士さんが勲男から千里への手紙を持って来た。
 
《ちさと、ヴァイオリンこわしちゃってごめんな。かわりといってはなんだけど、おれのキーボードもらってくれない?どっちみちフィリピンじゃ電気のきかくとかちがうから使えないだろうしさ。それとかわいいい女の子になれよ》
 
千里は最後の《かわいい女の子になれよ》という彼の言葉に少し涙を浮かべてその手紙を胸に抱きしめた。
 
勲男は他にも野球のボールとバットを留実子に、オセロゲームをタマラに、ソフビ人形(主として怪獣)のコレクションをリサにあげてと弁護士さんに伝言していた。そしてヒメには「机の3番目の引き出しに入っている箱」をあげて欲しいということだった。
 
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「それが勲男からヒメへのプレゼント?」
「そうみたい」
 
と言ってヒメは困ったような顔をして、可愛い博多人形を見せてくれた。
 
「可愛いじゃん」
とみんな言う。
 
「でもなんで私にだけこんなのくれたのかなあ」
とヒメが言うと
 
「それは勲男がヒメのこと好きだったからに決まっている」
とリサ。
 
「私、勲男にはいじめられたり、いじわるされた記憶しかない」
「まあ、男の子もなかなか自分の気持ちに素直になれないんだよ」
「まあお礼の手紙くらい書いてあげたら?」
 
「よし。ポルトガル語で書いてやる」
「あはは」
 
むろん勲男はポルトガル語は分からない。
 

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少し時を戻して12月25日(木)。
 
この日、雪子の小学校は2学期の終業式で1月18日まで冬休みに突入する。終業式が終わり、帰ろうとしていたら多枝が声を掛けてきた。
 
「雪子、明日午後1時、ミニバスの練習あるって。他の子には伝えた」
「ありがとう」
 
それで翌日お昼を早めに食べてから雪子は学校に出て行ったのだが、体育館には多枝と斗美の2人しか来ていない。
 
「お疲れさまー。まだみんな来てないのかな」
と雪子が声を掛けると
 
「他には来ないよ」
と多枝が言う。
 
「え?」
 
「私たち良く考えたら、ミニバスなんてやる義理無いしさ」
「もうやめようと思って」
 
雪子はふたりをじっと見つめている。
 
「まあそれで辞める前に雪子に落とし前付けとこうと思ってさ」
「入院する羽目にはならない程度で勘弁してやるから」
 
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ふたりはそう言って雪子に近寄ってくる。
 

雪子は言った。
 
「タイマンするなら、バスケでしない?」
「へ?」
 
「1on1って分かる? 片方がドリブルしながら相手を突破しようとする。相手は手を広げたりして抜かれまいとする。抜いてシュートを決められたら攻撃側の勝ち、停めたりボールを奪ったら守備側の勝ち」
 
多枝と斗美は顔を見合わせる。
 
「いいよ。やろうか」
 

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それでボールを持ってきて、じゃんけんで順序を決める。雪子が勝ったので先に攻める。
 
雪子がドリブルしながら手を広げてゴール近く、制限区域の台形の線付近で待っている多枝に向かって進んでいく。雪子は右へ1歩踏み出す。多枝がそちらに重心を移動して停めようとする。が、次の瞬間雪子は左側に突進して多枝の防御を抜いた。
 
そのままレイアップシュートに行き、きれいに決める。
 
「くそー。やられた。でも左に来るかと思ったのに」
「フェイントだよ。バスケットの基本だよ」
「うむむ」
 
それで今度は多枝がドリブルしながら攻めてくる。雪子が手を広げて待ち構える。多枝が左に1歩踏み込むので雪子がそちらに身体を動かす。が、次の瞬間多枝は反対側に突進した。それでシュートしようとして・・・・
 
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ボールを持ってないことに気づく。
 
え〜〜!?
 
多枝の後ろで雪子がボールをドリブルしながら向こうに向かって走って行っていた。
 

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「選手交代、私がする」
 
と言って斗美が出てくる。
 
雪子がドリブルしながら斗美の前で対峙している。雪子が右に1歩踏み出す。すると斗美は反対側に手を伸ばしたが、雪子はそのまま右側を抜けた。ゴールも決める。
 
「フェイントじゃなかったのか!」
「相手の反応次第でフェイントにしたりしなかったりする」
「そういうことか!」
 
雪子が両手を広げて待ち構えている所に斗美がドリブルで近づいてくる。右に1歩踏み出すと雪子の身体がそちらに揺れる。次の瞬間、斗美は左側に上半身を動かす。雪子がそちらに身体を動かす。が斗美は右側に突っ込んだ。
 
が、ドリブルしようとしてボールが無いことに気づく。
 
ボールは右側の方に転がって行っていた。
 
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「盗られたのに気づかなかった!」
「今のは斗美ちゃんうまかったよ。私も奪うまでの余力が無かったから弾いた」
と雪子が言う。
 

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それでこの後、雪子vs多枝・斗美を10回やったのだが、雪子は10回の攻撃の内8回突破して6本ゴールを決めたのに対して、多枝も斗美も1度も雪子を抜くことができなかった。
 
「くそー。なんでこんなに強いんだ」
「しかも私たちは1回交代でやってた。雪子はずっと1人でやってた。疲れも違うはず」
 
「私は6月から始めて6ヶ月、多枝ちゃん・斗美ちゃんは9月から始めて4ヶ月。今は私の方が多枝ちゃんたちより1.5倍してるけど、長くしてればその差は無くなると思うよ」
と雪子は言う。
 

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多枝たちが考えるようにしていた時、体育館に現れる人影がある。
 
「クリス!?」
「雪子たち、今日も練習するんだって?私も混ぜて」
とクリスが明るく言う。
 
「うん。3人では数が半端だなと思ってた」
と雪子も笑顔で言う。
 
「取り敢えずシュート練習しようよ」
「そうだね」
 
多枝と斗美も顔を見合わせたものの、結局クリスと一緒にシュート練習を始める。
 
そして少しした所で多枝が雪子のそばに来て、小声で言った。
 
「今日は雪子に負けた。だからまだ辞めない」
「うん」
「でもその内、雪子を負かして、私たち辞めるから」
「うん!」
 
と雪子は笑顔で答えた。
 

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この日はその後、クリスから話を聞いていた梢恵、他に元々自主練習するつもりだったらしい、5年生の鈴木君と持田さん、6年生の田中君・河合君と川野さんまで出てきて10人での練習になった。2時頃にはコーチも顔を出して指導してくれた。
 
10人もいるのならということで紅白戦もする。
 
A.田中・河合・持田・雪子・多枝
B.川野・鈴木・クリス・梢恵・斗美
 
とチーム分けして、試合をする。
 
試合はAチームで司令塔のガード田中君が活躍するほか、雪子も2年生ながら6年の川野さんのディフェンスも抜く活躍も見せ、それをフォワードの河合君や持田さんなどにパスして、彼らがシュートして得点を取るパターンでAチームが圧倒する。40対15になった所でコーチが「試合終了」を宣言した。
 
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「森田、ずいぶん腕をあげたな」
とコーチが言う。
 
「ありがとうございます」
「2年生でこれだけのメンツが出てくると、私も安心して卒業していけますよ」
などと河合君が言う。
 
「今ここに出てきている2年生5人が5−6年生になった頃が楽しみだな」
とコーチも言っていた。
 
「君たちよくがんばったね」
と言って河合さんが雪子と多枝に握手してくれた。雪子は河合さんに手を握られてドキッとしたが、すごく優しそうで柔らかい手だなあと思い、少しボーっとして彼を眺めていた。
 

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その様子を見て、梢恵が訊いた。
 
「ねえ、雪子、まさか河合さんにラブ?」
 
「え〜!?そういうわけじゃないよぉ」
と言いつつも雪子は顔を真っ赤にしている。
 
「雪子、そういう趣味だったのか」
と梢恵が少し悩むように言う。
 
「え?だって河合さん凄く格好いいし」
 
「うーん。確かに格好いいかもしれないけど」
 

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2月下旬になって、ヒメのお父さんが乗っている船が所属する船団が解散になることになった。またタマラのお父さんが転勤になることになった。
 
「え〜? タマラもヒメも引っ越しちゃうの?」
 
「なんかロシアの漁獲制限も年々厳しくなってるもんね」
とコハルが厳しい顔で言う。
 
「うちは室蘭支店に行くことになった」
とタマラ。タマラのお父さんは留萌に赴任してから6年。留萌では副支店長だったのだが、室蘭では支店長に昇任するらしい。
 
「じゃ栄転だよね。おめでとう」
「おめでたいかも知れないけど、私自分が産まれた根室の記憶とかは全然無くて。むしろここが生まれ故郷に近かったから、なんか寂しい」
「同じ北海道内だもん。また会えるよ」
「そうだね」
 
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「私は名古屋に引っ越し。なんか遠い所で、すごく不安」
とヒメは言う。ヒメのお父さんは今後どこも漁船団が縮小の傾向があるというので転職して名古屋の自動車工場で働くことにしたらしい。
 
「名古屋だと言葉も違うだろうし大変だろうけど、寂しくなったら電話してもいいし、インターネットがあれば連絡取れるよ」
とコハル。
 
「何それ?」
「世界中のどこからでもお互いに連絡が取れるんだよ。蓮菜がニフティのアカウント持ってるから、彼女経由で連絡が取れるはず」
とコハルが言う。
 
「蓮菜ちゃん怖い」
などとヒメが言うので千里が
「私が話してあげるよ」
と言っておいた。確かに蓮菜はぶっきらぼうな話し方をするので、繊細なヒメにはややハードルが高いかもしれないと千里は思った。
 
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「でもなんか寂しくなっちゃうなあ」
と千里もリサも言った。
 

千里がヒメとの連絡の件で蓮菜に話すと「OKOK」と言った。
 
「じゃ、姫ちゃんが向こうでプロバイダと契約してアドレス取ったらこのアドレスまでメールちょうだいよ」
 
と言って蓮菜は *****@nifty.com というアドレスを書いてくれたが千里はさっぱり話が分からない。
 
「プロバイダ?アドレス??」
「うーん。じゃ、姫ちゃんのお母さんと直接話そうか」
 

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