広告:メイプル戦記 (第2巻) (白泉社文庫)
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■娘たちの転換ライフ(6)

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その頃、武矢は親族控室でビールを飲みながら津気子に言っていた。
 
「千里はまだ来てないの?神社では見かけなかったけど」
 
「来てたよ。神社にもいたよ。でもあの子、発起人になっているから色々用事を頼まれて走り回っているみたい。あのくらいの子が使いやすいのよ。玲羅も雑用で走り回っているみたいだし」
 
「ああ。玲羅は見たな」
 
実際には玲羅は花嫁の控室に行って花嫁のサポート(≒雑用係)をしている。吉子が赤ちゃん連れで、愛子と千里が発起人に名を連ねているので、結果的に玲羅がいちばん余裕があるのである。
 
なお、津気子は千里の座っている位置が武矢に知られないように、席次表は武矢の分まで一緒に自分のバッグの中に入れてしまっている。
 
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やがて祝賀会が始まる。千里はエレクトーン演奏を頼まれていたので、そちらにスタンバイする。機種は見慣れたStageAなので安心だ。自分用の演奏セッティングデータの入ったUSBメモリも持って来ていたのでロードしておく。演奏する時はむろん指輪は外す(指輪をつけていると鍵盤を傷める)。
 
バッハの『主よ人の望みの喜びよ』を演奏する。これに合わせて来場者が入場してくる。この間、会場の全面にはスライドが投影されている。これは主としてふたりが一緒に写っている写真を選んでいる。
 
全員着席したところで、千里がメンデルスゾーンの結婚行進曲を演奏する。この曲に合わせて新郎新婦が入場してくる。拍手の中、ふたりがひな壇に就いた。
 
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司会をしてくれているのは、発起人のひとりで、市民オーケストラの友人、山坂さんである。千里とも顔なじみで、意思疎通が取りやすく、千里もうまく彼女と連携して演奏をすることができた。千里の席はこのエレクトーンそばに取ってある。むろん貴司と一緒である。
 
最初にその山坂さんから新郎新婦の紹介があるが、なれそめのエピソードやその後の様々な出来事をジョークを交えて楽しく紹介してくれて、会場はたくさん笑い声が響いていた。
 
ここでケーキ入刀をする。このケーキは美輪子が昨日作ったものである。ふたりが入刀するのと同時に『ウィリアムテル序曲』の“スイス兵の行進”を演奏する。みんなたくさん写真を撮っている。千里はどさくさにまぎれて《きーちゃん》をそばに寄らせて千里のデジカメで写真を撮ってもらった。
 
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花帆を見てくれている《いんちゃん》の場合もそうだが、こういう場は様々な関係者が集まっているので、知らない顔があっても全くあやしまれない。
 
最近はケーキ入刀に続いて「ファーストバイト」をする演出もよくあるが、美輪子は「あんな恥ずかしいことできない」と言ってパスである。代わりに発起人グループの手で小さくカットしたケーキが出席者に配られた。
 
それが行き渡ったところで乾杯となる。乾杯の音頭は市民オーケストラの団長を務めるH教育大の漆羽教授にやってもらった。乾杯とともに『トランペット・ヴォランタリー』を千里がエレクトーン演奏する。今回の祝賀会では、新郎新婦が市民オーケストラで知り合ったという経緯から、BGMは全てクラシック曲で行くことにしている。
 
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この後は歓談しながら食事となるが、同時に余興も始まる。トップバッターは新郎の伯母さんが、娘さん2人に能管・鼓(つつみ)を伴奏させて、最近では本当に珍しくなった謡曲『高砂』を披露した。
 
高砂や、この浦舟に帆を上げて(繰返し)、月もろともに出汐の、波の淡路の島影や遠く鳴尾の沖過ぎて、はや住之江に着きにけり(繰返し)
 
四海波静かにて国も治まる時つ風、枝を鳴らさぬ御代なれや、あひに相生の松こそめでたかれ、げにや仰ぎても事も疎かやかかる
代に住める民とて豊かなる、君の恵みぞありがたき(繰返し)
 
千秋楽には民を撫で、万歳楽には命を延ぶ、相生の松風、颯々の声ぞ楽しむ(繰返し)
 
いわゆる「翳し」(出汐→入汐、遠く鳴尾→近く鳴尾、と婚姻の忌み言葉を言い換えること)をせずに本来の歌詞で謡ってくれた。これも新郎と話し合って、変な変形をせず正しい歌詞で謡おうよということになったようである。
 
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「そもそも月が出るからめでたいのであって、月もろともに入汐のと歌っちゃったら月が沈んで真っ暗闇だし、舟も出発できないじゃん」
と賢二は言っていたらしい。
 
千里は昨年の吉子の披露宴でも藤元さんのお祖母さんが高砂を謡ったなと思い出していた。
 

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その後、今度は優芽子が木村カエラの『Butterfly』を千里のエレクトーン伴奏で歌った。この曲は前年出たばかりの曲で、この当時はあまり知名度は無かったものの、歌詞内容に出席者たちが頷くようにしていた。
 
その後は親戚・友人入り乱れての余興が続いていく。
 
千里は伴奏が必要な時だけエレクトーンの所に行って演奏し、必要無い時はテーブルの方に行って貴司や吉子夫妻と歓談しながら食事をしていた。このテーブル配置は発起人グループで決めたものだが、貴司も千里が離席している間、チームメイトでもある吉子の夫・藤元さんと会話することができて、気楽だったようである。また、藤元さんの方も知らない親戚ばかりの所で貴司と話せて助かったようである。
 
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なお花帆は会場外でまたまた《いんちゃん》に見てもらっているが、吉子は時々心配になるのであろう、様子を見に行くのに離席していたので、藤元さんも貴司がそばに居てくれてほんとに助かっていたようである。
 

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やがて津気子と武矢が余興で歌を歌うのに出てきた。千里は席を立ってエレクトーンの所に行く。母が居心地の悪そうな顔をしているが、父は千里を見ると
 
「おお、愛子ちゃんが伴奏してくれるの?『祝い酒』できる?」
と訊いた。
「こんにちは、武矢おじさん。坂本冬美のですか?」
と千里は愛子のふりをして訊く。
 
母は「へ?」という顔をしてから、念のため、目をごしごししていた。
 
千里と愛子はわざわざ同じドレスを着ているのである。元々顔が似ている上に髪の長さも同じくらいで服も同じなら、元々ふたりをよく知っている人以外には見分けが付かない。しかも今千里は演奏のために左手薬指の指輪を外している。
 
「うん、それそれ。坂本はるみ」
 
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などと父が言う。どうも都はるみと混線しているっぽい。
 
千里はエレクトーンの上に置いてある楽譜集の中から坂本冬美『祝い酒』の載っている本を取り出すと、そのページを開き、前奏を弾き出す。やがて歌の始まりになるが、父はいきなり違う音程で歌い出す。千里は即座に父の歌うピッチに合わせて移調する。
 
この程度はよくあることなので、千里も慣れたものである。
 
武矢は2番に入る時もまた違う音程で歌い出したので、またまた千里は移調弾きした。一緒に歌っている母のほうが父の音程に付いていくのに苦労していたようである。
 

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清彦のところの3人の息子は、ドレスを着て、ヘアピースまでつけて女装(?)の上で、一緒に「恋のダンスサイト」を歌った。まだ高校生の浩之が「セクシービーム!」などとやっていたが、会場は爆笑の渦であった。
 
「でも俺たち、女装しても全然女に見えないようだ」
「千里ちゃんは女にしか見えないのに不思議だ」
などと千里に言っていた。
 
「ちゃんと女装すればもう少しマシになると思うけど。ヒロちゃんとか結構可愛くなりそうだよ」
と千里が笑顔でいうと
「あまり唆さないで。自分が怖い」
などと浩之は言っていた。
 
愛子は自分でギターを弾きながら吉子とふたりでMISIAの『Everything』を歌った。その間、千里はエレクトーンを離れて自分の席に戻っていたのだが、このふたりが《別々》であることを認識していない人は、今までエレクトーンを弾いていた女性がギターを持って来て弾き語りしているかのように思ったりしたのではと千里は思った。
 
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その次に出てきた玲羅は「伴奏不要」と千里に言って、マイクの前に立つと《自由テンポ》で久保田利伸とナオミ・キャンベルのデュエット曲『LA.LA.LA. LOVE SONG』を《1人2役》で歌い始める。ついでに《自由音程》だ。玲羅は小さい頃から結構千里のキーボードを弾いていたので簡単な曲なら演奏できる程度の腕はあるものの音感は悪い。
 
「甘いくちづけをしようよ」
という歌詞のところでは
「ほらほら、新郎新婦、甘い口づけ!」
とリクエストするので、ふたりも笑ってキスする。
 
玲羅の歌は歌詞もどんどんオリジナルになっていき、大量のアドリブを入れて会場の笑いをたくさん取っていた。
 

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それを自分も笑いながら見ていた武矢は
 
「どうせなら千里とデュエットすれば男女デュエットになったのに」
などと、ビールを飲みながら言っている。
 
「千里はエレクトーン弾くので大変だから、少しお休みあげなくちゃ」
と津気子は言う。
 
「ん?エレクトーン弾いてるのは愛子ちゃんじゃん」
と武矢。
 
「ま、いっか」
と津気子は投げ遣り気味に言った。
 
「それにしても千里を見んな」
「さっき見たよ」
「ああ、居るならいいや」
 

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余興の前半ラストに市民オーケストラのメンバーが全員前に出てヴィヴァルディの『四季』から『春』を演奏するという。千里は伴奏は必要無いからと思ってテーブルに下がって食事をしていたのだが、布浦さんが
 
「千里〜、いらっしゃい」
と言う。
「伴奏必要無いですよね?」
「フルート私ひとりでは寂しいから、来て。楽器持ってる?」
「持ってますよ」
と言って千里は苦笑すると、バッグの中から三協のフルートを取り出し、彼女たちと並んで、ヴィヴァルディを演奏した。この演奏には今日は司会をずっとやっている山坂さんもヴァイオリンで参加した。
 

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この演奏まで聴いてから、美輪子と賢二がお色直しのために退場する。
 
ふたりを待つ間、またスライドショーが雛壇後ろの幕に投影されるが、今度はふたりの小さい頃の写真、中高生頃の写真も混じっていた。高校の女子制服を着た千里も入って3人でヴァイオリンを弾いている写真などもあり、千里はギクッとした。
 
こんな写真昨日試写を見た時は入ってなかったのに!
 
津気子もむせていたようだが、武矢は気づかなかったようである。
 

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やがて新郎新婦の再入場になる。
 
千里はホテルのスタッフから耳打ちされてエレクトーンの所に就く。照明が落とされる。千里がチャイコフスキー『くるみ割り人形』から『花のワルツ』を演奏する。ファンファーレの部分でドアが開き、タキシードの賢二、白いウェディングドレスの美輪子がキャンドルを持って入場して来る。
 
キャンドルサービスの間、ずっと千里は『花のワルツ』『スケーターズワルツ』、『美しく青きドナウ』『華麗なる大円舞曲』『G線上のアリア』と弾き続けた。
 
新郎新婦がメインキャンドルに点火した瞬間『喜びの歌』(ベートーヴェン第九交響曲第四楽章)を演奏する。
 
そして拍手の中、新郎新婦が雛壇に再着席した。
 
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ここで祝電がホテルのスタッフさんによって紹介される。千里も席に戻って食事するが、司会をずっとやっていた山坂さんも束の間の休憩で、千里たちの隣の席で食事を取ったりシャンパンを注いでもらって飲んだりしていた。
 
「ずっとしゃべってるから水分が欲しくて」
「ですよね〜」
「ああ、でもお茶にしておくべきだったか。このシャンパン酔いやすい」
「疲れてると身体に吸収されやすいですよね」
と千里が言うと
「こらこら、未成年、まるでお酒の経験があるような発言するでない」
と山坂さんは言っていた。
 

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