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(C)Eriko Kawaguchi 2016-11-12
翌14日(日)大安。
結婚式は午後からなので、午前中は貴司とふたりで美輪子のアパートを訪れ、ご祝儀を渡すとともに、お土産兼お祝いに貴司がユーハイムの神戸本店で買ってきた特製バウムクーヘンも出す。
「わあ、美味しそう。食べちゃおう、食べちゃおう」
と言ってサポートに来ている玲羅!が言って紅茶を入れる。
玲羅は朝いちばんの電車で旭川に出てきたらしい。
「これ美味しいね」
と言って美輪子も賢二も食べている。
「でも実は今日の引出物もバウムクーヘンだった」
「ごめーん!」
「でもユーハイムもさすがに美味しい」
「でもその祝儀袋、重そう」
と玲羅。
「いっぱいお世話になったし」
と千里。
「まあもらえるものはもらっておく」
と美輪子。
「今日玲羅ちゃんは終わった後、どうするんだっけ?」
と賢二が尋ねる。
「お母ちゃんたちと一緒に帰ります。お母ちゃんの運転する車の助手席に乗っておしゃべりして居眠り防止する役」
「ああ、お父ちゃんはそういう役には立たなさそう」
「文句言うか寝てるかですから。更に方向音痴だし」
「船の機関長が方向音痴なんだ?」
「陸上には灯台もローランも無いから分からんとか言ってました」
「ああ。確かに灯台は無い」
「千里たちは今夜も泊まるよね?」
と美輪子が確認する。
「泊まるよ。帰りの便は無いし。だから貴司は明日まで休暇を取っている」
と千里。
「だったら、祝賀会終わった後、色々細々としたものをこのアパートに運んでおいてくれない?」
「いいよ」
「じゃ合鍵1つ渡しておくね」
「了解〜」
と言って千里は鍵を受け取った。
「あ、このキーホルダーは私が使ってたままだ」
「そうそう。そのまま持っていてもいいけどね」
と美輪子は言った。
千里がお昼御飯を作ってみんなで食べてから、美輪子と賢二をタクシーで結婚式場の神社に送り出す。
それから玲羅は普段着を学校の制服に着替えた。貴司は自分が持っているビジネススーツの中でいちばん新しいの(実は貴司の会社の製品を納入先の紳士服店で縫製したもの)を着ている。
「千里は着替えないの?」
「うん。現地で用意してもらっているから」
「そうだったのか」
それで美輪子のウィングロードに色々頼まれていた荷物なども積み、千里が運転し、貴司・玲羅を乗せてやはり神社に向かう。
「姉貴、まだ若葉マークつけるんだ?」
「免許取ったのが3月30日だから、あと半月は必要」
「でも運転は既にベテランだよね」
「まあこの1年で6万kmくらい走ったかな」
「地球一周半かぁ」
「玲羅は7月生まれだから夏休みに免許取れる。お金は私が出してあげるから取りにいきなよ」
「取りたいけどお金どうしようと思ってた。うちお金無いみたいだし。姉貴が出してくれるなら助かる」
「大学はどこ狙ってるんだっけ?」
「札幌C大学とかいいなあと思っているんだけど?」
と言って玲羅は運転している千里を見る。
「いいよ。学費は出してあげるよ。あそこならそんなに勉強しなくても入れると思ってるでしょ?」
「というか、私の学力で入れそうなのは、あそこくらいかな、と」
「旭川のA大学の方がもっと易しいとかは?」
「札幌に出たいのよ〜」
「なるほどね。だったら少しくらいは勉強頑張らなくちゃ」
「勉強苦手なんだけどなあ」
神社に着いたのが14時くらいであった。式は16時から始まる。
ところでこのA神社の巫女長は木村さんと言って千里が高校時代参加していた雅楽合奏団の主宰者である。それで車を降りて中に入っていくと、早速声を掛けられる。
「あら、千里ちゃん。久しぶり〜」
「ご無沙汰しております」
「あんた、今日の巫女しない?」
「私は出席者の方で」
貴司と一緒に神社内の控え室に行こうとしていたら、いきなり
「たい〜ほ〜」
と言って飛びつかれる。
愛子である。
貴司が驚いている。
「私、何したの〜?」
「男の癖に女を装っているから性別詐称罪」
「私、とっくに女の子になってるよぉ」
「そうみたいだね」
と言って愛子は千里の胸とか、おまた!にまで触っている。
「じゃ、こっち来て。細川さん、千里もらっていきますね〜」
「あ、はい」
「男性用控室はそこ行った突き当たりの左側ですから」
「あれ?さっき木村さんに右側と言われたけど」
「あ、間違った。右だった」
「危ない、危ない」
「女性用控室に入って行ったら、女性用ドレスを着せられるぞ」
「そうなる訳!?」
「振袖でもいいけど。着付けできる人いるよ」
と愛子。
「遠慮します!」
と貴司。
「振袖はむしろ私が着たい」
と千里は言った。
それで千里は愛子と一緒に、花嫁の控室に入った。
「わあ、きれーい!」
と千里は白無垢を着た美輪子を見て言った。
「なんかこの年になってこんな衣装着ていいのかとも思ったけどね」
などと美輪子は言っている。美輪子は30歳である。
「全然問題無い。まだセーラー服でも行ける」
などと優芽子は言っているが
「さすがにセーラー服は自信無い!」
と美輪子は言っている。
花嫁控室には、赤ちゃんに授乳中の吉子も居たので、千里は彼女に祝儀袋を渡す。
「吉子さん、ついでみたいで悪いけど、これ花帆ちゃんの出産祝い」
「わあ、ありがとう!」
「生まれてすぐ渡すつもりだったんだけど、なんか忙しくて行きそびれちゃって」
「いや、もらえるものはもらっておく」
と言って吉子は祝儀袋をバッグにしまっていた。
「吉子、そのバッグは式をしている間は金庫に入れておこう」
と優芽子が言う。
「うん。そうする。なんか怖い金額が入っている気がする」
と吉子。
「でも花帆ちゃん、可愛い」
「もう夜泣きが辛いけどね」
「ああ、大変だろうね」
「おばあちゃんたちには見せた?」
「まだなのよ。私も今朝着いたから」
「大阪から大変だね」
「千里は貴司さんと来たんだっけ?」
「そうだよ」
「大阪から?」
「ううん。貴司に東京に来てもらって、羽田から飛んできた」
「なるほど、なるほど」
「大阪からだと新千歳になるから、そこからの移動がまた大変だし」
「うん。大変だった!」
「だけど、千里ちゃん、うちの愛子と髪の長さまで似てるね」
と優芽子が言う。
「それで悪いことしようって魂胆なんですよ」
と千里。
「うん?」
千里と愛子は花嫁控室の隅を借りて、ドレスに着替える。それを見て吉子は呆れたような表情をしたが、優芽子は眉をひそめた。
「あんたたち、何するつもりなのよ?」
「この結婚式・祝賀会で平和を保つための演出だよ、お母ちゃん」
と愛子は笑顔で答えた。
式は16時からだったが、千里の両親、津気子と武矢はギリギリに飛び込んできた。
「遅くなってごめん。道が渋滞していて」
と津気子が謝る。
「間に合って良かった。今からだよ」
と優芽子が言い、ふたりは式場に向かう列の最後に並んだ。
実はふたりがギリギリに到着するようにしたのは《くうちゃん》である。
やがて結婚式が始まる。
式に参列しているのは、こちらは美輪子の両親、兄の清彦夫妻、姉の優芽子夫妻、その娘の吉子夫妻、千里と貴司、清彦の3人の息子、愛子、玲羅、そして最後に来た津気子と武矢である。
この他に新郎側の親族と、発起人グループが参加している。
吉子の娘・花帆はちょうど眠ってくれたので《いんちゃん》に預かってもらった。ここで《いんちゃん》は神社の人たちには発起人グループと思われており、発起人たちからは神社の人のように思われている。
式は厳かに執り行われた。
祭主が入場し、お祓いの後結婚式の祝詞が奏上される。そして三三九度が行われる。新郎新婦が誓いの言葉を一緒に読み上げ、指輪の交換をして巫女さんの龍笛演奏&神楽舞の後、玉串奉納する。
それが終わったところで写真撮影をする。ふたりが指輪を付けた指を見せているところを撮影する。むろん機械音痴の千里は撮影しには行かない。玲羅に自分のデジカメを預けて一緒に撮ってくれるよう頼んでおいた。最後尾から写真を撮りに行った津気子が戻る時、千里と目が合い「え?」という顔をした。千里は笑顔で手を振っておいた。
そのあと親族固めの杯をした後、祭主さんがお祝いの言葉を述べて式は終わる。祭主さんが退場した後、両家の親族が巫女さんに先導されて退場した。
式の後で記念写真を撮る。隣の撮影室にまずは新郎新婦が並んだ写真を撮り、そのあと、双方の親族一同が並んだ写真、発起人グループが並んだ写真を神社と提携している写真館の人が撮影した。
ここまで終わったのが17時過ぎである。祝賀会の会場となる旭川市内のホテルに移動する。ここで津気子が千里に寄ってきた。
「なんであんた女物のドレス着てるのよ?」
と小さな声で言う。
「私が男物のスーツとか着られる訳無いじゃん」
「それはそうだけど・・・・」
「大丈夫だよ。ご祝儀は愛子ちゃんに渡してね。会費は払っておいたから」
と言って千里は自分のバッグの中から祝賀会の席次表と一緒に無記名の祝儀袋を出し、筆ペンと一緒に母に渡す。
「ありがとう。会費だけで済ませようかとも思ったんだけど、美輪子にはそれだけでは申し訳ない気がしていたから、助かる。愛子ちゃんはどこかな?」
「あそこ」
と言って千里が愛子のいる所を指し示す。ついでに目が合ったので手を振っておく。
「え?」
と津気子は声をあげた。
新郎新婦はタクシーで、他の者は借りているバスでホテルに移動した。
「千里ちゃん、じゃ受付よろしく」
と菱川さんが言った。
「はい、じゃ他の段取りよろしくお願いします」
それで布浦さんとふたりで受付の所に立った。今日の来場予定者は100人くらいで、市民オーケストラ関係が30人ほど、賢二の関係者が30人ほど、美輪子の関係者が40人ほどである。千里はオーケストラ関係は最近入った人以外ほぼ全員知っているし、美輪子の友人・親族とも多くが顔なじみである。それで来てくれた友人たちと言葉を交わしながら受付を務めた。
北海道では内地のような披露宴ではなく、会費制の結婚祝賀会をすることが多い。祝儀袋などは使用せずに、来場者はその場でお財布から現金を出して払い、受付が領収書(席次表と食事のメニュー兼用・新郎新婦のメッセージ付き)を渡すとともに名簿にチェックする。
今回は会費を12000円に設定しているので、しばしばおつりが欲しいという人がいる。それでお釣り用に大量に千円札を用意し、8枚セットと3枚セットをあらかじめ用意しており、それを渡していた。
時々会費を回収に受付そばの小部屋から愛子が出てくる。愛子はこの小部屋で川野さん・秀美さんと3人で集計作業をしているが、千円札を8又または3枚にまとめてお釣り用のセットも作っていた。
時々「会費以外にご祝儀」を渡そうとする人(新郎新婦の上司などにありがち)、「会費を祝儀袋に入れて渡す人」「祝儀袋に入れて会費+祝儀を渡す人」がいる(北海道の結婚式に慣れてない人にありがち)が、祝儀袋はその場で袋を開封させてもらい、金額を確認。会費分を超える金額を祝儀として処理させてもらうものの(実はこれで集計ミスが発生しやすい)、その余分な金額を受け取ってよいかは、都度愛子や秀美さんに確認する。
そういう訳で、時々愛子がこちらに出てくるので、偶然その場にいた人は
「双子だったんだっけ?」
などと訊いていた。
「従姉妹なんですよ。でも小さい頃からそっくりだと言われてたんですよね」
「ほんとそっくり。見分け付かない。髪まで似た長さだし」
「区別は、左手薬指で」
「わあ、きれいな指輪」
「このアクアマリンの指輪を付けているのが千里、付けてないのが愛子です」
「なるほどー」
「片方は売約済みか」
「私にも素敵な指輪をくれる人がいたら歓迎です」
などと愛子がノリで言っていたら
「そちらは何月生まれ?」
と市民オーケストラの友人男性・平岡さんが訊いてきた。
「実は千里と1日違いで私も3月なんですよ」
「だったら誕生石も同じ?」
「はい。私もアクアマリンです」
「だったらその誕生石のアクアマリンの指輪をつけたら、またまた見分けつかなくなっちゃうね!」
「私はダイヤモンドでもいいですよ」
と愛子は平岡さんに言っていた。平岡さんは
「考えておこうかな。そうそう。今からでもバレンタイン歓迎だから」
などと言って自分の名刺を愛子に押しつけて行った。