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そういう訳で関東選手権で、ローキューツは準優勝に終わった。
むろんこの大会は6位以上が全国に行けるので、優勝した江戸娘も2位のローキューツも来月の全日本クラブ選手権に出場する。
試合後ロビーで入り乱れた江戸娘のメンバーと千里たちは「来月また福島で闘りましょう」と言って別れた。
関東1位と2位は別の山になるので、当たるとすれば決勝戦(または3位決定戦)である。
「しかしこれ対抗策を考えないといけないなあ」
と帰りの車の中で麻依子が言った。
千里の運転するインプレッサには、麻依子・国香・浩子の3人が乗っている。
「ごめーん。サンは結構秋葉さんを振り切って一瞬フリーになったり、バックステップで一瞬相手との距離を空けたりしていたけど、そこに私が正確にパス出せなかった。私の力不足」
と浩子が言う。
「それを分かったロコは、充分な力があると思うな」
と国香が言う。
「うん。ユメ(夢香)やカカ(夏美)では、そのあたりも分からなかったと思う」
と麻依子。
「そういう所にパス出せるのは、私かマイ(麻依子)かパフ(薫)かエス(来夢)だよね」
と国香。
「結局その4人の中の誰かがバックアップポイントガードを務めるしかないと思う。サンにしつこいマーカーが付いた場合は、それで打破する」
と麻依子が言う。
「パフは無理だと思う、ここだけの話」
と国香が言う。
「うん。あの子は司令塔にはなれない。性格が自己中心的だし、すぐ人のせいにしがちな面がある。茜とかが怖がってた」
と麻依子。
「ごめーん。そういう子を引き込んで」
と千里が謝るが
「いや、強いから充分使い道はある。フォワードには自己中心的な子は多いよ」
と国香が言う。
「うんうん。誰が他人にパス出すもんか。自分が得点しちゃるってくらいの子のほうがフォワード向き。それに何とかとハサミは使いようって言うでしょ」
と麻依子。
「それは言えてるかも」
と浩子が言う。
「それに元男子だけあって背が高いしね」
「でもそもそもパフは来月の全日本クラブ選手権には出られない」
と千里は指摘する。
「そうだった!」
「だったら除外でいいね」
「エス(来夢)は長年フォワードでやってきてるから、そのあたりの発想を切り替えるのは難しいと思う。わりと誰かがパスを出してくれるのを待っている感がある。それにどっちみち彼女は3月までで、4月からWリーグに復帰する。あまり無理は言えないと思う」
と麻依子。
「ということは私かマイかどちらかがやるしかないね」
千里はこの2人がそういう大局的な話ができるのは、ふたりともキャプテン経験者からかもと思った。ふたりとも本来の性格としては貪欲なポイントゲッターである。しかしキャプテンを経験したことで他の子に配慮する習慣が付いた。
「じゃんけんしようか?」
「よし」
それで麻依子と国香がじゃんけんする。
「勝った」
と国香。
「負けた〜」
と麻依子。
「じゃ私がポイントガードやる」
と国香は言った。
「じゃんけんに勝った方がやるんだ?」
と千里。
「まあ勝った人が決めればいいね」
と麻依子。
たぶん国香は最初から自分がやるしかないと思っていたのだろう。
「さあて、明日から練習頑張るか。ロコ付き合ってよ」
「はい!」
「頑張りすぎて足を悪化させないようにね」
「大丈夫と思うけどなあ」
「あまり急激な反転とかしないように。骨に無茶苦茶負担かかるから」
「それはもうしばらく自制することにする」
2月22日。
千里は新島さんから「確か今日はバイト無かったよね?」と言われて青山のスタジオに呼び出された。
チェリーツインのPV制作を手伝ってくれと言われたのである。
「雨宮先生が企画したんですか?それで雨宮先生は?」
「行方不明」
「ああ」
「電話は切っているのか圏外に居るのか通じないし」
「いつものことですね」
夫婦はもう行き倒れになりそうなのを励まし合って、雪原の中を歩き続けていた。少し先に小屋のようなものを見る。おそるおそる近づいて行くと、今にも崩れそうな小屋だ。廃屋っぽい。しかしその外側に大根が束ねて置いてあるのを見た。
夫婦はふらふらとそばによると、夫がその大根を1本取り、半分に割って辛い先端の方を自分が取り、比較的甘い、葉っぱの付いている方を妻に渡した。ふたりとも夢中になって、その大根をかじっていた。
突然小屋の戸が開くのでふたりはびっくりする。
性別のよく分からない長い白髪の老人とその娘だろうか、30代くらいの女性が出てきた。老人が、ふたりを見て言った。
「大根、生のままより煮た方がうまいぞ。中に入って、煮た奴を食わない?」
夫婦は大きく頷いた。
3月6日、バスケ協会から「U24」というカテゴリーを創設するという発表があった。
現時点で活動しているアンダーエイジカテゴリーは 2009/U16 Asia-2010/U17 Worldに参加するU17カテゴリ、2010/U18 Asia-2011/U19 Worldに参加するU18カテゴリ、2010/U20 Asia-2011/U21 Worldに参加する千里たちのU20カテゴリ、そして2011Universiadeに参加するU24(大学生・修士)カテゴリがあったのだが、新たに設置するU24は年代的にはユニバーシアード・チームと重なるが、大学に入っていない選手を対象とするものである。次世代のフル代表を育てるための強化活動で、取り敢えず今年7月26-30日に台湾で行われるWilliam Jones Cupに参加することになる。
このメンバーにエレクトロウィッカの花園亜津子、ローキューツの森下誠美、などが選ばれていた。
「突然言われてびっくりしたー!」
と誠美は言っていた。
「合宿やるんだっけ?」
「第一次合宿を3月10-14日で、その後、オーストラリア遠征を15-25日」
「ちょっと待って。だったら全日本クラブ選手権は?」
「ごめーん。無理」
基本的にバスケ協会に所属する選手は、自分のチームの活動より、日本代表の活動を優先しなければならないことになっている。もっとも協会が弱腰なのでごねて選手を出さないチームはよくあるが、さすがにローキューツのような立場で文句は言えない。
「誠美が居ないのは凄く辛い」
と麻依子がマジで言う。
「うん。でも仕方ないよ。オーストラリアから飛んできて試合に出てとは言えないもん」
と千里は言った。
「参った。薫が使えないのは仕方ないにしても、誠美まで出られないとは」
「まあ、何とか他のメンバーで頑張るしかないね」
U24に続けてユニバーシアード・チームの代表候補も発表されたが、U24が2つできることになるので、ユニバーシアードの方はU24(Universiade)のように呼ばれることになったようである。こちらには日吉紀美鹿(愛知J学園大学)などが選ばれていた。
「千里は入ってないの?ユニバーシアードに出る資格あるでしょ?大学生なんだから」
「私はU20で呼ばれるはずだから」
「あ、そうか!だからU24(Univ)の方は21歳以上で構成するのか」
3月12日(金)。
貴司が夕方の新幹線を使って東京に出てきた。都内のレストランで一緒に夕食を取る。
「これ誕生日のプレゼントと、こちらはホワイトデーね」
と言って貴司は小さい包みと大きな包みを渡す。
「じゃ大きなツヅラから開けよう」
と言って千里はホワイトデーのプレゼントを開ける。ゴンチャロフの包み紙なので中身は想像は付いたのだが、こういうのは嬉しい。
「わあ、美味しそう」
「いや、東京でも売ってそうなもので申し訳ないんだけど」
「ううん。ゴンチャロフ大好きだよ」
と言って素早くキスする。
「さて小さなツヅラ」
と言って誕生日プレゼントの方を開ける。こちらも包み紙でだいたいの想像は付くのだが、開けて見ると、エスティローダーの限定セットである。
「わあ、これ高かったでしょ?」
「いやそれほどでも」
「ありがとうね」
と言って千里は再度すばやくキスをした。
その日は千葉のアパートで一緒に過ごした後、翌13日午前10:40のエアドゥ便で旭川に飛んだ。12:15に旭川空港に到着。旭川駅まで一緒に出て駅の近くでお昼を一緒に食べた後、貴司を商店街に置いて市内のファミレスに行った。
今回旭川に来たのは、明日3月14日(日)に、千里の叔母・美輪子が長年の恋人・浅谷賢二と旭川市内で結婚式を挙げるので、それに出席するためであった。
ふたりは2004年頃から交際を始めたものの「結婚しそこなって」長い交際期間となっていたのを昨年6月から同棲開始していた。その時、1年程度以内に籍を入れようと言っていたのだが、仕事の都合などで最も休みやすい時期を狙ってこの日の挙式となった。婚姻届は実は1月17日(友引)に出しており、美輪子は「浅谷美輪子」のパスポートを2月頭に取得して、新婚旅行に備えている。新婚旅行はザルツブルグ・ウィーンという「モーツァルト探訪」らしい。
千里はこの結婚祝賀会の発起人のひとりになっていた。それで13日午後からその会合があるので、集合場所のファミレスに行ったのである。
この日出席したのは、美輪子と浅谷さんが所属している市民オーケストラのメンバーが大半である。女性の菱川・布浦・山坂、男性の田上・川野・尾崎といった面々、これに親族側から賢二さんのお姉さんの秀美さんと、美輪子の姪(千里の従姉)の愛子である。
「千里は、親族でもありオーケストラの団員でもあるので、色々使い手がある」
などと菱川さんが言っていた。
「私1年前に退団しましたけど」
「君は永久会員になっているから」
「うちの楽団に退団という制度は無かったはず」
「なんか物凄くダークな集団っぽい!」
「でも千里ちゃんと愛子ちゃんって、マジでそっくりだね」
と山坂さんが感心したように言う。
「ええ。だからちょっと悪いことしようという魂胆なんですよ」
と愛子。
「おお、それは楽しみにしておこう」
その日の打ち合わせでは、祝賀会の進行の再確認、必要な楽器など小道具関係の再確認、映写するスライドのチェックなどをした。スライドをまとめてくれたのは川野さんらしいが、女性の視点で不適切な写真を数枚カットしてもらうことにした。
「面倒掛けて悪いね」
「いやAdobe Premiereの練習でしたようなものだし」
「このスライドショーのBGMはもしかして昨年作ったCDの曲?」
「そうそう。それをそのまま使うのが楽」
「ベートーヴェンは著作権切れてるし」
「これ売られているCDの曲とか使おうとすると使用料が掛かるから」
「僕らが自分たちで使う分には問題無い」
「最後の方で千里、フルート吹いてもらうけど、楽器持って来てるよね?」
「ええ。最近これ買ったんですよ。やっとインラインの感覚に慣れてきた」
と言って千里が見せるのは三響フルート製作所の総銀フルートArtist(New-E)である。
「これは高い楽器だ」
と布浦さんが言う。
千里はこのフルートを48万円で買っている。
「布浦さんから頂いた白銅フルートもありますよ」
とそちらも出してみせる。
こちらは定価65000円のところを布浦さんが44800円で買い、その後千里に譲ったものである。カバードキーなのでリングキーのように指の押さえ方で微妙な音程を出したりすることができない(逆にいうと多少適当に押さえても正しい音程を出してくれる)。しかしそれ以上に材質の差の問題がある。
「音の出方が違うでしょ?」
「全然違います。でも最初、銀の管体から音がちゃんと出るようになるまで時間がかかりました。指の使い方以上にそちらが辛かった」
「うん。すぐ吹きこなせるものではない」
千里は祝賀会の受付と余興のエレクトーン演奏を担当することになった。千里が美輪子の多くの友人と顔見知りでもあり、また美輪子の親族でもあるので、来客を多数識別できることから頼むと言われた。
そういう訳で千里がホテルに戻ったのはもう夕方の18時すぎである。部屋に戻ると、貴司は疲れたのか眠っていたので、千里はシャワーを浴びた上で軽くキスしてその横に潜り込んで眠った。
「千里、いつ帰ったの?」
という貴司の声で目を覚まし、時計を見ると21時であった。
「夕方7時頃だったかな」
「ごめーん。すっかり眠ってた。晩ご飯食べた?」
「まだ」
「じゃ一緒に食べに行こう」
「うん」
それで結局ホテルを出て、青葉に入り、久しぶりの“旭川らぅめん”を味わい、ホテルに戻ってから愛の確認をして寝た。