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8月5日、再度土用の丑の日、プリンスではプリンセス経由で仕入れた種子島産・大隅半島産の鰻を生産者の顔写真付きで「今度は本物の国産鰻」として販売した。すると7月24日の1.5倍の売上があがった。波及効果で“うなぎそっくり”もたくさん売れた。
8月8日、北京オリンピックの開会式がおこなわれた。
千里の家での合宿は8月10日(日)まで続けられた。インターハイ後は特に1〜2年生の強化を主眼とした。3年生は毎日たくさん1〜2年生と対戦した。合宿の最後にはまたバーベキューをした。今回はオージービーフである!千里が提供した姫北ハムのウィンナーもたくさん焼いた。
「鐘丘先生、私たちが卒業した後でもここで合宿していいですから」
「ほんと?ここは道場が広いし宿舎もあるから絶好の合宿場所なのよね」
「使用料とか宿泊料とか要りませんけど食費だけ実費で」
「みんなよく食べるからねー」
「私たちは3人共多分京都の大学に行くと思いますが、言ってもらえたら鍵をお預けしますよ」
「じゃその時は連絡するね」
合宿の最終日であった10日には国体の近畿ブロック予選もあったので千里たち国体代表選手は合宿を抜け出して大阪に行き、試合に出た。
結果は男女ともに優勝で本戦に進出した。
8月11日には九重たちの時間が取れたので吹田市の“裏の家”を崩してもらった。廃材は彼らがバーベキューに使っていた。
これでここはいったん更地になった。取り敢えず裏の家の跡地に2DKのユニットハウスを置いてもらい、他の部分には、雑草防止のシートを張ってもらった。
旭川では伊藤君のところに芽依の入籍を認めるという家庭裁判所の通知が届いたので彼はその通知を持って市役所に行き、芽依の入籍届けを出した。これで父母と子供がひとつの戸籍に入ることができる。
その日立花K神社に30代の女性が来て
「来年のえとの縁起物にいかがですか」
と言った。見ると和紙で作られた牛の人形である。宮司のまゆりがいたが
「ぼくはお人形とか分からないからあんたたちが見て」
と巫女に投げられた。千里たち巫女が
「可愛い!」
と言って、取り敢えず牛の紙人形を10体(仕入れ値700円/体)買った。女性からは“イーグレット/姫路紙人形工房”というパンフレットも頂いた。女性は白井千枝子さんといい。この工房の会長のお孫さんらしい。
「イーグレットって姫路城の別名“白鷺城”からですか?」
「そうなんですよ」
「イーグレットって鷺のこと?」
と和枝さん(大学生。しかも英文科!)が訊く。
「egret は白鷺のことですね。青いサギは heron(ヘロン)。人を騙すほうの詐欺はscam(スキャム)」
と千里は答える。
「へー」
ちなみに千里の眷属の伊呉三姫(ミッキー)の苗字もこのegretに由来する。
「あと音が似てるけど小さな鷲(わし)はeaglet」
「違いが分からん」
「ごめーん。私の発音が悪いのかも」
パンフレットを見ていた弓佳が言った。
「美術館もなさってるんですか?イーグレット美術館って」
「美術館を名乗るのもおこがましい小さなものなんですけどね」
「祖父は鉄鋼会社の役員を務めていたんですが、子供の頃から独楽の収集をしていて」
鉄鋼業は姫路の基幹産業のひとつである。特に鎖(くさり)の生産やゴルフクラブの生産で名高い。
「“こま”っておもちゃの独楽ですか?」
「ええ。回す独楽です」
「ああ、姫路独楽って全国的にも有名みたいですね」
「そうだったのか」
「らしいですね。最近の子供はそんなので遊びませんけどね」
「最近の子は集まってもゲームばかりですね」
「どうぶつの森とかモンハンとか」
「独楽とかメンコとかビー玉とかでは遊ばなくなりましたからねー」
「祖母はコケシのコレクターで」
「おぉ」
「それで個人的に集めた独楽やコケシを展示したのが出発点なんですよ」
「なるほどー」
「そのほかに、あちこちに行ったお友達からお土産にもった全国の人形や玩具を展示しているんですよ。香川で買った張り子の虎とか、岩手のベコ人形とか、北海道のニポポ人形とか、山口の津和野の和紙人形とか、同じ山口の錦帯橋の米粒人形とか」
津和野は山口県では無く島根県だけどとは思ったがいちいち突っ込まなかった。錦帯橋は山口県(岩国市)である。
「福岡の博多人形とか、信楽(しがらき)のタヌキとか、二見ヶ浦(ふたみがうら)のカエルとか、常滑(とこなめ)の招き猫とか、高崎のダルマとか」
「それだけ集めるとかなりのコレクションになってる気がする」
「よかったら一度見に来てください」
と言われて入場券を10枚ほど頂いた。住所は六部町とある。うちの学校の近くじゃん!と千里は思った。
「工芸品の他には母が若い頃買ったマックナイトの版画が10点ほどありますけど」
「マックナイト好きですよ」
「展示会見に行ったら5人くらいに取り囲まれてローンの契約を強要されたとかで」
「よくある話だ」
「ああ恐い」
「ナイーブな人がひっかかりやすい」
「気が弱いと断りきれないんですよねー」
「ひとつひとつは20-30万円程度のものなんですけどね」
「庶民には高価なものですよ」
「当時は母給料15万くらいだったらしくて」
「辛いなあ」
「取り囲まれて断り切れないって和服のセールスでもよくあるね」
「ほんと恐いよね」
「でもそれで10点も買った母は学習能力無さ過ぎですけどね」
「でも10点そろうと立派なコレクションですね」
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女子高校生・3年の夏(12)