[*
前頁][0
目次][#
次頁]
7月23日、H大姫路の剣道部女子は新幹線で博多に移動した。今年も玉竜旗に参加する。玉竜旗は24-26日に女子の試合、27-29日に男子の試合が行われる、
それで男子はまだ合宿を続ける。
今年の玉竜旗の女子のオーダーはこのようである。
先鋒・木里清香(3年)
次鋒・花田大(1年)
中堅・最上光(2年)
副将・島根双葉(3年)
大将・村山千里(3年)
博多に到着した日の夕方は例年同様“ふきや”のお好み焼きを食べた。そのボリュームに1年生の2人がびっくりしていたが、春佳も含めて全員完食した。ホテルの部屋は、双葉・千里・清香で1部屋(頂点組)。光と香織と大で1部屋(横一線組)、知代と春佳で1部屋(マネージャー組)、鐘丘先生はシングルである。
初日7月24日は1-3回戦が行われた。10時頃1回戦があった。相手は3人しかおらず、次鋒と副将を欠いていたが、どっちみち清香だけで相手全員を倒す。向こうは「いきなりこんな強いところと当たるなんて」という顔である。
2回戦は午後になりそうだったので、知代を会場に置いて、他は練習場に指定されている他の体育館に移動して練習していた。千里と清香、双葉と香織、光と大で手合わせしていた。周囲で声があがっていた。
「なんかすげー強い人たちがいる」
「どこの高校? ぎゃー!うち明日ここと当たる」
「明日のホテルはキャンセルだな」
「ああ、お寿司をおごってもらう夢が・・・」
「無茶苦茶強いね」
「大学生並みの強さ」
「あれどちらも五段レベルだと思う」
「高校生に五段は居ない。三段まで」
「いやほんとに五段の人と対等に勝負すると思う」
「ここ去年の準優勝校だよ」
「というか魁星旗の優勝校じゃん」
「トップのレベルは凄いな」
「こんな所と下位で当たってしまう学校は可哀想」
2時頃、知代から連絡があり、シャトルバスで会場に戻る。そして2回戦に出る。今度のチームは5人揃っていたが、またもや清香ひとりで相手全員を倒した。清香のあまりの強さに向こうは諦め顔だった。
3回戦まで時間がありそうなので、また知代を置いて練習場に移動する。こういう時、知代は性格的に絶対信頼できる。彼女はきちんとした性格である。17時頃連絡があって会場に戻る。3回戦も清香だけで全員倒して勝ち上がる。
この日のお昼はラーメン、晩はもつ鍋を食べた。
2日目は4-6回戦がおこなわれた。4回戦は昨日の練習の時「明日ここと当たる」と言っていた学校である。「明日当たる」というのは2-3回戦を勝つのが前提であり、そこそこ強いチームである。そして先鋒は結構強い子で(多分いちばん強い人)かなり頑張っていたが、清香の敵では無い。それで清香が面を取りに行くが、ここで清香は滑って転んでしまう。
むろん相手が1本取る。それで何と清香は負けてしまったのである。相手は清香が決して返し技を使わないと見てひたすら攻撃していたので“きれいに”1本取りたい清香は1本が取れなかった。向こうの陣営では強敵に勝てて思わず歓声があがっていた(むろん審判に注意された)。
「すまんすまん」
しかし、そのあと次鋒の大が相手全員を倒して勝ち上がった。
「大ちゃんナイス」
向こうの陣営では「やはり強い学校は全員強いね」などと言っていた。
5回戦・6回戦は清香ひとりで全員を倒して勝ち上がった。
この日は昼はラーメン、夜はちゃんこを食べた。お昼に清香は冷麺を頼もうとしたが双葉に止められて熱いラーメンにした。
「そうしょっちゅう食中毒は起きないよ」
「それでもやめときなさい」
清香は晩御飯にかなりの量のちゃんこを食べたのにホテルでカップ麺を食べていたので双葉は
「やはりさーやの胃袋は神秘だ」
と言っていた。
最終日7月26日は準々決勝以降が行われる。準々決勝は清香だけで勝ったが、正直、清香が負けるような相手に残りのメンバーで勝つのは厳しい。
と思っていたら準決勝、福岡の高校との試合で清香が相手先鋒に負けてしまった。
「うっそー!」
「ごめーん」
「さあ、大ちゃん、全員を倒してこよう」
「無理です」
取り敢えず出て行くものの、やはり敗れる。相手先鋒はこちらの光、双葉も倒して大将の千里との対戦になる。
「じゃ私も負けてくるね〜」
と言って千里は出て行ったが、小手で1本、返し胴で1本取って千里の勝ちである。
清香との対戦を見ていて相手が返し技が巧いのを認識していたので、こちらからは隙のできやすい面打ちに行かなかった。
「こういう相手には千里ちゃんが強い(*6)」
と鐘丘先生が頷いていた。
その後、千里が相手の残り全員を倒して勝ち上がる。
(*6) この物語では古典的?な最強の人を大将に置く布陣を基本として書いているが少なくとも近年の剣道の大会では最強の人を先鋒に置く布陣のチームが多いという。次に多いのが大将に置くケース、そして意外にあるのが中堅に置くケースである。先鋒に置くパターンは取り敢えず先鋒で一勝あげたいということ。中堅に置くのは先鋒・次鋒が負けた場合にここを起点に逆転を期したいし、先鋒・次鋒が勝った場合はここで勝負を決めたいからである。先鋒に最強の人を置く場合、大将は最後の砦だから、逆境に強く試合巧みな人、しばしば経験豊かな人を当てるという。その意味では清香を先鋒にして千里を大将にするのは理屈にかなった布陣になる。清香は単純に強いが千里は色々なパターンを持っており試合運びが上手い。また先鋒には声が大きくて元気いっぱいの人を置くケースも多いらしい。まさに斬り込み隊長である。清香はその意味でも先鋒向き。
また近年特に女子の大会では部員が5人おらず4人とか3人で出てくるチームもあるので、下位の対戦では不戦勝になる可能性のある位置に弱い人を置く戦術もよく見られる。5人いない場合にどこを欠くかは大会毎に規定が異なる。次鋒・副将を欠くパターン(中抜き式)と先鋒・次鋒を欠くパターン(後詰め方式)が多い。但し大会中にオーダーを変えられない大会もある。
しかし玉竜旗が盛り上がるのは“勝ち抜き”方式なので4人倒されてから大将だけで相手全員を倒すという大逆転があるからであろう。
そしてとうとう決勝戦である。相手は2年前の優勝校である。
「生徒は入れ替わっているのにまた上位まで上がってくるって凄いですね」
「まあ玉竜旗で優勝したとなると強い子がそこに入ってくるからね」
「うちの高校の野球部なんかも生徒は入れ替わってるけど何度も甲子園に出てる」
ともかくも清香が出ていくが、またもや滑って転んで1本取られてしまい、そのあと1本を取れなかったので負けてしまう。
「清香、足袋(たび)が悪いのでは」
「うーん。面目ない」
「あとで私のあげるから、インターハイではそれ履きなよ」
「そうしようかな」
次鋒の大が出て行くが大は清香に勝った相手の先鋒を倒し、更に次鋒・中堅・副将と倒したものの、大将に敗れる。
「この人先鋒と同じくらい強い」
「うちと同じような構成だな」
相手大将がこちらの光と双葉も倒す。それで千里の出番になる。相手は千里や清香同様フットワークの使い手で攻撃のタイミングが読みにくい。しかし千里はいつも清香とやっているので、相手の攻撃を全部防ぎ、最後に相手の面打ちと同時にこちらも面打ちに行った。相打ちにも見えたが、審判の判定は全員こちらの面を有効と判定した。
「相打ちに見えたのに」
「いや向こうが早かった」
と向こうの陣営では言っていた。千里も自分のが決まったという確信があった。
この後はすぐ時間切れとなったので、千里の一本勝ちとなり、H大姫路は玉竜旗を制したのである。
選抜・魁星旗に続く3本目の優勝旗である。表彰式では清香が玉竜旗を受け取り、千里が優勝の賞状を受け取った。またチームの全員に副賞として博多人形を頂いた。
「こういう美人のお嫁さんをもらえますように、かな」
「ああ、私は嫁さんがほしい」
と清香が言っていた。
「清香ちゃんのお嫁さんになりたい女の子はきっと居る」
「毎年バレンタインもたくさんもらってるね」
「でも清香さん、ちんちんあるんですか」
「ちんちんなんてただの飾りだよ。あれは人間の身体の中で不要かつ無用の器官だよ」
「ほほお」
「あれはスカート穿いた男が夕方通学路で女子中生に見せてきゃーと言わせる以外の使い道が存在しない」
「だったら男はスカート穿かなくちゃ」
「男のスカート賛成。風通しが良くて金玉が活発に活動できる」
「なるほど」
「男子トイレの改造は必要かも」
「ああ。男子トイレも全部個室にすればいいな」
「そもそも私は腰が小さくて赤ちゃん産むのに適してないらしい」
と清香は言う。
「ああ、公世とかはじめちゃんは安産体型だよね」
「卵で産むのなら楽なのに、なんで人間は卵では無く子供を産む方式になってしまったんだろう」
「生存確率の問題だろうね。魚とか一度に数万個、どうかした種になると数億個の卵を産むけどその中でちゃんと育つのは数匹だから。人間は今の先進国なら産んだ子供のほとんどが成人する。医療水樹下の低い国でも4人に1人くらいは育つ。魚の数万分の1とかに比べると物凄い高確率」
「そういえばフタバハズキリュウって卵ではなく赤ちぉんで産むらしいね」
「そそ。フタバハズキリュウは卵胎生」
「だったらドラえもんのあの話は」
「だからあの映画には大きな誤りが2つあるんだよ。ひとつはフタバハズキリュウは恐竜では無く別の種類の水生動物であること。ひとつはフタバハズキリュウの卵というのは存在しないこと」
「まあ。フタバハズキリュウが子供を産むというのはあの映画が作られた後で判明したことだから仕方無いけどね」
「他にもフタバハズキリュウは身体の構造上、のけぞるように首をえしろに曲げることはできないなどというのもある」
「古い時代のこと書くのは難しいね」
「分からないことが多すぎるからね」
表彰式のあとは、しゃぶしゃぶのお店に行き、黒毛和牛をしゃぶしゃぶでたくさん食べた。そのあと新幹線で姫路に戻った。女子と入れ替わりに男子チームが博多入りして前泊する。玉竜旗は24-26日が女子の試合、27-29日が男子の試合である。
7月下旬、東の千里を含む旭川N高校女子バスケット部はインターハイに参加するため、埼玉県に出て来ていた。女子バスケットの会場は埼玉県北部の本庄市である。インターハイで埼玉県内の宿泊施設が満杯なので、一行は群馬県南部の伊香保温泉に泊まり渋川市の小学校の体育館を借りて練習していた。
1回戦不戦勝のあと30日の2回戦は高岡C高校(桃香の学校:但し今回桃香は応援に来ていない)、31日の3回戦は強豪の大阪E女学園に勝ち、明日8月1日の4回戦は優勝候補の一角・岐阜F女子高との対戦が予定されていた。
小学校の体育館での練習を終え、帰りのバスに乗ろうとしていた時、女子バスケ部のメンバーはひとりの小学生に出会った。その子は一見女の子にも見えたが、本人は男の子であると主張した。その子は明日大きな手術を受ける予定だったが「お腹切られるのちょっと恐い」と手術への不安をもらした。みんな「大丈夫だよ。麻酔掛けるから痛くないよ」などと笑っていたが、千里(青)には彼が明日死ぬ運命にあることが分かったので笑えなかった。チームのひとり、佐々木川南は彼と指切りをした。
「お姉ちゃんたち明日物凄く強いチームと試合するけど絶対勝つからさ、君も明日の手術頑張りなよ。でないと、手術が失敗してちんちんが無くなっちゃうぞ」
看護婦さんが走って来てその子を保護する。暢子は看護婦さんに言った。
「その子と、私たちが明日の試合頑張るから、君も手術頑張れと約束したんです。その子の名前を教えてください」
「ながの・りゅうこ君というんですよ」
「《こ》の付く名前って女の子みたい」
「ぼくの《こ》は《とら》だよ」
「空を飛ぶ龍に吼える虎で《龍虎》なんです」
「なるほど。その字か」
「だったら、龍虎。明日の手術頑張らないと、ちんちん無くなって女の子になって名前の“こ”を女の子の子に変えないといけなくなるぞ」
「ぼく頑張る」
看護婦さんが笑っていた。