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その日の夜、青の千里は龍虎の病室に行き、夜の散歩に誘い出した。彼がワンピースのチョッパーみたいに空を飛びたいと言っていたので、勾陳を召喚し、千里と彼を乗せて空を飛ばせたのである。この時召喚に応じたのは2番の“雨水”である。彼は昨年仙台でもこの子を見ていたが、彼にも龍虎が明日死ぬことが分かったので、勾陳としては随分親切にリクエストに応じた。
一行は最初に仙台まで跳び、龍虎を祖母に会わせた。手術前夜に孫の“幻”を見た松枝は不安を感じ、深夜の神社に行って、お百度を踏む。
一方龍虎たちは仙台から更に北上し、松枝の生まれ故郷である青森県の十二湖という湖沼群(有名な十三湖ではない)にやってきた。その中の浮田江(ういたえ)という湖のほとりで、千里は土地神様に所望されて龍笛を吹いた。すると土地神様はそのお礼に湖のほとりの泉を湧出させてくれた。「喉が渇いてた」という龍虎はこの泉の水を手ですくってたくさん飲んだ。彼は45杯も飲んで、そのあとトイレに駆け込んだ。
勾陳(雨水)は千里に言った。
「お前、あの子が水を何杯飲むか数えてたろ?」
「45杯飲んだ」
「この泉は浮田江(ういたえ)の傍の水だから浮田江水(ういたえすい)、閼伽・浮田江(あか・ういたえ)という。ラテン語でAqua vitae というと“生命(いのち)の水”だな」
(仏教用語の閼伽(あか)とは水のこと。東大寺の“お水取り”で水を汲む井戸は閼伽井という。多分ラテン語のaquaアクアと同語源)
「どういうこと?」
「あの子が飲んだ1杯につき1年寿命が延びる」
「まさか」
「しかしどっちが幸せかは分からんぞ。小学生で死ぬのと50代の働き盛りに妻子を残して死ぬのと」
千里は腕を組んだ。もっとも龍虎の寿命は後に九州の親切な神様が更に延ばしてあげることになる。
翌日、岐阜F女子高と対戦した旭川N高校は4点リードされ、残り24秒を切った状態で相手のボールとなってしまう。24秒を切っているから残りの時間相手はボールを回していれば勝つことができる。
この時、同時刻に手術を受けていた龍虎の心臓が停止した。医師が慌てて蘇生措置をほどこす。昨日龍虎と川南の約束に立ち会っていた看護婦が龍虎の耳元で言った。
「龍ちゃん、おちんちん!」
試合ではここで千里が絶妙のパスカットをして“ゆっくりと”スリーを撃つ体勢に入る。相手の外国人センターがブロックしにくる。相手のキャプテン前田彰恵が「ラーマ!だめー!!」と叫んだが、間に合わなかった。
ラーマはブロックしようとして千里の手に触ってしまう。しかし千里は触られてもそれにめげずボールを正確にゴールに放り込んだ。
バスケットカウント・ワンスローが宣言される。ファウルされたもののゴールはしたので、この3点ゴールは有効である。更にフリースローを1本もらえる。千里はこれも確実に決め、一挙に合計4点取った。それで土壇場で追い付いて延長戦に持ち込んだのである。
一方看護婦さんに「おちんちん」と言われた龍虎は昨日川南と約束した時頑張らないとちんちん無くなるぞと言われたことを思いだした。それで龍虎の心臓が動き出す。
試合のあの場面、あそこで千里がスリーを入れても点差は4点だったから岐阜F女子高はぎりぎり逃げ切ることができた。だから彰恵はラーマを停めたのだが、ラーマとしては突然思いも寄らないパスカットがあって相手エースがシュートしようとしていたのでパニックになってしまい、そこまで頭が付いていかなかった。それで千里のトリックプレイにひっかかってしまった。千里はファウルされるように、わざとゆっくりとシュート体勢に入った。
しかしこれで旭川N高校はほぼ敗戦が決まっていたところから奇跡の逆転勝ちを収めた。
そして龍虎の手術も死にかけたところから、無事生還して手術は成功したのである。
(お詫び:以下の節は先週一部の版では既に配信しましたが、都合によりここに移動しました)
7月28日(月)、大手の新聞が次のような記事を掲載した。
海産物取り扱い業者☆☆が販売していた“和歌山県産うなぎ”が実は中国産であったことが内部告発により判明し、農水省が調査を開始した。同社が販売した鰻は下記のスーパーで販売されていた。
記事には10軒のスーパーの名前が記載されていた。その中のひとつにプリンスが含まれていた。千里はまずプリンセス社長の片倉に電話して「当店では☆☆および神港魚類・魚秀の鰻は扱っておりません」という掲示を出させるようにし、次いでプリンス社長の田上に電話した。
「お客様に即返金しましょう」
「はい。その方針で今準備中です。代金の2625円を入れた封筒をたくさん作らせています」
さすができる人は行動が速い、と思ったが千里は更に言った。
「返金はレシート無しでもOKにして」
「レシート無しででもですか〜?」
「だってレシートなんてすぐ捨てちゃう人多いもん。返金用の資金に取り敢えずそちらに1億円振り込んであげるから。返金に使った分は私に返さなくてもいいし。だから口座番号教えて。これ多分田上さんの個人の口座のほうがいいよね」
田上も一瞬考えたが確かに店の口座を使うと経理上の処理が大変だ。一方、自分の個人口座を暫定的に使っていても後で店の経理に付け替えることは可能だ。
「分かりました。それでは###銀行の※※支店*****で」
と田上は口座番号を伝えた。千里は即1億円を振り込んだ。
千里はそこまでやりとりをした上で今度は西日本新鮮産業の山藤社長に電話する。
「鰻の産地偽装が相次いでるでしょう。それで“私が育ててます”みたいな掲示を出したいんですよ。鹿児島の鰻養殖場の所長さんか鹿児島新鮮産業の社長さんの顔写真を頂けませんか?」
「本人たちに聞いてみます」
すると鹿児島新鮮産業の社長が
「養殖場は種子島と大隅半島の2ヶ所にあるから私の写真のほうがいいでしょう」
と言って写真を送ってきてくれたのである。千里はそれを片倉に送り
「うちの会社で育ててます」
という掲示をプリンセスの店頭に掲示したのである。するとこの鹿児島産鰻の売れ行きが伸びた。この社長の顔がいかにも“九州男児”という雰囲気で日焼けしているのも好印象になった。
安易に予想できたがプリンス各店に作った返金コーナーには長蛇の列ができて、一週間のうちに返金した人は実際にこの産地偽装鰻を買った人の10倍、約1万人に及んだ。
「約1万人に“返金”して2600万円ほど使いました。正確な精算は後日することにして、取り敢えず7000万そちらに振込戻します」
「返金求める人はこの後もまだ来るだろうし、こちらへの返却は8月末くらいでもいいよ」
「でも大きな金額だし」
「だって1億円程度で店の信用が買えたら安いもんじゃん」
田上はやはりこの人はただものではないと思った。
田上は2枚の大量保有報告書を見て呆れた。
一つは7月30日(水)付けで村山千里の保有株数が32%になっている。そしてもう1枚は8月1日(金)付けで村山千里の保有率は27%まで減っている。つまり村山はこの報道を受けて暴落したプリンス株を大量に買い、レシート無しでも返金を受け付けているという報道で今度は株が急落の反発もあり高騰したところで大量に売り抜けたのである。この人はきっと他のスーパーでも似たことをしている。この売買で村山が得た利益は恐らく数千万円に及ぶ。つまりお客さんへの返金に使ったお金とほぼ同額か多分それより多い。ほんとにあの人はタダ者ではない!と思った。そして面白い株主を得たもんだと楽しい気分になった。
むろんこの売買操作をしたのは青池で、千里は関与していない。
また今回の事件でお客さんのプリンスへの印象はよくなったので、売上も伸びてプリンスの業績はよくなり、企業価値自体上昇することにもなる。田上は「1億円で信用が買えたら安いもん」という村山の言葉を思い起こした。
西の千里たちは博多から戻った後、姫路で合宿を続けていたが、7月31日、インターハイ出場のため埼玉県に移動した。姫路駅から新幹線で東京駅に移動し、東京駅から地下通路をひたすら!歩いて大手町駅に移動する。地下鉄で北千住駅まで乗り、ここで東武に乗り換えて新越谷駅(しん・こしがや・えき)まで行った。
「新は付くけど新幹線の駅では無いんだな」
「そういう駅はわりとある」
「新伊丹駅(*7)」
「私もそれ思いついた」
新旭川駅もだな、と千里や清香は思った。
「和歌山県の新宮駅」
「あはは」
「新潟駅って考えたけど、そっちが優秀だ」
なお東武の新越谷駅はJRの南越谷駅と隣り合っており、乗換駅になっている。ずっと後、この駅の近くのF神社に東の千里や幼い頃の友人リサが巫女として奉職することになる。
(*7) ちなみに“新伊丹駅”は“新伊丹住宅地”という振興住宅地のそばに作ったから、この名前がある。つまり新・伊丹駅ではなく、新伊丹・駅なのである。新旭川駅は旭川の貨物取り扱い増加のために新設した駅である。新越谷駅は越谷市内に新しい駅を作ったから新越谷にした。1073年にJRの南越谷駅ができ、それとの乗換のため翌1974年新越谷駅が作られた。
しかし首都圏には京成関屋駅と東武牛田駅とか、浜松町駅と大門駅とか、馬喰横山駅(ばくろ・よこやま・えき)と東日本橋駅とか、名前の違う乗換駅があって難しい。
なお男子は29日まで玉竜旗をしていたので(結果は準優勝:決勝で福岡の高校に敗れた)、博多で後泊してから30日の飛行機で羽田まで飛び(新越谷駅西口までの空港連絡バスで)越谷に入っている。それで男子のほうが先にホテルに入っていた。男子は昨日は近くの神社の境内を借りて稽古していたらしい。
昨日の男子の夕食は普通のホテルの夕食という感じの物だったらしいが、女子が到着した晩の夕食は焼き肉だった。このあと、連日焼き肉の予定である。
剣道の会場は越谷(こしがや)市立総合体育館である。
千里は清香に自分の足袋(たび)を渡したので清香はそれを履いていたが「この足袋履きやすーい」と言っていた。
「これ高いのでは」
「そうでもないよ。一足1200円だから」
「やはり私が履いてた5足300円のではダメかな」
「それはさがに安すぎる」
初日は男女個人戦の1〜4回戦が行われた。個人戦は47都道府県から2人ずつと、開催県の埼玉県から更に2人で合計96人で争われる。1位相当で来ている清香は2回戦から、2位相当で来ている千里は1回戦からであったが、どちらも順調に勝ち上がり、ベスト8まで進出した。男子のほうでは、公世は勝ちあがったが、福田君は4回戦で負けてベスト16で終わった。この福田君に勝った選手は準決勝まで行った。
この日のお昼は(個人戦出場者は)主宰者から配られたお弁当を食べた後清香は近くの店で冷やし中華を食べようとしたが、千里に停められて熱いラーメンにした。
「私は永遠に冷麺を食べられないのか?」
「食べてもいいけど大会中はやめなさい」
個人戦に出場してない選手はコンビニのお弁当を食べたらしい。また練習場に指定された体育館で練習していた。双葉−香織、光−大、谷口−山崎、栗原−知代と組んで対戦していたが、周囲の視線をかなり集めたようである。「無茶苦茶強い人たちがいる」などと言われていたようである。知代が栗原君の練習相手をしていたので、会場では春佳に雑用などを頼んでいた。
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女子高校生・3年の夏(10)