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激しい攻防になる。第1ピリオドではどちらもゾーンでの守備を選択したのだが、お互いコンビネーションプレイでゾーンに無理矢理穴を開けて、そこから攻めて行く。そのハイレベルな攻防に、客席で見ている旭川L女子高、釧路Z高校(昨日で敗退したものの今日まで居残りしたようである)、札幌D学園(昨日の午前中で負けたものの、やはり残っていたようだ)のメンバーたちの熱い視線が振りそそがれていた。恐らく他の都府県からも偵察隊が来ているだろう。
どちらもそういう中に入って行く方法と、P高校は伊香、N高校はソフィアが外から撃つ方法とを使い分けている。伊香にしてもソフィアにしても、撃てたらいつでも撃っていいと言われているので、速攻からスリーというパターンも双方何度か見られた。伊香は6−7割、ソフィアも半分くらいは入れている。外れた時のリバウンド争いも、河口と揚羽でかなり良い勝負をしていた。宮野が180cmに対して揚羽は公称174cmだが、実際にはもう少しある感じである。
またソフィアは外からも撃つが、体格が良いので相手がスリーに警戒して広く守っていたら、敢えて結果的にできている隙間から中に飛び込んで行ったりもする。その場合相手が無警戒ならそのまま自ら撃つし、ディフェンスが寄ってきたら、そこから更に絵津子や暢子にパスする展開もある。つまりソフィアがボールを持つとその先様々な展開があるので、P高校はかなり翻弄されていた。
それでもP高校は地力に勝るので、取り敢えず第1ピリオドは24対20とP高校が4点リードする展開である。
第2ピリオドでは、P高校が徳寺/横川/猪瀬/宮野/岩本、N高校も雪子/結里/薫/暢子/留実子と、どちらも夏のベストオーダーに近い布陣で始める。
このピリオドではどちらもマンツーマンのディフェンスを見せた。徳寺−雪子、横川−結里、猪瀬−薫、宮野−暢子、岩本−留実子の組合せになる。結里も以前はこういうマッチアップに弱かったものの、2月にエンデバーに行ったのをきっかけに上達し始め、最近はマッチアップの上手い志緒に練習相手になってもらってかなりの練習を積み、随分腕を上げている。それで横川の攻撃を3回に1回くらいは停めていたし、一度はきれいにシュートのブロックに成功し喜んでいた。
この組合せでは徳寺−雪子は雪子が圧倒的、横川−結里は横川優勢だが、他の3組はわりといい勝負となった。しかし、やはり全体的にはP高校がやや勝っている。
それでこのピリオドは23対18で終えることになる。前半合計で47対38である。
第3ピリオド。雪子と暢子を休ませ、不二子/ソフィア/絵津子/揚羽/リリカというラインナップで行く。向こうも中島/北見/小平/赤坂/歌枕という控組中心のオーダーにして、主力を休ませる。
するとこのピリオド、N高校の「新鋭トリオ」のパワーが炸裂する。この3人が複雑なコンビネーションプレイを見せると、P高校の控組はきれいにひっかかってしまう。3人の動きは実際にはサインでやっている部分と相手の動きを見て変化を付けている部分があるので、強豪と戦った経験の少ない選手中心だとどうしても防御するのが難しい。
それでこのピリオドでN高校はここまでの劣勢を一気に跳ね返し16対24として、合計で63対62と1点差にまで迫る。会場内が物凄くざわめいていた。
第4ピリオド。雪子・暢子を戻し、雪子/絵津子/薫/暢子/耶麻都というメンツにする。薫は本大会には出場できないのでこの試合の第4ピリオドでは10分間出すことにしていた。本人も気合いが入りまくっている。
対するP高校も徳寺・宮野が戻る。徳寺/渡辺/猪瀬/河口/宮野という並びである。このピリオドでは、絵津子と渡辺の1年生対決がひとつの軸になった。
ふたりは第1ピリオドでも顔を合わせているのだが、その時はお互いゾーンディフェンスだったし、まだ様子見の感もあった。しかしこのピリオドではマンツーマン・ディフェンスを選択したこともあり、お互いマーカーになって、かなりシビアなマッチアップをする。(他の組合せは徳寺−雪子、猪瀬−薫、河口−耶麻都、宮野−暢子)
絵津子は夏のインターハイにも出てかなり活躍しており、暢子の次のエースだなどとみんなから言われて本人としても随分自信を持っていたのだが、この日の渡辺との対決で、その自信を完全に打ち砕かれることになる。
絵津子が攻撃する側では渡辺は8割くらい絵津子を停めたり、何度かスティールされたりもする。逆に渡辺が攻撃する時、絵津子は彼女を半分も停めることができない。
河口−耶麻都の対決で河口が圧倒するのは経験の差でやむを得ないのだが、渡辺−絵津子の対決でもN高校側が負けてしまうのは痛かった。雪子は徳寺に負けはしないものの、肝心のゴールを狙う所で、さすがの暢子も宮野相手には圧倒するまではいかず、暢子6:宮野4くらいの勝負、猪瀬と薫は五分五分くらいである。しかし、絵津子のところが完全に穴になってしまったことから結果的にこのピリオド前半はN高校は防戦一方になった。
一時的に83対68となる。ここまでの点数は20対6とトリプルスコア以上である。
そこでN高校側は途中ゲームが停まった所で耶麻都を下げ揚羽を投入する。すると揚羽と河口とのリバウンド対決が何とか改善されたことから、その後は両者互角に近い戦いに転じる。
特にこれが高校最後の公式試合になることがほぼ確実な薫が必死に反撃する。それで両者の点差が少しずつ縮んでいく。
その中で絵津子はひたすら渡辺に負け続けていた。しかし宇田先生は絵津子を替えなかった。
この勝負で負けることが絵津子の成長に必要だと宇田先生は判断したのである。
絵津子が一度心細そうに宇田先生を見たが、宇田先生は黙って絵津子を見つめ返した。それで絵津子も自分の頬を手で数回打ち、気合いを入れ直して渡辺に対抗する。しかしそれでも負け続ける。
試合終了を告げるブザーが鳴る。その時ボールを持っていた薫が遙か離れたゴールに向けてボールを投げるが、かろうじてバックボードに当たっただけでそのまま跳ね返って床でバウンドしている。
コート上の10人はみな激しく息をしていた。
審判が整列を促す。みんなセンターライン付近に集まる。
「93対85。札幌P高校の勝ち」
「ありがとうございました」
お互い握手したりハグしあったりする。しかし絵津子は呆然としていた。実際彼女はもう頭の中が空白になっていた。渡辺が握手を求めてきたのにも気づかずベンチに引き上げる。その渡辺が差し出した手は揚羽が握って握手した。そして
「また本戦でやりましょう」
と笑顔で言った。
「はい!」
と渡辺純子も笑顔で答えた。
女子の決勝のあと、13時半から男子の決勝が行われた。その間、N高校のメンバーは休憩していたのだが、その時、志緒が絵津子の姿が見当たらないことに気づく。
「どこ行ったんだろ?」
「トイレじゃないの?」
志緒が気になると言うので、念のため何人かで手分けして会場内のトイレを探すが居ないようである。
「まさか負けたショックで自殺したりしないよね?」
と蘭が心配して言う。
「え〜!?」
部員総出で絵津子を探す。それでも見付からないので、宇田先生と南野コーチはこれは捜索願いを出す必要がないかといって話し合い始めていた。その時
「すみませーん。席外してて」
と言って、丸刈り頭の男の子が控室に入ってくる。
「済みません。ここ女子選手の控室なので、男性の方はご遠慮頂けませんか?」
と揚羽が言う。
「あ、部長。湧見です。どもー」
「えっちゃん!?」
「うっそー!!」
「どうしたの、その頭?」
「男の子かと思った!」
「いや、試合前に暢子先輩が勝って女になろうなんて言ってたじゃないですか。でも負けちゃったから、女になれなかったんで男になることにしました」
と絵津子は言う。
「はぁ!?」
「志緒先輩、昭子先輩から巻き上げた男子制服あるでしょ?」
「あ、うん」
「私にくれませんか? それ着て帰りますから」
「いいけど、その前に表彰式があるよ」
「あ、そうか」
絵津子は負けたあと呆然としていたが、取り敢えず汗を掻いた服を着替えた後、気分転換しようと思って会場の外に出た。それで何気なく歩いていたら、床屋さんがあったので、入って「五分刈りにしてください」と言ったらしい。
「それ、ほんとにいいんですか?とか訊かれなかった?」
「別に」
「でも女の子を確認無しで五分刈りにするかな」
「いや、きっと男の子だと誤認されたのではないかと思う」
「あ、そうかも。私、ちんちん付けちゃおうかな」
「だったら、昭子から1本ぶんどればいい」
「そうしようか。後で鎌でも買ってこよう」
「鎌を買って、鎌で刈るのか」
などとオヤジギャグを言っているのは当然ソフィアである。
「でも丸刈りの頭ってスッキリしていいよ。切った後洗われていてさ、なるほどー、これが『髪を洗う』じゃなくて『頭を洗う』という感覚なのかと新しい発見をした思い」
絵津子がそんなことを言っていたら
「僕も丸刈りにしようかな」
などと留実子まで言っている。
「頼むからこれ以上性別が不明確な人を増やさないで〜」
と南野コーチが言っている。
やがて男子の試合が終わって表彰式に移る。
取り敢えずフロアに入り、表彰式の準備が進むのを見ていたのだが、丸刈り頭の絵津子がN高校のメンバーの中に居るので、運営の人が寄ってきて
「あなた、マネージャーさんか何か?」
と訊く。
「いえ、選手です」
「でもあなた男子でしょ?」
「すみませーん。取り敢えず今の所戸籍上は女子です」
などと絵津子が言うと、
「もしかしてFTMさん?男性ホルモン飲んでる?」
などと訊かれる。
「いえ、そんなのは飲んでないですけど」
と絵津子は言ったものの
「念のため確認したいので、こちらへ」
などと言われて、連れて行かれてしまった!
10分ほどで戻って来たが「血を取られた」などと言っている。
そして表彰式はこの絵津子の血液検査の結果が出るまで延期されてしまう!!当初は15時から女子の表彰式をやった後で15時半から男子の表彰式をやるはずだったのが
「都合により、予定を変更して先に男子の表彰式を行います」
などというアナウンスが流れ、今試合が終わったばかりの2校が慌ててフロアに駆け付ける。男子の表彰式は結局15:10頃始まった。
「もしかしてこの『都合により』って私のせい?」
と絵津子。
南野コーチが
「あまり不審な言動はしないようにね」
と呆れたように言っていた。
幸いにも男子の表彰式が行われている間に絵津子の検査結果が出たようで
「問題ありませんでした」
という報告をもらい、本人もN校メンバー一同もホッとする。
「だけど、あなた鉄分が低いって。ホウレンソウとかひじきとか食べてる?」
などと運営の人から言われ
「すみませーん。その手のものって嫌い」
と言うと
「好き嫌いせずに食べなきゃね。女性はどうしても鉄分が不足しがちだから」
と言われていた。
男子の表彰式が終わった後で、15:35頃から女子の表彰式となる。札幌P高校と旭川N高校のメンバーが整列する。
「優勝、札幌P高校」
と呼ばれ、宮野聖子が優勝旗を、徳寺翔子が賞状を受け取った。
続いて
「準優勝、旭川N高校」
と呼ばれ、揚羽が賞状を受け取る。前に出ている宮野・徳寺と握手をした。
札幌P高校の校歌とともに、校旗が掲揚されるのを見て、丸刈り頭の絵津子はあらためて悔しい表情を浮かべていた。
そしてその丸刈り頭の絵津子を、物凄く怖い顔で見ていたのが渡辺純子だった。
「純ちゃん、顔が怖い」
と同学年の江森月絵が言う。
「あの丸刈り頭が湧見さんの決意のほどを示している」
「あ、あれは湧見さんか! 向こうも男子マネージャーだったっけ?とか思って見てた」
P高校の男子マネージャー・稲辺はP高校のメンバーの最後尾に少し居心地が悪そうな顔をして立っている。
「あの子、きっと本戦までに物凄く強くなっていると思う。私も鍛え直す」
と渡辺は言った。