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ということで、6人はそのまま市内のSPAに移動する。
先日父と一緒に訪れたばかりの所だ!
「ちょっと臨時収入があったから、私が入場料は出すよ」
と言って千里は6人分の代金を払った。赤い番号札のついた鍵を6つもらう。
「村山さんも赤い鍵でいいのね?」
「私、男湯には入れないよぉ」
と千里が言うと、暢子が
「こないだお父ちゃんと来たんでしょ? どうしたの?」
と訊く。
「私は女湯でお父ちゃんは男湯に入ったよ」
「じゃ、お父さんに性転換したことカムアウトしたの?」
「まだしてない」
「ふーん」
と言って暢子は意味ありげの顔をした。
「え?まさか村山さん、親に黙って性転換しちゃったの?」
「うん。許してもらえる訳無いから」
「まあ千里はどうも、女子選手として大会に出たいために性転換手術を受けたっぽい」
と暢子が言う。
「それは凄い!」
と登山さんが言った。
「おちんちんよりバスケの方が大事だったんだ?」
「私はおちんちん要らないと物心付いた頃から思ってたよ」
「あ、そうだよね!」
「過去にも半陰陽の選手がオリンピックで女子の部に出たいと言って睾丸の除去をしたケースもありますよ」
「へー」
みんなで「女」と染め抜かれた赤い暖簾をくぐる。
そして千里が服を脱ぐと溝口さんが「ちょっとチェック」といって身体に触る。「ここ触ってもいい?」などといってお股にも触っちゃう。
「わたし的には女の子の身体と認める」
と溝口さんは言う。
「身体付きが完全に女だと思う」
と登山さんも言う。
「でも千里はまだ付いてた頃から女湯に入ってたからなあ。去年のインハイ予選でも、男子チームに居たのにお風呂は女湯に来てた」
と暢子。
「女湯に入って騒ぎにならなかったの?」
「この子は小学4年生の時から女湯に入っているらしい」
「うそ」
「まあ、誤魔化し方があるから」
「どうやって誤魔化すわけ?」
「一時的に取り外す」
「取り外せるの〜?」
「千里と小学校の時から一緒だったうちのチームの留実子によれば、男の子のあれって実はネジ式になっていてグルグル反時計回りに回すと外れるようになっているんだとか」
と暢子が言う。
「うちの中学生の弟で試してみるかな」
「バスケ選手の本気の握力でねじったら、ねじ式でなかったとしてもねじ切れてしまったりして」
「まあ取れちゃったら取れちゃった時で。私妹欲しかったし」
「妹になれそうな弟なの?」
「うーん。行けると思うけどなあ。小さい頃は私の着ている服を見てスカート穿きたがってたから、よく穿かせてたけどね」
お風呂の中ではバスケットの話をたくさんしたが、大波さんが先日のDRKの録音の話をする。
「それインディーズってやつ?」
と登山さんが訊く。
「そうそう」
「それもなんか格好いいね」
「メジャーと比べてセールスは上がらないけど自由は利く。メジャーはレコード会社の都合の方が優先されたりするから」
「取り分も違うんでしょ?」
「そうそう。メジャーの場合、自分で曲を書いて自分で演奏したとしてももらえる印税は売上の9%にすぎない。ひどい場合1%ももらえないこともある。事務所と給料制の契約結んでいると、ミリオンセラーになったのにもらえるのは普段通り30万くらいの給料だけなんて可哀想すぎるケースもある。でもインディーズだと契約にもよるけど半分くらいもらえることが多い」
「全然違うじゃん」
「それと版権の問題もあるんだよね。メジャーだとレコード会社が版権を持つことが多いから、レコード会社を移籍した後でも前のレコード会社が勝手に編集したアルバムを出したりして揉めたりする」
「だったらインディーズの方が良かったりして」
「その代わり大きく宣伝されることもない。でもだから知名度も資金力もあるアーティストの場合は敢えてインディーズに居る場合もあるんだよ。さだまさしなどが良い例」
「インディーズだと自分で宣伝して自分で売らなければいけないから、それがネックだよね」
「うん。だから一度もメジャーに行かずにずっとインディーズというビッグ・アーティストは少ないよ」
そんな話をしていた時、千里はふと浴室のドアを開けて入って来た人物に目が停まった。
「ん?どうしたの?」
と暢子が訊く。
「いや、あの人」
「ん〜?」
暢子もその人物に違和感を覚えたようである。
「なあに?」
と溝口さんもそちらを見る。
「何あれ?」
と溝口さんは少し呆れたような声をあげる。
その人物はお風呂に入るというのにばっちりとフルメイクしている。そして妙におどおどしていて、誰とも目を合わさないように壁の方を見ながら歩いている。そして何よりも《見た目の雰囲気》が男にしか見えなかった。
その時、洗い場で髪を洗っていた40代くらいの女性が立ち上がって浴槽の方に来ようとして、まともにその人物を見た。そして
「きゃー!!!」
と声をあげる。
その人物は慌てて逃げようとした。
がここは瞬発力のあるバスケガールたちが浴槽から飛び出して、その人物を確保した。取り押さえる時にウィッグが外れて短い髪が露出する。お股のところはどうもガムテープで押さえていたようだが、それも外れかけて男性器が露出しかかっている。
「どうしました?」
と言って女性のスタッフさんが3人ほど浴室に駆け込んできた。
「何というか、やはり侵入者かな」
と暢子が言う。
「あんた痴漢?」
とスタッフさん。この人はこないだ来た時、千里に声をかけた人だ!
「ごめんなさい、痴漢じゃないんです。私、性同一性障害なんです」
とその人物。
「うーん。それでも男の身体で女湯に入られちゃ困るよ。ちょっと来て。事情は事務所で聞くから」
とスタッフさんは言う。
千里もその人に言った。
「GIDというのなら同情しますけど、取り敢えず髪が女に見える程度まで伸びて、おっぱいも女程度に膨らんでからでないと、女湯には入れないと思いますよ。ウィッグで女湯は無茶。それにあなたお化粧してるけどノーメイクで女としてパスできないとトラブルの元」
「おちんちんは良いわけ?」
と溝口さんが訊く。
「おちんちんくらいお風呂に入る前に、ちょっと切っちゃえばいいじゃん」
と千里が言うと
「簡単に言ってる」
と暢子は少し呆れて千里を見た。
侵入者?がスタッフに連行されていった後、いったん浴槽に戻る。
「だけど千里さん、もしかしてその髪ってまだウィッグですよね?」
と雪子が訊く。
「そうだよ」
と千里は答える。
「千里って自分を棚に上げて人のことを言うんだ」
と暢子は呆れている。
「でもその髪洗ってなかった?」
と溝口さん。
「うん。これ人毛ウィッグだからちゃんと洗ってトリートメントしないといけないんだよ」
と千里。
「実際の髪は洗わなくてもいいわけ?」
「ああ。家で洗うよ」
「本当の長さはどのくらいなの?」
「いや、このウィッグ外すと私まで捕まる。だって私4月に1度丸刈りにしちゃったからさ」
「ふむふむ」
「一度通報してみようか」
「それは勘弁して」
「まあ村山さんが退部になっちゃうと対決する楽しみがなくなるからここは見逃してツケにしておくか」
と溝口さんは笑って言った。
「でもちんちんは付いてないんだよね?」
「そんなのが付いてたら女子選手として大会に出られないよ」
「だったらいいや」