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金曜日の練習の後、千里が更衣室で着替えていたらM高校の橘花から電話があった。
「明日、札幌P高校と愛知J学園の親善試合があるの知ってる?」
「え?そんなのあるの? どこで?」
「札幌P高校の体育館。見に行かない?」
「行きたい! って私たちが見てもいいの?」
「一般に開放するって。但し先着順だから早く行ってないと入場できない可能性もある」
「早朝から行かなくちゃ!」
それで、その場に暢子と雪子も居たので2人にも声を掛けて3人で早朝の高速バスに乗り、見に行くことになった。
翌朝、旭川のバスターミナルでM高校の橘花・友子・伶子の3人に会う。向こうも実は昨夜結構遅くに知ったらしく、この3人だけになったらしい。
「わあ、その情報をこちらに教えてくれたんだ。ありがとう」
「だって高校女子バスケの最高峰同士の戦いじゃん。見なくちゃね」
「宮子ちゃんたちも行くかもと言ってたけど、このバスじゃないみたい」
札幌に到着し、P高校の体育館に入ると、これまでに対戦した強豪チームの中心選手を何人も見る。旭川L女子高や帯広C学園、釧路Z高校、函館F高校などの選手が居て、何人か目が合って会釈した子もいた。
両チームの選手が整列する。本来はベンチ人数は15人だが練習試合だからだろう。双方20人以上居る。試合が始まる。
「あれ?花園さんは?」
「居ないね。どうしたんだろ?」
「主力外してきた訳じゃないよね?」
「そんなことない。ウィンターカップ決勝で30得点したフォワードの日吉さんが居るし、正PGの入野さんが入ってるし、ほぼベストメンバーだと思う」
「花園さん、ベンチにも居ないね」
「風邪でも引いたのかも」
「彼女を見られないのはちょっと残念だな」
そんなことを言っていたものの、次第にみんな口数が少なくなる。
「凄いね」
と暢子が言った。
「これが全国トップのレベルだよ」
と橘花が言う。
「もし1回戦でこことぶつかっちゃったら、ここに勝たない限りBEST8とかは望めない訳か」
と暢子。
「そういうこと」
と橘花。
そんな会話をしていたら、伶子が言う。
「ふたりとも凄い」
「何が?」と橘花。
「だって当たったら勝たなきゃとか、私、そういう発想しなかった。インターハイに行けたら、ここと違う山になりますように、と思っちゃった」
と伶子。
「相手だって同じ女子高生なんだから、勝つ道はあるはずだよ」
と暢子が言った。
「まあNBAのチームと戦えというんじゃないからね」
「NBAってもっと凄いんですか?」
「まあ今ここに出てる10人に更に花園さんが加わって11人でNBAの5人と戦っても、全く歯が立たないだろうね」
「400対0の世界だろうね」
「なんか、もう想像が付かない・・・」
「1歩1歩昇っていくしかないよ」
と橘花が言った。
試合は70対60で愛知J学園が勝ったが、とにかくハイレベルな試合だった。M高の3人とN高の3人で一緒にマクドナルドに入った。お茶でもという話だったのだが、ビッグマックとか頼んで食べている子もいる。
「花園さん、札幌までは来たらしいんだけど、お祖母ちゃんが倒れて危篤になったというので試合を欠席して釧路に行ったらしい。トイレでL女子高の浜川さんとバッタリ会って聞いた」
「あらあら」
「無事だといいね」
「だけど娘を愛知なんかまでやってると、両親も色々不安だろうね」
「大都会は誘惑も多いしね」
「特待生で都会の高校に行って、悪い遊び覚えちゃってダメになる子も時々いるみたいね」
「特にレギュラーに入るのが厳しい状況の子は危ない」
「やはり精神的に辛いよね。そういう状況は」
「地元に居たら中心選手だったろうって子も多いだろうし」
「でも今日は、どちらも全開じゃなかった気がする」
「まあ無理して怪我でもしたら、いけないし」
「でも凄かった」
「思ったけど、チームプレイ以前に各々の個人技が凄いよね」
「やはり頂点に立つチームってそういう傾向だと思うよ。チーム内がお互いにライバルだろうし」
「熾烈な争いなんだろうなあ」
「J学園でスターティング5になる子は実質プロ・レベルだと思う」
千里が何か考えている風なので橘花が「どうしたの?」と訊く。
「私は間違っていたよ」
「ん?」
「ウィンターカップ見た後で、あんな凄い選手に対抗するにはどうすればいいんだろう?と疑問を投げかけて、うちの監督はゾーンディフェンスでかなり対抗できるというのを教えてくれた。確かにゾーンを使うと相手の攻撃を相当抑えることができる」
「うん。地区大会でも新人戦でも使ってたね」
「だけどそれ根本が間違っているんだよ。そんな作戦の前に、個々の能力が高くなければ、どうにもならないんだ」
「まあ、それはあるね。ただ個々の能力はどうしてもすぐには高められない。各々の素質の問題もある。だからこその作戦」
「でもNBAでは以前ゾーンは禁止されてたね。そんなの使う前に個人の技を磨くべきってことで」
「やはりインターハイに行くには、自分の能力をもっとあげなければいけない」
「何するの?」
「少し考える」
「私も考えよう」
「だけどトイレって、なんかその手の情報交換の場所って感じでもあるね」
「ああ。情報も流れるけど、噂も流れる」
「千里の噂も色々ぶっとんだものがあって楽しい」
などと友子が言う。
「こないだ友子さんから聞いたと言われて、男子の試合に出てたのは私のお兄さんで癌で亡くなったという話を聞いて、私びっくりしました」
と千里は言う。
「ああ、その噂、まだ生き残ってたのか」
「なんか癌の治療のために睾丸もペニスも除去して女みたいな外見になっていたとか。いったい、どこからそんな話が出て来たのか」
「癌の治療じゃないけど、実際既に睾丸もペニスも取ってるよね?」
と橘花が訊く。
「その件なんですけどね。11月に協会から精密検査受けてくれって言われて病院に行ったんですけど、なんかお医者さんが、私には陰茎も睾丸も無くて、大陰唇・小陰唇に膣もあるという診断書を書いたんですよね。それで私女子の方に出てよということになったんですよ」
と千里。
「お医者さんがそう診断したということは、やはり性転換手術済みということなのでは?」
と伶子。
「でも私、本当は何も手術とかしてないんですよね。それで、この状態で道大会、インターハイと行くのは許されないと思って、実は先週、道外に出たときに去勢手術を受けに行ったんです」
と千里は告白する。
「それは知らなかった。あれ去勢手術受けに行ったのか?」
と暢子が言う。
「いや、別件の用事だったんだけど、そのついでにと思って」
「なるほど」
「で、手術台に載せられて、麻酔打たれて。それで目が覚めてとうとうやっちゃった・・・と思ったんだけど」
「うん」
「お医者さんが手術不能だったと言うんですよ」
「それはまた何で?」
「私には睾丸どころか陰茎も無いって。それどころか膣もあると言われて、私どうなってるんだろうと悩んでしまって」
「・・・・」
「それは結局、千里はやはり本当に性転換済みということだと思うが」
と橘花が言う。
「千里、そういう話、あまり人前でしない方がいい」
と友子。
「うん。頭がおかしいと思われるから」
と暢子も言う。
「うむむ」
「11月と今月と、2人のお医者さんが診て、千里は女の身体だと診断したということは、やはり女の身体なんだよ」
「手術を受ける以前に、男の身体が嫌だ嫌だと思っていたから、きっと未だに男だった頃の夢を見ちゃうんじゃないかな」
「ああ、そうかも、そうかも」
「まあ、私は中学時代に、千里を女湯の中で見ているからね。その時既に、おちんちんなんか付いてなかったもん」
と友子が言う。
「あ、私も合宿で千里さんと一緒にお風呂に入りました」
と雪子まで言う。
「実際、千里の体格は第二次性徴発現前に性転換したとしか思えない身体つきなんだよね。どこにも男の痕跡が無いもん」
と暢子。
「同意同意」
と友子。
「私、11月の精密検査で骨盤の形も女の子だと言われた」と千里。
「美術の先生も千里の骨格って女の子だと言ってたよ」と暢子。
「やはり小学生の頃に性転換したとしか」と橘花。
「そうでなければ最初から女の子だったかだよね」
と暢子。
「少なくとも、まだおちんちんが付いてるなんてのは、嘘か妄想か幻想かしか有り得ないな」
と友子。
「もう自分でも開き直るしかないかなとは思ってる」
と千里。
「うん。それでいい。道大会、全開でこないと怒るぞ」
と橘花は言った。
「そうそうトイレでの噂といえばさ」
「うんうん」
「こないだ聞いた話では、千里のお母さんは全日本の凄いシューターだったというのがあった」
「何ですか、それ〜!?」
「千里のお母ちゃんってバスケするの?」
「運動苦手な人だよ。中学は英語部、高校は茶道部だったらしい。バスケはこないだ話してたらゴール1回で2点入ることも知らなかった」
「お父さんは?」
「漁師だから体格はいいけど、運動はどうなんだろう。そういう話はしたことが無いなあ。私、お父ちゃんとはまともに会話したことがないんだよ。ずっと船に乗ってて留守だったし」
「あ、うちも同じ〜」
と伶子が言う。
「伶子のお父さんは海上自衛隊だったね」
と橘花。
「うん。たいてい出港してたから、お父ちゃんが家にいることって、めったになかったよ。たまに休みの日でも緊急招集掛かって、映画を途中で抜け出したことも何度かあった。だからお父ちゃんと映画見に行くの嫌だった」
と伶子。
「ああ、自衛隊はそれがある」
「だけどトイレでの噂って、勝手な憶測に、それっぽい情報源が適当に付加されて伝搬するっぽい」
「うん。誰とかから聞いたけど、というその前文自体が怪しい」
「女子トイレって待ち時間が長いからね」
「暇だから、いろいろ話している内に、話している本人もどこまで本当でどこからが憶測だったかが分からなくなるよね」
「ついでに誰から聞いた話かも忘れてしまう」