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■夏の日の想い出・新入生の初夏(5)

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(C)Eriko Kawaguchi 2011-11-22  
翌6月26日は朝から与論島行きなので6時に家を出て羽田に向かった。政子はお見送りで空港まで付いてきたのだが、「あ、私も与論島まで付いて行こうかな」
などと言い出した。
 
須藤さんが航空券の空きをチェックすると、まだ残席があったので確保。須藤さんが座るはずだった席を政子に譲ってくれて、須藤さんが新たに確保した席に座った。
 
朝9時の便で鹿児島まで行き、与論島行きに乗り継ぐ。与論島行きは1日1便なので、乗り遅れたらアウトである。鹿児島までの景色も良かったが、鹿児島から与論島までの青い海も美しかった。そして与論島はまるで天国の島のようであった。
 
「こんなきれいなところが日本にあったって私知らなかった」と政子。「みんなハワイとかグアムとか行くけど、ここは素晴らしいよね」と須藤さん。
「実は若い頃、私もここで写真集撮ったことあるんだ」
「えー?それは探してみなきゃ」
「ほとんど売れてないから無理だと思うよ」と須藤さんは笑って言った。
 
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13時に与論空港に着き、取り敢えずホテルに入って旅の荷物を置くとともに、予め送っておいた、私の衣装の箱を開ける。ホテルは元々ツインのシングルユースで2部屋取っていたので、そのうちのひとつを私と政子で使うことにした。この時期はまだ私と須藤さんは同じ部屋に泊まれるまでの親密感は無かったのである。
 
「わあ、衣装、たくさんありますね」
「水着も大量ね」
「まあ、今日明日は冬ちゃんには着せ替え人形になってもらうから」と須藤さん。「じゃ、私は着せ替えのお手伝いということで」と政子。
「それ助かるかも。私はカメラマンの人と話してること多いと思うから」
 
14時にホテルのレストランで、遅い昼食を兼ねてカメラマンの人と打ち合わせをした。カメラマンさんは新庄幸司さんといって新進の人であるが、NHKの番組にも時々出ていて、私も名前を知っている人であった。
 
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「君、顔の作りにしてもボディラインにしても女の子のバランスだね」
と新庄さんは言った。
「あ、それ高校の時の写真部の友人にも言われたことあります」
「僕さ、ニューハーフさんの写真集も何度か取ったことあるけど、みんな美人だけどやはり骨格的に男の子なんだよね。君は骨格が根本的に女の子だよ」
「ケイって骨盤も広いんですよね。赤ちゃん産めるかもよ、なんてからかうんですけど」と政子。
「うんうん、その骨盤なら産めると思う」とマジ顔で新庄さん。
 
新庄さんは、政子にもぜひ写真を撮らせてくれと熱心に言った。カメラマンの魂が絶好の被写体を前に奮い立つんだ、などとも言っていた。
 
「でもマリちゃんとの契約ではそういうのNGだからなあ」と須藤さん
は言ったが、政子があっさりOKを出す。
「撮っても出版しなきゃいいんですよね。私が20歳になるまで」
 
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「うーん、確かに。ケイちゃんの写真集も来年18歳のと19歳のをまとめて発売しようかと思ってたのよね。マリちゃんのも来年以降発売すればいいのか」
と須藤さん。
「でも衣装、ケイちゃんの分しか用意してなかったな」
「私とケイはサイズ的に同じ服を共用できますよ」
「あ、そういえばそうだったね」
「それに、私たちお互いが着た下着とかでもそのまま着用するの平気ですから」
「えーっと、その手の発言はあまり人前でしないように」
「あ、大丈夫。僕は、いい写真を撮ること以外には興味無いから」
「じゃ、一緒に撮るかね・・・」
 
私たちはホテルのプールサイド、ビーチ、散歩道などでいろいろな衣装や水着に着換えて撮影をした。新庄さんは私たちを乗せるのがうまく、ひじょうに楽しく撮影をすることができた。この日は19:24が日の入りだったが、夕日が美しかったので、その中でもたくさん写真を撮った。ビデオも同時に動かしている。刻々と変わっていく光の中で、シャッター音が続いた。須藤さんも自分のカメラでけっこう私たちの写真を撮っていたし、撮影している新庄さんの姿までカメラに収めていた。
 
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日が落ちてからも少し夜景の中での撮影をしていたが、その日の撮影は20時半で終了となった。
 
夕食の後、いったん須藤さんの部屋に入って3人でお茶など飲みながら話した。
 
私たちは一昨日、ハプニング的にライブハウスで飛び入りで歌ったことも報告しておいた。須藤さんはそういう状況なら構わないと言った。お勘定はいいですからとお店の人から言われたが、報酬を受け取った形になるとまずいのでということでちゃんと払ったということも言うと「うん、その対応でいい」と言う。
「まあ、状況によってはあまり硬いこと言わなくてもいいこともあるけどね。もし疑問がある場合は私に1本電話入れてくれたら、対応を指示するよ」
「ありがとうございます。お願いします」
 
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30分ほど話してから、明日は朝早いからそろそろ寝ようかなどということになり、私たちが部屋に戻る時須藤さんが言う。
 
「えーっと、もう避妊具は渡さなくていいね」
「はい。私もう種無しになりましたし。でも避妊具は持ってきてます」
「・・・Aの方で使うの?」
「いえ、お守りなんです。あ・・・私たちAはお互い不可侵領域ということで合意してます」
 
私たちは一緒に寝る時にいつもコンちゃんを1枚、枕元に置いておくのが自分たちのお守りであるというのを説明した。一線を越える時はそれを開封するが、開封しない場合は、気持ち良くなりすぎたらストップのルールであることも。
 
「どのくらいの比率で開封するの?」
「開封したのは2度だけです。高校在学中は1度も開封しませんでした」
「へー。私はてっきり、いつもしてるとばかり思ってた」
 
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「私たち、友だちという線を崩したくなかったから」
「でも高校卒業して開封したってことは、もう恋人になったのね。半月前にあなたたちに会った時、ふたりの親密度がもう何も遠慮の要らないものになってるな、と思ったのよね」
「いえ、友だちのままです」と政子。
「私たち、公式見解ではHしたこともないということで」と私。
「いつも一緒には寝るけどセックスはしないよね」と政子。
 
「どうも、あなたたちの関係は、いまいち良く分からないな」
と須藤さんは笑っていた。
 
そして私たちは部屋に戻るとキスして抱き合う。
「3日連続だね」
「冬とならいくらしても飽きない」
「私も」
「でも明日は夜明けと同時に撮影開始だから4時半には起きなくちゃ」
「何もせずに寝ちゃう?」
「ううん。した方が熟睡できるもん」
「じゃ11時までしようよ」
「今夜は1時間早いシンデレラか・・・・」
「グアム時刻なのよ」
 
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ふたつのベッドをくっつける。シャワーを浴びて、裸でベッドに入り、抱き合いキスをして、私たちは睦み合った。
 
私たちがレスビアンセックスをするようになったのは翌年の秋からなのだけど、この時期私たちはかなりそれに近いことをしていた気もする。ただお互いにこの時期は「セックスをしている」意識はなくグルーミングに近い感覚だったし、正直恋愛感情は希薄だった。私は性欲自体無かったし、政子も平気で少し気になる男の子のことなど話していた。私たちがいつも一緒だったのは基本的には「仲良しだから」だった。政子とは喧嘩をした記憶が無い。でもそんなことを琴絵に言ったら要するにふたりは恋人じゃなくて枯れた夫婦だったのね、などと言われてしまった。
 
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その日の日出は5:34だった。私たちは5時前にホテルを出て東側の海岸に行き、薄明の中から撮影を始め、やがて水平線から太陽が昇ってくるところで動画を撮影した。5台のピデオカメラを同時に回していて、私単独2つ、政子単独2つ、ふたり同時に入るアングル1つという5つの画像を撮る。それと別に新庄さんは私や政子の姿をせわしく普通の一眼レフで撮影していた。
 
やがて普通の明るさまでなると、朝のビーチで、着衣と水着で色々なパターンの撮影。歌ってみてと言われたので、私たちは『All the things she said』
を歌い、ついでにキス。新庄さんが喜んでいたが、須藤さんは
「済みません。今のキスシーンは使わないことにして頂けませんか?」
と言った。
 
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「いや、キスの直後のふたりの表情が素晴らしく良かったんだけど」
「・・・・分かりました。じゃ、その直後の表情は使ってもいいです」
 
撮影は島内のあちこちに移動し、14時すぎまで続けられた。お昼は須藤さんが買ってきたサンドイッチとハンバーガーを交替で食べながら、私が食べている間は政子の撮影、政子が食べている間は私の撮影が行われた。新庄さんはおにぎりを食べながら撮影していた。
 
「いい絵が撮れました。ほんと君たちはいい素材だ」
と新庄さんは満足そうだった。この写真集に関しては、NGな写真は差し替えを求めるものの、基本的には新庄さんに写真の選択から構成まで任せる方針であるということだった。
「変にこちらが介入するより、写真家さんのセンスに任せた方がいい作品に仕上がると思うのよね」
と須藤さんは言っていた。
 
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私たちは、与論空港16:10の便で那覇に行き、羽田行きに乗り継いで20時に羽田空港に帰着した。政子の自宅には22時頃戻る。私はあり合わせの冷凍挽肉とタマネギを使ってスパゲティ・ミートソースを作り、一緒に食べた。その後でシャワーを浴びて寝室に行き、愛し合った。
 
「これで4日連続」
「でも冬、3月にアパート借りてから、あそこで寝た日って、数えるくらいしか無かったりして」
「そんな気が少ししてたところ。何かここで一緒に寝てる日が多いよね。特に連休明け以降は荷物取りに行ったりしただけだし」
 

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翌日からは私が突然新潟まで民謡教室に通うことになったため、政子の家に戻るのは毎晩0時過ぎになった。私は遅くなるし杉並区内のアパートに帰ろうと思っていたのだが、政子は「遅くなってもいいからうちに来て」というので、初日はタクシーで帰宅し、翌日からは大宮駅の近くの駐車場に車を置いておくことにして、それを使って帰宅することにした。
(須藤さんからは東京駅から自宅までのタクシー代相当として5000円もらうことになっていたが、私は駐車場代とガソリン代相当で2500円に変更してもらった)
 
しかし帰ってから政子が最初にいう言葉はだいたい決まっていた。
「冬〜、お腹空いたよ〜」
「はいはい」
 
私は笑うと、それから御飯を作り始め、だいたい1時か2時頃、一緒にとっても遅い晩御飯を食べるのが、その時期の私たちのパターンになっていた。夕食の材料は私がメモを書いて、政子が学校からの帰りに買っておいてくれることになっていた。
 
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「しかし私歌手契約しなくて良かったな。毎日新潟まで往復なんて身体がもたないや」
「うん、でも新幹線の中って集中して勉強できるから、これはこれでいいよ。一応グリーン車の指定席だしね。楽チン」
 
「それって経費なんでしょ」
「もちろん。須藤さんはハードなスケジュールで動いてもらってるから座席くらい、楽なのにしておくね、なんて言ってた」
 
「うーん。でも須藤さん、よくお金あるね。だって今の段階で売れてるアーティストひとりもいないのに。こないだ与論島に行った時も少し思ったんだけど」
「新庄さんの報酬だって、数百万だよね。お金はね、たぶん△△社から資金が出てると思う」
「ああ・・・」
 
「甲斐さんが、私たちを獲得するための資金として5000万確保したなんて言ってたでしょ、2月頃」
「うんうん」
「おそらく、その資金の一部を転用してるんじゃないかな。大半はピューリーズのプロモーションに転用したと思うけど」
「確かに最近ピューリーズの宣伝激しいね。受検のための休養前のラストツアーってんで、凄まじい宣伝やってる。あれ凄い広告費だよね」
「うん。で、私たちの活動で出た利益は山分けくらいの約束じゃないかと想像してる」
「そっかー」
 
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「だから、須藤さんの宇都宮プロジェクトは、おそらく△△社の別働隊扱いなんだよ。資本金上の関係は無くても」
「そうだったら私も気が楽だな。甲斐さんにはさんざんお世話になったのに、結局須藤さんと契約したからね」
「うん。私もそれは少し心に引っかかってたんだけどね」
 

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