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■夏の日の想い出・高3の春(5)
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ローズ+リリーのベストアルバムは最初から好調なセールスを見せていたが、そんな時に、ボクはまた写真週刊誌の記事にびっくりした。しかし半年前とは違って、今回はボクも大笑いしてしまった。
「男の子に戻ったローズ+リリーのケイ」などというタイトルで、ボクが学生服を着て通学している途中を盗撮した写真が、掲載されていた。隣に政子が並んでいるかのように写真ではなっていたが、実際にはその時は別の子が隣にはいた筈で、顔だけ政子の顔にすげかえた合成写真だった。この件に関しては秋月さんに対処してもらった。
週刊誌を出している出版社に、ボクが現在は芸能人ではなく一般人で、明らかなプライバシー侵害であることを抗議するとともに、写真が合成されたものであることも指摘した。一応出版社側からは陳謝があった。出版社は写真が合成であったことを理由にして、写真を提供した委託記者との契約を解除すると言っていた。
「男の子」写真が掲載されたことから、政子が「対抗して女の子のケイを露出させちゃおうよ」と言い出した。秋月さんと電話で打ち合わせて計画を練った。
アルバムが好調に売れているのを受けて、ボクと政子、秋月さんの3人でささやかな、お祝いをしようというプランを作った。政子にはお母さんが付き添い、ボクは姉に付き添ってもらった。そして母にまたまた特に許可をもらってボクは久しぶりにお化粧をしてスカートを穿いた(政子に見立ててもらって、ローラアシュレイのジャケットとスカートを着た。お化粧は姉にしてもらった)。また契約上の関係は無いのだが、このアルバムの音源の一部の権利を持っている△△社の甲斐さんにも出てもらい、女性ばかり6人で銀座のレストランで食事をした。
やらせなのだが、この様子を別の写真週刊誌に盗撮風の写真で「スクープ」してもらった(この手のいわば『官製スクープ』もこの業界では日常茶飯事である)。
「ローズ+リリー復活近し?女装のケイ激写」などというタイトルを見て、ボクは苦笑した。甲斐さんというプロダクション関係者がいたことから、勝手に想像を膨らませて記事を書いたようであった。
ボクたちは休日の日曜に、わざわざ銀座をボクと姉、政子と母の4人で数百メートル歩いた上でレストランに入ったから、目撃者も多数発生し、ネットでも「見た」という書き込みが多数あった。中にはほんとに盗撮した写真を掲載したブログもあったが、ボクらは放置しておいた。
しかしこの2つの写真週刊誌の報道で、またベストアルバムや、最後のシングル『甘い蜜/涙の影』の売り上げが刺激された感もあった。
食事会の時に、ボクたちは内輪での記念写真も撮っていた。それを政子が学校に持ってきて、琴絵たちに見せた。
「わあ、冬がシックな服着てる。レディじゃん」
「お、しっかりお化粧してるな」
「へへ」
「隣にいるのお姉さん?おそろいの服を着たのね」
「政子が見立ててくれたんだよ。姉ちゃん、ボクのおかげで、美味しい食事もできて、いい服がもらえて役得なんて言ってたけどね」
「洋服代は冬持ち?」
「そうそう」
この写真は、その日、ボクのクラスの女子全員に回覧されていた。女子だけの回覧だったはずが、正望や佐野君まで寄ってきて見ていた。
「女装の唐本さん、初めて見た」と正望。
「でもローズ+リリー、復活するの?」と佐野君。
「取り敢えず今は無理。受験が終わるまではとても時間無いよ」
「だよねー」と正望。「あ、でも僕もベストアルバム買ったよ」
「ありがと。契約上サインしてあげられないのが残念だけど」
7月の初め、ベストアルバムがこの半月だけで既に15万枚も売れているということから、秋月さんが熱心に、ボクと政子に1度でいいから顔出しの無いラジオか何かで番組に出演するか、あるいは録音でコメントを出してくれないかと頼み込んできた。
ボクらは迷ったのだが、先日写真週刊誌の件で秋月さんには色々してもらったこともあったし、うちの母も政子の母も「録音ならいいんじゃない」と言ってくれたので、秋月さんや町添さんと1度だけ打合せの場を持って共同で原稿を作成し、ボクと政子の2人でコメントした5分間ほどの録音をFMの全国ネットで流してもらった。コメントはボクたちふたりの掛け合いのような感じで構成した。
半年前の騒動を詫びるとともに、激励してくれたファンに御礼を言った。そして現在は一応引退中の身であると自分達の立場を明らかにした上で、初めてボクは自分の性別を明確にした。
「ねー、ケイって男の子なの?女の子なの?」と政子。
「えー、私は少なくとも心は女の子」とボク。
「身体は〜?」
「ひ・み・つ。でも知ってるでしょ?マリは」
「うん。ケイの裸は何度か見ちゃったもんねー。一緒にお風呂入ったこともあるけど、女の子にしか見えなかったな」
この最後のセリフは政子のアドリブで(町添さんが「まいっか」と苦笑した)、おかげでボクたちのレスビアン疑惑がまたまた広まってしまったのであったが。wikipediaには政子の発言が転載され、ボクは性転換手術済みの可能性がある、などといったん記載されたが、他の編集者から根拠不十分として削除された。
既に噂として広まっていた「夜須譜津子」の正体については、噂通り、ボクのペンネームであったことを認めた。また特定の数曲についてもボクが伴奏を打ち込みで制作したことを認めた。
ふたりの今後の活動については、インディーズになるかも知れないけど、きっとアルバム制作はするとファンに約束した。超サービスと称して、タイトルだけは熱心なファンに知られていた未発売曲『あの街角で』の一節を12秒間ボクのピアノに合わせてふたりで歌った(町添さんから15秒未満にしてくれと言われた)。「ローズ+リリーでした〜」と政子。
「みなさん、またね〜」とボク。
12月の記者会見以来、半年ぶりのローズ+リリーの肉声だったので、ファンは大いに湧いた。(速攻で動画投稿サイトに無断転載されたが、レコード会社と放送局はボクたちにも確認した上で削除依頼は出さないことにして事実上放置した)
ボクたちのコメントを受けて、音楽雑誌が町添部長と上島先生にインタビューをしていた。
「彼女たちはインディーズででもとは言ってますが、彼女たちがアルバムを制作したら、必ず★★レコードで取り扱います。制作環境なども提供しますし、バックバンドなどの交渉もしますよ」
と町添部長。
「ふたりが戻ってくるのを楽しみに待ってます。そもそも受験前は休養期間にならざるを得ないだろうとは思ってましたし。CDには、また僕の曲も入れてね」
と上島先生。
「何かありがたいなあ」
もう夏休みを目前にしたある日、ボクは政子の家に行きふたりで一緒に勉強をしていたが、町添さんと上島先生のコメントが載った雑誌を見てボクは呟いた。
「私、上島先生にちゃんと挨拶できなかったのが心残りで」と政子。
「たぶん大学に入ってから、会う機会できると思うよ」
「ところでさ、私の誕生日に来てたプレゼントの中で、気になるのがひとつあってね」
「ん?」
「これなんだけど」
「蜂蜜?」
「○○農園の上等の蜂蜜だよね」
「差出人は?」
「一ファンより」
「うーんと」
「蜂蜜ってさ、数字で書くと83だよね」
「あ・・・・8月3日!」
「ローズ+リリーが生まれた日。宇都宮のデパートで」
「須藤さんだ!」
「だよね。昨日の夜寝る前にふと気付いたの」
「上島先生がボクたちの受験が終わるの待つみたいなこと言ってたように、きっと須藤さんも、ボクたちの受験が終わるの待ってるんだよ。ボクたちに全然連絡が無いのは、何かおとなの事情がある気がする」
「やはりそう思う?」
「ただ、この業界、あまり詮索しない方がいいことも多いけどね」
「確かにね。知らなくていいことは知らないことにしておいた方がいい」
「でも取り敢えず須藤さんが無事でいることは、このプレゼントで確認できたね」
「うん。そして今年の8月3日に須藤さん、何かのアクションすると思うな」
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