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■夏の日の想い出・受験生の秋(1)

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(C)Eriko Kawaguchi 2011-11-07/改訂 2012-11-11
 
高校2年生の8月から12月までボクと親友の政子は「ローズ+リリー」という女子高生歌手デュオとして活動していたが、その活動はボクが実は男であったという写真週刊誌の報道をきっかけに停止することになってしまい、ついでに学校にも出て行けない状態に陥ったが、友人の励ましもあり2月から学校に復帰。その後は、翌年の大学受験に向けて、勉強に専念する日々を送ることになった。
 
4ヶ月の歌手活動を経て色々なものが変わっていたが、最も大きなのが性別問題であった。ボクは歌手活動期間、毎日放課後になると女の子の格好になって、ラジオ局に行ったり、ライブをしたりしていた。そして女装が完全に癖になってしまっていた。まだ自分の性別の認識自体は揺れていたものの、自分がもう男には戻れない気はしていた。そんな様子を見て、学校の先生たちはボクが性同一性障害のようだと判断し、けっこういろいろ配慮をしてくれた。
 
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2月に学校に復帰してまもなく、ボクは体育の時の着替えは男子更衣室ではなく面談室を使うように言われたし、4月からは体育の授業を女子と一緒に受けるよう言われた。また髪なども女子の基準を適用してくれたので、ボクは髪を伸ばしポニーテイルにしていた。眉を細くしていても特に何も言われなかった。
 
トイレに関しては、高2の2学期後半頃から時々女子トイレを使っていたのであるが、2月に学校に復帰してからは女子トイレを使うことの方が多くなり、3年生の秋頃になると他の男子生徒から男子トイレの使用を拒否されるようになって(学生服を着ているのに!)女子トイレしか使えなくなってしまった。
 
その頃からボクは今まで自分の中でけっこう曖昧にしてきた、自分の性別について、けっこう真剣に考え始めたが、まだ当時はちゃんとした結論を出すことはできなかった。ただ、自分はたぶん性転換手術を受けて、戸籍上の性別も女性に変更してしまうと思う、というのは友人たちにも母や姉にも言っていた。親にはまだ内緒で、タイでの性転換手術のコーディネートをしている会社とも一度接触してコーディネーターの方と話をしたりもしていた。
 
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10月8日はボクの誕生日だったが、ボクはその日は夏休みから通っていた自動車学校で仮免試験を受けてきたりで忙しかったので、友人たちがその後の土曜日の午後に集まって、お祝いをしてくれた。
 
「おお、そこに高く積まれているのはファンからのプレゼントだな」と仁恵。
「うん、私ひとりではとても食べきれないから、みんな食べてね」
「プレゼントの中に、蜂蜜入ってた?」と政子。
「入ってた」とボク。
「なに?その蜂蜜って?」
「ちょっとした暗号だよね」
「へー」
 
「そうそう。一応ケーキ買って来たよ」と政子。
「8日もお母ちゃんが買ってくれたケーキ食べたけど、今日もまた食べちゃう」
ケーキに18本のろうそくを立て、政子が火を点けてくれたのを一気に吹き消す。拍手。そしてジュースを注ぎ分けて乾杯した。うちの母が作ってくれたフライドチキンをみんなでつまむ(3kg揚げたが1時間できれいになくなった)。
 
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「冬、今日はスカートなんだね」
「家の中だから」
「ああ、スカートでの外出が禁止だったんだっけ」
「うん。家の中ではたいていスカートだよ」
「だけど冬さ」
「うん?」
「どうせスカート穿くんなら、もっと思いっきり女の子っぽい服にすればいいのに」
「そうそう。私も言うのよ」と政子。
「冬の自宅でのスカート姿って何か凄く中性的な雰囲気なんだよね」
「そのあたりは心の微妙な問題が・・・」とボク。
 
「皆さん、受験勉強の手応えはどうですか?」と礼美。
「私は何とか行けそうな気がしてきた。後はとにかく追い込み」と仁恵。
 
「私、塾辞めてから、なんか自分の力が急速に付いて来始めた気がする」と琴絵。「コトはそもそも自分でやっていける子だもん」とボク。
「夏休みに合宿行った時間がもったいなかったなあと反省中。親にお金使わせてしまった割りには得るものが少なかった」
 
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「私は本気で△△△に行くつもりで頑張ってる」と礼美。
「冬はこの中でいちばん楽勝だよね」
「そうでもないよ。油断禁物。私も毎日2時頃まで勉強してるよ」とボク。「私はなんかあと少し手を伸ばしたら届くのかなという感触」と政子。
 
「あれ?冬、今日は自分のこと『私』って言ってる」
「私もあれ?と思ったけど、自然だよね」
「私がいるから」と姉。
 
「私の前では『私』と言いなさいと言ってる。どうせだからもっと女の子らしくした方がいいといって、いろいろ指導中。だから最近、家の中ではたいてい『私』
だよね。細かい仕草とかも気付いたら都度言ってる。もう冬は女の子っぽい男の子じゃなくて、ちゃんとした女の子にならなくちゃ、いけないもん」
「わあ」
 
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「学校とかで友達の前でも『私』って言えばいいのに」
「いや、そのあたりも微妙な線で・・・・」
「冬って『ボク』と言う時の方が毎回不自然さを感じる。無理して言ってるみたいで」
 
「あ、そうそう、昨日もらってたメールの件。文化祭の制服はOKだよ」と政子。
「ありがとう。助かる」
「何?」
「来週の土日の文化祭、コーラス部で冬歌うのよね」
「うん。6月の大会の時は、私、元プロだし歌では出られなかったから、ピアノ伴奏で参加させてもらったんだよね。でも今回は歌で出なさいよって言われて」
「へー」
「でも学生服着てステージでみんなと並びたくないじゃん」
「あ、それで」
「マーサから制服借りることにした」
「わあ、それは見なくては」
 
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「でもさあ。冬、自分用に女子制服作っちゃってもいいんじゃない?すぐ卒業でもったいないけどさ。冬が女子制服で通学したいっていえば、きっと先生たち、認めてくれるよ」
「一応、お父ちゃんとの約束だから。高校卒業まで学生服で通うのは」
「それくらいお父さんと交渉できそうなのに」
「いったん約束したから」
「なんか律儀なところあるね」
「うん」
 
「律儀といえば、こないだの♯〒プロは凄かったねえ」と政子。
「私もびっくりした」とボク。
「なにがあったの?」
 
「うちと歌手として契約しませんかって言ってきたの。破格の条件で」
「破格?」
「契約金に1億円、私と政子に各々払うって言うのよ」
「きゃー」
「それに専用スタジオ付き。独自レーベルの設立」
「なんか凄い」
 
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「基本的には私も冬も、もし復帰するとしたら△△社か、あるいは活動再開した須藤さんがたぶん作るだろう会社との契約しかあり得ないと思ってるのよね。レコード会社だって★★レコードから移る気は無いし。△△社と私達、正式な契約結んでいたわけじゃないから、拘束はされないけど」
ボクも頷く。
「ああ、それは律儀だね。ふたりとも」と琴絵。
 
「とにかく受験勉強で忙しいし、今復帰のつもりありませんからと断った」
「でもなかなか諦めないのよねー。しつこい、しつこい」
「仕方ないから、いつもお世話になってる弁護士さんに頼んで電話1本入れてもらったら、やっとおとなしくなった」とボク。
「わあ、顧問弁護士とかいるんだ?」
 
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「で、甲斐さんがどこかからその話聞き出したみたいで慌ててやってきてさ」
「うんうん」
「うちはお金無いんで1億も出せないけど、1000万ずつなら出します、って」
「凄い凄い」
 
「どっちみち今復帰するつもりは無いということと、もし甲斐さんのところにお世話になるとしても、そんな曖昧な趣旨のお金は受け取れません。しっかり出演料やライブの売上げ、印税とかで稼がせてもらいますから、と言った」
 
「欲がないなあ」と笑いながら仁恵。
「でも△△社さんには活動休止した時の迷惑料でちょうどそのくらい払ったんじゃなかったの?」
 
「300万くらいだよ。そのお金も実際にはコンサートツアーの計画で動いていた各地のイベンターさんやチケット屋さんとか地域の放送局・新聞社さんとかに払ってあげたんだもん。本当は払う必要ないし前例にされたくないと言われたんだけど、私達がお願いしたから。だから最終的な△△社さんの取り分はほとんどなかったと思うよ」
 
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「最初△△社さんは、迷惑料なんかいらないって言ってたんだけど、小さいイベンターさんとか困ってる筈だし、それを補填してあげるのに使って欲しいと言ったので受け取ってくれたんだよね」
「何ヶ所かのイベンターの社長さんから御礼の手紙もらっちゃったね」
「最近、不況でチケット売れない上に、外タレの突然の来日中止とか幾つか続いて、きつい所多いみたいよ」
 
「冬と政子はそのお金で『義を買った』のかもね」と琴絵。
「ああ、そんな話、漢文の副読本で読んだね」
「孟嘗君と馮驩(フウカン)の話だよね」
 
実際に1年後にボクがローズクォーツで全国ドサ回りツアーをやった時は各地で物凄く歓迎してもらい、こちらが戸惑うくらいであった。その時、ボクは琴絵に言われたことを思いだした。
 
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翌週の文化祭。
 
ボクは普段通り学生服で学校に出て行く。そしてコーラス部の出番の1時間前に政子に声を掛けて、一緒に着替えのため面談室に入った。
 
お互いに着ている服をぬぐ。政子が女子制服の上下を渡してくれた。代わりにボクは紙袋に入れてきていた服を渡す。
「ふーん。これを6月の大会の時は着て行ったんだ」
「うん」
「ほんとに女子高生風だよね。一見どこかの制服にも見えるよ」
その服を見たいと政子が言っていたので、今日の着替え用に持ってきたのである。
 
「あれ?ブラウスを着てるのは、今日は女子制服着る予定だったから?」
「えへへ。実は最近ずっと学生服の下はブラウス。どうせ見えないし」
「ほほお」
 
お互いに上着とスカートを身につける。
 
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「お、女子高生の冬だ」
「政子も、その服、ピッタリだったね」
 
ボクと政子は身長こそ3cm違うものの、ウェストやヒップはほとんど変わらないし、ほとんどの服が交換可能なことは何度も過去に確認済みである。
 
「じゃ、頑張ってきてね」
「ありがと。出番が終わってからまた交換で」
 
ボクの学生服は紙袋に入れて、政子が預かってくれた。コーラス部の部室に行くと、最初気付かれていない感じだったが
「あれ?もしかして冬ちゃん?」
とかなり時間が経ってから言われた。
 
「へへ」
「全然気付かなかった」と元部長の風花。
「わあ、ごく普通に女子高生だ」
「もうこのあと卒業まで、ずっとその格好で学校においでよ」
「いや、借り物だから」
 
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先生からも「その服の方が自然な感じだね」などと言われた。少し練習してから会場の体育館に行く。ステージに登る。風花が譜面を指揮台に置いてくる役をした。ボクは初めて女子制服でソプラノのパートの所に立つ。
 
2年生の新部長・来美の指揮で、同じく2年生のピアノ担当の美野里が伴奏を始め、ボクたちは歌い出した。ステージ上から客席の隅々まで見える。自分たちの声が会場に響き、その反響が帰ってくるのを感じる。客席のひとりひとりの顔が見える。文化祭だから、けっこうダレてる人も多いが、真剣なまなざしで見てくれている人もいる。
 
やっぱり、これ快感だよなー、と歌いながらボクは思った。
 
2曲歌って、拍手を受け、舞台の袖に下がった。
 
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夏の日の想い出・受験生の秋(1)

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