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■夏の日の想い出・受験生の秋(3)
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そのあとボクと政子は模擬店で一緒にコーヒーを飲んだ後、JRC、美術部、などを回って科学部に行った。ここには琴絵がいた。1学期まではここの副部長をしていた。
「あ、冬が女の子の服着てる」
といって琴絵が目配せをする。うんうんと頷くボク。
「あれ?何かあった?」
「ううん。別に」
「あ、そうだ!おふたりさん、星占いしてかない?」
「科学部が占いなんてするの!?」
「1年の子が天体位置計算のプログラム作っててさ、そのプログラムを利用して文化祭用にホロスコープのソフトを調整したのよね」
「へー」
「お二人の生年月日、出生時刻、出生場所をどうぞ」
「1991年10月8日午前11時2分、岐阜県高山市」
「1991年6月17日午前11時18分、長崎県諌早市」
ふたりのバースデータを琴絵がパソコンに打ち込む。
「わっ」
「どうしたの?」
「恋愛相性90% 結婚相性100% セックス相性100%」
「あはは」
「そもそも、ふたりってアセンダントがピッタリ重なってる。これは凄いよ」
「そんなに凄いんだ?」
「凄まじく強い吸引力で結ばれている。ただ、政子から冬への片思い的な雰囲気もあるね。冬もまんざらではないけど」
政子がドキッとしたような顔をした、ボクはその表情を見て心臓がキュンと鳴った。
「ただ、この片思いって、政子が男の子で冬が女の子役なんだ」
ボクたちは笑った。
「冬は金運も強いね。政子も金運強いけど、冬は政子の倍、お金持ちになるよ」
「へー」
「冬は自分でお金稼いでいくタイプ。政子は人からお金をもらえるタイプ」
「面白い」
「政子、けっこう男に貢がせるかもね」
「あはは、やってみたい」
「冬は芸術的なものに才能が出やすいよね。歌手になっちゃったけど、たぶん絵を描いたり、あるいはバレエとかしてたら、そういう方面でも才能出てたかも」
「冬は絵も巧いよ」と政子。
「でもバレリーナの冬も見てみたい気がする」
「4月頃、新体操部に顔出してたね」
「私、それ見逃したのよねー」と政子。
「レオタードの冬、私見たよ。ボディラインが完璧な女の子でびっくりした」
「ほお」
「マーサは水着のボク、何度も見てるじゃん」
「あ、政子は、水星がカジミだね」と琴絵。
「カジミ?」
「物凄く強い。政子、数学の成績悪いのが信じられない。これ数学の天才の相だよ」
「マーサはね、数学で答えは瞬間的に分かるけど、式が書けないの」とボク。
「ああ・・・・小学校の時にそんな子いた。その子も算数の成績悪かった」
「マーサって3桁の掛け算を暗算でしちゃうよ」
「いや、あれは暗算じゃないの。だって私頭の中で何も計算してないもん」
「マーサ、234×128は?」
「29952」と即答。
「待って、待って」と琴絵がそばにあった電卓を取って打ち込んでいる。
「凄い!合ってるじゃん」
「凄いよね。マーサは数列の穴埋めも一瞬だよ」
「でも一般項の式を書けない」
「これからは政子のことを『歩く電卓』と呼ぼう」
「ボク、時々そう呼んでる」
「水星が強いから、政子は詩とかも書けるよね」
「マーサはいい詩書くんだ。いつもポエムノート見せてもらってるけど、発想が凄い」
「なんか試験の前夜とかに突然思いつくんだよねー」
「それはまた間が悪いというか」
「当然勉強放置して書いた詩の推敲しちゃう。するとあっという間に1時間とか」
「受験生ってこと忘れないようにしようね」
「うん」
「でも『涙の影』はいい歌だと思ったなあ」といって琴絵はその一節を歌い始める。政子もそれに合わせて歌い出したが・・・・
「冬、何笑ってんの?」
「いや、音程が・・・・」
「ずれた?」
「既に3度近くずれてる」
「音感が発達してる人って不便ね。私、全然気にならないのに」と琴絵。「まあ、私とコトの組み合わせは最悪だよね」と政子。
ボクはちょっとこれは問題だなと思った。政子はローズ+リリーをしていた頃よりかなり音感は良くなっている。しかし自分では音程を取れない。伴奏があればそれにきちんと合わせられるのだが、ボクとデュエットしている時はボクの音に頼っている。その癖が付いているので、音痴な琴絵と歌っても、その琴絵の音に、つい合わせてしまって一緒にずれてしまったのだろう。
その日は結局琴絵も科学部の展示室を出て、3人で模擬店に行き2時間ほどそのままおしゃべりをしていた。途中で仁恵もやってきて4人でおしゃべりは続いた。もう学校から帰る時にやっとボクは学生服に着替えた。
次の週は木曜日に自動車学校の卒業試験に合格、翌日午前中学校を休んで免許試験場に学科試験を受けにいって合格。ボクは運転免許を手にする。翌土曜日に、ボクたちは政子の家に行って勉強会をし、そこでボクはみんなにお化粧して写っている運転免許証を披露した。みんなに「きれーい」などと言ってもらった。
「でも今年に入ってから冬って何度スカートで外出したんだっけ?」
「うーんと、6月のコーラス部の大会、秋月さんたちとの食事会、こないだの文化祭2日間、昨日の運転免許試験場。5回だね」
「コーラス部絡みが多いね」
「あと、私の誕生会の時はスカートみたいに見えるショートパンツ穿いて来たね」
「お父さんとの約束、けっこう守ってるんじゃないの?」
「高校出たらアパートでひとり暮らししていい、ってのも認めてもらった」
「そしたら、1日女の子の服着て暮らすんだ?」
「うん」
「いや、冬は既に女の子の服しか着てない気がするけど」と政子。
「今言った5回というのも、いわゆる公式見解だよね」
「ああ、公式見解!」
「だいたい冬ったら、学生服の下にワイシャツじゃなくてブラウス着てるしね」
「えへへ」
「え?気付かなかった」
「むしろ政子がなぜそれに気付いたのかと追求したい」と琴絵。
「こないだ文化祭の時に私が制服貸したから」
「あ、あれ、一緒に着換えたんだ!?」
「久しぶりだったね。一緒に着換えたの」
「うん」
「そうか、女の子と一緒に着換えていい身体だって言ってたね」と琴絵。
「ああ、みんなでプール行った日は琴絵いなかったもんね」
「夏休みの合宿中だったしね。そもそも私ロック苦手だからサマフェスはパスだけど、プールはいいなあ」
「じゃ、受験終わってから落ち着いて5月くらいにでも一緒にプール行こう」
「いいね」
「体育の授業があったら、冬を女子更衣室に拉致してきたいところだな」
「もう無いからねー」
「で、みんなで寄ってたかって、解剖してみる」
「やはり解剖されるのか!? 1学期に何度か拉致されそうになったけど、逃げて正解だったかな」
その日、ボクたちは試験形式でタイマーをセットして、英語と国語の模試形式の問題を一緒に解いた。答え合わせをしながら自己採点し、点数を確認する。
「冬と仁恵は問題ない気がするね」と琴絵。
「政子も充分合格圏内だよね」と仁恵。
「ボーダーラインなのが、レミとコトだなあ」と政子。
「同じボーダーラインといっても点数の差が凄いけど」と礼美。
「レミ、これ私が昨日までやってた漢文の問題集なんだけど、よかったらしてみない?これ1冊あげたので、私もかなり力付けた」と琴絵。
「わあ、ありがとう。やってみる」
「じゃ、コトには私がやってる英語の読解問題集あげる」とボク。
「最後、まだ3ページやってないページが残ってるんだけど、そこはコピーしちゃお。マーサ、コピー借りるね」
「うん。勝手に使って」
コピーを取ってきてから問題集を琴絵に渡す。
「わあ、これ鍛えられそう」
「コトの英文力なら10分で1ページできるから、1日4ページやれば2週間で終わるよ」
「冬は2週間であげたの?」
「10月に入ってから始めて今終わりかけだから3週間かかってる」
「でも今からはもうあまりゆっくりとした勉強の仕方できないね」
「そう思う」
翌日は模試であった。ボクたちは会場になっている近くの大学の校舎へ行った。まとめて申し込んでいるので、仁恵・政子とは同じ教室での受験になった。琴絵は受けるコースが違うので離れた教室、礼美は別の学校なので会場も別である。
1時間目の数学を政子は(入試で使用しないので)欠席。ボクと仁恵だけ受ける。休み時間に仁恵がボクを誘って一緒にトイレに行き、列に並んだ。さすがにこういうところでは列が長い。2時間目は英語なので、単語帳など持ったまま並んでいる子も多い。ボクも仁恵も単語集を持って見ながらあれこれ会話をする。
「冬のいつもの服ではトイレ入りにくいよね」と仁恵。
「さすがに騒ぎになるよ」と笑いながらボク。
今日は私服で、ポロシャツ(女の子仕様)にスリムジーンズを穿いている。
「そういえば男子トイレも列できることあるの?」と小さい声で仁恵。
「ふつうはあまりできないけど、試験会場とかコンサート会場とかは列できるよ」
とこちらも小さい声。
「ああ。男子トイレも1列並び?」
「各便器の前に各々並んでる場合が多いんじゃないかな。1列並びはあまり見たことない。って、なんでこんな話を。でも女子トイレって、まず1列並びだよね」
「最近はほとんどそうだよね。昔は個室ごとに列ができてることも結構あったよ。ところが全然進まない列があって」
「中の人は苦しんでるんだよね、それ」
「だから自然とそこの前の列は無くなる。二重の意味で」
「あはは」
教室に戻ると政子が来ていたので、手を振って席に寄り、単語集など見ながらしばしおしゃべり。そして2時間目の英語が始まる。去年は今くらいの時期、中間試験とか実力試験とかの前日も当日もライブハウスで歌ってたな、などと思い出した。とにかく時間が無いから、やれる時にやれる限界までやる習慣が付いてたっけなどと思い、頑張らなくちゃと思う。再度気合いを入れ問題を解いていった。
やがて試験が終わり、3人で外に出て芝生でお弁当を広げ、今やった試験の難しかった所などを答え合わせして「きゃー間違った」「あ、勘違いの更に勘違いで、私合ってる」などとやっている。そして話は3時間目の社会の話へ。年号やら武将の名前やらを確認し合う。一方で雑談も多い。途中で偶然近くを通りかかった琴絵も合流してしばしおしゃべり。
「でも今日のお弁当、誰が作ったの?」
「自分で作ったよ」と仁恵。「ボクも」「私も」
「わっ。私だけか。お母ちゃんに作ってもらったのは」と政子。
「でも政子、去年とかは全部ひとりで御飯作ってたんでしょ?」
「なのよねー。でもあまり料理自体は得意じゃないし。お母ちゃんがいると、ついつい頼ってしまって。将来彼氏を作る時は料理のできる彼氏がいいなあ」
「冬と結婚すれば?」と仁恵と琴絵。「冬、料理得意だよね」
「あはは」
少し先の話。ボク達が大学に入った時点で政子のお母さんはお父さんが長期出張中のタイに戻って、ボク達が大学4年の時に夫婦で帰国した(5年間の出張だった)。大学1〜3年の時、ボク達は各々の家で一応「別々に暮らしている」というタテマエではあったが、音楽活動上のパートナーであることを理由に、実際にはほとんど一緒にどちらかの家で泊まっていった。そういう時、食事を作るのは基本的にボクの役であった。
やがて暦は11月に入る。ボクたちはほんとに受験一色になっていった。相変わらずボクと政子は1日交替でどちらかの家で一緒に勉強していたし、週に1度、たいてい土曜日に政子の家に数人が集まっての合同勉強会もしていた。何度か政子の家に泊まり込んで土日ぶっ通しの勉強会もしていた。政子の家は部屋数があるので、こういうのもしやすいのである。勉強会のメンツは、ボクと政子と礼美が基本で、仁恵もよく来ていたし、琴絵や奈緒もけっこう顔を出していた。
学校の先生は国立との併願を勧めていたが、ボクは結局併願せずに△△△のみで行くことにした。結局、ボク・政子・礼美はセンター試験は受けずに本試験のみになる。国立の同じ大学を受ける仁恵・琴絵はセンター試験からである。(仁恵は文学部、琴絵は理学部)
ボクと政子はふたりきりになるとキスくらいはしていたが、イチャイチャするような時間は、あまり取れなかった。この時期、琴絵が文化祭の日にキスしてしまったのもあるのか、以前よりべたべたしてくる感じの時があり、そのことを政子も(口では気にしてないよと言っている割りに)実は気にしている感じで、ボクと琴絵が(偶然)並んでいたりすると、政子がわざわざその間に入ってきたりすることがあり、ボクは心の中で苦笑していた。でも、政子と琴絵も、お互いに仲良しだった。
11月中旬に『甘い蜜/涙の影』がBH音楽賞を頂いてしまった。ボクのスキャンダルで話題になって売れた分がかなりあり、実力以上の売れ方をしたもの、という後ろめたさはあったのだが、それでも80万枚の大ヒットは立派ですよと秋月さんにも言われ、ボクと政子は受験勉強の合間を縫って、授賞式に行ってきた。
ボクはジーンズを穿いて行き、政子もそれに合わせてくれてジーンズを穿いていたのだが、秋月さんから「ミニスカ穿こうよ」と乗せられてしまって、結局揃いのミニスカの衣装を着て、記念の盾を受け取った。一般の客などは入れず報道機関だけがいる場であったが、ローズ+リリーが公の場に姿を見せたのは11ヶ月ぶりだったので、たくさん写真を撮られて、翌日の新聞や、その月の音楽雑誌にも掲載された。なお現在は実質的に引退中の身ということもあり、秋月さんに話を通してもらって現場でのインタビューなどは勘弁してもらい、ふたりでまとめたコメントだけ発表させてもらった。
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