広告:生徒会長と体が入れ替わった俺はいろいろ諦めました-ぷちぱら文庫Creative-愛内なの
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■夏の日の想い出・高3の春(3)

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この高3の1学期のボクの生活というのは、学校での扱われ方が、男か女か微妙な線になっていて、これはこれで曖昧による快適さがあった。ボクが男なのか女なのか、明確にしなければならなくなっていくのは、夏休み頃からである。
 
トイレに関しては、この時期、まだまだ混乱の状態にあった。
 
保健の先生から女子制服を着たいといった気持ちはないかと聞かれたが、父との約束もあるので学校にいる間は学生服でいいですと答えておいたので、学生服を着ている時は男子トイレを使うようには言われていた(男子トイレに入るのに抵抗感があるようなら職員玄関近くにある男女共用の多目的トイレを使ってもいいとも言われた)が、プライベートな外出をする場合は当然女子トイレを使っていた。
 
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この頃にはプライベートな外出時に誤って男子トイレに入ってしまうことはほとんど無くなっていたのだが、学校ではしばしば誤ってうっかり女子トイレに入ってしまうこともあった。しかしそういう時の女子達の反応が2年生の頃とは違っていた。
 
2年生の頃は「唐本君、ここ女子トイレなんだけど」などと言われて追い出されていたのが、この時期になると「わ、びっくりした。男の子が入ってきたかと思ったよ。なんだ冬ちゃんか。今日は女子トイレ使うの?」などと言って容認してもらえていた。
 
初期の頃はそれでも「あ、ごめん。間違った」と言って自主的に出て行っていたのだが、その内「いいじゃん、いいじゃん、あんたほとんど女の子なんだから」
といって空いてる個室に押し込まれたり、空いてない時は「空くまでおしゃべりしてよ」と言われて、結果的に順番待ちの列に並ぶことになったりしていた。それどころか、仁恵などからは「冬、トイレ行こう」などと引っ張っていかれ一緒に女子トイレに連れ込まれたりすることもあった。
 
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これが更に3年生の秋頃になると、男子トイレに入ろうとするとそちらから逆に追い出されるようになってしまった!
 
「どしたの?冬ちゃん」と同級生の理桜。
「えーん。お前あっち行けって男子トイレから追い出された」
「冬ちゃんはもちろんこっちでいいよ」といって腕を取られて女子トイレに連れ込まれる。
 
そういう訳で、ボクは高3の10月頃以降は、学生服は着ていても校内で女子トイレにしか入らないようになり、1年2ヶ月ほどにわたって続いていたボクのトイレ混乱問題には無事?終止符が打たれたのであった。
 
下着についても、この頃まで若干の揺れがあった。パンティは高2の2学期頃から女物しか穿かないようになっていたが、ブラを着けるかどうかについては多少の揺れもあった。ローズ+リリーの活動をする時は当然ブラを着けてパッドを入れておかなければならないので、活動のある日は学校にもブラを着けて行っていたが、オフの日はけっこうブラを着けていない日もあった。特に体育のある日で、仕事もオフの日はまずブラは外していた。
 
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しかし高2の3学期からは、むしろ体育の時こそ、確実にブラを着けていたし、そういう日は外れにくいよう粘着タイプのパッドを入れておいた。ただ、体育のない日はブラはしていてもウレタンパッドしか入れていなかったり、ブラさえも着けていない日もあった。
 
それが高3の1学期頃には、取り敢えずブラは毎日確実に着けているようになったが、パッドは日によっては入れていないこともあった。パッドも確実に入れておくようになったのは、夏休み頃からである。
 
タックについては、ローズ+リリーの活動をしていた頃は、仕事中だけテープタックしておいて、終わったら外していることが多かった。キャンペーンやツアーで地方に行きホテルに泊まる場合、政子の前でボクはふつうにおちんちんを見せていた。
 
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しかしローズ+リリーの活動が終わってしまった後は、体育のある日にタックをしておくようになった。初期の頃は男子更衣室で着換えていたので着換える時に、おちんちんの盛り上がりを級友達に見られるのが嫌だったこと、ジャージ自体が身体の線が出やすいので、盛り上がった股間を他人に見られたくない気分だった。
 
しかし高3になってからは、ほぼ1日中タックしておくようになった。長時間の連続タックが身体に良くないのは認識していたので、朝タックして、帰宅後、お風呂に入る時に外して、お風呂でその付近をよく洗う習慣になった。
 
更に高3の6月頃、テープタックから接着剤タックに切り替えたので、これをした場合、一週間タックしっぱなしということが多くなった。ボクは(授業でも体育がない)月曜日をタックお休みの日ということにして、火曜日の朝から日曜日の夜まで連続して接着剤タックをしておく生活になった。
 
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この時期、休日に政子の家に行って、(政子のお母さんはいるのだが)、ふたりで1日一緒にお勉強しながらおしゃべりしたり、お菓子作りなどして過ごすなどということをよくやっていたが、時々お母さんが(気を利かせて)外出して、ボクたちふたりだけになることもあった。
 
そういう時、ボクらは政子の部屋のベッドで少し危険な「遊び」をしていたが、3月のあの日ほどまで過激になることは無かった。いつも枕元にはおまじないのようにコンちゃんを置いていたが、1度も開封されることは無かった。
 
ボクらがかなり深い関係になっているっぽいのに、避妊具が開封されていないので、一度ボクもいる場で、政子のお母さんから
「あんたたち、避妊せずにやってたりはしないよね?」と聞かれた。
 
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「一線は越えてないから大丈夫だよ、お母ちゃん。というか、私かなり誘惑してるのに、冬ったら、してくれないんだよねー。お友達の線は守ろうよと言って。それと、一応コンちゃんは冬もちゃんと準備はしてくれてるけど」
「念のためにね」
とボクは苦笑しながら言ってから、お母さんにきちんと話す。
 
「私、政子さんとは一応、女の子同士、友達同士のつもりでいるので、身体の関係を作るつもりはありません。でももし、政子さんとそういうことになった場合は、私、必ず付けてします」
 
「本当にお友達という線までなの?」
「若干越えてるかな」と政子。
「でしょ?ふたりを見てたら、どう見ても既にやってるようにしか見えないんだけど」
「まだやってません。政子さんはバージンです」
「そのバージンを進呈するって言ってるのに、もらってくれないのよね」
 
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「でも私、将来たぶん性転換しちゃうと思うし、政子さんに対して責任取れないから、政子さんがお嫁にいけなくなるようなことはホントするつもり無いです」
「私は別に冬にバージンあげた後で、他の男の子と結婚してもいいんだけどな」
と笑いながら政子。
 
「私、あんたたちの関係がまたまた分からなくなっちゃった」
「須藤さんにもよく言われてたね、そんなこと」
「うんうん」
「基本的にはお友達だよねー」
「少し特別なお友達だよね」
「ますます分からない」
 
「須藤さんも私達が一緒に泊まる時、もしもの時のためにってコンちゃんくれてたけど1度も使うようなことはしなかったね」
「いつも裸でくっついて寝てたけどね」と政子。
「うん、まあ」とボク。
「あらあら」
「枕元に1枚置いておくのが、私達のおまじないだよね」
「おまじないか・・・・それいいかもね」とお母さん。
 
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一緒に寝る時に枕元に1枚避妊具を置いておくという「おまじない」は後にボクが性転換も終えてからも続いた。開封したのは4回だけだが(高校時代は一度も開封していない)、実際におちんちんに装着したことはなく、象徴的な意味だった。そのおまじないをしなくなったのは、自分たちが恋人であることを須藤さんの前で告白した時からであった。
 
4月の模試の結果は6月初めに出たが、政子は△△△の合格ラインには到達していなかったものの、合格確率52%という判定だった。総合順位も高2の夏休みの模試より上がっていたので(高2の年末にも模試はあったのだが、ボクも政子もとても受けに行けなかった)、おかげで政子はそのままお母さんと一緒に日本に留まって、日本での受験を目指すことになった。
 
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6月7日はコーラス部の地区大会があった。ボクは出ないことになっていたのだがかなり直前になって先生から「ピアノ伴奏をしない?」と打診された。いつもピアノを弾いている3年生(奈津妃さん)を最後の大会だし歌の方で出してあげたいので、その代わりに弾いてくれないかと言われたのである。ピアノ伴奏は、もともと在学生でなくてもいいしプロ演奏家でもよい規定なので「元プロ歌手」
という微妙な存在のボクでも、弾くのに問題ないということだった。
 
「こないだ昼休み、練習が始まる前に唐本さん、松田聖子のSWEET MEMORIESをピアノ弾き語りしてたでしょ」と先生。
「ちょっとリクエストされたものだから」とボク。
「凄くいい雰囲気だった。みんな聞き惚れてた」と部長の風花さん。
「歌手に復帰できなかったら、クラブとかで弾き語りとかしても食っていけるね、なんて言われました」と笑いながらボク。
 
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「いやでも、あれ聴いてて、私、唐本さんピアノうまいじゃんと思ったのよね。それで、この計画を思いついたの」と先生は言った。
 
先生と部長さんだけいる場で取り敢えず「テスト」ということで大会で歌う曲の伴奏を弾いてみたら「うまいうまい!」と言われ、それで行くことになった。
 
「で、私、学生服で出るのかしら・・・」
「私服でいいよ。ピアニストは特別だから」
「じゃ、お母ちゃんにお願いして許可もらってドレス着ようかなあ」
 
「お母さんの許可がいるの?」
「当面の間、親の許可無しでスカート外出禁止、ってなってるんです」
「あらあら」
 
「でも家からドレスで来るの?」
「あ、そうか。じゃ会場で着換えようかな」
「ああ、現地にはそういう人用の女性用控室があるから・・・って学生服でそこには入れないわえ」
「自宅からは女子高生っぽい服で出かけます。ブレザーとチェックのスカートみたいな感じで」
 
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「なるほど。でも、あなた・・・・女性用控室、そもそも大丈夫?」
「私、ローズ+リリーしてた頃、ふつうに女性用楽屋で着換えてました」
「あ、そうだよね!」
 
「じゃ、女性の前で下着姿になってもいいような身体なんだ」
「実は女湯に入ったこともあります」
「わぉ!」
 
母は「女声合唱なんだから学生服で行く訳にはいかないわよねぇ」といって、ドレスを着る件、会場までスカートで行く件を許可してくれた。ボクは本番用のドレスは、ローズ+リリー時代のステージ衣装で使っていたお気に入りのものをセレクトした。またそこまで行く途中の服には紺のブレザーとチェックの膝丈スカートをセレクトした。
 
その服で集合場所に行くと歓声が上がる。
 
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「わあ、可愛い」
「こういう冬ちゃん、初めて見た」
などとみんなから言われる。
 
「ふだんはこんな感じで出歩いてるの?」
「それがお父さんとの約束でスカート外出禁止なのよ。今日は特別に許可もらって来た。高校卒業したら、アパート借りてひとりぐらしして、思いっきりスカート穿こうと思ってるの」
「おぉ」
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