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■夏の日の想い出・デイジーチェーン(1)

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(C)Eriko Kawaguchi 2015-05-15
 
1996年8月18日(日)大安。
 
この日福岡市郊外のレジャープールで幼稚園年中の私と政子が初めて出会い、観覧車の中で一緒に唱歌の『海』を歌った。
 

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同じ1996年8月18日。兵庫県西宮市の甲子園球場では第78回全国高等学校野球選手権大会、いわゆる夏の甲子園の三回戦が行われていた。
 
この日の第4試合、ベスト8の最後の1校を決める試合、京都M高校と愛媛E商業の試合は息詰まるような投手戦が展開され、8回を終わって0対0のままであった。
 
しかし9回表、M高校のエース自身がソロホームランを放ち、貴重な1点を取る。その裏E商業は、自ら勝ち越し点を挙げて調子に乗るM高校エースの前に2者連続三振で2アウト・ランナー無しの絶体絶命。
 
ここでE商業はこれまで甲子園で1度も出場していなかった16番の選手を代打に送る。速いストレートに全くタイミングが合わず2球続けて空振り。遊び玉せずに、更に剛速球で空振り三振。
 
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でゲームセットかと思ったら、打者のバットの勢いが凄かったこともあり、ボールがきちんとキャッチャーミットに収まらず、ボールはコロコロとバックネット側へ。それを見た打者が1塁に全力疾走する。この打者走者が生きて(いわゆる振り逃げ)、E商業は土壇場で同点のランナーを出す。
 
悔しがるM高校のエース。
 
更にここでE商業は意表を突く初球セーフティーバントを敢行。これが美事に決まって2アウトながらも1塁・2塁として、打順は4番バッターである。ここでM高校のエースとE商業の4番との気力を尽くした勝負が展開される。変化球を1球も混ぜずに速球で勝負するエースに対して、4番打者も際どい所を全部ファウルして粘りに粘る。カウント2ストライク3ボールのまま投球は13球目。内角高めに来たボールを打者はフルスイングした。
 
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しかし芯からわずかに外れていたようで、ボールはレフト方向センター寄りに高く上がる。M高校の左翼手が走り寄りながら高く手を挙げる。
 
この瞬間、この球場に居た全ての人、この試合をテレビ中継で見ていた全ての人がレフトフライでアウト、1対0でM高校の勝ちというのを確信した。
 
準々決勝に進出すれば、M高校にとっては10年ぶりに甲子園ベスト8である。
 

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しかし。
 
左翼手はこのボールを捕れずに後ろにそらしてしまった。慌ててボールを追う。一方のE商業は2アウトでフルカウントなので2人のランナーが既に全力疾走している。
 
1人帰り、2人帰って来た時、ボールはやっと中継に入ったショートの所に戻って来たところであった。
 
逆転サヨナラでE商業の勝ち。
 
2塁上でガッツポーズの4番打者。
 
歓喜に沸くE商業の選手たち、そして愛媛県側応援席。
 
それに対して、打ち取ったと思っていたM高校のエースは呆然としてマウンドに立ち尽くし、他の選手も言葉を失っていた。そして京都府側の応援席はフライが上がった瞬間までは物凄い騒ぎだったのが一転してお葬式のようなムードに変化してしまった。
 
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「ボールを取ろうとした瞬間、西日が目に入っちゃってさ。ボールが全く見えなくなった訳。勘で手を伸ばしたんだけど、ボールはグラブの右側をすっぽ抜けて行った。要するにちょっと手を伸ばしすぎたんだな」
 
「その時間帯は難しいですよ。運が悪かったとしか言いようが無い」
と私は言う。
 
「まあそれで、そこから先の記憶が途切れてるのよ。どうやって宿舎に戻り、どうやって地元まで帰ったかも全然覚えていない。そのあと8月いっぱい何をしていたかも覚えていない」
 
「ショックですよね」
 
「記憶に残っているのはとにかく9月になってからのみんなの視線が冷たかったということ。応援団の子に呼び出されて、校舎裏で殴る蹴るの暴行された。同じ野球部の子からツバ吐きかけられたし、スパイクに油掛けて燃やされた。下足箱の中に入れていた靴にカミソリが入れてあって、気づかなかったら大怪我するところだった」
 
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「まあ気持ちは分かるけど、そういう陰湿ないじめは良くないですよ。学校の先生には言わなかったんですか?」
 
「先生自身が冷たかったよ。監督からもメチャクチャ殴られてたし」
 
「酷い監督だなあ」
「昔はそんな指導者ばかりだったのよ、どこも」
 

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「それである日、男子5人に取り囲まれてさ。てめえ、もう男やめろよ。アレを切り落としてやろうか? なんて言うからさ、分かった。じゃ男はやめて女になるからと言って」
 
「へー!」
 
「私にひとりだけ優しくしてくれた女子マネの子に制服貸してもらってそれを着てその日は午後の授業を受けたのよ」
 
「凄い!」
 
「で、女子マネの子が、もし本当に女子制服着るのならと言って、予備の制服を持っている子に話付けてくれて、それを1着もらって、私は結局高校3年の残りは女子制服で学校に通ったのよ。でも女子制服を着て通うようになってからは、殴られたりとかはしなくなった」
 
「いや、それはその大胆な行動に、いじめていた子たちが引いちゃったんだと思います」
と私。
 
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「両親は何か言わなかったんですか?」
と運転席に座っている千里が尋ねる。
 
「母親は『とうとう決断したのね』と言った」
「理解がありますね」
 
「父親は『気色悪いことやめろ。そんな服を着るのならチンポ切り落としてやろうか』と言うからさ、『自分で切り落とす勇気がないのよね。お父さんが切り落としてくれるのならお願い』と言ったら黙った」
「凄い。完璧に開き直りか」
 

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「まあそれで大学受験も高校の女子制服で受けたし、大学はスカート穿いて通ったよ。住んでいたアパートの大家さんは最初から私は女だと思い込んでいたみたい。大学では男声合唱部に入ろうと思ったんだけど、門前払いされちゃってさあ」
 
「そりゃ門前払いされますよ」
 
「仕方ないから混声合唱部に入ったんだけど、私テノールだって言うのに、アルトに入れられちゃうし」
「あはは」
 
「でもそこで活動しているうちに『君、ほんとうは男の子なんだって?』とか言われて。『私はふつうの男ですけど』と言ったら『いや絶対普通じゃない』と言われて。失礼しちゃうわ」
 
「いや、それ言った人に同意します」
「まあそれでヴィジュアル系のバンドに誘われて混声合唱団の傍ら、そこで1年くらい活動したのよ」
 
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「なるほどー」
 
「でも私、男だってのを観客に信じてもらえなくてさー」
「それ分かります」
「女を入れてるんじゃヴィジュアル系じゃないよなあ、とか影で言われて」
「確かに」
 
「基本的にはボーカル兼ピアニストだったんだけど、曲によってはピアノが不要な曲も多いじゃん」
「まあロック系の曲は、ギター・ベース・ドラムスだけあればいいから」
 
「それで他の楽器も覚えたいなと思って、サクソフォンを練習し始めたのよ」
「じゃ大学に入ってから始めたんですか!」
 
「元々私野球選手だから腕力とか肺活量とかはあるからさ。管楽器とは相性が良かったんだよ。ピアノは小学生の時からやってたから指の力もあるし」
 
「じゃほんとによく練習したんですね」
「結局、2年生で専門課程に進学する段階でそのバンドが解散して。その後、ひとりでよく公園でサックス練習してたら、上島にナンパされてさ」
 
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「ナンパだったんだ!」
 
私も千里も吹き出した。
 
「君可愛いね。サックスも上手いねって」
「じゃ、上島先生は雨宮先生のこと、女の子と思って声掛けたんですか?」
 
「それでその日の内にホテルに行ってさ」
「えーーーー!?」
 
「嘘!? 君男の子だったの!?って、ベッドの中で言われた」
 
「で、やっちゃったんですか?」
と千里が訊く。
 
「もちろん。男の子を誘ってしまったのは不覚だけど、ホテルに誘った以上どんな子とでもちゃんと最後までやるのがポリシーだと言って」
 
「さすが上島先生」
 
「でも雷ちゃんとセックスしたのは、その1度だけだよ。雷ちゃんは男の子ともするけど、基本的には女の子の方がいいみたいだから」
 
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「男女どちらも行ける雨宮先生とは違う点でしょ」
「まあね〜。それで雷ちゃんが組んでたバンドにサックス奏者として入ることになって」
 
「それがワンバンですか?」
「そそ。当時、ギター・ベース・ドラムス・キーボード・サックス・ユーフォニウムという6ピースだったのよ。ギターの奴がメインボーカルで」
 
「ユーフォが入るのか」
と千里が驚いたように言う。千里もこの頃の話は聞いたことが無かったのだろう。
 
「上島先生も雨宮先生もボーカルじゃなかったんですか?」
と私が訊く。
 
「サックス吹きながら歌えないし、上島さんは弾き語りが苦手だったはず」
と千里が言う。
 
「そうそう。雷ちゃんは歌も上手いしキーボードプレイもうまいけど、それを同時には出来ないという大きな欠点がある」
と雨宮先生。
 
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「なるほど!そうだった」
 
「で、女の子がサックス吹いてるのは珍しいってんで評判になったのよ。私は男ですって言うのに、観客が誰も信じてくれないし」
 
「えーっと、何か突っ込むべきなんだろうか・・・」
と私。
「この際スルーで」
と千里。
 
「その内、ギターの奴が辞めちゃって、代わりにスカウトしたのが上島と同じクラスだった高岡だったのよね。歌は上手かったけどギターは弾いたことがないと言っていた。高岡は貧乏だったし、ギターを買えないというので、私と雷ちゃんが半分ずつ出してヤマハの安いエレキギターを買ってやって」
 
「しかしみんな大学から始めたのに、ほんとにうまくなったんですね」
「高岡は毎日4−5時間ギターの練習していたみたいだよ」
「頑張りましたね」
 
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「水上さんと三宅さんは別のバンドだったんでしょ?」
と千里が訊く。
 
「そうそう。あいつらはドグドグというバンドだったのよ。練習場所でかちあったり、コンテストで会ったりして、結構顔は知ってた」
 
「下川先生はまた別なんでしょう?」
と私が訊く。
 
「うん。あいつはひとりでDTMやってたんだよ。結構niftyとかに作品を発表していた」
「なるほどー」
 

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「まあそれで大学4年の夏に、ワンバンが大きな大会で優勝して。それでスカウトされたんだけど、メンバー間にプロになることへの温度差があってさ」
 
「いやそれは悩むと思いますよ。せっかく△△△大学出たのにと親も思うでしょ」
 
「それで結局、私と雷ちゃんと高岡の3人だけプロになることになった。ユーフォニウムはいいとしても、ベースとドラムスが足りないから、知り合いだったドグドグの水上と三宅に声を掛けた。向こうは4年生のメンバーが抜けた後、3年生以下のメンバーに補充メンバーを入れて活動を継続した」
 
「ワンバンは解散ですか?」
「そそ。全員4年生だったからね。それでプロになるのに新しい名前を考えようというので、よく練習で使っていたスタジオがムーという名前だったんで、それからアトランティスを連想して、ワンバンとアトランティスからワンティスという名前を作った」
 
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「結局スタート時点では8人ですよね?」
「うん。ただし正メンバーは6人。高岡・上島・私・下川・水上・三宅。それに高岡の彼女の夕香と、その妹の支香はサポートメンバーのコーラス隊」
 
「だけど考えてみると龍虎って、そのワンティスがデビューした年に生まれたんでしょ?」
「そうなんだよ。あの年、支香は学生だから、ワンティスのライブとかによく出てきていたけど、夕香の方は会社勤めだからといって出席率が悪かったんだよ。後から考えてみたら、お腹に赤ちゃん入れてたから、休んでたんだろうな。会社勤めしてるというのも嘘だったんだと思う」
 
「なぜ赤ちゃんまで出来ているのに結婚しなかったんでしょうね?」
 
「下川はもしかして事務所から結婚に反対されていたのではと言っていた。でも高岡も夕香も、事務所の社長も死んでしまったから、もう真相は分からないね」
 
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と雨宮先生は言った。
 
私は高岡さんと夕香さんがデートしている現場を目撃して、幼心に嫉妬を覚えた時のことをふと思い出した。
 

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