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■夏の日の想い出・デイジーチェーン(2)

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ちょっと会話が途切れたところで、エルグランドの3列目シートに乗っている、★★レコードのドライバー矢鳴さんが言った。
 
「でも醍醐先生、凄く運転がうまいですね」
「まあ私は雨宮先生のドライバーだから」
と千里は答える。
 
この日、私たちは、私が先日買ったぱかりのエルグランドに乗って小田原市に向かっていた。1月31日と2月1日の2日間の日程で関東クラブバスケット選手権という大会が行われるのである。この大会に私がオーナーを務める千葉ローキューツというチームと、千里がオーナーを務める東京40minutesというチームが参加していた。
 
選手は(千里以外)どちらも新幹線で小田原入りしているのだが、練習用のボールなど細々とした道具類を運ぶのにこの車で初遠出をすることになった。半分は試運転を兼ねたものである。乗っているのは私と千里、なぜか雨宮先生、そして★★レコードが付けてくれたドライバーの矢鳴美里さんの4人である。
 
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矢鳴さんは醍醐春海(千里)の第1優先ドライバーで私や千里が疲れた時のために同行してくれる。ちなみにローズ+リリーの第1優先ドライバーの佐良しのぶさんは都内で政子の運転の練習に付き合っている。
 
私がここ数日、4日のKARIONのアルバム発売、7日からのツアーのため準備作業で忙殺されていたので、運転は「することがない。暇だ」などと言っていた千里にお願いした。助手席に私が乗り、2列目に雨宮先生、3列目に矢鳴さんが乗っていた。
 
「この子はライセンスも持っているよ」
と雨宮先生が言う。
 
「凄い。何を持っているんですか?」
と矢鳴さんが訊く。
 
「国内A級しか持ってないですよぉ」
と千里。
 
「A級って凄いじゃん」
と私が言う。
 
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「いや、B級は簡単に取れるし、A級も1日で取れるので。鈴鹿に行って取ってきましたよ。雨宮先生に言われて」
 
なるほど〜。その場面が目に浮かぶようである。
 
「じゃ次は国際C級を取りましょう」
と矢鳴さん。
 
「お金が掛かりますよ〜」
「確かにあれはレースに参加するための装備が大変だもんなあ」
「維持費もかかりますよ〜。B級ほどじゃないけど」
 
「いや。私も実は一時期B級持ってたんですけど、あれずっとレースに出てないと維持できないから、諦めてC級に落としました」
と矢鳴さんは言っている。
 
「C級は一応更新料払っていれば維持できますからね。高いけど」
「そうなんですよ。」
 
「国際C級ってレースに出さえすれば取れるの?」
と雨宮先生が訊く。
 
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「どこかのクラブに所属してないと事実上無理です。それで1年以内に公認のレースで2度以上決勝進出して順位認定されるか、6回以上スピード行事かラリーを完走する必要があります」
 
「結構厳しいね」
「ですよ」
「ね、あんたのツテでそういうレースに参加できる車とかを借りられる所ある?」
と雨宮先生が訊く。
 
私はいやーな予感がしたが、千里はもっと嫌そうな顔をしている。
 
「ええ。うちのクラブに入ってもらったら貸せますよ。ただ、身体に身につけるものは個人で買わないといけません。ヘルメットとかグローブとかレース用の難燃性下着や靴下とか」
 
「それいくらくらい?」
「100万くらいかかりますけど」
 
「よし。うちの醍醐を頼めないかしら。その100万は私が出してあげるわ」
と雨宮先生。
 
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「いいですよ。これだけ運転のうまい人なら推薦できます」
と矢鳴さん。
 
私は「やっぱり」と思ったが、千里も首を振っていた。
 

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「そういえば、結局ドライバー・チームって何人で発足したんですかね?」
と私は矢鳴さんに尋ねた。
 
「ケイ先生・マリ先生担当の佐良、醍醐先生担当の私、Elise先生・Londa先生担当の佳田。この3人が★★レコードの染宮さんと同じモータークラブの仲間で、染宮さんからの推薦で入ることになったんですよ。3人とも2月までに各々のバイトを辞めることになっています。上島先生と下川先生は話を聞かれて各々自分で運転手を雇うとおっしゃって、雨宮先生も既にドライバーがいるからとお断りになられたので」
 
と矢鳴さんが言っているので運転している千里が苦笑している。雨宮先生の弟子兼ドライバーは千里を含めて全国に10人くらい居るようである。
 
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「それで上島担当で入る予定だった桜井が取り敢えず遊軍待機で、後藤先生と田中先生を主として対応する予定です。染宮さんも頭数が揃うまでは今の仕事から取り敢えず外れてドライバーをするらしいので、現在は染宮さんまで入れて男2女3の5人ですね。あと5人くらい増やすらしいです」
 
「なるほど。でもある程度の腕のドライバーさんって、何か仕事してるだろうし、すぐには集まりませんよね」
 
「そうなんですよね。それに女は割と簡単に仕事を辞めさせてもらえる人が多いのですが、男性は大変みたいで。桜井さんはたまたま前の仕事を年末いっぱいでやめて求職中だったんですよね」
 
「だけどきっと上島は浮気現場に行くのに★★レコードの人を使いたくないからことわったんじゃないかしら」
などと雨宮先生は言っている。
 
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「私たちは違法なことをしていない限り、浮気だろうとSMクラブ通いだろうと応じるように言われています。守秘義務についても厳しく言われているので行き先は日誌には正確に書きますが、上には市区名までしか報告しないことになっています。日誌は管理者の鶴見係長も閲覧しないことにしています」
 
と矢鳴さん。
 
「ええ。守秘義務の問題を考えると個人的に雇う運転者の方が怪しい気がしますよ。それでも上島先生、やはり後ろめたいから★★レコードの人を使いたくないのでしょうね」
 
と私も言っておいた。
 

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「矢鳴さんはコンビニのバイトをしておられると言っておられましたね。会社勤めとかはなさってなかったんですか?」
 
「高校出た後コンピュータの専門学校に2年行って、そのあとソフトハウスに入ったんですよ」
「おぉ、凄い」
「5年ほど勤めて辞めました」
「5年続いたら偉い気がします」
「あの業界は1年以内に辞める人が多いです。体力がもたないんですよ」
 
「女性でもどんどん深夜労働がありますからね」
「それで代休も取れないし。いわゆるデスマーチ(Death March)に入ってしまうと1日20時間くらい仕事します。1ヶ月の残業時間は300時間を越える。ほとんど自宅に帰られなくなりますから。私も当時は洗濯する時間が取れなくて、着替えが無くなっちゃうし。仕方ないから洗濯カゴの中でいちばん汚れの少なそうなのを着て出ていく。もう女としてどうなんだ?とか言ってられないレベルでしたね」
 
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「そういう話もよく聞きますね」
と千里は他人事のように言っている。
 
「だからコンビニで深夜のシフトに入っても全然平気なんですよ。あれを経験していたら大したことないですから」
 

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「千里どう? そういう話を聞いて。ほんとにソフトハウス入る?」
と私は尋ねる。
 
「うーん。折角採用してもらったから、まあ取り敢えず1年くらい頑張ってみるよ」
と千里。
 
「醍醐先生、ソフトハウスに就職なさるんですか?」
と矢鳴さんが驚いたように言う。
 
「そうなのよ。やめとけばいいのにさ」
と雨宮先生。
 
「まあ、なりゆきですね。そうそう。こないだその会社に書類を出しに行ったんですけど、行ったら社内がパニック中で」
「へ?」
「なんでも翌日の朝10時に納品予定のシステムのソースファイルを格納していたディスクが飛んだらしくて、最新のリストから入力し直しているとかで」
 
「そんなのRAIDになってないの〜?」
「2台同時に死んだらしい」
「きゃー。よりによって納品間際に」
「いや、その手のトラブルってそういう時に起きがちなんですよ。納期間近ってみんな殺気立ってるし疲れてるしでミスも起きやすい。私が勤めていた会社でも明日が納期って時にホストのハードディスクを間違って初期化しちゃった人がいて」
と矢鳴さん。
 
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「ぎゃー」
「その時も社員総出で必死でリストから入力しましたよ」
 
「そういう訳で私もソースの入力に動員されちゃったんですよ。書類出しに行っただけのつもりが徹夜でソースを入力しました」
と千里。
「お疲れ様!」
 
「でも私が入力したソースは1本もエラーが出なかったと褒められた」
「それは偉いです」
「千里、パソコン自体は慣れてるもんね」
 

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「だけどやはり体力が続かなくて辞める人が多いですよ。《IT土方》なんて言いますけどね。私が勤めていた会社では身体障害者の方にも積極的に門戸を開こうというので、車椅子の人を採用したことあったんですけどね。彼を入れるのにトイレとかも大改造したりして。ところが半年で会社に来なくなっちゃって」
と矢鳴さんが言う。
 
「ああ」
「ごめんなさい。僕にはもう無理です、と」
 
「ふつうの身体の人でもきついですからね」
と私。
 
「でも私、深夜労働自体は今まででもしてたから」
と千里は言う。
 
「確かにファミレスの深夜勤務もきつそうだよね。それで千里昼間は大学に行って講義聴いたりゼミやってたりしていたわけだし」
 
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「まあファミレスの待機時間にゼミの準備してたけどね。あれって1回分のゼミの準備に100時間は掛かるんだよ」
 
「寝る暇無いじゃん」
「まあそのあたりは適当に。それに私、バスケ選手だから体力はあるし」
「そうだ、千里、そのバスケの日本代表とかはどうするの?」
 
「それは専務さんに言った。日本代表の合宿とか大会は平日にぶつかっても行っていいって。クラブの大会はだいたい土日だから何とかなる」
 
「良かったね」
「まあ入社1年目じゃプロジェクトリーダーとかやることもないだろうし」
「確かに」
 

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矢鳴さんは、大会の間はずっと宿で待機になるはずだったのだが、雨宮先生が「ちょっとお願いしてもいい?」などというので、雨宮先生を乗せて小田原市内あるいは近郊のどこかに行ったようである。
 
彼女の所にでも行ったのかな?と私も千里も想像したが、むろん矢鳴さんはきちんと守秘義務を守り、どこに行ったかについては私たちにも話さない。しかし、ただひたすら待機しているのも結構辛いので、矢鳴さんとしては適度に運転できて気分も良かったようである。
 
大会は男女とも16チームが参加している。初日は1回戦の8試合ずつ、2回戦の4試合ずつの合計24試合が行われた。千里たちの40minutesは初戦で茨城のチームに勝った後、2回戦で栃木のチームとの接戦を制して準決勝に進出した。私がオーナーを務めるローキューツの方は初戦で埼玉のチームに勝ち、2回戦で神奈川のチームに勝って準決勝に進出した。
 
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これでどちらもBEST4に入ったので、全日本クラブ選手権に進出することが確定した。
 

「そちら準決勝進出おめでとう」
「そちらも準決勝進出おめでとう」
 
とその晩、私と千里は電話で言い合った。両チームは別の旅館に泊まっている。
 
「でも明日はいよいよ決戦だね」
「うん。まあお互い頑張ろう」
「選抜の出場権を掛けて勝負だね」
 
この大会で5位以内は3月の「全日本クラブ選手権」に出場できるのだが、更に2位以内になると9月に行われる「全日本クラブ選抜」にも出場できるのである。そして明日の準決勝では、40minutesとローキューツが激突する。つまりどちらかは選抜に行くことができるが、片方は涙を呑むことになる。
 

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