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■夏の日の想い出・受験生のクリスマス(5)

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(C)Eriko Kawaguchi 2014-11-15
 
やがてチェリーツインの演奏が終わる。最初は戸惑いがちに聴いていた観客も最後の方は盛り上がって、大きな歓声と拍手を送ってくれた。ボーカルの2人はその歓声に両手を斜めにあげて答え、投げキスをする。それにまた大きな歓声があがっていた。
 
ボーカルの2人が退場する。この次は秋風コスモスが歌う予定である。観客もこの30分の間にどんどん入って来て、既に満員に近くなっている。ギター・ベース・ドラムスの演奏者が退場する。スタッフが入って来てドラムスを片付ける。その時、セットと多くの観客が思っていた杉の木2本が勝手に歩いて退場するので「えーー!?」という声が上がっていた。
 
そしてコーラス隊として実際にはダンスだけをしていた私と政子が前面に出ていく。桜のマスクを外す。
 
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「嘘!?」
という声が前の方にいる観客から上がった。
 
ジャンボモニターは機材入れ替えの間はスイッチを切っている。
 
そのため、私たちを認識できたのは、かなり前の方に居る観客だけであったと思う。
 

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気良姉妹が床に置いて行ってくれたマイクを拾う。伴奏音源が流れる。未公開曲の『夏の少年・冬の少女』を歌う。
 
PAさんには話を通してあるのでちゃんとデュオ歌手の音響セッティングにしてくれる。
 
最初私がソロで8小節歌い、その後マリがソロで8小節歌う。そのあと2人の三度唱でのデュエットになる。マリはとても楽しそうに歌っている。この子はステージに出る勇気が無いみたいなことをよく言っているが、いざステージに立ってしまうと、もうプロのエンタテナーになってしまう。やはり昨年の夏から冬にかけての時期に突然自分の立場が変わってしまったことに戸惑っているのが大きいのではないかと私は思った。
 
観客は最初は「何?何?」という感じであったものの、前の座席で私たちを認識したっぽい客が手拍子を打ち出し、それが次第に会場の奥の方まで伝染していって、曲の終わりの方では会場全体で手拍子を打ってくれた。
 
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Aメロ、Bメロ、Cメロ、サピ、Aメロ、Bメロ、サピ、Dメロ、サビ、サピで終了。前奏・2度の間奏・コーダまで入れて96小節。約4分間の演奏が終わると手拍子は拍手に変わる。
 
私たちは笑顔で大きくお辞儀をすると、上手袖に退いた。それと入れ替わりに秋風コスモスが下手袖から登場し、彼女のヒット曲を歌い始める。客席が熱気で盛り上がる。
 

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チェリーツインの人たちが拍手をしてくれている。そして和泉と美空も居る。和泉が政子に握手を求め、その後、和泉と私、美空と政子、美空と私も握手した。
 
「マリちゃん、凄く上手くなったね」
と美空が言う。
「ありがとう。受験勉強しながらずっと毎日歌っている」
と政子は笑顔で答える。
 
私たちはチェリーツインの人たちにも「ありがとうございました」と挨拶して控え室に戻ろうとしたが、その時、チェリーツインのコーラスの子が美空の肩を抱き、耳元に口を付けるようにして何か言った。
 
「ケイちゃん、マリちゃん、この子たちがローズ+リリーのサインもらえないかと言っているんだけど」
と美空。
 
「じゃチェリーツインのサインと交換しましょう」
と私は提案する。
 
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それでチェリーツインはボーカルの2人がサインを書き、コーラスのふたりがそれに可愛い双子の絵を描き添え、私たちに渡してくれた。こちらも私と政子で分担して書いたサインを渡し、向こうの全員と握手をした。
 
この時は特に何も思わなかったのだが、後から考えていて、コーラスの子って美空と知り合いなのだろうかとふと思ったが美空にそのことを訊こうと思っていたものの、その後すっかり忘れてしまっていた。
 

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運営さんがお弁当を渡してくれたので、それを持って控え室に戻る。政子は「お弁当2〜3個もらえます?」と訊いたら「いいですよ」と言って3個渡してくれた。あとから「言ってみるもんだね」などと言っていた。
 
控え室で会場の演奏をスピーカーで聴きながら、のんびりとお弁当を食べたら政子は「眠くなった」と言って寝てしまう。それでまた毛布を掛けてあげてから私はKARIONの方の控え室に行った。
 
小風の顔のマスクをかぶる。そして出て行く。KARIONの出番は、16:00秋風コスモス、16:30坂井真紅、17:00富士宮ノエル、17:30大西典香の後を受けて18:00からである。今日のプログラムでは大西典香の後は「?」になっている。大西典香の演奏が終わった後、「次はKARIONです」というアナウンスがあると会場に「きゃー」という歓声が響く。
 
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Travelling Bells の面々、そしてコーラスを務めてくれるVoice of Heartの4人が出て行き拍手が起きる。そこに私たち3人が出ていき、(上手側から)美空・和泉・私と並ぶとざわめくような声。
 
和泉がマイクに向かって説明する。
 
「私たちは今受験勉強中なのを、ちょっとだけ抜け出してきて歌わせていただくことになったのですが、小風が先日の模試の成績が悪く、出場許可が出ませんでした。それで代わりに小風のクローンを作って連れてきました」
 
会場がどよめく。
 
「そのクローン、誰が産んだんですか?」
と観客から声が掛かるので和泉は
 
「産んだのはローズ+リリーのケイです」
と言う。爆笑が起きる。
 
そしてトラベリング・ベルズが伴奏を始める。今日の演奏曲目はまず11月に出したCDのタイトル曲『愛の夢想』そして『奈良橋川』、2月に出す予定のCDから『愛の経験』『涙のランチボックス』『桜咲く日』と演奏していくが、『涙のランチボックス』はお弁当を開けてみたら上下とも御飯だった、という曲なので、客席から笑い声が起きていた。
 
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『桜咲く日』は受験生応援ソングなので、客席から「受験頑張ってね」という声が掛かり、和泉もそれに応じて「君たちも頑張ってね」と言っていた。
 

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最後に11月に出したCDに含まれる『スノーファンタジー』を演奏するが、この曲には超絶ヴァイオリンと超絶キーボードが含まれる。そこでこの日はレコード会社からの依頼で芸大器楽科のヴァイオリン専攻の学生さんが来てヴァイオリンを弾いてくれた。彼女はこの曲のみの伴奏なので直前まで舞台袖で控えていて、この曲の時だけ出てくる。
 
『桜咲く日』の演奏が終わった所で、私はステージ前面から下がってピアノの所に座る。そしてVoice of Heartのエピちゃんとキスちゃんが前に出てきて、ソプラノのエビちゃんは和泉と美空の間(本来蘭子の位置)、メゾソプラノのキスちゃんは私が立っていた所(小風の位置)に立つ。この曲では四声アレンジを使用する。
 
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そして演奏を始める。冒頭にいきなり超絶ヴァイオリンがあり、この曲を知らなかったふうの観客から「ひゃー」という感じの声が漏れる。そして前面に立つ4人で歌い出す。
 
しかしこの曲、初披露したのは夏であるが、やはり冬に演奏するのに良い曲だ。でもさすが芸大の学生さん、美しく弾きこなすなあと思って聴きながら私は自分のパートを弾いていたが、後から聞くと彼女はこの曲の練習に1週間を費やし、この1週間で自分が進化した!と言っていたらしい。
 
1コーラス目が終わった後の間奏に今度は超絶ピアノがある。私はしばらくこの曲を弾いていなかったので数日前から練習していたのだが、最初は調子よく指が動いていくので、おっ好調好調と思う。両手が同時に32分音符で駆け上がっていく所、降りて行く所もスムーズに行く。左右の手が交錯しながら複雑な音の流れを出す所も、練習の時は何度も間違っていたのにこの本番ではノーミスで弾きこなせて「お、我ながら凄い!」と思う。
 
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そしてピアノソロの15小節目まで弾いたところで残りは単純な両手3和音の全音符である。
 
ところがここで間違っちゃった!!
 
F7を弾かないといけないのに、うっかりG7を弾いてしまう。
 
慌ててすぐF7を弾き直したが、我ながら最後の最後を間違ったのは悔しかった。
 
その後、2コーラス目を歌い、サビに入るのだが、ここで和泉がこちらを向いて手招きする。それで私はピアノから離れて前面に出ていき、エビちゃんと和泉の間に立って残りの部分を歌った。私が出てきたのを見て、エビちゃんはコーラス歌唱に切り替える。
 
前に立つ5人が寄り添うようにして最後の音を歌い、それに重ねてヴァイオリンがまた超絶演奏をする。その超絶演奏の間、私たちは同じ音を伸ばしている。和泉も美空も私も、ノーブレスで16小節程度は楽に音を伸ばせる力を持っているのでできる技である。
 
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演奏が終わった所で、和泉がヴァイオリンを弾いてくれた人を紹介し、彼女に大きな拍手が送られる。ポップスライブのノリで、「**ちゃーん」などと早速名前を呼ぶ観客も居て、彼女は少し驚いたような顔で手を振って歓声に応えていた。
 
そして彼女の名前のコールとともに、「いずみーん」「みそっちー」という声もあり、「こかちゃーん」などという声もあるので、私はそれに手を振っていたのだが、「ようこちゃーん」という声まであり、私はびっくりした。でも手を振ってあげたら、その名前を呼んだ子が、「やはり」という感じで頷いていた。柊洋子の名前を知るのは、KARIONの初期からのファンだろう。
 
それでお辞儀をして上手に退いたのだが、後でKARIONのファンサイトを見ていたら
 
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「今日、小風ちゃんの代理を務めたのは柊洋子ちゃんだったね」
「洋子ちゃーんと呼んだら手を振ってくれたから確か」
「あの超絶ピアノが弾ける人は少ないから間違いない」
「でも最後でミスったね」
「愛嬌だよね」
「でもミスったので、あれは音源を流しているのではなくマジで弾いていたということが分かる」
 
などという書き込みがあり
「でも洋子ちゃん、約1年ぶりだね!」
などというコメントも付いていた。
 
柊洋子がステージで顔をさらしたのは昨年11月のツアーが最後である。
 

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少し興奮気味の状態で控え室に戻り、汗を拭き、飲み物を飲んだりしていたら、和泉が私に楽譜を持って来た。
 
「なんかさっき鈴を受け取ったせいか、妙に創作意欲が湧いちゃってさ。私これを書いたのよ」
 
と言って見せるのは『恋座流星群』とタイトルが書かれた楽曲である。
 
「へー、和泉、作曲したんだ?」
「うん。普通なら創作意欲が高まると詩ができるんだけど今日は曲ができちゃった」
「ふーん。だったら私が歌詞を書こうか?」
「あ、それもいいかもね。よろしくー」
 
と和泉が言って、私はその曲受け取ったのである。
 

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ローズ+リリーの控え室に戻るが政子はまだ寝ている。
 
「マーサ、マーサ、帰るよ」
と言って起こす。それで政子は「うーん」と伸びをして起きたのだが、
 
「冬を性転換する夢を見ていた」
などと言う。
 
「マーサが手術するわけ?」
「おちんちんを私がハサミで切り取ってあげたら、切った後の丸い切断面を冬は、じっと見ているのよね。それで、これでもう男の子ではなくなったよ。よかったね、と言ってあげたの」
 
「ハサミで切るのか」
「あれ、実際の手術では何で切るの?メス?」
「剪刀だと思う」
「何?それ」
「まあ手術用のハサミ」
「やはりハサミで切るんだ!」
「さすがに普通のハサミでは切れないと思う」
「キッチンバサミとかでも切れない?」
「さあ、やってみたことはないから分からない」
「試してみようかなあ」
「私で実験するのは勘弁して」
 
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