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■夏の日の想い出・鈴の音(6)

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30分ほどで曲は完成したものの、私はこれに歌詞を付けたいと思った。それで悩んでいた時、ちょうど遊歩道から政子が花見さんと一緒に戻ってきた。その姿を見た瞬間! 私は歌詞を思いついたのである。
 
流れるように「やってくる」歌詞を大急ぎで書き留める。こういう時の感覚というのは、曲の場合もそうだが、ほんとにリアルタイムでイメージの塊が押し寄せてくる感じ。私はそれをできるだけそのままの形で歌詞や曲として記録していくのだが、最初のあたりに書いたのは正確に記録しているものの、後の方で記録したものは、けっこう自分の頭で補ったり、あいまいなものを適当に「どちらか」に当てはめてしまっているものもある。例えば船だったか飛行機だったか記憶が曖昧な所を船ということに決めつけてしまうのだ。
 
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タロットの中で多くの人に愛用されている「ライダー版」というのがあるが、これの絵を描いたパメラ・コールマン・スミスという画家が、私と同じようなことを言っている。あのタロットの素敵な絵はそのようにしていわばチャネリング的に彼女のイメージの源泉から切り出されたものだが、彼女が元々舞台美術をやっていたことから、劇のワンシーンのような絵が多くなっている。恐らくストリーミング的な記憶を絵に固定する段階で曖昧な部分を自分が慣れ親しんでいるものに置換してしまっているのだろう。
 
そのようにして、芸術作品には個性が入る。
 

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政子は私が書いた詩を見ると
「これ私が書いた詩みたい!」
と言った。
 
「でもこの詩、何ヶ所か気持ち悪い所ある。直していい?」
「いいよ」
 
それで政子に添削してもらうと、私がうまく表現できなかったような箇所を彼女はうまく表現していく。彼女は上っ面の文字を見ているのではなく、私が感じたイメージの源泉そのものを読み取って、それに合わせて歌詞を修正してくれているかのように思えた。
 
「政子凄いよ。ボクが言いたいと思っていたことをきれいに表現してる」
「ふふふ。私は天才ですから」
「うん。天才だと認める」
「でもこのボールペン、凄く書きやすい!これ私にくれない?」
「うーん。まあ政子ならいいか」
 
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その時使っていたボールペンは春先に買った4000円ほどするボールペンだったのだが、その後政子が永きにわたって使うことになる。
 
なお、この時、私と政子が名前で呼び合っていたのは、私が女装させられていて「女の子同士だから名前で呼び合おう」というのを守っているからであった。政子はその問題を指摘する。
 

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「冬子、ずっと女の子の服のままでいるのは、やはりそういう格好が気に入ったのね?」
「え?だって、ずっとこの格好でいろって言われたから」
 
「じゃ、その服そのまま、おうちまで着ていけばいいよ。それ冬子にあげたしね」
「えー!?」
 
それで私は電車で東京に戻る時もずっと女の子の格好のままで、東京駅で解散した時も、チュニックとプリーツスカートのままであった。
 
その日は父が休みで自宅にいるので、この格好のまま帰宅するのはやばいかなと思い、私は絵里香さんの家に寄ることにした。
 

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「おお。冬がとうとう女装外出に目覚めたか」
と絵里香さんは言った。
 
「違うんですよ。それよりインターハイ優勝おめでとうございます」
「ありがとう」
 
絵里香さんの出場した女子1500mは2日に予選、3日に決勝戦が行われた。それで今日の朝の便で東京に戻ってきたのである。
 
「台風凄かったみたいですが、大丈夫でした?」
「全然大丈夫じゃない。無茶苦茶風が強くてさ。私の時は大丈夫だったけど、400mではテントが飛ばされてコースに入ってレースが中断、やり直しになったんだよ」
 
「1500mのやり直しよりはマシですけど、400mもやり直し辛いですよ」
「ほんとほんと。1500mでも、やはり体重の軽い選手は飛ばされたり向かい風に向けて走れなくて、苦労してたみたい。冬が出ていたら飛ばされてメリーポピンズ状態になってたね」
「怖いレースですね」
 
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「だから何が何だか分からない内に、このレース本当に成立するのかなと思っている内にゴールして、あんたが1番と言われたからびっくりしたよ。もう混沌としていて、どこが先頭か分からない感じになっていたんだよね」
 
「1500mで周回遅れが出たんですか?10000mなら分かるけど」
「だってまともに走れないんだもん。立ち止まってる選手もいたよ。優勝はしたけどちょっと不本意。3000mにも出る子たちは5日6日にあるから、そちらでスッキリさせたいと言ってたけど、私は3000mは代表になれなかったから」
 
「3000mは都大会が3位でしたもんね。でも、逆にその凄まじい状況での優勝は価値が高いと思う。金メダルもらったんでしょ。見せてくださいよ」
「うん、これ」
 
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と言って、絵里香さんは金色に輝くすてきなメダルを見せてくれた。
 
「冬だったら触ってもいいよ」
「いいんですか? 凄いなあ、いいなあ」
「あんた陸上に復帰する?」
「さすがに無理です。これは鳥か何かデザインしたものですか?」
「鳥にも十字にも見えるよね。佐賀県の地図を図案化したものじゃないかって別の選手が言ってた」
「へー!」
「考案者は佐賀県内の女子高生らしいよ」
「わぁ、自分がデザインしたものがこうやって使われるって嬉しいですよね」
「うんうん。これ中身は有田焼なんだよ」
「さすが佐賀県!」
 

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「で、なんで冬は女の子の格好なわけ?」
「実は・・・」
 
と言って書道部のキャンプに行っていて、女の子たちに面白がられて女装させられ、そのまま自宅まで戻りなさいと言われたということを言う。
 
「男の子の服を取り上げられたの?」
「いえ。持ってますけど」
「だったらトイレとかで着替えればいいじゃん」
 
「でも女の子の格好では男子トイレに入られないし、女子トイレに入ると男の子の格好に戻った後、女子トイレから出られないし」
 
「うーん・・・・。冬はたぶん、男の子の服を着たまま女子トイレに居ても全然問題にされないと思う」
 
「通報されますよ!」
「冬、女子トイレ使ったことないの?」
「あ、えっと・・・・」
 
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「冬もそろそろ自分に正直に生きるべきだと思うけどなあ」
 

「でも女の子の格好でずっと外を歩いていてどうだった?」
「恥ずかしかったです」
「嘘嘘。全然恥ずかしがってないじゃん。楽しくなかった?」
「うーん。そういう感覚はないなあ。正直に言うとむしろ落ち着く感じかも」
 
「それはつまり君が男の子の服を着るより女の子の服を着る方が合っているということなんだよ」
 
「それは自分でも少し考えたことあります」
「女の子の服を着て興奮したり楽しくなる人は女装フェチ、落ち着く人はGIDだと思う」
「そうかも知れません」
 
「それにスカート穿いて歩くの気持ちいいでしょ?」
「風が入ってきて涼しいです。夏はいいかも」
 
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「よし。君はこのまま女の子の格好でおうちに帰りなさい。男の子の服は私が処分しておいてあげるから」
 
「えーー!?」
 
その後、私は絵里香さんの家で、絵里香さんの好みの服を何種類か着せられ記念写真!?も撮られた上で、最後はどうにか男の子の服に着替えさせてもらって、それから帰宅したのであった。でも下着は女物でもバレないよねと言われて、絵里香さんがわざわざ用意してくれていた真新しいブラとショーツのセットを付けさせられての帰宅になった。私の男物の下着は本当に廃棄されちゃったようである!
 

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翌日、8月5日はドリームボーイズの横浜エリーナ公演であった。私は朝から普通のTシャツと短いスカートという格好で「行ってきます」と言って堂々と両親が座っている居間のテーブルのそばを通り抜け、出かけた。母は少ししかめ面をしていたが、父はたぶん姉が出かけたんだと思ったと思う。ちなみに休日は姉は間違いなく昼くらいまで寝ている。
 
新横浜駅で降りて会場に行く。バックドアパスを見せて裏口から中に入り、久しぶりに会ったダンサー仲間たちと交歓する。振り付けを確認し、それからドリームボーイズの人たちと一緒に午前中はリハをした。
 
その後軽食をとってから少し休む。私は仮眠していたが、起きたら顔にいたずら描きされていて消すのに苦労した! 夕方4時に開場してお客さんを入れる。広い横浜エリーナの席がどんどん埋まっていくのを見るのは快感だ。
 
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「蔵田君さあ、年明けに関東ドームでやらない?」
と前橋さんが言う。
 
「そんなに入りますかね?」
「入る入る。このイベントも17000席が30分で売り切れている。レコード会社からも、もっと大きな箱でやっても良かったんじゃないかと言われたんだよね」
 
「ドームだと幾ら入るんですかね?」
「過去にジャニーズの人気デュオのイベントで67000人入れたことがある」
「すごっ!」
 
「でも普通は外野席側にステージを設営するから4万人くらい。実際には花道とかサブステージとか作って3万人くらいで満員ということにしているアーティストが多いね。でもドリームボーイズなら5万行くと思う。ファン層の年齢が高くなってきているから経済力のあるファンが増えているんだよ。そういう人たちは、ふつうのホールとかでコンサートやるより、ドームとかでお祭り的に開催する方が来てくれるんだ」
 
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「ファン層の高齢化というのはある意味、ゆゆしき事態だな」
と蔵田さん。
「まあ、それはどんなアーティストでも仕方無い」
と前橋さん。
 
「孝治が高齢化してるんだから仕方無いじゃん」
と樹梨菜さん。
「お前だって高齢化してるじゃん」
「私、まだ20歳だけど」
「中学生から見たら充分おばちゃんだな」
 
こんな遠慮無いやりとりができるのは、このふたりだけだ。
 

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ライブは18時から始まった。
 
今年のバックダンサーの衣装はダイコン!であった。全員顔まで真っ白に塗られて、本当にダイコンの葉っぱで作ったスカート(しおれないように適宜水を吹きかけていた)で踊ったが、激しいアクションなので、特にアクロバット的な動きをする、私と樹梨菜さんのスカートはかなり傷んで、適宜新しい葉も補給しながらパフォーマンスをしていた。
 
幕間の休憩時間に楽屋に戻ったら、懐かしい顔がある。
 
「お疲れ様〜」
「ゆまちゃん、お疲れ〜。最近忙しいみたいね」
「うん。Lucky Blossom、凄い好調」
「良かった良かった」
 
「でも相変わらず、ひっどいコスチュームだね」
「まあ、いつものことだよ」
 
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鮎川ゆまは以前ドリームボーイズのダンスチームに居たのだが、昨年秋Lucky Blossomというバンドを編成して12月にデビュー(ゆまはサブリーダーで主たる作曲者でもあるもよう)。インストゥルメンタルのアルバムとしては異例の8万枚/DLのセールスをあげて、人気バンドとして活躍し始めた。
 
「先月出した『Riverside Walk』も初動で4万来たんだよね」
「それは凄いな」
 
「ゆまさん。『Riverside Walk』のラストの『走る鼓動』って曲だけど、あれ、Sakiさんの作品?」
と私は訊いた。
 
「ううん。違うよ。Sakiの作曲ペンネームは招猫」
「じゃ、ゆまさん?」
「違うよ。私は神楽。大裳はちょっとうちのバンドと関わりのある女子高生なんだよ」
 
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Lucky Blossomの楽曲の作曲クレジットは、神楽・福助・熊手・招猫・絵馬・釜鳴・大裳・逆鉾・螺旋などといった名前になっていて、各々が誰なのかということは公表されていない。ファンサイトでは恐らく大半はLucky Blossomのメンバーであると考え、どれが誰かというのを推測しているが意見の食い違いも多いようである。福助がおそらくリーダーのDragon(河合龍二)さんで、神楽がサブリーダーのAyu(鮎川ゆま)だろうというのは、多くのファンサイトの意見が一致するところである。
 
「やはり高校生だったんだ!」
「どうして?」
「作品の雰囲気から作曲者は女性だろうとは思ったんだけど、作品が凄く若いんだよね。荒削りだし。だからもしかしたら10代の人ではとはいう気がしたんだけどね」
 
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「ちょっと不思議な雰囲気の子だよ。髪が腰近くまであって。神社の巫女さんなんだって。龍笛が物凄く巧い」
「へー!」
 
と言いながら笛が巧いというので、私は唐津でお囃子の笛を美事に吹きこなしたバスケガールのことをチラっと思い出したのだが、この時、それがまさか大裳本人だったとは思いもしなかった(バスケガールは髪も短かったし)。そのことに気付いたのは、10年以上先のことである。
 

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「ところで、ゆまはこの後はスケジュール入っているか?」
と蔵田さんが訊く。
 
「いえ。特に。客席の方で後半を聴いてから帰るつもりです」
「よし。だったら、お前ダンサーやってけ」
「えーーー!?」
「顔はもちろん白塗りな」
「うっそー!」
 

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