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■夏の日の想い出・鈴の音(5)

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(C)Eriko Kawaguchi 2014-08-25  
絵里香さんと別れた後、私は博多行きの「かもめ」に乗って、車内のトイレで女装に戻る。やはり男の子の格好は窮屈だなあと思う。スカートに風が通って心地良い。これって、男の子は絶対体験できない感覚だもんな。
 
博多駅で降りて、空港に行くのに地下鉄の方に移動しようとしていたら、バッタリと見知った人物に遭遇する。
 
「おお。雀ちゃん!」
 
これは私の民謡学習者名が「若山富雀娘(わかやま・ふゆすずめ)」と知っている○○プロの丸花社長である。
 
「おはようございます。社長、お仕事ですか?」
「ああ。ちょっと長浜ラーメン食べに来ただけ。君は?」
「ちょっと1仕事、2仕事して、これから東京に帰る所です」
「君はいつも忙しいね!」
「いえ、おかげさまで」
 
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「ね、君ちょっと時間がある?」
「まだ航空券の予約入れてないので、少しでしたら」
「じゃ、君には役不足で申し訳ないのだけど、頼まれてくれない?」
「何でしょうか?」
 
「着ぐるみを着てくれないかと思って」
「へ?」
 

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何でも近郊のショッピングセンターで女児向けのアニメ「リリー・スター」のショーをやるのだが、着ぐるみを着て歌を歌わなければならないので、誰でもいいというわけにはいかないらしい。
 
リリー・スターは主人公の2人がアイドル・デュオをしている設定である。
 
本当は○○プロのインディーズの2人組の歌手が入って歌うことになっていたのだが、その人たちが昨日沖縄に行っていて、折しも到来した台風5号の影響で飛行機が飛ばず、福岡に来られないという。
 
丸花社長は別件で福岡に来ていたらしいが、急を聞いて、自分でも当たれる所に当たっていた最中であったという。
 
「台風が来てるんですか?」
「かなり強い台風みたいだよ。福岡空港から東京・大阪方面もたぶんこの後の便は欠航する」
 
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「空港に行かなくて良かった!」
「新幹線は夕方くらいまでは大丈夫だと思う」
「新幹線で帰ります!」
 
「福岡で歌える人を大急ぎで2人調達してと言っていたのだけど、急なことで難航しているらしいんだよ。雀ちゃんなら歌唱力全然問題無いし。ほんとに詰まらない役で申し訳ないのだけど」
 
「いえ、エンジェル・リリーのシリーズは私好きですよ。でもなぜリリー・スターなんです。今年はリリー・ファイブなのに」
「いや、そこの予算が無くて、今年のキャラの権利料が払えないというのでね。去年のキャラなら安く使える」
 
「なるほど。でもわざわざ○○プロの歌手さんを使ったら、権利料は安くてもギャラが高額になるのでは?」
 
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「彼女たちの出演料は1000円の予定だったから」
「わざわざ福岡まで来てギャラ1000円ですか!可哀想」
「まあ売れてないとそんなもの。タダということも多い。でも雀ちゃんには2000円払うから。御食事券もつけるよ」
 
「分かりました。社長のご依頼ですし、やりますよ」
と私は笑顔で答えた。
 

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それで社長と一緒にショッピングセンターまで行く。もうひとりの「中の人」はうまく見つからないのか、なかなか現れない。それで時間が迫っているので取り敢えずスタンバイしてくださいと言われ、リリー・タイガーの着ぐるみを着る。エアコンが入っているからいいが、これ遊園地なんかだったらこの時期こんなの着たら楽に熱中症になれるなと思う。
 
そしてもうすぐ開演時刻というのに、まだもうひとりのエンジェル・リリーは現れない。どうするんだ?と思っている内に、ショーは始まってしまった!うっそー!と思いながらも司会者の人の呼び掛けに答えて私は出て行く。
 
「あれ?タイガーひとりだけ?」
と司会者さん。
 
「レオパルドは川に洗濯に行っているんです」
「洗濯機無いんですか?」
「まだ電気が来てないので」
 
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こんな会話が今の子供たちに理解できるだろうかと思いながら私は話していた。きっと今の子供たちは、電気が無いというのは想像できない。蛍光灯が点かないなら、テレビを点ければいいじゃないくらい言いそうだ。
 
するとそこに
「遅れてごめーん!」
と言いながらリリー・レオパルドが登場する。ホッ!間に合ったか。
 
「ちょっとワルダイカンの部下を1人倒してきた」
などと言っているが、私はこの声、どこかで聴いた覚えがあると思った。
 
「なんて奴を倒したの?」
「シュクダイ・ワスレータというやつ」
 
小学生っぽい子たちから笑い声が起きている。まあ幼稚園生は分からないギャグかも知れない。
 
「それでは取り敢えず歌って頂きましょう」
と司会者が言う。
 
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「リリー・スターの主題歌、『星の輝き』です」
 
そしてマイナスワン音源の前奏が始まる。しかし知ってる曲だからいいけど、結局ぶっつけ本番だ。
 

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前奏に続き歌い出す。本来はタイガーとレオパルドは三度唱をするのだが、レオパルドの中の人はどうもそういうのは分からないようで、メロディーのオクターブ下を歌い出した。私はメロディーを本来の高さで歌うので結果的に八度唱になった。
 
そして歌っていて気付いた。
 
この声は政子だ!!
 
でも・・・政子って音感悪いぞと思う。結構音が外れている。
 
これって、最後はもう若い女の子なら誰でもいいって感じでその辺にいた子を捕まえたのではないかという気がした。
 
政子の音の外れ具合を聴いて、PAさんが政子の分の出力を下げた。私の声が主として響くので、音が外れているのが少しは目立たなくなる。
 
でも政子も歌詞はちゃんと覚えているようで、それは間違わずにきれいに歌いきった。
 
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2曲目、バラード調の劇中歌を歌う。
 
やはり八度唱するのだが、ここで私は気付いた。
 
政子って・・・・確かに音の出だしは、ずれているのだが、長い音を伸ばしていると、次第に正しい音に近づくのである。音の出だしが半音近くずれていても、伸ばしている内に2〜3ヘルツ程度のずれまで縮まる。特に全音符とかになると最後は完全に正しい音に合ってしまう。
 
つまりこの子は、耳音痴ではないのだ。
 
歌い慣れていないから、自分が思っている通りの音を出すことができない。
 
しかし耳の音感は良いので、自分で歌っている内にちゃんと正しい音に近づいていく。しかし、こういうゆっくりとした曲ならいいが、さっきの主題歌のようにテンポの速い曲では、正しい音に合わせる前に次の音に行ってしまうから、音が外れっぱなしになるのだ。
 
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こういう子はたくさん練習すれば次第にうまくなる。
 
しかも政子はリズム感は良いようで、拍はほとんど外さない。
 
政子ってちょっと面白い素材だなと私は思った。
 

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ショーの中でのトークのようなものは実質司会者さんが全部しゃべってしまうし、アクションシーンに関しては、ほんっとに適当にやらせてもらった(政子の身のこなしが結構良いことに私は気付いていた)。
 
そして最後に今年のエンジェル・リリー・シリーズ《リリー・ファイブ》の主題歌をふたりで一緒に歌って、ショーは終了した。
 
私たちは控室に戻ると着ぐるみをつけたまま政子と握手した。
 
それから試着室のような感じでカーテンで仕切られたボックスに入って着ぐるみを脱ぎ、汗を掻いているので下着まで全部交換した上で、すぐに荷物の中に入れていた、弥海砂っぽいツインテールのウィッグをつけた。更に大急ぎでメイクして「冬彦」の顔とは違う印象にする。
 
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それで試着室から出たが、あまり彼女に顔を見られないように、わざと窓際に椅子を置いて座り、窓の方を向いてお化粧直しをしている風を装いながら少しお話しする。
 
「こちらの地元の方ですか?」
「いえ、旅行者なんですけどね。買物に来てたら『あ、君なんか感じいいね。ちょっと来て』と言われて連れてこられたんです。でいきなり着ぐるみ着てと言われて。で、やれば分かるからと言われてステージに押し出された」
 
やはりもう適当に捕まえたんだ!
 
「なんか名刺もらっちゃったー」
 
と言って政子が見せてくれた名刺には
『○○プロダクション 正規嘱託職員・はらちえみ』
と書かれていた。
 
はらちえみってどこかで聞いた名前だなと思ったが、私はこの時、1年半前にエピメタリズムのマネージャーとして東京で会った人であるとは思い出すことができなかった。
 
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これは須藤さんと政子の、多分初めての出会いだったと思うのだが、どちらもこの時のことは覚えていないようである。須藤さんは多分政子を福岡の女の子と思っていたろうし、政子も多分須藤さんを博多のイベント事務所のスタッフか何かと思っていたろう。まあ、どちらもそんな細かいことを覚えているような性格ではない。政子がこのことを思い出すと、一緒に歌った相手が女装の私だったことにも気付く危険があるので、この話の付近には触れないのが安全だ。
 
なおエピメタリズムはこの年の春に解散し、それにともなって須藤さんは○○プロを辞め、△△社に移籍していた。しかし○○プロの嘱託としての籍を残っていて、しかも独断で○○プロの関連会社・雀レコードの名前でCDを制作する権限も持っていたのである。ビリーブ、桐野村雨、エピメタリズムといったアーティストのマネージャー(兼プロデューサー)を無難に務めてきた実績で、そういう大きな権限を与えられていた。
 
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まあローズ+リリーが最初で最後の大トラブルだったかもね!?
 
UTPを設立した後、スタッフが増えて私たちの事務処理は実質、甲斐窓香さんがするようになった後も、アウトバーンズはうまく売り出して、一定の人気を獲得することに成功している。
 

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私は政子としばらくおしゃべりした後で、
 
「あ、忘れ物」
と言って部屋の外に出る。
 
それからうまい具合に廊下で捕まえたイベントスタッフさんに私のバッグとキーボードを持って来てくれるように頼んだ。それを受け取り御礼を行ってから私は建物を出てバスで博多駅に向かった。
 
丸花さんに電話して、レオパルドが実は知り合いだったので、自分の正体がバレない内に帰ると伝えたら向こうは大笑いしていた。
 
「でも、レオパルドの子、センス良かった。歌は下手だったけど」
「友人なんですよ。でも彼女、私の女の子ライフを知らないから」
「それはカムアウトすべきだね。それで君たちデュオで売り出さない?」
「そうですね。その内」
 
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そういう訳で、実は2007年8月1日は、ローズ+リリーの記念すべき初ステージだったのだが、このことを知っているのは、私と丸花さんの2人だけである。
 

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その日の夕方16時半の《のぞみ》で私は東京に帰還した。幸いにも新幹線はちゃんと東京まで動いてくれた。一方の政子は、のんびりしていたら博多駅で新幹線が運行を見合わせていると言われて途方にくれたものの、夜行バスが動いていたので、それに飛び乗り、本来東京まで14時間で着くはずのところを高速道路の速度規制で大幅に遅延し、20時間掛けて何とか東京に辿り着いたらしい。
 
政子がくたくたになって東京に戻ってきたのが8月2日の午後だが、翌日3日と4日は、私も政子も入っている高校の書道部のキャンプが予定されていた。
 
台風が心配されたのだが、台風は日本海側の方に行ってしまい、関東方面はすこぶる天気が良かったので、予定通り行うことになった。そしてこのキャンプで、とうとう私は政子に女装させられ、そのまま女子のバンガローに女の子として泊まることになってしまう。
 
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翌朝、御飯を食べた後、思い思いに時間を過ごしていた。政子は花見さんとふたりでお散歩に行ったし、このキャンプで急速に仲良くなった谷繁さんと静香さんは何やらお話ししている。男子数人は釣りに行き、1〜2年の女子はフリスビーをしていた。
 
その時、私は唐突に曲のメロディーが浮かんできた。
 
五線紙を先日からの作曲作業で使い切ってしまい、持っていなかったので紙に線を引いて簡易五線紙を作り、そこに浮かんできたメロディーを書き留めて行った。ああ。先日買った電子キーボードがここに欲しいと思ったものの、持って来てない。仕方無いので携帯で使えるピアノ・アプリを探してそれで音を確認して行く。
 
私はその時、ふと携帯のストラップに付けていた鈴が減っていることに気付いた。この携帯は6月下旬に母に買ってもらったもので、その時、幸せの鈴とかいって、小さな鈴が7つ付いたストラップを付けてもらったのである。元々は伯母の若山鶴音さんが送って来たものらしい。何かのイベントの記念に作ったものとか言っていた。ところが、今付いている鈴は5個だ。
 
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どこかで落としちゃったのかなあと思ったが、仕方無い。小さな鈴だし外れやすいのだろう。
 

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■夏の日の想い出・鈴の音(5)

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