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■夏の日の想い出・女になりましょう(7)
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実際の音源製作はアレンジ譜が出来上がったものから順に6月中旬から開始された。今回も『Girls Sound』以降の製作をしている渋谷のLスタジオを使う。今回の製作は、私がローズ+リリー・KARION両方の音源製作を同時進行させていて、とても余裕がないことから、全体的なサウンドのチェックを、長年ドリームボーイズの楽曲制作に私と一緒に関わってきた、樹梨菜さん(現在は蔵田さんの奥さん)に見てもらうことにした。実は樹梨菜さんも《ヨーコージ》の一部なのである。
私が古い友人女性歌手にお願いすると言ったのに、スタジオに出て来たのが、どう見ても男性なので、タカやサトが「え?」という顔をしている。
「他では口外しないで欲しいんですが、ジュリさんはFTMなんですよ」
「そうだったのか・・・・」
「だから男性同性愛者の蔵田さんと結婚できたんですね」
とサトが言った。
「樹梨菜さんはこうやってプライベートで男の格好で出ている時は男子トイレ使うし、立ってしちゃうよね?」
「うん。女の格好してる時は女子トイレに入って座ってするけど、男の格好してる時は男子トイレに入って立ってする」
と樹梨菜さんが低い声で言うと
「男の声に聞こえる!」
と感嘆の声が上がる。
「でも歌手としてはソプラノですよね?」
「まあ、それは発声法だね」
樹梨菜さんは高木倭文子の名前でこれまでに10枚ほどのCDを出している。但し結婚後は現在休養中の状態である。
「女でも努力すればちゃんとこういう低い声は出るんだよ。冬が中高生の頃にしてたみたいにね。あ、男性ホルモンは飲んでないよ」
突然こちらに火の粉が飛んできて、私は咳き込む。
「済みません。ちんちんあるのでしょうか?」
と呆気にとられていたマキが唐突な質問をする。質問した後でサトにド突かれている。
「ほしいけどね。まあ子供産むまでは付けないよ」
「性転換するとしても、子供2〜3人産んだ後だよね?」
「そう考えてる」
「ちんちん付いてない人でも立っておしっこできる道具があるんだよ」
と私が言ったら
「冬も中学高校の頃はあれ使ってたんだろ?」
などと樹梨菜が言う。
「使ってませんよー」
「だって、中学生の頃、既にちんちん無かったじゃん」
タカが「なるほど」という感じで頷いている。う。これは絶対今みんなに信じられてしまったなと私は思った。
この場に政子が出て来てなくて良かった!
「まあ、そういう訳で今回サウンドプロデューサーをさせてもらうけど、僕は冬子みたいに流されないで、思ったことはズバズバ言うから反発を感じることもあるかも知れないけど、よろしく」
と樹梨菜は言ったが、さばさばした雰囲気は、タカやサト・ヤスたちに好感された感じがした。
「それではみんな女の子の服に着替えてもらおうか」
と樹梨菜が言うと、溜息を付くものの、みんな渋々と着替える。
「ああ、ちゃんと足の毛は剃ってるね?」
「最初の頃は全然剃れなかったんですが、だいぶうまく剃れるようになりました」
「まあ最初は慣れてなくても日々やっていれば、ちゃんと女の子として日常が送れるようになるよ」
「そうなりたくないです!」
「タカ君は、このCD制作が終わったらタイに渡って性転換手術を受けるということで予約済みだって聞いたけど、手術の予定日はいつ? 制作の日程絡みがあるから教えて」
「そんな予約入れてません!」
「ああ。じゃ終わってから予約入れるの?」
「私、性転換手術なんて受けるつもりないですよ。そもそも女性の婚約者がいるし」
「FTMの子でも恋愛対象は男性って子けっこういるし、MTFの子でも恋愛対象は女性って子いるよ。女の子と結婚して子供作った後で性転換手術受けて女同士になって子育てしている人も知ってるし」
「そういう人がいるのか」
とヤスは良く分からないという感じの顔をする。
「そういう人は割と多い」
と私は言う。サトが頷いている。
「でも私、ほんとに女になるつもりないですよー!」
とタカは悲鳴をあげるかのように言った。
6月下旬のこの時期は、ローズ+リリーとKARIONのシングルの音源は完成して、どちらの側もアルバム制作に突入していた。
どちらもシングルの伴奏に関しては通常の伴奏陣を基本にして、必要に応じて誰か知り合いに頼むというパターンで行ったのだが、アルバム制作では結構な人数の動員をしていた。
だいたいは春のツアーに参加してもらった人がベースである。夢美と七美花にそのままヴァイオリニストあるいはオルガニスト・管楽器奏者として、KARIONの制作に参加してもらう一方で、ローズ+リリーの方には山森さんにエレクトーンで参加してもらった。
またローズ+リリーの方で昨年『花園の君』のヴァイオリンが美しかったねという話から、ヴァイオリニストを頼むことにした。従姉で某音楽大学准教授になったアスカから、伊藤ソナタ、桂城由佳菜という2人の女子大生を推薦してもらう。伊藤ソナタなんてまるで芸名みたいだが本名らしい。
これで、私、松村さん、鷹野さん、伊藤さん、桂城さん、政子の6人でヴァイオリン六重奏をする。これは七星さんの負担を軽減する意味も大きい。
この時期、今まで私がやっていた作業の負担が大きすぎると言って七星さんが、かなり私の作業の代行をしてくれていたのだが、その七星さんの負担が大きくなりすぎていることを私は気にしていた。今回はサウンドディレクターというのと、サックスプレイヤーということだけに集中してもらえたらと思った。
一方でKARIONの方の弦楽セクションは、ツアーに付き合ってくれたカンパーナ・ダルキのメンバーが出て来られる範囲で出て来てくれることになった。またコーラスについてはVoice of Heartが入れることになったが、彼女たちの出番は最後の方である。
ローズ+リリーとKARIONのツアーが終了した6月中旬、私は風花と話し合いを持った。
「空いてるからと言って、突然ツアーミュージシャンなんかしてもらって御免ねー。毎週地方に出かけるし、アルバムのアレンジとかまでしてもらったから就活の時間も無かったでしょ?」
「うん。無かった。というか、あれだけの量のアレンジを冬が自分でやろうとしてたのが無茶だと思った。私でもヒーヒー言いながらスコア書いてたよ」
「他のアーティストに渡す曲は、もう下川工房のアレンジャーさんたちに投げてしまっているんだけど、自分たちで歌う曲は自分でアレンジしたいんだよね。風花なら私の意図をちゃんと読み取ってくれると思ったし、感性も比較的私と近いし」
「うん。そんなこと言ってたね。そのあたりの気持ちは分かるなあ。でも次のツアーはいつやるんだっけ?」
「七月下旬に苗場ロックフェスティバルに出る。それから8月の下旬に箇所は少ないんだけど、アリーナツアーをする。でね。単刀直入に、もしよかったら、このまま来年の3月くらいまで、うちのスタッフしてもらえないかな?譜面のまとめ作業は実はかなりある。目の前に迫ってるものだけ泥縄式に整備してたから。それとツアーとか音源製作にも参加してもらえたら嬉しい」
「なんか、それ結構なハードワークという気もするけど、それを冬がひとりで今までやろうとしていたのが恐ろしすぎる。あまり短期間で転職したという履歴を残すのも就活で印象悪くなるし、やっていいよ」
「助かる。取り敢えず、これとこれとこれとこれとこれのアレンジスコアを書いてもらえないかな?」
「・・・冬、どれだけバックログ抱えてるのよ!?」
6月の下旬から7月上旬の時期は、怒濤の春のツアーが終わり、ツアーをやりながら制作を進めていたローズ+リリーとKARIONのシングルも順調に制作できて、アルバムの制作はまだウォーミングアップ段階で、KARIONのシングルタイトルではないが一種のコーヒーブレイクのような時期であった。その時期に私はここしばらく多忙すぎて出来ずにいたことを少しずつ片付けていた。
しかし超多忙状態が少し緩和されているみたいと見たレコード会社から作曲依頼も舞い込む。
ELFILIESが所属していた◎◎レコードからも、中堅の歌手へのスポットでの楽曲提供を頼まれ、メロディーだけ書いて下川工房に流す。下川工房にはマリ&ケイの楽曲をアレンジする専任部隊が7-8人いるようである。
★★レコードからは鈴鹿美里の楽曲もまた頼まれた。昨年は1曲を上島先生、1曲をマリ&ケイで書いたのだが、今回は1曲は萌枝茜音さんという作曲家さんの作品で、もう1曲がマリ&ケイであった。
その日は少し時間が取れたし、鈴鹿美里にも会いたかったので政子と一緒に、音源制作の現場に出かけて行った。
制作の指揮をするのに★★レコードの鷲尾さんが来ていたのでびっくりした。
「本当は北川の担当なのですが、今回他のアーティストの音源制作とスケジュールがぶつかってしまって、私にやってくれと言われまして」
などと鷲尾さんは言っている。
彼女は本来スリファーズと遠上笑美子の担当である。
既に伴奏音源はできていて(スタジオミュージシャンを集めて半日で作ったらしい)、今日は鈴鹿美里の2人がその音源を聴きながら練習していた。
「でもMTFの子でもひとりひとり個性が違うんですね」
と鷲尾さんは言う。
「ああ。春奈ちゃんと鈴鹿ちゃんは結構タイプが違いますね」
「どちらも元男の子だったというのをしばしば忘れてしまうくらい普通に女の子なんですけどね」
「春奈は自分の意志で性別を頑張って変更してきた子。鈴鹿は最初から自然に女の子だった子」
と政子が言う。
「ああ、そうかも」
私たちが行ってから30分くらいした所で休憩になる。
「お早うございます。ケイ先生、マリ先生」
と鈴鹿美里の2人が演奏フロアから出て来て挨拶する。
「おはようございます。そうそう、苗場ロック出場おめでとう」
「びっくりしました。今年はサマーロックの方も、自分たちのユニットで出ることになりましたし」
「昨年はローズクォーツの代理ボーカルだったからね」
「記念すべき初代代理ボーカルだよね」
「あれ、ほんとに毎年交替なんですか?」
「そうそう。Ozma Dreamは来年3月まで。またその後は誰かにやってもらう」
「面白いやり方ですね」
「元々はサマーロックで私たちがローズ+リリーとローズクォーツの両方に出るのは辛いというので君たちに代理をお願いしたのが発端だけど、その後、覆面の魔女の去年後半のスケジュールが浮いてしまったのをうまく利用してやって、それがうまく行ったので、システム化してしまったね」
すると政子が言う。
「あれは良い制度だと思う。ローズクォーツの演奏の主体がバンドにあることを明確にするから。ローズクォーツは結成してから一昨年までの2年間は、ケイの付属品に過ぎなかった」
「うん。私とそのバックバンドって感じになってたよね」
と私。
「それが明確にバックバンドなら、まだいいんだよね。スターキッズはそれに徹してくれている。ローズクォーツの初期の方向性の誤りは、ケイと一緒にクォーツを売ろうとしたことなんだよ。これは一番売れないパターン。過去の様々なユニットが既に証明している」
と政子。
鷲尾さんが頷いている。
「まあでも私はソロ歌手として歌うつもりは無かったからね」
「私に遠慮しなくてもいいのに」
などと言っていたら
「そのひとりで歌いたくないっての分かります」
と鈴鹿美里2人が口を揃えて言った。
「私たちもずっと一緒にやってきたからね」
「2人で履歴書は1枚でいいくらいだもん」
「いや実際ふたりの履歴書には相違点が存在しない」
と私は言った。
「鈴鹿ちゃん、去勢して半年経って、体調おかしかったりはしない?」
と私は訊いた。
「ホルモンバランスが一時的に無茶苦茶になりました」
と鈴鹿。
「うん、なるよね」
「一時期すごく辛そうにしてた」
と美里。
「あれが更年期障害なんでしょうね」
「そうだよ。それを乗り越えないといけないんだ」
「でも落ち着いたらホルモンの効きがよくなった感じです」
「おっぱい成長してるでしょ?」
「自分でもびっくりするくらい成長してます」
と鈴鹿。
「その内、追い抜かれるかも知れん」
と美里。
「あれは立つ?」
「ぴくりともしません」
「まあ、そうなる人が多いみたいね」
「立つ人もいるんですか?」
「ある偉い先生の場合ね」
「ああ」
と鈴鹿も美里もその先生の顔が浮かんだようで一緒に溜息を付いた。
「ところで、萌枝茜音さんってこれまでもあちこちに楽曲書いておられた方なんですか? 何か凄く女らしい曲を書くなと思って」
と私は鷲尾さんに訊いた。
「あ、この名前での楽曲提供はまだ少なくて、何人かのアイドル歌手にコンペで提供しただけらしいんですけどね」
「どなたかの別名義ですか?」
「うん。私も名前覚えてないんだけど、トライアル&エラーとかいうバンドの人らしいよ。自分のバンドの曲は書いてたけど、他人に提供するなら勉強しなきゃと言って作曲の勉強をしなおして、コンペに応募してこっそり作曲技術を鍛えていたけど、だいぶ自信がついたんで本格的に稼働するらしい。本体のバンドの方もここしばらく活動が停滞していて時間もあるらしいのよね」
「ちょっと待って下さい。トライアル&エラーってメンバーは全員男性ですよね。萌枝茜音さんって男性なんですか?」
「あれ?そうだっけ? 私ロックの方はあまり詳しくなくて。《あかね》っていうから女の人と思い込んでいた」
と鷲尾さん。
「私もてっきり、萌枝先生って女の人と思ってました!」
と鈴鹿。
「この歌詞が絶対女性の詩だよね?」
と美里。
私と鈴鹿美里は顔を見合わせる。
「女の人になりたい男の人だったりして」
「あるいは男の振りしてた女の人だったりして」
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