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■夏の日の想い出・女になりましょう(4)
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Aさんとのセッションが終わった所で、お食事に誘った。私と政子と七星さん、氷川さんと女性5人でお寿司屋さんに入った。小部屋に案内してもらう。
私たちの会話はロシア語で行った。氷川さんも七星さんもロシア語ができるし、政子はロシア語がぺらぺらだが、私はあまり得意ではないので、話の流れを追うのがたいへんだった。難しい内容は政子に通訳してもらったが、七星さんが笑っていたので、どういう翻訳をしているのか怪しい。
「今回話をお受けしたのは実はローズ+リリーさんの『Flower Garden』を聴いていて凄いと思っていたからなんですよ。あのアルバムは実に色々な音が使用されてますよね。それも大半が電子音じゃなくて生楽器だと聞いて、もしかしたら自分たちと感性の近い方かもと思っていました。そして今回、セッションしてみて、やはり心に響くものを感じました」
とAさんは言う。
「ありがたいです。私は4年ほど前にそちらのユニットの演奏を偶然テレビで見て、この楽器何?と思って調べたらホムスという楽器だと聞いて、それで当時、音源製作で1度ホムスの音を使ったことがあったんですよ。ただその時はホムスの演奏者が見当たらなかったのと予算も無かったので電子音でホムスっぽい音にしたのですが」
「この楽器は地域によって色々な呼び方をされてますね」
「ええ、構造も結構違いますが。日本にも北海道にムックリと呼ばれる口琴があるんですが」
「ええ。昨日、ムックリの奏者の方にお会いしまして、お互いに演奏しあって交歓したんですよ」
「そういう色々な地域の楽器の音に触れるのはいいですよね」
「『Flower Garden』の中の『Room you are absent』(あなたがいない部屋)ですが、ヴァイオリンではない擦弦楽器が使用されていますね」
「胡弓とよばれる楽器です。実は私が弾いたのですが」
「わあ、それはぜひ聴きたいです」
「では明日、良かったら今日と同じスタジオで。楽器を持ってきますよ」
「日本にも色々独自の楽器があるみたいですね」
「そうですね。撥弦楽器の三味線や箏、擦弦楽器の胡弓、木管楽器の尺八、篠笛、龍笛、篳篥、笙、....」
「冬、それ全部吹けるよね?」
「尺八と龍笛と篳篥が吹けない。笙は吹いたことはあるけど吹ける内に入らない。箏もあまり自信は無い」
「そのあたり吹ける人を探して引き合わせますよ」
と氷川さんが言う。
そんなことを話していた時、部屋の障子が開く。お店の人かと思ったら派手なドレスを着た女性だ。
「あ、ごめん。間違い」
と言って障子を閉めようとしたのだが・・・・
「あら、ケイちゃん、マリちゃんに、ナナちゃんに、マユちゃんじゃない」
とこちらに声を掛けてくるのは雨宮先生だ。
「雨宮先生、すみません。接待中なので」
と氷川さんは言ったのだが
「あら、そんなに邪険にしなくてもいいじゃん。私にもこのエキゾチックな美人を紹介してよ。あなた外人さんね?」
とAさんにいきなり話しかける。Aさんは最後の言葉が分かったようで
「はい。サハから来ました」
と日本語で答える。
「サハというとヤクーチア?」と雨宮先生は突然ロシア語に切り替えて尋ねる。「はい」とAさんもロシア語で答える。
「日本とは極東同士。お仲間じゃん」
「そうですね。同じアジア民族です」
「よし。お仲間同士、今夜は飲み明かそう!」
「雨宮先生、ちょっと待って下さい」
と氷川さんが停める。
「雨宮先生、そもそもどなたかと一緒にいらしてたのでは?」
と政子が(わざわざロシア語で)訊く。
「ああ、◎◎レコードの若い男の子と飲んでたけど、たいがい酔いつぶれてたから放置でいいや」
「あらあら」
「男同士で飲むより女の子たちと飲んだ方が楽しいし」
などと雨宮先生。
するとAさんが難しい顔をして訊く。
「あのぉ、あなた女の人ではないんですか?」
「あら、私、男よ」
「えーー!?」
と言ってから
「日本では男の人がこういう服装をすることもあるのでしょうか?」
などとこちらに訊く。
「ああ。この先生は、女の人の服を着るのが好きだから着ているだけ。あまり普通じゃないけど、まあ、どんな服を着るのも自由ですからね」
「自由か・・・・素敵なことばですね」
「ある意味、日本って世界でいちばん自由で何しても許容される国だよね?」
と政子。
「自由の国と言われるアメリカより個人的なことでは自由度が高いかもね」
と七星さん。
「宗教的なものもあるんだろうけどね。日本人って他人に迷惑を掛けないことについては基本的におおらかだから」
と私。
「いいなあ」
とAさん。
そんな感じで、雨宮先生は完璧にこちらの部屋に根を生やしてしまった。
氷川さんがちょっと楽器を弾ける人を手配しなくてはと言っていたら、どんな人を手配するの?と訊く。
「箏、尺八、篳篥、笙、龍笛です」
「あ、それ全部私が手配できる。いつ欲しいの?」
「明日の午前中なのですが」
「それは急ね。でもいいわ。来なかったら、おちんちんちょん切ると言えば来るわよ」
「先生、無茶しないでください」
Aさんは「へ?」という顔をしている。
「女の子だったらおっぱい揉むぞと言えば」
「それは痴漢です」
それで雨宮先生が電話をする。
「おっはよー。**ちゃん。あんた尺八吹けるよね? うん。明日朝、えっとどこだっけ?」
「青山の★★スタジオ、青龍です」
「お、それは凄い」
「で、青山の★★スタジオ、最上階の特別ルーム青龍に来て。うん。この部屋は超VIP級のアーティストしか使えない部屋だからさ。めったに入れないよ。え?試験がある?そんなのパスパス。来なかったらあんたが**ちゃんの録音サボった理由ばらしちゃうから。お、来るね。よしよし」
何だか脅迫じゃん!
「あんたの相棒の**ちゃんは箏が弾けたよね。うん。一緒に連れてきて。じゃねー」
そんな感じで、篳篥と笙を吹く人、そして龍笛を吹く人も無理矢理呼び出した。
「来なかったら例の件バラすよ。まだ会社やめたくないよね?」
とか
「来なかったらあんたの最初のCD、ラジオで流すぞ」
などと言っていた。
この強引さ、蔵田さんとどちらが凄いだろうと私は思いながら雨宮先生の電話を聞いていた。
それで翌日の朝、私は篠笛と三味線に胡弓を持ち、振袖を着てスタジオに出かけた。(政子は寝ている)氷川さんとAさんは来ていた。
私が振袖を着ているのを見て、Aさんが「美しい!」といって、あちこち触っていた。その内雨宮先生が、尺八を吹く男性と箏を弾く女性、篳篥を吹く女性と笙を吹く男性、そして龍笛を吹く人を連れて来たのだが、その龍笛吹きを見て呆気にとられる。
「千里!?」
「あ、冬子さん」
そういえば先日も雨宮先生は千里のことを龍笛の名手だと言っていた。それで呼び出したのか。雨宮先生が「名手」と褒めるほどの演奏はぜひ聴いてみたいと私は思った。
「仮名C子さんだったね」
と氷川さんも声を掛ける。
「あ、済みません。村山千里と申します」
と千里は普通に挨拶している。
しかし昨夜先生は龍笛吹きを呼び出す時に「あんたの最初のCD、ラジオで流すぞ」とか言っていた。先日は千里がインディーズのバンドをしていたと言っていたし、つまり先生は千里がインディーズのバンドをしていた時に作ったCDを持っているのだろう。私はそれも聴いてみたい気がした。
最初に尺八の人と箏の人がセッションをしたが、尺八の人は更に三味線を持っている私に「いっしょにしません?」と声を掛けて来たので、尺八と三味線のセッションもした。
尺八と箏のセッションに「美しいですね」と言っていたAさんは、尺八と三味線のセッションには「格好いい!」と言っていた。
その後、私が胡弓と篠笛を吹いた。
「胡弓の演奏法、面白い」
「楽器を回転させるというのはヴァイオリン弾きには発想できない演奏法ですね」
なお今回の演奏はスタジオの技術者さんの手で録音・録画している。Aさんのユニットの人とスタッフに聴かせるだけで、他の利用はしない条件でAさんに渡すことにしている。
この日私が持って来たのは「祭り囃子」用と「日本音階」のものである。最初に祭り囃子用で、小学生の頃に参加したお祭りの囃子の節を吹いた上で、日本音階(唄用と言う)のもので『こきりこ』を吹いた。(篠笛にはこの他に西洋音階のものも最近広く出回っている)
私の後で、篳篥の人と笙の人がセッションで演奏した。
そして千里の龍笛の番になる。
千里が持っている龍笛は何だかふるぼけた雰囲気の笛だ。
「これは古い民家で囲炉裏の煙を何十年も浴びた竹で作ってあるんです」
と千里が説明すると、それを通訳してもらってAさんはいたく感心した様子であった。
千里が龍笛を構えて吹き始める。
途端に周囲の空気が変わった。
今までのやや雑然とした空間が突然澄み切った空間に変わってしまった。私は何、この音?と思って千里を見る。他の演奏者も真剣な表情で彼女を見詰めていた。Aさんは鋭い視線で千里を見詰めている。雨宮先生は頷きながら聴いている。
しかし千里はそういったみんなの視線は何も感じないかのように、むしろその場の空気と一体化したような感じで、無心に龍笛を吹いている。
でも何なのだろう。この空間を支配しているかのような音の響きは? これは楽器が音を出しているのではない。この空間自体が鳴っているのだ。笛が管楽器になっているのではなく、このスタジオ自体が大きな管楽器になったかのようである。
そして千里が演奏し始めてから7-8分経った時、突然雷鳴がした。
え!? だって来る時は晴れてたのに!??
やがて演奏が終了する。私も含めてみんな凄い拍手をする。
最初に氷川さんが言った。
「村山さんでした? CD出しません?」
「私よりもっとうまい人がたくさん居ますよ。私、うちの妹にも全くかないませんから」
と千里は笑顔で答えた。
そういえば青葉も龍笛を吹くと言っていたが、彼女の龍笛も聴いたことがなかったと私は思った。
私は言った。
「千里。私の音源制作に参加しない?」
「あ、やめといた方がいいよ。私が龍笛吹くと、さっきみたいにしばしば雷が落ちるんだよ。それが音源に入っちゃうから」
と千里。
「それって・・・ほんとに龍を呼んでない?」
「ああ、2〜3体来てたかもねー」
この会話を通訳してもらったのを聞いて、Aさんは大きく頷いていた。そして言った。
「日本って不思議がたくさん残っている国なんですね!」
確かに青葉の周辺とか、政子や美空の胃袋には不思議があるなと私は思った。
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