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■夏の日の想い出・6年間のツケ(7)

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「大丈夫ですか?」
「ええ。何とか」
 
と言って立ち上がるが、顔面蒼白になる。
 
「ヴァイオリンが!」
 
今転んだ拍子に彼女の愛器、数千万円するガダニーニのネックが折れてしまったのである。
 
彼女のお母さんだろうか?50歳くらいの女性が駆け寄ってきた。
 
運営委員さんが
「どうします? 棄権しますか?」
と尋ねている。
 
「やります」
と竹野さんは言った。
 
「楽器はどうします? 予備楽器はお持ちですか?」
「いいえ。自宅から、あ、いえ市内に住む友人宅から借りて来てはいけませんか?」
「それは時間がかかるのでは?」
「1時間、いえ30-40分待ってもらえませんか?」
 
恐らく電話して持って来てもらおうということだろう。
 
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運営委員の人が数人で話したようであるが
「規定通り30分以内に演奏が終了しなければ棄権とみなします」
と言う。
 
「演奏予定のベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲第一楽章は少し急いでも20分はかかりますよね? 既に竹野さんの演奏予定時刻になって3分過ぎています。あと5分程度以内に演奏を開始できなかったら、実際には演奏終了困難と思いますが」
と運営委員さん。
 
その時、竹野さんは会場に向かって言った。
「済みません。どなたかヴァイオリンを貸して頂けませんか?」
 

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私は凄いと思った。絶対に諦めない。何か手はないかと考える。この姿勢は素晴らしい。
 
しかし彼女の声に対しては、みんな隣の人と顔を見合わせたり、あるいは俯いたりしてしているだけである。
 
「無茶ですよねー。貸してくれる訳ないです。そんな義理も無いし」
と真知子ちゃんが言った。
 
「全くだね」
と私は答えたが、手を挙げて立ち上がった。
 
「私のデル・ジュスもどきで良ければ、お貸ししましょうか?」
 
真知子ちゃんが「えー!?」という感じで私を見ている。
 
竹野さんは
「助かります!貸して下さい」
と言って、靴を脱いで!私の所に走ってくる。
 
私はヴァイオリンと弦をケースから出して渡す。
 
「さっき演奏前には調弦しましたが、演奏している内にずれたので指のポジションをずらして対応しました。再度調弦が必要です」
 
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「調弦している時間が無いので、そのまま弾きます」
と言って受け取る。
 
そして走ってステージそばまで戻った。
 
「転ぶと怖いから、裸足で弾いていいですか?」
 
「裸足で弾いてはいけないという規定はありません」
と運営委員さん。
 
「では、大変お騒がせしました。演奏します」
と言ってステージに本当に裸足のまま上がる。弦を指で弾いて、どのくらい各弦の音がずれているかを確認したようであった。
 
そして指揮者とコンマスにお辞儀をする。指揮者も一時はしらけていたようであるが気を取り直してタクトを構える。そのタクトが振られる。オーケストラが音を奏で始める。
 
この曲は・・・・オーケストラによる前奏が凄まじく長い。そのとっても長い前奏を聴きながら、竹野さんは再度集中しているようだ。事故で時間を消費したことに配慮してくれているのだろう。若干本来のテンポより速めに演奏している。
 
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そして演奏が始まってから3分ほどして、やっと竹野さんのヴァイオリンが奏でられ始める。
 
「凄い」
と真知子ちゃんが言った。
 
「うん。凄いよね。演奏直前にあんな事故が起きて、しかも触ったこともない他人のヴァイオリン。楽器の癖も分からなければ音もずれてる。それを調整しながらあれだけ弾きこなすって凄い」
 
「冬子さんより上手い」
「そりゃ、更紗ちゃんのライバルだもん。私より遥かに上手くなきゃおかしい」
 
竹野さんの演奏は深い解釈にもとづいている。この曲のこの部分はどんな意味を持っているのか、どういう気持ちで書かれているのか。それをよくよく考えて演奏している。
 
「ただ上手いけどミスがある。特に音量が思った通りに出てないから弾いてから『あっ』て顔してたりする」
 
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「それは不慣れな楽器だから仕方無いと思う。ガダニーニとガルネリでは癖が違いすぎる。音域による音量の出方が違う」
 
「その癖の違いを引き出せる腕を持ってるゆえに、ミスっちゃうんですよね」 
 
「うん。というか、普通の人にとってはミスでもないようなものが彼女にとってはミスなんだよ。それでつい焦りや不満が出て、それが演奏に悪い影響を与えている。ストラディヴァリウスと10万円のヴァイオリンの差が分からない人なら、焦りもしない」
 
「この人の演奏が冬子さんより上手いと分かるのは多分、今日出て来ている出場者やそれと同等レベルの人だけかも。高校野球のエースとプロ野球で最多勝取るピッチャーとの差はほとんどの人には分かりませんから」
などと真知子ちゃんは言う。
 
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私は頷いた。しかし私のヴァイオリンはやはりアマチュアレベルなんだな。
 

演奏はほんとに良くまとまっていた。ただ真智子ちゃんが言うように、楽器の音がくるったまま使っていることもあって、特に前半で何ヶ所が微妙に音を間違った所があったし、強弱の付け方が微妙にうまく行っていなかった。しかし音程は数Hzの違いなので耳の良い人以外には分からなかったろう。音程や強弱の正確性ということでは溝上さんに負けるものの、演奏自体の腕は比べるべくもないと私は思った。
 
そして演奏が始まった時の少しざわめいた雰囲気は彼女の演奏が終わる頃には感嘆の空気になっていた。
 
演奏が終わると、物凄い拍手である。私も真知子ちゃんも力強く拍手をした。
 
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彼女が降りて楽器を持って私の所に来る。
 
「本当にありがとうございました。助かりました」
「うん。でも凄かったね。さすが竹野さんと思いました」
「ありがとうございます。凜藤さんにもよろしくお伝えください」
「OKOK」
 

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その後、審査に入ったが、どうも少し揉めている雰囲気であった。予定時刻をすぎても審査が終わらない。
 
「なんで揉めてるんでしょうね?」
と真知子ちゃん。
 
「多分3位を誰にするか揉めてるのでは?田中さんか佐藤さんか」
と私。
 
「え?3位は溝上さんでしょ? 私、1位を竹野さんにするか冬子さんにするかで揉めてるのかと思った」
「私は5位だよ。1位は竹野さん、2位溝上さんだと思うけどなあ」
 
「いや、審査員の考え方次第では冬子さんの1位は充分あり得ると思う。それに田中さんと佐藤さんは論外。アマトップレベルの冬子さんより遥かに下手だったと思う。そして溝上さんと竹野さんと冬子さんの中では冬子さんの演奏が一番まとまりとノリが良かったんですよ」
と真知子ちゃんは言う。
 
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まあノリが良いのはポップス音楽家の基本的性質だよな。
 
結局予定を15分もすぎて、5時15分になって、審査員長が壇上に上がる。
 
「結果を発表します」
みんなが息を呑む。
 
「3位、唐本冬子さん」
真知子ちゃんがパチパチと拍手をしてくれる。私はヴァイオリンケースを真知子ちゃんに預けると、ステージに上がり、笑顔で賞状と記念のメダルを受け取った。
 
「2位、竹野春嘉さん」
竹野さんが悔しそうな顔をして、ステージに上がったが、笑顔を作って賞状と記念の盾を受け取った。
 
「1位、溝上歌央さん」
溝上さんが物凄く嬉しそうな顔をして、ステージに上がり、賞状とトロフィーを受け取った。
 
私たち3人はお互いに握手してからステージ上に並び、拍手してくれる聴衆に手を振って応えた。
 
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コンテストの翌日の月曜日。何とか『スノーファンタジー』の収録を終えた後、そういえば美空の新居を見てないねという話になり、小風・和泉・私と4人で一緒に行ってみることにした。
 
「新宿から特快で20分か」
「美空、遅刻が減るといいね」
「私、罰金が無かったら、御飯あと1杯多く食べられるのに」
「うーん。それならむしろ罰金を増やした方がいいかも」
 
駅の出口から20-30mでマンションの入口に入れる。掛け値無しで駅から1分だ。
 
「何階?」
「3階。エレベータ来なかったら走って駆け下りられる」
「というか3階なら健康のためにも階段を使った方がよい」
 
鍵を開けて中に入るが、私たちは絶句する。
 
「何これ〜〜〜!?」
 
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玄関を入ってバストイレのある空間の先に16畳ほどかなというワンルームが広がっているのだが・・・・。
 
「何も無い」
 
本当にひたすら何も無い空間が広がっているだけである。
 
「段ボールが積み上げてあるが」
「私の着替え〜」
「あそこから出して着替えてるの?」
「うん」
「タンスに入れないの?」
「あのままじゃダメ?」
 
「スターのおうち拝見とかの番組が来たら恥ずかしいぞ」
「いや、その時はきっと畠山さんが人海戦術できれいに整備するだろう」
 
「男の子のワンルームマンションならあり得るが、女の子では有り得ない状態だ」
「私、男の子になろうかな」
「それは大騒動になる」
 
「だいたい実家では服はどうしてたのさ?」
「家族共用のタンスに入れてた。タンス2個で1人2段」
「この量が入っていたとは思えんが」
「入りきれないのは段ボールに入れてた」
「それをそのまま持って来たわけか」
 
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「仕事で着る服は全部、有田みかんの箱に入ってるんだよ。プライベートで着る服は青森りんごの箱、下着類はアマゾンの箱、靴下・ストッキングは雪国まいたけの箱、靴はホクトの箱。実家でタンスに入ってたのがヨドバシの箱」
 
「・・・・・」
「もしかして箱単位で分類してるの?」
「うん。で、どこに入れていいか考える気力のなかったものが黒猫の箱」
 
「・・・・・」
 
「黒猫の箱がざっと見た感じ10個ほどあるのだが」
「溜まるとますます整理できなくなって」
 
「それいつ頃から?」
「KARION始めた頃から。疲れて夜中に帰って来たらもう考える気力無くて全部そこに放り込む」
「その気持ち分かる気もするが」
「じゃあ、この箱は6年分の未整理のツケか」
 
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キッチンに行ってみるが、オーブンレンジの他は鍋が数個あるだけである。
 
「包丁やまな板は?」
「まだ買ってない」
「どうやって食べてるの?」
 
「レトルトカレーとか、インスタントラーメンとか。炊飯器は買ってもらったから、御飯は炊いてる〜。私、スーパーが開いている時間にお店に行けないからって、お米はお父さんが買って持って来てくれた。あと野菜食べなきゃだめっていって、お母さんが野菜を切ったのをビニール袋に入れて持って来てくれてるからそれとお肉を一緒に炒めてる」
 
冷凍室を開けてみるとたしかにお肉のパックが大量に入っている。
 
「お肉はお姉ちゃんが買って来てくれたー」
 

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炊飯器は五合炊きが置いてある。子供の居る家庭で標準的に使うサイズだ。ふつう女の子の独り住いなら2合炊きか、1合炊きでも充分な所だが、さすがに美空はそれでは足りないだろう。
 
「まあ、サトウの御飯ではみーちゃんの食欲を満たすのは困難だろうな」
「みーちゃん、お米どのくらい食べるの?」
「だいたいお父さんが買って来てくれてる袋が10日くらいでなくなるけど」
「何kgの袋?」
「わかんなーい」
 
「・・・2kgの袋ってことはないよね?」
「それは小風仕様では」
「うちは4人家族で10kgを月に2回買ってる」
「じゃ小風が食べる分は月に3kgくらいかな」
 
などと小風と私は言い合う。
 
「冬の所はお米どのくらい消費してるの?」
「毎月30kg農家からの直送で買ってる。でもうち、御飯食べに来る人が結構いるから」
「じゃ多分マリちゃんが食べてる分は月に20kgか25kgくらい?」
 
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「ということは美空はやはり5kgの袋かな?」
などと言っていたのだが、和泉が台所の隅から10kgの米の空袋を3つ発見する。
 
「10kgを10日で食べてしまうのか・・・」
「しかも今月は毎週末コンサートで出ていた」
「じゃ実質7日くらいだよね」
「もしかして私、まぁりんに勝った?」
と美空が訊く。
 
「うん、勝ってる」
と私と小風は声を揃えて言った。
 
「やった!」
 

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