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■夏の日の想い出・大逆転(3)

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青葉はそうにこやかに言ったが、不思議そうに付け加えた。
 
「でもなぜ秘密にするんですか? 何か契約上の問題でもあるとか?」
 
「契約上の問題は、初期の頃は綱渡り的に違反にならないように処理していた。でも去年《サマーガールズ出版》を作って、全ての権利をそこで管理するようにしたから、ローズ+リリーの名前を使わない限り、他の事務所やレコード会社と共同作業するのは構わない」
 
と言って、私はサマーガールズ出版の仕組みを青葉に説明した。
 
「それはうまい仕組みを作りましたね。しばしばライブで特別参加したゲストアーティストの演奏が、レコード会社間の権利の関係で消去してライブ盤には収録されていることがありますよね」
 
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「うん。あるある。でも私の場合、全部消したらKARIONの曲が成り立たないから」
 
「でもそれならどうして? こういうの詮索すべきじゃないのかも知れないですけど」
と青葉は言う。
 
私は溜息をついて「その問題」について説明した。
 
「実はマリの精神的な問題なんだよ。マリは高校2年の時にローズ+リリーとして活動していて、自分のこんな下手な歌でお金を取って人に聞かせていいのだろうかとずっと悩んでいたというんだよね。それで私の性別が明らかにされてから契約不備が問題になってローズ+リリーの活動が停止してしまった後、物凄い自信喪失に陥ってしまった。それをみんなで励まして何とか回復させてきた。本人も少しずつ歌いたいという気持ちが強くなってきている」
 
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青葉は頷きながら聞いている。
 
「そんな中で、このことがバレてしまうと、マリは私があんなに歌の上手い子たちと一緒にKARIONをやっているのなら無理して歌の下手な自分と一緒にローズ+リリーをする必要はないだろうし、自分の出番は終わったと思ってしまうかも知れないという懸念があったんだ。それでずっと隠していたんだよ。正直ファンの人たちには申し訳無いと思っている」
 
青葉はじっと聴いていた。そして少し考えるようにしてから言った。
 
「マリさんとは、先日うちの家族の葬儀の時にお会いしましたが、そういうリハビリはもう終了していると思います。今はむしろ早く歌手として本格的に復帰したいと思っていますよ」
 
「そう思う?」
と私は訊いた。
 
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「マリさんの魂は熱く燃えてました」
と青葉は笑顔で言う。
 
「ですから、これを秘密にするの、冬子さんも終わりにしませんか?」
 

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ローズクォーツのキャンペーンは7月31日に広島で終了した。私はタカたちと別れて夜の町を散歩していて、老齢の占い師さんと会う。占い師さんは私に、あなたは家庭の主婦に収まる人では無く、バリバリ仕事をするタイプだと指摘される。この指摘に私はドキっとした。
 
正直この時期、私は性転換手術を受けて女の身体になることができ、せっかく本当の女の子になれたのなら、誰かお嫁さんにしてくれたりしないかな、という気持ちがちょっとだけ湧いていた。でもやはり、私の生きる道は音楽なんだなあ、ということを改めて考えさせてくれた。
 
この占い師さんの指摘で私の心は揺れずに済んだのだと思う。
 
占い師さんは、他に3年ほど前に私の運命に大きな転換点があったことも指摘した。それはローズ+リリーとしてデビューした時期だ。私が一時休養していたことを言うと、2010年7月8日までに復帰していなかったら、復帰できなかったろうと言った。
 
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私と政子は2010年5月3日に★★レコードと正式契約を結び、プロ歌手として復帰している(町添さんがこの日バンコクで政子の父と直接契約書を交わした)。更に5月16日には、鍋島先生の一周忌の番組にふたりで出演して実質的に活動を再開していた。
 
そしてもうひとつ占い師さんは27歳で私が子供を作るということも予言した。
 

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少し昂揚した気分を鎮めようとカフェに入ったら、バッタリと和泉・小風と遭遇した。私はこの日KARIONは岡山ライブと認識していたのでびっくりしたのだが、美空が牡蠣を食べたいというので広島で泊まったということだった。その美空は牡蠣をたらふく食べて寝ているということであった。しばらく色々とおしゃべりしてから、別れ際に和泉は、昨日福岡ライブの後で書いた詩ということで『星の海』という美しい詩を私に託して、曲を付けてね。朝までにお願いと言った。
 
ところが和泉たちと別れてホテルに戻ろうとしていたら、政子から電話が掛かってきて食糧のストックが無くなり、「お腹空いたから」私の居る広島まで新幹線で来たなどという。
 
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それで私はタクシーで広島駅に行き、政子を拾って深夜営業しているお好み焼き屋さんに行った。政子は美味しい、美味しいと言って、食べながら『蘇る灯』という、これもまた美しい詩を書いた。そして朝までに曲を付けてねと言った。
 
でも政子は閉店時刻を1時間もオーバーしてお好み焼きを食べ、その後ホテルに戻ってから、愛し合って寝たので、私が短い睡眠から目を覚ましたのは明け方5時だった。
 
しかしその日はなぜか不思議な高揚感が持続していて、私は『星の海』『蘇る灯』
の両方に1時間ほどで曲を付けてしまったのである。この時、自分でも独特の心理状態にあることを感じていた。
 

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書き上げた曲を和泉に取り敢えず手書き譜面のままホテルからFAXで送り(和泉はNTTのグリーンファックスに登録しているのでパソコンでFAXを受信できる)、仮眠していたら8時半に政子に起こされた。
 
「冬〜、お腹空いたよぉ。朝御飯に行こう」
「だって、マーサ、3時頃までお好み焼き食べてたのに」
「その後、冬と愛し合って、カロリーは消費したよ」
「うむむ」
 
それでふたりでホテルの1階のレストランまで降りて行き、バイキングで朝食を取る。政子は牡蠣フライが出ていたので「これ好き〜」と言って、たくさん取って食べていた。
 
「美味しいなあ。でもこれ生じゃないよね?」
「うーん。私には分からないけど、生の牡蠣は9月くらいからじゃない?」
「ちょっと聞いてみよう。すみませーん」
 
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と言って政子は通りかかったスタッフさんを呼び止めて、この牡蠣は生かどうかを尋ねた。スタッフさんが店長さんを呼んできた。
 
「この牡蠣は冷凍物でございます。来月になると生が入り始めると思うのですが」
「ありがとうございます」
 
政子はそれでもたくさん牡蠣フライをお代わりしていたが、唐突に言う。
 
「ね、どこか生の牡蠣が食べられる所無いかなあ」
「夏に牡蠣の生は無理でしょ」
 
と私は答えたのだが、唐突にあることを思い出した。それで従姉の千鳥に電話してみる。
「千鳥さん、朝早くからごめん。ちょっと教えて」
「大丈夫だよ。旦那も送り出して今多歌良(たから)と遊んでいた所だから」
 
「多歌良ちゃん、元気?」
「元気すぎて目が離せない。変な物が床に落ちてたら口に入れるから、掃除も手抜きできないしさ」
 
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「ああ、親が娘に躾けられている感じか」
「冬ちゃんも、あと何年かして子供産んだら経験するよ」
「うーん・・・」
 
「あ、それで何だっけ?」
「そうそう。能登の岩牡蠣ってのがあったよね」
「うん」
「あれ、夏がシーズンでしょ? 今行けるかな?」
「どうだろ。多分大丈夫だと思うけど。ちょっと聞いてみようか?」
「うん、お願い」
 
千鳥からの電話はすぐ掛かってきた。
「聞いてみたらね、奥能登の中島って所のお店でお盆前までは生の岩牡蠣が食べられるって」
「わあ、ありがとう! そこの電話番号教えて」
 
「うん。予約もしてあげようか?」
「お願い」
「人数は?」
「私と政子の2人。でも政子がたくさん食べるから4人分で」
「いつ来る?」
「明日の午前中とかできる?」
「10時開店らしいから、10時に予約入れようか」
「うん。よろしくー」
 
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そして電話を切って言う。
 
「ということで、明日の午前中に予約入れてもらうよ」
「わぁ、どこなの?」
「石川県の能登半島」
「能登半島と言うと、気多大社とかあったっけ?」
「それは羽咋(はくい)だね。それよりずっと北。奥能登だよ。近くに無名塾が定演している能登演劇堂なんてのがある」
 
実は昔、その演劇堂で公演したことがあるのである。
 
「へー。どうやって行くの?」
 
「新幹線とサンダーバードの乗り継ぎかな」
「飛行機は?」
「広島空港から北陸方面に行く便は無いんだよ」
 
「新幹線からサンダーバードにはどこで乗り換えるんだっけ? 名古屋?」
「名古屋まで行っちゃうと《しらさぎ》になるね。サンダーバードは大阪から富山までだよ」
「大阪に寄るならタコ焼きも食べたい」
「はいはい」
 
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それで朝食が終わった後で広島駅に行き、高岡行きの切符を買って乗る。
 
「高岡?それどこ?」
「金沢と富山の中間地点くらいかな。実は元は高岡が富山県の中心地。国府があったんだよ」
「へー」
 
「高岡に青葉が住んでいるから、そこに寄っていく。私がヒーリング受けたいから。今日は和実も来ているらしい」
「あ、6月に会った、メイド喫茶の子ね?」
「そそ」
 
私は新幹線の中で昨夜(というか今朝)書いた『蘇る灯』の譜面をDAWソフトに打ち込み、ヘッドホンで政子に聴かせてあげた。
 
「美しい〜。冬はやはり天才だ」
「ありがと。マーサが美しい詩を書いてくれたからだよ」
「でもこれ聴いたら、お好み焼き食べながら書いた曲とは思わないだろうね」
「夜のフェリーターミナルか駅のホームででも書いたと思うかもね」
「ふふふ」
 
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それで新大阪で新幹線を降りて、構内のタコ焼き屋さんで、タコ焼きを3パック買う。そしてサンダーバードに乗ってから、政子は「美味しい美味しい」と言いながら食べていた。2個ほど私に「あーん」と言って食べさせてくれた。
 

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高岡駅からタクシーで青葉の自宅に入る。和実と恋人の淳さんも来ている。ふたりともゴスロリの服を着ている。「和実に無理矢理着せられた」などと淳さんは言っている。青葉までゴスロリを着ている。
 
「ゴスロリも美人が着ると可愛いよねぇ」
などと言って政子は和実の服にあれこれ触っている。
 
「私、他にも持って来ているから、政子さん、着てみます?」
「え?いいんですか? あ、それなら冬も」
「いいですよ」
 
というので、私までゴスロリを着ることになった!
 
「ゴスロリが5人並ぶと、凄いインパクトがあるね」
と言って、青葉のお母さんが笑っていた。
 
「お母ちゃんも着る?」
と青葉は言うが
「さすがに勘弁して。あんたたちみたいに私はウェスト細くないよ」
と言ってお母さんは笑っている。
 
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「でもこの5人の中で戸籍上も女の子というのが1人だけというのが信じられない」
「それは言いっこ無しで」
 
明日能登の岩牡蠣を食べに行くと言うと、和実・淳に青葉も行きたいと言った。結局、5人で行くことにし、電話して予約を8人分に変更してもらった。(7人分でいいかと思ったのだが、政子が『8!』と言った)
 

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「あ、そうそう。和実たち、震災ボランティアお疲れさん」
と私は和実に声を掛ける。
 
「いえ、だいぶ落ち着いてきましたよ。当初はほんとに食糧不足でひたすら食糧を運んでいたのですが、最近は衣服関係が多くなりました。先月は扇風機もだいぶ運びましたね」
と和実。
 
「何してんの?運送屋さん?」
と政子が訊くので
 
「和実と淳さんは、震災のボランティアで、生活物資を東北地方に運んでいるんだよ」
と私は説明する。
「へー、放送局とかに集まってきた物資?」
「違う。自分たちで買って運んで行ってる」
「うっそー。それ、お金大変なのでは?」
 
「私が勤めてる喫茶店に募金箱を置いているんです。実はそこに募金が集まってくるから、それで物資を買って届けているんですけどね」
と和実。
 
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「だったら、冬、私たちも寄付しようよ」
と政子。
「冬子さんには先日も500万寄付していただきました」
と和実。
 
「じゃ、私も500万寄付する」
と政子は言い
「ね、私の携帯操作して、送金して」
などと言うので、操作してあげた。
 
「あと、これ個人的に用意してきた」
と言って私は和実に厚い封筒を渡した。
 
「これは・・・」
「ボランティアの人たちのお弁当代とか、和実が個人的に出してあげてるでしょ。その分に補填して」
と私が言うと、和実は、ちょっと涙を浮かべて
「ありがとうございます。助かります」
と言って受け取った。
 

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