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■夏の日の想い出・大逆転(2)

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「でもそれはみんながそれぞれ歌が上手いから、それを見せてあげたいからと滝口さん言ってたじゃん」
と和泉は滝口さんを弁護する。
 
「私たちは美しいハーモニーを作れることで、実力をちゃんと見せている。そりゃ私も美空もメロディー歌う自信はあるし、キャンペーンで、いっちゃんの喉の調子が悪かった時に私が代わりにメロディー歌ったこともあったけどね。滝口さんも田中さんも、これまでのKARIONのCDをちゃんと聴いてないんじゃないの?」
 
小風はかなり怒り心頭という感じである。でも、私と会う前の段階で美空や和泉にかなりなだめられていただろうから、最初はほとんど滝口さんと喧嘩状態だったのではという気がした。
 
小風の滝口批判はたっぷり1時間続いた。私たちはずっとそれを聴いていた。
 
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「だいたいさ、いっちゃんは、不満無いの?」
「歌手の仕事は、どんな曲でも言われた通りに歌うことだよ」
と和泉は言うが
「そんな優等生の回答は聞きたくない」
と和泉にまで怒りをぶつけている。
 
「みーちゃんはどうなのさ?」
と小風が訊くと
「私は歌うことができていたら、それで幸せ」
などと美空は答える。
 
「うむむむ」
 

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私たちは不満を言う小風を頑張ってなだめた。
 
「私たちずっと何十年も一緒にやっていくと言ったじゃん」
と美空は言う。
 
それを言われると小風も辛いようだ。
 
「取り敢えず、今回は滝口さんの言う通りに制作してみない? それで滝口さんが間違っていたら、答えはファンが出してくれると思う。レコード会社に対するいちばん強い圧力を持っているのはファンだよ」
と私は言う。
 
小風もかなりみんなからあれこれ言われたので、だんだん不満の勢いが弱くなってくる。そして言った。
 
「だったら、今回は我慢する。でもさ、私たちずっと一緒にやっていくと言ったよね?」
 
「うん。そうだよ」
「だったら、冬、今回の音源制作のキーボード弾いてよ。それから月末からのKARIONツアーに付き合って」
 
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「音源制作は、何なら今から行こうか? 夜中に私のパートだけ再録しちゃう」
「うん、そうしよう」
 
「ツアーは御免。マリがやっと、ローズ+リリーの復活に同意したんだよ。それで今月下旬、スタジオに入って音源制作して、まだ公表はしてないけど、今月27日にローズ+リリーの新しいシングルを発売予定。その後全国キャンペーン」
 
「凄っ! とうとう復活か!」
「長かったね」
 
「でも全国キャンペーンするなら、KARIONのツアーの日程に連動させて」
「なんだったらF15に乗ってもらって」
「あれ、二度と乗りたくない!」
 

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それで取り敢えず、スタジオに行くことにする。私たちは夜中の23時に郊外のファミレスに入って個室で話をしていた。3時間くらい居たのでスタジオに行こうという話をした時は既に午前2時であった。
 
それなのにスタジオに電話したら、電話口に滝口さんが出た! 電話をした和泉は焦った感じだったが、そのあたりはさすが和泉である。うまいことを言う。
 
「実はこれまでレギュラーにピアノを弾いてくれていた人が、今回どうしても都合が付かないというので、他の方を手配していたのですが、偶然今夜だけなら時間が取れるということなんですよ。それで今から行って、彼女の分だけ録音したいのですが」
 
滝口さんは驚いていたようだが、それは構わないと言う。
 
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電話を切ってから私たちは話す。
 
「こんな時間まで何してたんだろう?」
「いや、ここまでの音を仮ミックスしてもらって聴いてたけど、どうしても何かが変だと思って悩んでいたって」
と和泉。
 
「そりゃ根本的なやり方が間違っているんだから変に決まっている」
と小風。
 
「まあまあ」
 
「でも冬をこのまま連れて行っていいんだっけ?」
と美空が訊く。
 
「ケイだと分からなくすればいい」
と小風。
 
「どうやって?」
「ちょっとメイクしてもらおうか?」
「ん?」
 

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それで私は当時さすがに、すたれ始めていた「パンダ・アイメイク」を小風の手でされてしまった。私の目の周りに何重にもアイライナーを入れながら、小風は物凄く楽しそうだった。
 
「人にアイライナー入れられるのって怖くない?」
と美空。
「マリよりは絶対マシ」
「マリちゃんに何かされた?」
「アイライナーを眼球にぶつけるから、あの子」
「ああ、マリちゃんらしい」
「怖い、怖い」
 
その後、深夜開いているドラッグストアに寄り、紫色のカラームースを買って塗られる。何か爆発ヘアになってしまった。
 
「ああ、ロッカーっぽい」
「これで会社訪問したら帰れと言われるけど、ミュージシャンなら普通だよね」
 
などと言いながら小風は楽しそうにスマホで私の写真を撮っていた。
 
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それでスタジオに行く。
 
「おはようございます。水沢歌月と申します」
と滝口さんに挨拶したら
 
「あなたが水沢歌月さん!」
と驚き、取り敢えず名刺交換する。
 
取り敢えず私の正体には気付いていない雰囲気。それに私のアイメイクや髪は全然気にしてない様子。
 
(この時期、まだ《ケイ》の写真はあまり出回っていなかったのもあると思う)
 
「らんこ!?」
と言って、私の渡した名刺を不思議そうに見る。
 
「私、作曲者としてクレジットする場合は水沢歌月ですけど、演奏参加する時は、らんこの名前を使ってます」
 
「へー! 本名?」
「いえ、本名は美冬舞子というんです」
 
「舞ちゃんか。可愛いじゃん。でも何で《らんこ》なの」
「それは、いずみ・みそら・らんこ・こかぜ、というので尻取りになるようにと小風が決めちゃったんです」
 
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「尻取りなんだ!?」
と言って滝口さんは可笑しそうにしていた。
 

それで私がキーボードパートをその場で弾くと
 
「凄っ!」
と言われる。
 
「こんな上手いキーボードプレイヤーがいたのか。でもあんまり上手すぎるとアイドルっぽくないからさ、手加減して弾いてくれない?」
などと言われる。
 
小風が何か言いたそうだったが、私はそれを手で制して
「了解です」
と言い、少し抜き気味の演奏をした。それで滝口さんは満足そうであった。
 
「らんこ、ヴァイオリンも行ってみよう」
と和泉が言う。
 
「あ、ヴァイオリンも上手いんだ?」
と滝口さん。
 
スタジオに来る途中、自宅マンションに寄って(政子は熟睡していた)持ってきていた愛用の《Marilyn》を取り出し、取り敢えず普通に演奏してみせる。
 
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「うまーい! でも、抜き気味にお願いできるかしら?」
「分かりました」
 
「結局、ファンは自分の等身大のパフォーマーに親しみを感じるんだよ。AYAとか秋風コスモスが売れてて、KARIONが売れてないのはおかしいと思ってたろうけど、上手すぎて親しみを感じられないんだよね。だからもっと等身大になった方がいいんだ。ローズ+リリーとか巧妙だよね。歌の上手いケイちゃんと下手くそなマリちゃんのペアだけど実際はほとんどはマリちゃんのファンだよね。まあ、そもそもオカマさんなんて問題外だしね。あれケイちゃん外してマリちゃんのソロの方がもっと売れると思うなあ」
と滝口さんは言う。
 
小風が笑うのをこらえて苦しそうだった。私も内心苦笑していた。
 
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それで感情表現を抑えて、やや機械的な弾き方をしてみせる。それで滝口さんは満足している感じであった。
 
私のパートの録音はそれで朝5時頃に終わり、4人で早朝から営業しているファミレスに行った。客が他に居なかったので、また小風の不満大会が始まるが、私が演奏に参加したせいか、さきほどよりは少し弱い感じ。1時間ほど不満をしゃべっていたら、小風も少しは落ち着いた感じであった。
 

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この月、私と政子は7月中旬から下旬にかけて上島先生の『涙のピアス』と、マリ&ケイの『聖少女』をカップリングしたCDを制作し、7月27日に発売する予定だった。
 
ところがそこに唐突に上島先生の気まぐれと須藤さんの勘違いとが重なり、私たちはローズクォーツ名義で『夏の日の想い出/キュピパラ・ペポリカ』
を制作することになってしまった。ただしローズクォーツ名義といっても、歌は私と政子の2人で歌っているので実質ローズ+リリーのCDであった。
 
これを『涙のピアス/聖少女』を制作販売するために用意していたスタジオ予約と、全国キャンペーンのスケジュールを転用して制作・宣伝することになったのだが、27日から31日までの5日間に仙台・東京・名古屋・大阪・福岡の5ヶ所でキャンペーンする予定だったのが、須藤さんの手にかかると22日から31日まで、10日間に全国40ヶ所でキャンペーンということになってしまっていた。(私はその日程を須藤さんと町添さんが話し合って決めたと聞いていたので、後で町添さんから「なぜ40ヶ所なの?」と訊かれた時こちらが訊きたい気分だった)
 
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「ごめーん。KARIONのライブに付き合えない」
と私は和泉に電話して言った。
 
「だから、冬って、なぜそういうのに『無理です』と言えないのよ。だいたいその身体で40ヶ所って無理でしょ?」
「うん・・・何とか痛め止めの注射自分で打ちながら頑張る」
 
「痛み止めじゃなくて、小風の遺伝子を注射したい気分だなあ」
 
それで、ローズクォーツのキャンペーンが7月31日で終了するので、その後の公演にだけ付き合うことにする。
 
しかしその時、和泉のそばに居た小風が受話器のそばに顔を近付けて言った。
 
「ね、マリちゃんも付き合わせない?」
「ん?」
 

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この時期、私は青葉のヒーリングをひじょうに高頻度で受けている。
 
最初にヒーリングされたのは6月28日で「クロスロード」のメンバーが東京に集まった時である。この時、ほんの数分のヒーリングを受けただけだったのに性転換手術の痛みが劇的に改善され、それで私は彼女を信頼するようになった。
 
それで彼女の勧めで7月6日に豊胸手術で入れていた胸のシリコンバッグを抜く手術を受けた。その晩、電話を掛けて遠隔ヒーリングをしてもらったが、これも胸の手術の痛みが物凄く軽減されたし、ヴァギナの方もまた痛みが減った。そして12日にはこちらから富山を訪問し、直接ヒーリングを受けている。
 
22日から『夏の日の想い出・キュピパラ・ペポリカ』のキャンペーンが始まるが、初日に札幌・青森でキャンペーンした後、翌日は仙台から始めるというので、他のメンバーは直接青森から仙台に移動したのだが、私は途中でみんなと別れて一ノ関で新幹線を降りてレンタカーで大船渡に来ている青葉の所に寄った。
 
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実は震災の後、最後まで見つからずにいた青葉のお母さんの遺体がやっと見つかったので、これまで仮葬儀だけしていた他の家族(父・姉・祖父・祖母)の分まで含めて本葬儀をしたのである。
 
この時、葬儀の席上で私は、葬儀の導師をしていた青葉のお師匠さん・長谷川瞬嶽と目が合った。瞬嶽はその時、私にニコッと微笑みかけただけだったのだが、その瞬間で私のヴァギナの手術の傷跡はほとんど全快してしまったのである。青葉のお姉さん・桃香が手配してくれた宿に泊まり、翌朝レンタカーで仙台に向かったのだが、その出発前に再度私をヒーリングしてくれた青葉が驚愕していた。この時、瞬嶽に会っていなかったら、私はこのキャンペーンの途中で倒れていたかも知れない。
 
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その後、私のキャンペーンは関東方面を回った後、27日に高崎から長野まで動き回った。翌日28日は金沢から始めるので私はまたクォーツの他のメンバーとは別れて高岡に寄り、青葉のヒーリングを受けることにしていた。
 

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《はくたか》を高岡駅で降りて、青葉の自宅に行く。12日に続いて2度目の自宅訪問である。
 
この時、ヒーリングをされながら楽器の話などしていた時、青葉が話の流れでこんなことを言った。
 
「冬子さん、ローズクォーツではキーボード、KARIONではキーボードとヴァイオリンを弾いておられますけど、他にも色々楽器なさるんですか?」
 
私は唐突にKARIONの名前が出てきたので驚愕する。
 
「・・・・KARION?」
「名前クレジットされてないけど、冬子さんの演奏ですよね。波動が同じだもん」
 
「青葉、波動で分かっちゃうんだ!?」
「あれ?秘密だったんですか?」
 
「割とトップシークレットなんだけどね」
 
私はこの子には何も隠し事ができないのだということを認識した。
 
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「あと、作曲者の水沢歌月というのも冬子さんですよね?」
「参った、参った。でも誰にも言わないでね」
「はい。私たちは守秘義務がありますから」
 

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夏の日の想い出・大逆転(2)

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