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■夏の日の想い出・走り回る女子中生(7)
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ところでオーケストラというものは基本的には指揮者のタクトを見て全員が演奏する建前ではあるのだが、実際にはタクトの動きはほとんど無視される。演奏者がタイミングを取るために見ているのは、コンサートマスター、つまり私の弓の動きである。要するに、クラシック・オーケストラのコンサートマスターというのはロック・バンドのドラムスのようなものである。
私の弓を見てみんながそれに合わせるから、私としては最初結構緊張したが、基本的には楽団全体の空気のようなものを感じ取りながらボーイングしていた。
それで前半と後半の間の休憩時間に
「唐本さんのボーイング、くっきりしていて演奏しやすい」
と言ってもらえた。
「ねえねえ、来年夏の演奏会でもコンマスしない?」
とまで言われる。
「いや、今回は非常事態でやってますけど、私には荷が重いです。Kさん、よろしく」
と私。
「私はエキストラだもん」とKさん。
「私もエキストラなんですけど!」と私。
「これを機会に正式団員に」
「無理です〜。そもそもコンマスは本来Sさん」
「Sさんは次も指揮すればいい」
「じゃリーダーは?」
「監督!」
「何それ!?」
後半はモーツァルト尽くしである。夏の公演の時は何だか「とっちらかった」
選曲だなと思ったのだが、今回の演奏会はテーマがすっきりした感じ。新しいコンマス(今日は指揮をしている)Sさんの企画らしい。
私もモーツァルトだと聴いている頻度が高いので少し安心感がある。
まずは『トルコ行進曲』『きらきら星変奏曲(全部やると飽きるので途中まで)』
でツカミを取る。
『交響曲25番ト短調』『交響曲29番イ長調』『交響曲35番ニ長調(ハフナー)』
『交響曲39番変ホ長調』『交響曲40番ト短調』『交響曲41番ハ長調(ジュピター)』
と、名前だけ挙げるとモーツァルトファン以外にはさっぱり分からないものの、実際に聴くとあまりクラシックに詳しくない人でも何となく聴いたことのある曲を並べていく。主として各曲の第1楽章を基本に、41番だけは第4楽章を演奏した。
私もこの付近はだいたい暗譜していたので、結構精神的な余裕を持って弾いていくことができた。
『ディヴェルティメント3番へ長調・第1楽章』『ピアノ協奏曲21番・第2楽章』
『フィガロの結婚・序曲』『魔笛より鳥刺しパパゲーノ』とつないだ上で、最後は『アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク』で締めた。
今日は観客は400人ほど入っている。夏の演奏会の倍くらいの感覚だ。その観客からアンコールの拍手をもらう。
今日は、もしアンコールがあったらということで楽曲も決めていたので安心して?私とエツコ・杏菜の「女子中高生3人組」で出て行き、ヴァイオリン・ピアノ・フルートの三重唱で『ハイドンのセレナーデ』を演奏した(弦楽四重奏曲17番ヘ長調作品3-5 第2楽章アンダンテ・カンタービレ。でも実はハイドンの作品ではなく本当の作曲者はハイドンのファンであったというホーフシュテッター)。
フルートがメロディーを吹き、ヴァイオリンがハーモニーを付け、ピアノが低音を受け持つ。元々はヴァイオリンの曲だが、フルートでもよく演奏される曲である。
ミファ・ソミドー、ソミ・ラファドー
という耳心地の良いメロディーが会館に響き渡り、聴衆を魅了した。
たくさん拍手をもらい、3人で並んで挨拶をして、演奏を終えた。
オーケストラの演奏会の翌日・12日(日)は、○○プロのアイドルグループのライブのバックダンサーをした。グループ自体が中高生のメンバーなので、バックで踊る子もほぼ全員中学生(一部小学生)で、楽屋が何だか賑やかだった。グループ自体も10人だが、バックダンサーは30人くらい居た。
この時ワイワイとおしゃべりしたバックダンサーの中に、後にリュークガールズの(何代目かの)リーダーになった朋香がいたらしく、ずっと後で言われたが、私もそれは覚えていなかった。(この世界はほんとに世間が狭い)
翌週12月18日(土)は昼間はドリームボーイズの武芸館公演でバックダンサーをして、夕方からは学校の吹奏楽部の演奏会に出るというスケジュールだった。(その翌日19日はオフだったが、この日陸上部の先輩絵里花さんと逢い、サンタガールをすることになる)
私は吹奏楽部で吹くクラリネットを持って武芸館に行き、待ち時間に演奏予定曲目を少し練習していた。スクエアの『宝島』を吹いていたら、いきなり後ろから抱きつかれる。
「きゃっ」
と思わず声を出したが、蔵田さんだった。
「やはり、洋子は女だな。こういうとっさの時には女の声が出る」
「男の子の声も出ますけど」
とわざと男声で答えるが
「なんかさ。洋子の男声と女声を聴いてると、女声は自然な感じ、男声は無理してる感じがする。洋子、学校では男の声で話していると言ってたけど、そちらの方が作った声だろ? だから洋子は男装少女なんだな」
それは夏にT君にも言われたな・・・と思って、私はほろ苦い気分になる。
「あ、そうそう。洋子が貞操を犠牲にして頼んだ、例の件、うちの社長にも話した上で、加藤係長から話を持って行ってもらって、向こうはOKした」
「わぁ・・。でもテイソウって何ですか?」
「分からないなら気にしなくていいよ!」
と言って蔵田さんは赤くなる。私はその反応が読めなかった。
「兼岩会長が動いてくれたんだよ。普正社長は珠妃ちゃんにやはり演歌系の歌を歌わせたいようでレコード会社からの話にも消極的だったんだけど、取締役会の席で兼岩さんが、俺たちで作った曲と、木ノ下先生の書いた曲を流して、取締役の多くがこちらの方が売れると判断したらしい。それで木ノ下先生の曲は先生に了解の上、珠妃の先輩に当たる**に渡すことになった。**は大物作曲家の曲をもらえて喜んでいたらしい」
「わぁ」
「ただ、こういう形で曲の提供をしたら、今後、松原珠妃に関する責任が出てくるかも知れないけどな」
私はその「責任」という言葉の意味が当時分からなかった。
「ところで、今度またデートしない?ホテル無しで」
「いいですよ」
「今度はちゃんと女の子の格好で出てきて。俺が女の子と歩いていても絶対に誰もデートとは思わないから安心」
「蔵田さん、女の子とはよく長時間話してるけど、男の人とはあまり長くは話しませんよね」
「そりゃそうだ。男の子とは話すんじゃなくてホテルに連れ込んでイチャイチャしたいから」
「なるほどー」
「で、待ち合わせは明日の朝10時。渋谷の東急百貨店の前で」
「・・・・なんかラブホテル群が近い気がするんですけど」
「気のせい!」
蔵田さんと2度目のデート?をしたその19日。結局蔵田さんは朝10時から夕方16時頃まで、渋谷のレストランで、私を相手にひたすら6時間、ビッグバンドジャズ論を話し続けた!(途中気づいた周囲の食事客にサインを20枚くらい書いていた)
私はその後もしばしばかなり怪しい場所に蔵田さんから呼び出されていたが、いつも、食事などをしながら長時間音楽論を話すか、スタジオに付き合うだけで、あれ以降1度もホテルに連れ込まれたことは無い。
ちょっと時刻を戻して、ドリームボーイズの武芸館公演のバックダンサーをした日。私は夕方からは、吹奏楽部の演奏会に行き、クラリネットを吹いた。
武芸館を出たのが結局16時で、市民会館に辿り着いたのは17時だった。
「ごめーん。遅くなった」
「お土産は?」
「そんなの無いよぉ」
「蔵田さんのサインとか」
「そういうのは関係者ゆえにもらえない。サインって商品だから管理厳しいんだよ」
「ああ、面倒なんだね」
辿り着いた時は前の前の中学が演奏していた。アンダーソンの作品をずらりと並べていて『そりすべり』『トランペット吹きの休日』『タイプライター』
(本当にタイプライターを持ち込んで使用していた)、『チャイナ・ドール』、『ブルータンゴ』そして『シンコペイテッド・クロック』で締めた。
その次に出てきた中学は行進曲特集だった。『ワシントンポスト』に始まり『威風堂々』『軍艦マーチ』『双頭の鷲の旗の下に』『ボギー大佐』『ラデツキー行進曲』『旧友』と演奏して最後は『大脱走マーチ』で締めた。
私たちはこの中学が『ラデツキー行進曲』を演奏し始めたあたりで会場内から舞台袖に移動したのだが、私はこの中学の演奏者の中のひとりのフルート奏者の女子が気になった。
なぜ気になったかというと、その子が明らかに他の子より遅れて音を出していたからである。指の動きが遅れていたし、会場の最前面で聴いていた私は実際にフルートの音のひとつが微妙にずれて聴こえてくるのに気づいていた。
まだ初心者なのかな、というより少しリズム感が悪いのかな、と思って見ている。それでその子が『双頭の鷲の旗の下に』を演奏した後、フルートを手に持ち、何だか首をかしげている。笛自体も調子が悪いのだろうか? その内、そのフルートを振り出した。何だ何だ? 唾でも詰まったのだろうか?
そして・・・
彼女がフルートを勢いよく振った勢いで、そのフルートが彼女の手をすっぽ抜けてこちらに飛んできた!
私の顔面直撃コースだった!が、すんでの所でキャッチした。
やった!
と思った瞬間、フルートの端が私の額(ひたい)を直撃した。
フルートに回転が掛かっていたようであるが「要するに冬がしっかりキャッチしないから」とか「握力が無いから」とか、後で貴理子たちに言われた。
私は「痛ぁー」と思いながらも、フルートを持って行き、その中学の指揮者に渡す。と、そのフルートを飛ばしてしまった女の子が出てきて指揮者から受け取るとともに、私の方に向かって無表情でペコリと頭を下げた。それでこちらも笑顔でペコリとした。
「政子、何やってんのよ?」
と隣の子から言われているのを私は微笑ましく見ていた。
彼女たちがステージ前面の階段を降りた後、私たちが袖から登場して椅子に座る。私たちはザ・スクエアの曲を演奏する。
F1グランプリで有名になった『TRUTH』、初期の名作『It's Magic』、ポップ路線への転換を象徴する曲『いとしのうなじ』、小泉今日子のカバーでも知られる『Omens of Love』(この曲は夏の大会でも演奏した)、キラキラしたサウンドの『El Mirage』、そして最後は『宝島』で締めた。
全部T-Squareになる前のThe Square時代の曲である。当時のスクエアの曲の魅力は何と言っても伊東さんのリリコン。それで普段はクラリネットとアルトサックスを持ち替えで吹いている2年生の知花さんはこの日は、ひとり列から飛び出して指揮者の傍でひたすらアルトサックスを吹き続けた。
ということで、クラリネットは私と貴理子のふたりで頑張って吹いていた(夏の公演の時にいた、もうひとりの2年生は辞めちゃったらしい)。
それで私が頑張ってクラリネットを吹いていた時、出番を終えたひとつ前の中学の生徒が座っている付近を何気なく見ていたら、例のフルートを飛ばした女の子が、まだフルートを振っていた。もしかして、内部の掃除をきちんとしてないのでは? などと思って見ていたら、またフルートを振りすぎて、飛ばしていた!
今度は顧問の先生?の頭にぶつかり、叱られていた!
何だか面白そうな子だ、と私は思った。
そして彼女の持つオーラが物凄いことにも私は気づいた。
どこかでまたこの子とは会うかも知れないな。何だかそんな気がした。
23日の天皇誕生日は朝からアスカと友人のジョイントライブに出かけて行った。今日ももちろんセーラー服である。
入場者に配るというパンフレットのセットの中にアンケート用紙があるのに気づく(今日の演奏曲目を書いたもの、アスカたちの高校関連の他のライブの宣伝チラシなどと一緒に入っている)。
「今日の演奏者の中でいちばん良かった人、いちばん下手だった人って、すっごく残酷なアンケートですね」
「どっちみち、私たちはぼろくそ言われるものなのだ。そんなの気にする奴は音楽家にはなれん」
「そうかも知れませんけど・・・・ちょっと、私の名前まで入ってるんですけど!」
「ちなみに下手だった人で1位になった子が今日の会場代持つということで」
「そんなの、私がダントツで1位に決まってるじゃないですか!」
「それは分からん。まあ、会場代を払いたくなければ頑張って演奏するんだな」
「そんなぁ」
「冬、その会場代の金額を訊かないのか?」
「払いたくないから聞きません」
「上等! それでこそ冬だ」
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