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■夏の日の想い出・小5編(7)
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目次 8
時間索引 #
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「そうそう。あの時期、こんな雰囲気の曲が結構流行ったね。だけど君ヴァイオリンも上手いんだね」
「独学です」
「ホント? できたらどこか教室に通った方がいいけど」
「うち貧乏だから。このヴァイオリンも、お小遣いで安いのを買ったんです。あれ? TTさんもそれヴァイオリンケースですよね?」
「うん。安物だけどね。でも君こそお小遣いで買うって凄いなあ。そうだ、君が今弾いている姿を見て、この詩を書いちゃったよ」
読んでみると凄く美しい詩だ。タイトルに『Fairy on String』と書かれている。英語はよく分からないけど、Fairyって妖精? Stringって弦楽器だよね?ヴァイオリンを弾いてる妖精という意味? 私、妖精に見えた?きゃー。
なんて思っていたら
「君が今ヴァイオリンを弾いている時に、まるで君のヴァイオリンの上で妖精が踊っているみたいに感じたんだよ」
などと言う。
何〜!? 妖精って私のことじゃなかったのか! この正直者〜。もてないぞ!でも、にこやかに私は言う。
「わあ、素敵な詩」
「これに曲を付けられる?」
「やってみます。私が書いた後で添削していただけますか?」
「うん」
それで私はヴァイオリンをケースにしまったが、ふたはせずに後から閉じようと思った。バッグの中からボールペンと五線紙を取り出すと、TTさんの詩に合わせて「どこからか流れてくるメロディーを受け止めるような気持ちで」曲を書いて行った。
「へー。君、ボールペンで書くようになったんだね」
「こないだTTさんから言われたから」
「でも青いインクのボールペンを使うって変わってるね。黒の方が読みやすそうなのに」
「このボールペン、ちょっと思い出の品なんです」
「へー」
「小学2年生の時に、漫画雑誌に応募して努力賞もらった時の記念品なんです」
「君、漫画も書くんだ!?」
「絵で頑張ろうか、音楽で頑張ろうか、って悩んだ時期もあるんですけど、やはり私は音楽かなあ、と最近思うようになりました」
「君才能あるもん。きっと10年後には日本を代表する作曲家になってるよ」
「それはさすがに褒めすぎです」
「いや本気。僕の友人に凄い作曲家がいるんだけどね。君は彼とライバルになってるかも知れないなあ」
「褒めても何も出ませんよ〜」
私が曲を書いている間に、彼は私のヴァイオリンを見ていた。
「このヴァイオリン、いかにも安っぽい」
「小学生のお小遣いで買ったヴァイオリンですから、察してください」
「でもこんなヴァイオリンで練習してたら悪い癖が付くよ。そうだ!僕のこのヴァイオリンも安物だけど、それよりは随分マシだと思う。君、これで練習しない? あげるから」
「えー? でも高そうなのに、悪いです」
「こないだ君と会った後、僕も何だか良い詩が立て続けに書けてさ。凄く調子が上がって来ているんだよ。だからその感謝の印で」
「もしかしてTTさんって、プロの音楽家さん?」
私はこないだ会った時の口ぶりから、音楽家志望の大学生か何かかと思っていたのである。もしかして現役ミュージシャン?という可能性をこの時初めて考えた。
「それはごめん。詮索しないで」
「はい」
「でも君のヴァイオリン、幾らで買ったの? お小遣いで買ったって凄いなと思ったけど」
「150円です」
「150円〜!?」
「ヤフオクで落としました」
「なるほど! それでも150円は凄い。だったら、なおのこと、そのヴァイオリン、僕のと交換しない? 実はね、訳あって、とっても安いヴァイオリンが欲しかったんだ。このヴァイオリンは中古楽器を扱っている店で3万円で買ったんだけどさ、それ150円で買ったというのなら、そちらの方が凄い。今度作るつもりの楽曲で、安いヴァイオリンというのをネタに使いたいというのもあって」
「ああ、そういうことなら交換しましょうか。それでも150円のヴァイオリンと3万円のヴァイオリンの単純交換じゃ悪いから、そうだ!私が使ってるこのボールペンもあげます」
「でもそれ大事な記念の品なんでしょ?」
「だからあげます。TTさんが素敵な詩を書いてくださるように」
「ありがとう。じゃもらっちゃおう。青い字で書くとまた何か違うかも知れないなあ」
そう言ってTTさんは私のボールペンを受け取った。
TTさんがワンティスの高岡さんだったことを私が知ったのは、翌年末に高岡さんの事故死のニュースをテレビで見た時であった。
考えてみると私と高岡さんは10年の歳月を経て、お互いの愛用ボールペンを交換したようなものかも知れない。青い字のボールペンと青いボディのボールペンと。
ワンティスの《最後のCD》となった『秋風のヰ゛オロン』は当時高岡さんの作詞として発表されたが2013年の春に上島先生たちが、これも夕香さんの作詞であったと発表し、JASRACの登録もそう修正された。
しかし私はあの時の高岡さんとの会話からして、この詩は高岡さんの作品なのではないかという気がしてならない。何の根拠も無いけど。
しかしまあそういう訳で私は150円のヴァイオリンから3万円のヴァイオリンにグレードアップした。
150円のヴァイオリンは made in Itary (原文ママ)という怪しすぎる原産国?表記だけで制作所の名前も入っていなかったが、この3万円のは鈴木のヴァイオリンで、確認してみると新品を買うと20万円くらいの品だったようだ。傷が付いたりしていたので、それで3万円で中古楽器店に出ていたのだろう。ナイロン弦が張ってあったが、少し伸びている感じだったので、新品のナイロン弦(の一番安いやつ)を買ってきて張り替えた。
(この時期は民謡の方の賞金でナイロン弦程度は買うのに心理的抵抗が無い程度に私の「秘密のお小遣い」も増えていた)
スティール弦とナイロン弦では音が全然違うので、翌日私の演奏を聴いていた「橋の下の住人さん」たちから、「何だか今日は音が柔らかいね」などと言われた。
12月のある日、突然電話が掛かってきた。
「やっほー、冬。今私どこにいるか分かる?」
「静花さん?また東京に出てきてるんですか?」
それは小学2−3年の時、愛知で私に歌を指導してくれた4つ年上の松井静花だった。彼女は3年前から毎月2回、東京の芸能スクールに通っていた。特待生ということで授業料も無料、愛知からの交通費もスクール側から出ていた。しかし朝から晩までレッスン漬けなので、東京に来ているといっても、私は会う機会がなかった。
「あったりー。でも私、引っ越して来たんだよ」
「えー、そうだったんですか?」
「実はね。私、来年の5月か6月くらいにCDデビューすることになったんだ」
「わぁ! おめでとうございます!!」
「それでその準備のために東京に引っ越したんだよ」
「もしかしてひとりだけで?」
「うん。単身赴任。時々お母ちゃんも来てくれるけどね」
「きゃー。高校はどうするんですか?」
「私は別に行かなくてもいいと言ったんだけど、お父ちゃんが高校には行かなきゃダメだというから、とりあえず行くことにした。私立だけど。公立より自由がきくから。それで高校在学中は基本的には土日限定で活動する予定」
「へー」
それで月曜日の夕方、新宿まで私が電車で出ていき、マクドナルドで会った。何でも歌のレッスンが月曜日だけお休みで時間が取れるらしい。高校は一芸入試とかで内定しているらしく、受験勉強も不要なので(というか中学の勉強は何もせずに歌と音楽の勉強ばかり3年間していた静花がふつうに高校受験して合格できる訳がない)、毎日朝から晩までレッスンなのだそうだ。ちょっと私には耐えられそうに無い!
「なんかますます女らしさが増してない?」
「気のせいです」
「だって冬、そろそろ第二次性徴が始まる頃だよね。まるで女子の第二次性徴が始まっているような雰囲気」
「まさか!声も本当はこんな感じになりつつあって」
と言って当時開発中だった男声(っぽい声)を出してみる。
「ふーん」
「声が不安定だから、歌うのにも苦労してる」
これは本当のことである。
「せっかく東京に出てきたし、冬の歌を見てあげたいけど、私自身が
毎日レッスン漬けだから」
「いや、私のことは気にせず、練習頑張ってください。芸名とか決まったんですか?」
「うん。松原珠妃(まつばらたまき)というの」
「わっ、格好いい!」
「冬、ヴァイオリンも頑張ってるみたいね」
「え? 分かりました?」
「その左手。指先が硬くなってる」
と言って静花は私の左手を触った。
「ピアノもやってるみたいだけど、右手に比べて左手の指先が特に硬いのはヴァイオリンだろうと思ってね」
「つい最近練習を再開したんですよ。お小遣いでヴァイオリン買って」
「おお、よく貯めたね」
「最初150円で買ったので再開したんですけど」
「150円!? 150万円じゃなくて?」
「150万円なんてお金無いですー。でも、それ弾いてるの見たある人が、そんなので弾いてたら悪い癖付くと言って、つい先日ですけど、もう少し良いのに交換してくれました」
「おお、それは良かった。冬に才能があると思って、良いのをくれたんだよ」
「ああ、そうなのかな・・」
「だけど、その150円のを使ってたせいかな、その指先の硬さは」
「え?」
「こんなに指先が硬くなったのは、冬の弦の押さえ方が間違ってたせいだと思うよ」
「あ・・・」
「私自身はヴァイオリン弾かないから、教えてあげられないけど、こうなるのはヴァイオリン初心者によくありがちな間違いのせいだと思う」
「やはりひとりで練習してると、自分では気づかない変な癖付いてるのかなあ」
「冬、自由になるお小遣い、どのくらいある?」
「うーん。。。今ストックは30万円くらいかな」
「ぶっ。お金持ちじゃん。だったら、短期間でもいいから、うちのスクールのヴァイオリンコースのレッスン受けない? 紹介してあげるよ。冬がスクールに顔を出してくれたら、私も話をする機会が作りやすいし」
「そうですね」
そういう訳で、私はこの12月から3月まで、静花が通う★★レコード系の音楽スクールのヴァイオリンコースの初心者向け「体験コース」に参加し、フリーチケット方式で、月に2〜3回指導を受けるようになった。静花と事前に連絡しあって、静花の空き時間にうまく会えるような時間帯に出席したので、この4ヶ月間のレッスンは、ヴァイオリンの学習というよりは、東京に単身出てきて友人もほとんどいない静花の話し相手になる、という面が大きかったのだが、結果的には当時あやうく付きそうであったヴァイオリンの悪い癖を何点か先生に修正してもらえることにもなった。
静花は、デビュー前の大事な「人財」ということで、交友関係も厳しく管理されていた。それで私も「変な人でない」ことを確認するため、事務所の社長さんと会い少し話をした。
「なるほど。愛知にいた頃のお友達なのね?」
50代の男性社長・兼岩さんはなぜか女言葉で話していた。タバコを咥えながらで、私はその煙がちょっと辛かったが、笑顔で応じた。
「はい。色々歌のことで教えてもらいました」
「あら、だったら、あなた歌も歌うの?」
「たくさん教えてもらいましたけど、松井さんには遠く及びません」
「ふーん。でもちょっと何か歌ってごらんよ」
それで私は『亜麻色の髪の乙女』をアカペラで歌った。
兼岩社長が驚いたような顔をして、タバコをぽろりと落とした。
「ね、君、どこか他の所ででもレッスンとか受けてる?」
「えっと・・・津田アキ先生という方の民謡教室に通ってますが」
「津田さんとこか!? やはりこれだけの素材は注目されるわよねぇ。残念」
などと社長さんは言っていたが、それが私もスカウトしようかと思ったもののこの業界では有名な津田さんのところ(実際には全然そんなことないのだが、○○プロ直系と思っている人が多い)に私が在籍していると聞いて、てっきり民謡歌手として育成中かと思い、諦めたものだということに、私は全然気づいていなかった。しかし、津田さんが警察庁の元警視であり、絶対にヤクザとは関係ないというのも知られているので、このことは好印象だったようである。
それで私と静花との交友については問題無いということになったようであったし、寮にも電話を取り次いでもらえることになったので、私たちはよく話していた。
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