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■夏の日の想い出・小5編(3)

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「でも詩って難しいですね。言葉の選択で悩み出すと、どんな言葉をそこに入れても、満足できない気がしてくる。どんな言葉を書いても、自分が思っていたイメージと違う気がする」
 
と私は言った。
 
「そんな時はね、考えちゃダメなんだよ」
「え?考えないんですか?」
 
「考えて到達できる範囲というのは、いわば地面から材木を積み上げて塔を作っていくようなもの。でもね。良い詩というのは、ヘリコプターで唐突に空中に資材を持って行ったようなものなんだよ」
 
その言葉に私は虚を突かれた思いがした。
 
「でもその空中の言葉って、どうやったら到達できるんでしょうか?」
「考えるのをやめてボーっとしていたら唐突に思いつく」
「あぁ」
 
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「考えるというのは脳の左側を使っている。でも良い概念を産み出すのは思考というロジックでは動いていない右側なのさ」
「はあ・・・」
 
「大きな科学上の発見とか発明もだいたい、みんな『考えていない』時に思いついている。ポアンカレという数学者は馬車に乗ろうとした時にフック関数というものに関する理論を思いついた。ホーキングという人はベッドに行こうとしていた時にブラックホールが蒸発するという大発見をした」
「へー」
 

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私とその男の人は、結局公園のベンチに座って、詩や曲の書き方について2時間近く話をした(しばしば詩とは関係ない宇宙の構造に関する話とか恋愛論まで話した)。その中で私は『白い雲のように』という詩と曲を書き、その男の人も『恋をしている』という美しい詩を書いた。その人が使っている青いボールペンが不思議なオーラをまとっている気がした。
 
「ね、君、この僕の詩に曲を付けてみれる?」
「はい」
 
私はその時その男性と話した「考えずに発想する」という練習を兼ねて、心を開放し、半ば瞑想でもするかのような心理状態に自分を置いて曲を書いて行った。それはまるで、自分の心と鉛筆を持つ腕とが、どこかから流れてくるエネルギーの媒介になっているような気分、当時それを私は「そうめん流しの筒になった気分」と日記に書いているが、そういう気分で書いて行った。
 
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「きれいな曲になったね。でも少し手を入れると、もっと良くなるよ」
「どうするんですか?」
 
「まず、このメロディーにコードを付けられる?」
「はい」
 
私は譜面にCとかG7とかのコードを書き込んで行ったが・・・
「あれ?」
と途中で声を上げた。
 
「ここコードがおかしい」
「うん、よく気づいたね」
「ここはこのメロディーだとこのコードになるけど、コード進行からすると、本来こちらだと思います」
「うんうん」
 
「だったら、メロディーも、ここはラじゃなくてソにすべきかな」
「音が動いていくときの中間音って、少しくらいずれていても気にならない。コードを考えてみると妥当な音が分かる」
「わぁ」
 
「それから、AメロとA′とのコード進行が完全に同じだよね。確かにそれは基本だけど、少しバリエーション入れた方が楽しくなる」
「ああ、楽しくするの大事ですよね。じゃ、こうしようかな」
と言って、私は消しゴムで消してA′7〜8小節目のコード進行を少し変え、それに合わせてメロディーラインも少し変更した。
 
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「うんうん、そこはぐっと良くなった。それから・・・」
 
私とその男性は30分ほど会話しながら楽曲を修正していった。
 
「これ最初書いたものからすると随分格好良くなった気がします」
「うん、凄く良くなった。そして最後に一つ」
「はい」
 
「今度からシャーペンじゃなくてボールペンを使った方がいい。修正した履歴が全部残るから、さっきのが良かったと思った時、戻ることができる」
「ほんとですね!」
 
それで私はそれ以降、作曲はボールペンでするようになったのである。
 
「このできあがった曲、もらってもいい?」
「はい。もらうって?」
「すぐじゃないかも知れないけど、そのうち僕が歌ってCD作って、もし売れたら、印税払うよ」
「わぁ、それはお小遣いにしよう」
 
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「あ、君、名前は?」
「えっと・・・イニシャルでもいいですか?」
「うん」
「じゃ、FKで」
 
私は「冬彦」と男名前を名乗るのが嫌だったので性別曖昧なイニシャルで勘弁してもらった。一応連絡のため住所は書いて渡した。
 
「じゃ僕はTTで」
 
とその人は言い、それで私はその人と握手をして別れた。
 

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ところで、私は小学5年生の5月、民謡の「大会荒らし」をして、賞金をたくさんゲットした。初めて出た民謡大会の賞金で27000円もの「秘密のお小遣い」
が出来た。
 
それで私はあるものを買おうと思った。
 
私は小学3年の12月まで学校の音楽準備室でピアノの練習をし、また友人の夢美の家でヴァイオリンの練習をしていた。それが東京への転校でいったん途切れてしまったのだが、4年生の10月から急速に親しくなった奈緒の家でピアノの方は練習させてもらえるようになり、それでピアノの勘はかなり取り戻した。しかしヴァイオリンは使える楽器も練習環境も無かった。
 
それでこの「秘密のお小遣い」でヴァイオリンを買っちゃおうと思ったのである。本当はピアノを買いたいくらいだったが、さすがにピアノは27000円では買えない気がした。
 
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それで楽器店に行ってみたのだが・・・・・
 
「ヴァイオリンってこんなにするの〜!?」
 
と絶句する。店頭に並んでいるのは安いものでも10万円くらい。高いのになると97万円とか値札が付いている。400万円なんて書いてある楽器まであった!きゃー! 一番安いのでも、民謡大会にあと4回くらい入賞しないと買えないじゃん!
 

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それでトボトボと楽器店を後にして、目に付いたマクドナルドに入り、100円のドリンクを頼む。それで楽器店でもらってきたヴァイオリンのカタログをため息を付きながら眺めていた時のことである。
 
近くの席で20歳くらいの女性が2人話していた。
 
「それ、何か凄く格好良い時計だね」
「うん。***製」
「ひゃー。高かったんじゃない?まさか100万超?」
「それが1万円だったんだよ」
「うそ」
「ヤフオクで落としたんだ。電池が切れたまま10年くらい放置してたんで動くかどうか分からないということでジャンク品扱いだったんだけど、賭けで落として、時計店に持ち込んで電池交換してもらって簡単に掃除してもらったら動いた。落札代金5000円と電池交換代5000円で1万円」
 
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「すっごーい」
 

私は「ヤフオク」というのは何だろうと思った。それで家に帰ってから姉に訊いてみた。
 
「ヤフー・オークションだよ。ヤフーがやってるオークション」
と説明されてもさっぱり分からない。それで姉が居間のパソコンを操作して実際の画面を見せてくれて、操作方法なども教えてくれた。
 
「へー。じゃ、凄く安く物が買えたりするんだ?」
「運が良ければね。しばしばジャンクと書いてある品がある。それは使えるかどうか、出品している本人も分からないという品。使えたら儲けもの。でも、使えないことの方が多い」
 
「なるほどー」
「あんた、何かほしいものあるの?」
 
「うん・・・」
 
それで私は姉に安いヴァイオリンを落としたいと言ってみた。
 
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「ああ、あんたそういえば愛知ではヴァイオリンをお友達の所で習ってたね」
 
「うん。でも、うちあまりお金に余裕無いみたいだし、とても買ってとは言えない。それにお父ちゃんが『男がヴァイオリンとか弾いてどうする?』とか言いそうだし」
 
「ああ、言いそう、言いそう。じゃ私が代わりに落としてあげるよ。どうせあんた自由にできる口座持ってないでしょ?」
 
それで姉は落札期限の迫っているヴァイオリンのオークションをいくつかウォッチしておき、期限の時刻直前に入札を入れてくれた。
 
すると幸運にも、ジャンク品のヴァイオリンセット(ヴァイオリン・弓・ケースのセットだが、駒が紛失! ついでに弦は全部切れてる。また本体にけっこう傷がある)というのを150円で落とすことができた。
 
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「ただし送料が1400円かかるけどね」
「そのくらい問題無い」
「駒はどうする?」
「それもヤフオクで」
「なるほどー」
 
ということで翌日は今度はヴァイオリンの駒を10円で落とせた。こちらは送料150円であった。
 
そういう訳で、私は送料まで入れて1710円でヴァイオリンのセットを入手したのであった。姉には手数料と操作指導料を含めて3000円渡した。
 
「おお、よく3000円もお小遣い貯めてたね。遠慮無くもらっておくね」
と姉は言っていた。
 

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楽器店でいちばん安いスティール弦のセット(600円だった)と松ヤニを買ってきて、まず弦を自分で張ってみた。このヴァイオリンは楽器の表面にけっこう傷があり、また底板に凹みがあった。また糸巻きの1本がとても緩かったが、私は薄い紙を挟むことで調整した。
 
さて、私はこのヴァイオリンの練習をどこでやるか悩んだ。
 
とりあえず家ではできない。近所迷惑だし、父からあれこれ言われそう。
 
また私はこの練習を「女の子の服」を着て、やりたかった。その方が男の子の服を着て練習した場合より絶対にうまく弾けるだろうと思ったからである。それであまり友人たちには見られない場所がいいと思った。
 
自宅近くに川が流れていたが、そこは微妙に校区外になるので、あまり友人たちに会わずに済みそうな気がした。私はヴァイオリンケースを持ち、ポロシャツに膝丈スカートという出で立ちで、川に行き、河原に降りて少し歩いてみた。あまり人がいない。たまに釣り糸を垂れている人がいるが、こんな川で釣った魚を食べられるんだろうか?と疑問を感じる。
 
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しかし川の流れの音があるし河原は道路より低くなっているから、ここで多少の音を立ててもそれに吸収されて、周囲には迷惑を掛けない気がする。やがて橋があった。大きな道路が通っている。その車の列が途絶えない。かなりの音だ。こんな所でやれば絶対に大丈夫という気がした。それに橋の下なら急に雨が降ってきたような時にも何とかなるし、橋のおかげで、私がそこにいること自体が目立たなくて済みそうだ。
 
それで私は週に数回、女の子の服を着てそこまで出かけてはヴァイオリンを弾くというのを始めた。初日、その場所で『ユモレスク』を弾いてみたら、けっこう手が感覚を覚えていた。3年生の12月以来、1年半ぶりの演奏だったが、これはまたちゃんと練習していれば感覚は取り戻せると思った。
 
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そういう訳で、私のヴァイオリンのお稽古は再開されたのであった。
 

このお稽古には、その河原に住んでいる? ちょっとくたびれた感じのおばちゃん、おじちゃんたちが何だか集まってきて聴いてくれていた。時々
「『ブルーシャトウ』弾ける?」
「『真っ赤な太陽』弾ける?」
 
などといった感じでリクエストも来るので、それに応じて弾いていた。だいたい古い曲が多くて、ブルーコメッツとか、ピンキーとキラーズとか、水前寺清子とか美空ひばりとか、あるいはフォーリーブスとか沢田研二とか、そんな感じの曲を弾いていた。
 
私が何でも弾いちゃうので
「あんた若いのに、良く知ってるね〜」
「お母ちゃんかお婆ちゃんが聴いてたの?」
などと言われた。
 
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それで、その人たちからリクエスト代なのか「これ食べる?」とかいって、おやつとかパンとかもらうこともあった。くれるというのを断るのは悪いので、だいたい頂いていたが、私のお腹、がんばってね〜、と心の中で声を掛けながら笑顔で食べていた。
 
この住人さんたちには、結構耳が良い人もいて、特に私の演奏の「雰囲気」
を感じ取ってあれこれ言ってくれた。
 
「タララーラー♪の所はもっと情感を込めた方がいいよ」
などといった感じで言われるので、実際けっこう勉強になっていたし、気の抜けた演奏などは絶対にできず、私は気合いが入りまくっていた。
 
なお、私は小学生の頃はヴァイオリンはほとんど独学で練習していたし、また演奏曲目もポップス・歌謡曲がほとんどであった。ヴァイオリン教室に通っていた人なら逆にクラシックをたくさん弾いていてポップスはそれほどうまくもないことが多い。このあたりで私の演奏スキルは多くの人に誤解されていたようである。ポップス系の人からは「凄いうまい! かなりの上級者ですね」
と言われる一方でクラシック系の人からは「まだ初心者かな?練習はじめて1年くらい?」などとよく言われた。そういう状態が解消するのは中学になって、アスカに徹底的に鍛えられるようになってからである。
 
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この橋下での演奏は、ここの護岸工事が始まってしまい、ここに来れなくなる翌年の6月まで(天気の悪い日を除いて)続いた。
 

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夏の日の想い出・小5編(3)

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