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■夏の日の想い出・小2編(7)
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目次 8
時間索引 #
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この時、私は自分が男湯に入るべきか女湯に入るべきかというのはあまり深く考えていなくて、ただオレンジのタグの鍵を持ってるから、オレンジの所に行けばいいんだとしか考えていなかった。
お姉さんが2人立っている受付の所で「いらっしゃいませ」と言われて、浴衣を大人物2枚、ジュニア用1枚、キッズ用2枚という感じで渡された。
「はい、冬ちゃんの分」
と言ってキッズ用を渡される。
「ありがとう」
と言って受け取る。薄いピンク地に、赤い金魚やら花火などの絵柄のある可愛い柄の浴衣だ。「わぁぃ」と思いながらロッカーの方に進んで行った。
みんなでおしゃべりしながら服を脱ぐ。夢美の上のお姉さんのおっぱいが凄く大きい。わあ、いいなあと思う。下のお姉さんも膨らみかけという感じ。
私の視線に気付いたのか
「どうかした?」
と訊かれたので
「おっぱいが大きくていいなあ、と思っちゃって」
と正直に答える。
「冬ちゃんも、小学5−6年生になったら大きくなってくるよ」
と上のお姉さん。
「ただし、ちゃんと御飯食べてたらね」
とお母さん。
「はーい」
でも、私、小学5−6年生になったら本当におっぱい大きくなるかなあ。なるといいなあ、などと私は考えた。
こちらも服を全部脱いでしまう。夢美などは無邪気なのでお股をそのまま露出させているが、私もタオルで隠しているし、お姉さんたちやお母さんも同様である。
なお、このロッカールームに乾燥機が何台も並んでいたので、濡れた服を全部放り込んで1時間回した。
「冬ちゃん、裸になってるの見ると、けっこう均整が取れてるね」
とお母さんから言われた。
「あ、私も思った。体重がそんなに軽い割には、痩せすぎなようには見えない」
と上のお姉さん。
「私のお肉、不思議な付き方してるのかも」
「でも小学2年生というより、3−4年生にも見えるよね」
「冬ちゃん結構早熟なのかも」
「あ、それは夢美ちゃんも割と早熟じゃないですか?」
「うんうん、それは感じる」
と下のお姉さん。
そんなこと言いながらも、みんなでぞろぞろと浴室に行った。それぞれ身体を洗ってから浴槽に入る。
「露天風呂もあるみたいだけど、この天気じゃ無理ね」
とお母さん。
「内風呂も幾つか浴槽があるし、全部入ってみようよ」
と上のお姉さん。
「冬ちゃん、年明けもエレクトーン続けられそう?」
「無理みたいです。お父さんに内緒なので、お母さんがパートの給料から月謝を払ってくれてるんですが、1月・2月はお仕事が無いらしくて。3月からもしかしたらまた仕事もらえるかも知れないから、そしたら行かせてあげるね、と言われました」
「ああ、大変ね」
「冬子ちゃん、グレードは受けないの? 冬子ちゃんなら8級は楽勝だし、少し頑張れば7級も取れると思う」
とやはりエレクトーンをしている下のお姉さん。
夢美は、まだ小学1年生なのに既に7級を持っている。このお姉さんも8級を持っている。
「月謝だけでギリギリみたいだから、ちょっと受験料までは」
「そうかぁ。でも正式に認定されなくても、冬ちゃんは充分上手いからね。夢美にとっては、いいライバルみたい」
「いや、全然かないません」
と私は言ったが
「冬ちゃん、謙遜するの似合わない」
とお母さんから言われた。
お風呂からあがった後は、浴衣を着て、2階のラウンジで少し休憩していたら、下のお姉さんが「あ、カラオケあるよ、歌おうよ」などと言ったので、結局みんなでカラオケルームに入った。
上のお姉さんが凄くきれいな発声で広瀬香美の『promise』を歌った。
「お姉さん、合唱やってるんですか?」
「うん。それで結構鍛えられてる」
「わあ、凄い」
「私は楽器は全然ダメだから、その分歌で頑張ってるんだよ」
「ああ、やはり何か自分のできることをひとつ頑張るのがいいのかな」
「うん。でも人にはそういうひとつに専念した方がいいタイプと逆に色々なことをした方が伸びるタイプとがある」
「へー」
私は宇多田ヒカルの『Automatic』を歌った。
「すごーい。冬ちゃん英語できるの?」
「いいえ。単にまるごと覚えただけで、歌詞の意味とか全然分かりません」
「すごく綺麗な発音だった」
「むしろ外人さんが歌ってるみたいだった」
「というか、歌が物凄く上手い」
「でもそれ合唱団とかの歌い方じゃないね?」
「ちょっと訳あって合唱団には入らなかったんです。でもポップス好きなお姉さんにずっと歌を教えてもらってるんです」
「ああ、確かにポップス系の歌い方だもんね」
「でも音程が正確〜」
「冬ちゃん、ヴァイオリンとかやるの?」
「いいえ」
「割とキーボード弾きは音程がアバウトなんだよね。その鍵盤押せばその音が出るから、それに頼っちゃう。ヴァイオリン弾きはちゃんと音程分かってないとその音が出ないから、耳が鍛えられるんだよ」
「冬ちゃん、たぶんヴァイオリン習ったら、音感がもっと発達する」
「無理です〜。エレクトーンでも、お母さんがこっそり習わせてくれているから。ヴァイオリン自体買えないし」
「ね、時々でもいいから、うちに来ない? 私のヴァイオリンを少し弾かせてあげるよ」
と下のお姉さんが言った。
「えー? ほんと?」
「ああ、まだ1/2サイズのヴァイオリンもあるから、むしろ、あれを弾いて練習するといいかもね。多分冬ちゃんの身長なら1/2でいいと思う。夢美はまだ1/4を弾いてるし」
とお母さん。
「ありがとうございます」
「こういうチャンスに冬ちゃんは絶対遠慮しないから話が早くていいわ」
とお母さんは笑って言う。
「ああ、冬ちゃんってチャンスは確実にモノにするタイプという気がする」
と上のお姉さん。
「えへへ」
お母さんが言う。
「冬ちゃんは音楽の才能、物凄いものを持ってる。多分将来音楽を職業にできるくらい。その才能は伸ばさないともったいない。これを伸ばさなかったら、日本にとって損失かも知れない。だから、冬ちゃんのためというより、日本のために、私は協力するよ」
「わあ。何だか良く分からないけど、お願いします」
「夢美のライバルを育てれば、夢美を育てることにもなるしね」
とお母さんは笑って付け加えた。
それで私はこの後、翌年12月に東京に転校になるまで、しばしば夢美の家に行き、ヴァイオリンの手ほどきを受けることになるのである。確かにそれは私の音感の精度を物凄く上げることになった。また夢美の家ではよくエレクトーンの弾き比べをしたり、交替で伴奏しながら一緒に歌(シューベルトとかシューマンとかの歌曲が多かった)を歌ったりもしていた。夢美の家の楽器部屋は防音になっていたので、私たちは思いっきり大きな音でヴァイオリンやエレクトーンを演奏し、大きな声で歌うことができた。
なお、当時、夢美のお母さん、そして夢美自身も私が女の子でないとは思いもよらなかったらしい。
私はこの時期、ずっと真央のお母さんに絵を習っていたのだが、おかげで秋の写生大会では「写生にしては写実性が低いけど」と言われながらも、公園で水鳥たちが遊んでいる様を(マンガチックに)描いた作品が、銀賞をもらって校長先生から表彰された。
深山先生が私の名前を「唐本冬子」にしておいてくれたので、私はこの賞状を「唐本冬子」名義でもらった。父に見せたら「あれ?名前間違ってる」と言っていたが、母は笑っていた。
そもそも私の名前は純粋に「唐本冬子」と間違われていることはよくあったので、これも「またか」と思ってもらえた面もある。
またこの時期、リナたちと組んで結構本格的な漫画も書いた。リナがストーリーを書き(内容は割とありがちなラブロマンスだった)、私とリナと帆華の3人でワイワイ言いながらネームを作成した。そしてそれに基づき、私が絵を描いて、少女漫画雑誌のコンテストに応募してみたのである。
結果は「努力賞」ということで、記念のボールペン3本セットが送られてきた。それでジャンケンして、黒を帆華、赤をリナ、青を私がもらうことにした。雑誌の副編集長さんからのコメントがあり「佳作にあと一歩の努力賞です」と書かれていたので、よし来年のコンテストでも頑張ろう! などと言っていたのだが、その雑誌はその年いっぱいで休刊になってしまったので、結局私たちの「次の作品」は制作されなかった。
私に時々歌を教えてくれていた静花は、自身は名古屋の独立系の芸能スクールに籍を置いていて、月に1〜2回名古屋に出てレッスンを受けていた。ある時、言われた。
「来月、全国放送の歌番組が名古屋で収録されるんだけどさ、そのバックコーラスに出る小学生の女の子を今集めてるんだけど、冬ちゃんも出ない?」
「私が出ていいんですか?」
「冬は充分上手い」
「女の子だけなのにいいのかな?」
「冬は女の子だよね?」
「うん」
「だったら出られるね」
それで母に話して付き添ってもらい、名古屋に行って放送局の人に歌を見てもらった。私は椎名林檎の『本能』を歌った。
放送局の人が何だか顔を見合わせている。
「えっと・・・君、この歌の歌詞の意味分かる?」
「分かりません」
すると放送局の人はホッとしたような顔をして笑い
「今度からは自分で意味の分かる曲を歌った方がいいよ」
と言う。
「えっと、不合格ですか?」
「いや、合格、合格。君、ほんとに小学2年生? 凄い歌唱力だね」
ということで出してもらえることになった。衣装は何だか凄く可愛いワンピースだった。背丈の順に並ばされたので、私はいちばん左端だった。静花は真ん中付近に立っていた。
放送は1時間の番組ということであったが、収録には3時間ほど掛かり、その間1度しか休憩が無かったので、みんなトイレに駆け込んでいた。
「あれ? あなた、去年合唱団の入団試験受けてなかった?」
とトイレで後ろに並んでいた4年生くらいの子に聞かれた。
「受けたんですけど、色々都合があって辞退しました」
「へー。あの時歌ってるの聴いてうまいなあと思ったから。当然合格してると思ったら居なかったら、あれ?と思ったんだよね。でも、あなた女の子だったのね。男の子っぽい服を着てたから、てっきり男の子かと思った」
女子トイレの中で「男の子かと思った」なんて言われたのは多分この時が最初で最後だ。
その子Mちゃんとは何となくおしゃべりして少し仲良くなった。でも普段の練習の様子とかを聞いていたら、何となく自分はやはり合唱団に入らなくて良かった、という気がした。何か「水の違い」を感じた。
出演者は結構豪華な顔ぶれだった。超絶売れっ子のアイドル歌手や、中堅のベテラン歌手、人気バンドなどの「本物」が目の前を歩いているのにはきゃー、きゃー、と叫びたい気分だった。保坂早穂や、その実の妹さん・芹菜リセには、駆け寄ってサインを求めたい気分だった。
「でも何か保坂早穂さんと芹菜リセさんって目を合わせないね。仲悪いのかな」
などと近くに立っているMちゃんと話していたら
「きっと姉妹だけにライバル心も凄いんじゃない?」
と別の子が言い、
「ああ、なるほどー」
という話になった。
常に比較される運命にあるから、お互いに気を抜けないライバルになるのだろう。ふたりは別のプロダクションに属している。姉妹なのになぜだろうと思っていたのだが、ライバルということを考えると納得できる気がした。
しかし実際の収録では「歌わない歌手」の多さに呆れる。アイドル歌手はほとんどが「口パク」であった。何も歌ってない歌手の後ろでCD音源にコーラスを入れるのは、何ともむなしい気持ちにさせられる。
口パクはアイドルだけでなく、往年の名歌手の人などもそうだった。おそらく歌唱力が落ちて、とても生では聞かせられない歌になってしまっているのではないかと、後で数人で話した。
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