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■夏の日の想い出・小2編(5)
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(C)Eriko Kawaguchi 2013-08-25
それまであまり練習熱心とはいえない姉に教えられるだけで、正式には習っていなかったので、この時期に結構悪い癖を先生に直された。椅子の座り方や腰の使い方などもそうで、私がいつも「両足弾き」するような姿勢で座っていたのを「片足弾き」の時は、こういう姿勢の方が弾きやすいなどと言われて修正されたりしたのも大きい。それで姿勢が安定したことで、私の手鍵盤の演奏の精度が上がったのである。また指替えのタイミングなども、かなり行き当たりばったりに指替えしていたのを、譜面の少し先まで読み計画的な指替えをするように言われて、先読みする意識を常に持つようになったので、演奏の表現面でもかなり向上したし、大きく上下する所で運指が行き詰まったりすることも減った。(運指に関してはピアノのレッスンの方では深山先生はプロの指導者ではないので、そういう細かい所までは気づかなかったようであった)
「冬子ちゃん、2学期になっても、レッスン続けない?」
とこちらでも先生から言われたが
「ごめんなさい。お父さんが許してくれないので」
と言ってこちらも断っておいた。
この年は8月14-15日が土日であった。それで14日の夕方、小学校の校庭で盆踊りが行われた。17時から21時までの4時間。学校関係者だけでなく地域の人がみんな参加するイベントで出店なども出ていた。盆踊りの音楽は小学校と中学校の吹奏楽部が1時間交替で2度ずつ演奏し、歌も小学校と中学校の合唱部の生徒が数人ずつ15分交替で歌うことになっていたのだが、小学校の合唱部の部長が静花と親しく、静花の歌唱力を知っていたので「一枠歌わない?」と言われたらしい。それで静花が私に「一緒に歌おう」と言った。
それで盆踊りの舞台上で歌うことになった。踊りについては民謡系は地元の父兄でそういうのが好きな人が、ポップス系は中学生のお兄さん・お姉さんたちがやはり舞台上で踊ることになっていた。歌う人は中央のやぐらの上で、踊る人たちの輪の中央で歌うことになる。
私は浴衣を着ていくことになるが、母に女の子の浴衣を着たいと言った。
「そうだねぇ。お父ちゃん、仕事で遅くなるみたいだし、いっか」
と言って、姉のお下がりの、金魚の柄のピンクの浴衣を用意してくれていたのだが・・・・
その日、父がなぜか早く帰ってきてしまった!
「お帰り。今日遅くなるんじゃなかったの?」
と母。
「うん。それがエアコンが故障してしまって。仕事にならないから今日は帰ろうということになったんだよ。あれ? 冬彦、なんで女物の浴衣着てんの?」
と父。
「あ、えっと・・・ちょっと、お姉ちゃんの浴衣が入らないかなと思って着せてみたんだけどね」
「冬彦の男物の浴衣、こないだ頼んだのが届いてなかった?」
「どうだろう?」
「佐川急便で送ると言っていたはずだが、ほら、そこの棚の上に乗ってる」
「ああ、全然気づかなかった」
「幼稚園ならまだしも、小学2年生の男の子に女物の浴衣は着せられんだろう。ちゃんと男物を着せてやれよ」
「そうだね」
ということで、私は男物を着せられてしまった!
母が小さな声で「ごめんね」と言った。
そういう訳で、私はひじょうに不本意ながら男物の浴衣を着て、小学校に出かけたのであった。なお、母は父に御飯を作るのに家に残った。姉は先に学校に出かけていた。
現地で静花と落ち合うと、早速言われる。
「あんた、なんでそんな男の子みたいな浴衣着てるのよ?」
「うーん。何だか出がけに色々あって、こんなことになっちゃった」
「どうかした子なら男物の浴衣着たら男の子に見えちゃうけど、冬の場合は単に男物の浴衣を無理に着てるという感じにしかならないなあ。私の古い浴衣が無いかな。まだ出番まで時間があるし、おいで」
ということで静花は私をいったん自分の家に連れていき、押し入れの中から自分の古い浴衣を引っ張り出してくれた。
「これ合わないかなあ」
と言って、赤い地で、鹿と手鞠の模様の浴衣を貸してくれた。
「ああ、サイズは合うみたいね。これを着て歌うといいよ」
「ありがとう」
私はほんとうに嬉しくて、静花にお礼を言った。
私たちの出番は18時からということだった。私が最初小学校に着いたのは16時半だったのだが、静花の家まで往復したので再度学校に戻ったのは17時半くらいだった。静花と一緒に出店など見て回った。
「冬ちゃん、将来は何になりたいの?」
「自分でもよく分からなくて、幼稚園の頃は『お嫁さんになりたい』とか言ってたんだけど、静花さんにいろいろ歌を教えてもらっている内に、歌手になれたらなあという気持ちになってきてる」
「うん。冬は歌手になれると思う。私も歌手になるつもり」
「頑張ってね」
「うん。私たち、ライバルになるかもね」
「ライバルって何?」
「うーん。お互い競い合うってことかな。それでお互い高め合うんだよ。だから仲間であり、敵でもある」
「よく分かんない。でも静花さんと敵にはなりたくないな」
「うーん。だから仲間だからこそ敵なんだよ」
「よく分かんない」
「ま、いっか。でも私と冬の出会いは運命的な気がする。私、冬に歌を教えていて、冬の才能をひしひしと感じる。冬を見ていると、私も頑張らなきゃと思う」
「うん。頑張ろう」
「そうだね」
と静花は優しく言った。
「ライバル」という言葉の意味を私が何となく理解するのはこの半月ほど後である。
やがて出番が来る。
私たちは櫓の上に登り、中学校の吹奏楽部の演奏に合わせて歌い出す。最初は『炭坑節』だ!
「月が〜、出た出た〜、月が〜出た〜、よいよい」
ユニゾンで歌う私たちの声はマイクと口の間を結構離しておかないとハウリングを起こすほど強烈で、私たちのすぐそばの櫓の上で踊っている人たちが思わずこちらを見るほどであった。
その後、うちの市で作られた『**市音頭』を歌い『佐渡おけさ』『木曽節』
『大名古屋音頭』と歌う。その後Kinki Kidsの『ジェットコースター・ロマンス』
モー娘。の『LOVEマシーン』を歌って、私たち2人の枠を終えた。
下に降りて次の組の子たちとタッチする。その子たちが櫓に上がったのを見て静花が言う。
「冬ちゃん『佐渡おけさ』も『木曽節』もうまいね。あの2曲は私一緒に歌っていて負けた〜と思った」
「伯母ちゃんにだいぶ教えてもらったから」
「あ、そうか。冬の伯母ちゃん、民謡の先生だったね」
「うん。でも『LOVEマシーン』は静花さんの方がずっと上手」
「そりゃ、まだ負ける訳にはいかないさ」
と静花は言い
「こういうのをお互い意識しあうのをライバルと言うんだよ。まあ、まだ冬は私のライバルとしては力不足だけどね。でも4〜5年後は本当に分からないなあと思うよ」
「ふーん」
そんな会話をしていた時、ちょうど近くを姉が通りかかった。
「あれ? 冬?」
「あ、お姉ちゃん」
「あんた、随分可愛い浴衣着てるね」
「うん。静花さんから借りた〜」
「へー。そんなの着てるとまるで女の子みたい。でもあんたには似合うよ」
「ありがとう」
「なんかおなか空いちゃった。でもテントの方、まだ準備中で」
「玄関の前の所はもうお店開いてたみたいだったけど」
「ほんと。じゃそっち行ってみよう。じゃね」
と言って姉は向こうに行ってしまう。
その姿を見送って、静花が少し難しい顔をして考えるように言った。
「ね・・・・、私がもし凄く変に誤解してたら御免。冬ってさ」
「うん」
「男の子だってことはないよね?」
「男の子だけど」
「えーーーーー!?」
「でもね。自分では女の子だと思ってるの」
「あぁ・・・」
「だから、私、何だか男の子として扱われたり、女の子として扱われたり。でもこうやって女の子の服着ている時が嬉しい」
「そうだったのか・・・・」
「去年、1年生の時の担任の先生は私のこと、男の子として扱ってて、自分のことも『僕』って言いなさいと言われて、去年は凄く辛かった。でも今年の担任の先生は女の子として扱ってくれるし自分のことは『私』って言っていいんだよと言ってくれるから、凄く気持ちが楽」
「ふーん。。。じゃ、冬としては自分のこと、女の子だと思ってるの?」
「うん。自分が男だと思ったことはない」
「私、今まで冬のこと女の子と思い込んでいたけど、これからも女の子だと思っていい?」
「うん。その方がいい」
「じゃ、私たちの関係はこれまでと変わらないね」
「うん」
「冬ちゃん・・・・トイレは女子トイレに入ってるよね?」
「そうだね」
「体育の時、更衣室はどちら使ってるの?」
「女子更衣室だよ」
「・・・・冬ちゃん、今年プールにはどんな格好で行ってる?」
「えへへ。女の子用のスクール水着買ってもらって、それ着てる」
「プールの更衣室は?」
「女子更衣室で友達と一緒に着替えてるよ」
「ふーん。。。女の子と一緒に着替えられるんだ」
「いけないかな?」
「ううん、たぶんそれでいいんだよ」
と静花は優しく言った。それから静花は少し考えるようにしていたがやがてもうひとつ尋ねた。
「でもさ、冬ちゃんさっきうちでこの浴衣に着替えていた時、下着姿になってたのを見てて、私何も違和感を感じなかった。考えてみたんだけど、冬ちゃん女の子パンツ穿いてたけど、もし男の子なら、おちんちんの形が分かるはずなのに、そんな形が無かった気がする」
「えっと、よく分かんないけど」
「ね。冬ちゃん、いちばん最近、温泉とか銭湯とかに入った時、男湯に入った?女湯に入った?」
「うーんと。。。。いちばん最近ってのは幼稚園の年中さんの時かなあ。九州のべ・・・何とかって所の温泉」
「別府(べっぷ)かな?」
「あ、それかも。その時は女湯に入ったよ」
「うーん。。。幼稚園ならどちらでも入れそうだな」
と静花は少し悩んでいる感じであった。
「ね、冬ちゃんって、実際問題として、おちんちんあるんだっけ?」
「分かんなーい」
「なぜ分からない!?」
8月末。私はエレクトーン教室の発表会に参加した。
ちなみにこの時、姉は自宅近くの教室に通っていたのだが、私は帆華の妹さんからの紹介ということで行ったので、隣の地区の教室であった。私がエレクトーン教室に行く時はふだんよりかなり女の子っぽい服を着ていたので、母もその方が(ご近所さんにあまり遭遇せず)気楽というのもあった感じである。
教室には幼稚園生から大人の人までたくさんの生徒がいるので、大人の人のまさにひとりでオーケストラかジャズバンドを演奏しているかのようなダイナミックな演奏には「すごー」と思ったりしたし、高校生のお姉さんが美しくクラシック曲(モーツァルト『ピアノ協奏曲21番』第2楽章「みじかくも美しく燃え」だと思う)を弾いたのには聞き惚れていた。
そして私はこの時、ひとりの女の子を強く意識することになる。その子は私より小さく、年長さんか小学1年生かな、と思ったが、かなり難易度の高そうな曲(たぶんYMOの『ライディーン』)を弾きこなしていた。私はその子の演奏を見て闘争心を刺激された。
この時初めて、もしかしてこういうのを「ライバル」というのではないかということに私は気づいた。私は今までこのように自分と年齢が近くてしのぎを削るような相手というのに出会ったことが無かったのである。私は彼女の名前「川原夢美」という名前を心に刻み込んだ。
私は『エーゲ海の真珠』を弾いたのだが、彼女の演奏を聴いた後だったので気合が入った。「ララララーン」というスキャットの入る部分はエレキギターの音で弾きながら自分でも歌った(ただし発表会では歌うのは採点外と後から言われた)。
転調や音色切り替えがけっこう大変な曲で、そのあたりは自動で切り替えるようにプログラムしておく手もあるのだが、発表会で弾く実機が家にないこともあり、手動で切り替えていたので、ほんとに忙しかった。
演奏が終わった時、何だか物凄い拍手をもらって嬉しかった。ああ、人前で演奏するのって気持ちいい! と思ってしまった。でも夢美に勝てた気がしなかった。夢美の方を見たが、彼女は無邪気にオードブルを食べていた。その彼女の態度に私は敗北感を感じた。
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