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■夏の日の想い出・花の咲く時(1)

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(C)Eriko Kawaguchi 2013-06-22
 
2013年7月3日。ローズ+リリーにとって初めての「オリジナル・アルバム」である『Flower Garden』が発売された。
 
ローズ+リリーはこれまで5年間活動(?)してきて、その間に2つのベストアルバム、3つのメモリアル・アルバム(追悼版)、そして3つの自主制作アルバムのリフレッシュ版を発売してきているのだが、普通の形で制作されたスタジオ・アルバムは実にこれが初めてだったのである。
 
しかしこのアルバムは全然「普通の形」では制作されなかった。そもそも多くのアーティストのアルバムは、実際問題として12〜14曲くらいの収録曲の中で本当にしっかり作られているものは2〜3曲で、後は「埋め曲」という感じであるのが『Flower Garden』の場合、収録曲のひとつひとつがシングルのタイトル曲として発売しても良いほどのクオリティを持っていた。
 
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「物凄く贅沢なアルバムです」
とあるFMのナビゲーターさんはこのアルバムを評して言った。
 
「これはシングルを14枚作るような手間を掛けて作られている」
と言ったナビゲーターさんもいた。
 
実際私はこのアルバムの準備を発売の1年前から始め、編曲をするとともにその収録に必要な演奏者に声を掛けて参加をお願いし、発売の半年前から多大な時間を掛けて収録作業を行った。本当にシングルを14枚作るような手間を掛けて作ったものである。
 
ただ、そのようなことができたのは『天使に逢えたら』『Month Before Rose+Lily』
などのCDがミリオン売れて資金があったこと。私とマリがまだ本格的な音楽活動を再開するに至っておらず、時間があったことが大きい。
 
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「この品質のアルバムは、さすがに来年は作れません」
と私はFM番組でも明言した。
 
「来年作れないというのは、楽曲のネタの問題ですか?」
とDJさんから尋ねられる。
 
「ネタは問題ありません。実際来年の夏くらいの発売予定のアルバムに入れる予定の曲を既に6曲、候補としてあげています。来年の春頃までにだいたいラインナップは固まるはずです」
 
「ああ、もう来年の予定もできているのですね!タイトルは決まっていますか?」
「『雪月花』。雪に月に花ですね」
「きれいですね」
 
「来年はさすがにこのレベルにはならない理由として、いちぱん大きなのは、私とマリの時間です。このアルバム制作のため今回スタジオを技師さんごと半年借りてますが、借りたスタジオを8割くらいは稼働させています(練習やアレンジ、またミクシングなどで使った時間を含む)。つまり、私やマリがこの半年間はほとんどそこに入り浸りになっていて、実は事務所にもほとんど顔を出してないのですが、来年はライブ活動とかもしていると思うので、そこまでの時間が取れなくなります」
 
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「おお、では来年はローズ+リリーはライブ活動も盛んになさいますね?」
 
「取り敢えず春以降に2〜3ヶ月掛けた全国ホールツアーというのを計画中です」
「それは凄い。何ヶ所くらいですか?」
「二十数ヶ所になると思います。土日中心にやるつもりなので」
「ああ、ゆったりペースなんですね」
 
「はい。身体を休めながらやらないと、クォリティを保てませんから」
「それは確かにそうかも知れませんね」
「最近、有力歌手で突然ツアーが中止になっている人が相次いでますでしょう。働きすぎというのが大きいと思います」
「ああ、そうですよね」
 
「それに最高のクォリティでのライブをお届けするには最高の体調を保つことが必要ですから。疲れ切った顔で演奏したら高いチケットを買って見に来た方に失礼です。私たちの仕事は、休むのも仕事の内ですね」
「なるほどですね」
 
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などと私は放送で言ったのだが、後で和泉やEliseから「手帳のスケジュール欄を真っ黒にしてほとんど休んでない人の言葉とは思えん」
と突っ込まれた。
 

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7月6日、ローズクォーツが伴奏者として出演する「しろうと歌合戦」の番組がスタートした。NHKの「のど自慢」と似たコンセプトだが、有名歌手やタレントが壇上で採点すること、純粋な歌だけではなく、衣装や演出も採点対象とすることをうたって、エンタテイメント性を高めている。テレビ局のスタジオでの撮影だが、(サクラを散りばめてコントロールした)観客も入れている。
 
土曜日の午後という微妙な時間帯だが、原則として生放送である。素人を出演させる番組はスタッフさえしっかりしていれば生でやって多少のハプニングも起きた方が面白いというプロデューサーの考えであった。
 
初回の冒頭、司会者のベテランお笑い芸人・ヨナリンさんが
「ローズクォーツが伴奏と聞いて、ケイちゃんが来てくれるものと思ったのに来てないんですね」
と発言した。
 
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「ローズクォーツは伴奏の仕事であちこちに行く時はボーカルが不要なので、ケイ抜きになります。ローズクォーツ−−(マイナスマイナス)ともいうのですが」
とサトが答える。
 
「マイナスマイナスがあるなら、プラスプラスもあるんですか?」
「はい、ケイちゃん、マリちゃんまで参加した状態をローズクォーツ++と言っています」
「なるほどー。でも女の子がいないとちょっと寂しいですね。サトさん女装とかしませんか? こないだなさってた」
 
「あれ、アルバム制作している最中、4回も警官に職務質問されたんですよ。私が逮捕されたら、ドラムス打つ人がいなくなるので勘弁してください」
 
「その女装のローズクォーツの写真がこちらに」
 
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と言って、写真が投影される。場内から歓声があがる。
 
「こうしてみると、確かにサトさんの女装はちょっときついかも知れませんね」
「まあ、この4人の中ではタカの女装がいちばんマシかな」
「あ、ほんとだタカさん、美人になってるじゃないですか? 女装しません?」
 
「いや、それやると私の人生が変わりそうで」
とタカが言うと、また観客から笑い声が起きる。
 
「いや。これだけ美人なら女装すべきですよ」
「そんなにおだてないでください。やりたくなっちゃうじゃないですか」
「おお、やりたくなったらしましょう。人間正直に生きるのが良い」
 
「そんなテレビで女装とかしてたら、お婿さんに行けなくなります」
「それはやはりお嫁さんに行くのを目指しましょう。タカさんはぜひ次週からは女装で演奏してください」
 
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などといったやりとりを経て、やっと番組が始まった。
 

事前の書類選考、予選を通過した人が10組登場する。トップバッターは元気な女子高生3人組で、放送コードぎりぎりの短いスカートを穿いての登場だった(カメラがアングルに気をつけていた)。元気にPerfumeの歌を歌ったが、歌はそんなに上手くはない。しかしダンスでけっこう頑張っていたし、ノリが良かったので、良い点数をもらっていた。(5人の採点者が各20点満点で70点)
 
番組はどうも前半に元気な人、受け狙いの人を集めている感じで、後半から歌の上手な人が出てきて80点以上の高得点を取る。その日最後に出てきたのは50代の肥満体型の女性で服もユニクロかしまむらか、という感じだったものの歌(いきものがかりの『ありがとう』)がプロ級で、声量もあり、100点満点の96点を出して優勝し、国内旅行券10万円を獲得した。
 
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こういう庶民的な雰囲気の人が優勝したこと、そしてそれだけうまくても安易に100点は付けなかったことで、エンタテイメント性はあっても良心的な番組であることを印象づけた第1回目であった。(今回の最低点は7点だった)
 
実際問題として採点者には事前に各歌唱者の予選での歌を聴かせておき、それで採点基準を調整するようにしていた。
 
歌はポップスから演歌、唱歌や洋楽まで多岐にわたっていて、どんな曲でもローズクォーツは無難に演奏し、その能力の高さを示した。歌のピッチも歌唱者のピッチが途中でずれて行った場合は、それに合わせて変更してあげた。ひとり予定と違う曲目を宣言して歌い出した出場者もいたが、ローズクォーツはすぐにその曲の伴奏に切り替えた。このあたりはタカが主導して臨機応変に対応した。
 
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番組の折り返し点の所でゲスト歌手の歌が入ったが、それもローズクォーツが伴奏し、合わせて司会者のヨナリンが入って、ゲスト歌手、サトやタカたちも巻き込んだトークが入り、サトやタカはわりと軽妙に受け答えしていた。たまにヤスも会話に参加するものの、マキはほとんどしゃべらないので
 
「マキさんはあまりしゃべらないんですね」
とヨナリンが言ったら
「マキは音源制作の時も無言で僕たちに指示を出しますから」
とタカが答える。
 
「おお、無言のリーダーなんだ!」
「しゃべらなくても、マキは目の前に譜面を置いたらどんな曲でもしっかり演奏しますしね」
「それは凄い。じゃ試してみよう」
 
と言って、司会者はタカに「何か譜面貸して」と言う。タカが譜面を1枚渡し、それをヨナリンさんがマキの前に置くと、マキは照れながらもそのベースラインをウォーキングベースで華麗に演奏してみせた。客席から拍手が起きた。
 
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そういう訳でヨナリンさんはマキに「無言のリーダー」のニックネームを付けた。他にサトには「心優しき巨人」、ヤスには「真面目なサラリーマン」、タカには「美少女ギタリスト」というニックネームを付けた。
 
「僕は『美少女ギタリスト』なんですか〜?」
「ええ。来週からは女装で出てくるということですから」
「え〜?そんなのいつ決まったんです?」
「さっき、僕が決めた」
 
という感じでタカもヨナリンさんとは相性がいいのが、結構軽妙な感じのやりとりをしていた。
 
なおゲスト歌手が決める特別賞には、今週最低点の7点だったものの、楽しいパフォーマンスで笑わせてくれた40代の男性(曲はQueen - Bohemian Rhapsodyだったが、実際問題としてほとんど歌になってなかった)、ローズクォーツが決めるローズクォーツ賞には先頭でPerfumeの歌を歌った高校生3人組が選ばれた。(タカが代表して発表し、記念品も渡した)
 
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「タカさん、ほんとに女装するの?」
と政子はワクワクテカテカした顔でタカに尋ねた。
 
「勘弁して欲しいけどなあ」
「放送局からは何か言われました?」
 
「うん。俺に任せるとは言われた。女装するなら衣装は局のを貸すし、スタイリストさんとメイクさんも付けるから、みっともない感じにはしないと」
 
「それは是非是非女装しようよ。タカさんのこないだの女装、可愛かったもん」
と政子は本当に楽しそうだ。
 
「マリちゃんにまで言われると、俺ほんとに悩んじゃうよ」
 
「もし本当に女の子になりたくなったら、手術してくれる国内の病院も紹介してあげるから。あそこの病院、いいよね?」
と政子は私に投げる。
 
「あそこの先生は技術は確かなんだけどね。口説き落とすのがうまいからなあ。診察だけに来た患者をやはり手術してしまおうという気にさせるのがうまい。手術の付き添いに来たお友だちを口説き落として一緒に手術しちゃったこともある」
 
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「それは何だか凄く怖い先生という気がする」
 

7月10日。KARIONの20番目のシングル『キャンドル・ライン』が発売された。KARIONは今年後半は卒論を書くため休養することにしており、既に7月1日から休養期間に入っているのだが、この曲の発表会には3人そろって出てきた。
 
KARIONは6月上旬までにこのシングル、今月下旬発売予定のアルバム、そして11月発売予定のシングルまでの音源制作を済ませており、休養期間中も作品は出して行くことにしていた。
 
ところが発表会の冒頭で和泉は言った。
「皆さんに謝らなければならないことがあります。実は今月下旬7月24日に発売予定にしておりました KARION 5周年記念アルバム『三角錐』の発売を9月25日に延期します」
 
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「それはまた大幅な延期ですね。何かトラブルでもあったのでしょうか?」
 
「全ての楽曲の編曲をやりなおしました。曲自体も半分以上差し替えました。従って音源もゼロから作り直します。そのため、KARIONは一応卒論のために表立った活動は休止しますが、8月一杯までは音源制作活動を続けます」
 
「それは何か権利関係の問題でも起きたのでしょうか?」
 
記者はハッキリとは言わなかったが、要するにこれまでのソングライト陣あるいは重要な伴奏者などが離脱したのか?という質問である。曲の入れ替え、編曲のやり直しというと、そういう事態が一番に考えられる。
 
「権利関係は問題ありません。KARIONのメンバーも、トラベリングベルズも、水沢歌月・福留彰も、他のスタッフも全員元気です。それよりも、一週間前に私たちのライバル、ローズ+リリーの5周年アルバム『Flower Garden』が発売されました。あれを見せられては、短期間で作った5周年記念アルバムなど出せません」
 
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記者席からざわめきが漏れる。
 
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夏の日の想い出・花の咲く時(1)

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