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■夏の日の想い出・けいおん女子高生の夏(2)
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目次 8
時間索引 #
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音源制作に出てきたついでにボクは例の問題で畠山さんに打診した。
「私が実はこちらの事務所とも長く関わってきたということを津田さんに1度ちゃんと言っておかなければならないと思っているんです」
「確かにそのことは一度クリアにしておいた方がいいかも知れないね」
「もしその件で津田さんとの話し合いの場を作ることができたら、社長、打ち合わせに出ていただけますか?」
「それはもちろんだよ」
金曜日の昼休み。聖子がうちのクラスまで来て
「冬様〜。リズミック・ギャルズの演奏する曲目が決まりましたよ〜」
と言って譜面を渡してくれた。
「ありがとう。ごめんねー。練習に出ていけなくて」
「来週はどうですか?」
「どうも全部潰れそう」
「ああ。じゃ練習しててくださいね。音は出るようになりました?」
「うん。あれ音自体は誰でも出るみたい。でもスタジオで一緒になったサックスプレイヤーの人に、基本的な笛の持ち方とか、吹き口の咥えかたとか教えてもらった」
「わあ、凄い」
「で、何の曲になったの・・・って『Omens of Love』!スクエアか!しかしまた古い曲だね」
「私たち生まれるより前の曲ですもんね。でも最初、『Moonlight Serenade』
とか『Sing, Sing, Sing』とかも候補に出たので、それよりはまだ新しいかな」
「へー」
「風花先輩が、お友だちのうちで聴いて、格好いいと思ったからって。そこのお母さんが中学生の頃、スクエアのファンだったらしいんですよ」
「ふーん。まあブラスバンドでは結構取り上げるしね。でもこの曲、サックスが主役じゃない?」
「だから頑張ってくださいね〜。黄色いマーカー付けてる所が冬様の担当です」
「了解〜」
その日の放課後。KARIONの音源制作もボクの演奏する部分は既に収録が終わっていたこともあり、ボクは学校が終わってから女子制服(6月なので夏服)に着替えて、△△社を訪れた。ボクの突然の来訪に甲斐さんが驚く。津田さんも寄ってくる。
「冬ちゃん、何か朗報でも持って来てくれた?」と甲斐さん。
「悲報かも」
「えー!? でも、私、女子制服着た冬ちゃんって初めて見た!」
「へへへ。実はけっこうこれで出歩いてるんですよね〜」
「それは知らなかった」
「あ、そうそう。これ手土産です」
と言って、プティケーキのたくさん入った箱を渡す。
「なんか手土産が豪華すぎるよ〜。どういう悲報なの〜?」
と甲斐さんが困惑するように言う。
ボクは津田さんの方を向き、
「社長。ふたりだけでお話ししておきたいことがあるのですが」
と言った。
「うん」
と言い、ボクは津田さんとふたりで応接室に入った。甲斐さんが取り敢えずお茶を入れてくれた。
「実は私は津田社長に謝らなければならないことがあるんです」
とボクは甲斐さんが応接室を出て行ってから言った。
「うちに勧誘をやめてくれとかいう話なら聞かないからね」
と津田さんは笑いながら言う。
「その件については、まだまだ保留ということで」
「うん、それならいいよ」
「実はですね。こんなこと言うと、本当にお怒りになるとは思うのですが」
「なになに?」
「実は、私自身の音楽活動についてなのですが、実はこちらと例の契約をする以前から、ちょっと関わりのあった事務所があったんです」
「えーーー!?」
「そちらとも一度も契約書とかは交わしたこと無かったのですが、あるユニットの音源制作時の伴奏やコーラス、それから楽曲の提供を継続的にしていたんです」
「へー。まあ伴奏者とまで契約するかどうかは微妙だな。しかし曲作りもしてたんだ!」
「実際には向こうでも契約を結びたいと言われて、私が性別問題があるからと言ったものの、時間を掛けても父を説得したいと言われて」
「熱心だね」
「ええ」
「でも分かるなあ。君みたいな素材を見たら欲しくなるもん」
「それであの時、ローズ+リリーとして8月いっぱい活動して欲しいと言われた時、私もそちらの事務所との関わりがあったので、どうしようかと思ったのですが、マリが物凄く乗り気でちょっと押し切られた面もありましたが、私自身もまあ1ヶ月間の限定ならいいかなと思ってしまって」
「ああ・・・」
「で、須藤さんが作った契約書の文面見たら『専属歌手として』と書かれていたので、私も、歌手としての専属なら、作曲とか伴奏とかは拘束されないからいいかな、と思ってしまったのもありました」
「うーん・・・・」
「その判断は私も甘かったと反省しています。あの時点で自分の現在の音楽活動と向こうの事務所との関係について、きちんと御説明するべきでした」
「そうだね。それはひとこと言って欲しかったね」
「大変申し訳ありません」
と言ってボクは頭を下げる。
「しかし、うちとそこの事務所は結局、どちらもきちんとした契約を結ばないまま、君を取り合いしていた訳か」
「そうなってしまいますね。結果的には」
「で、どこの事務所なの?」
「∴∴ミュージックです」
「畠山さんか!」
「はい」
「あのさ・・・当時の会議の内容は漏らしてはいけないことになってるんだけど、1月に君たちのことを討議した連盟の会議で、実はうちをいちばん弁護して熱弁を振るってくれたのが畠山さんだったんだよ」
「そうだったんですか!」
「元々の君とのことがあったから、味方してくれたのかなあ」
「そうかも知れないですね」
「今、そちらとの関係はどうなってるの?」
「畠山さんも熱心に私とマリを勧誘してます。何度かタイまで行ってお父さんとも話したみたいですよ」
「うむむ。頑張ってるな。僕もタイまで行くかな」
「それは勘弁してください。あんまり人が押し寄せると、マリのお父さんの態度が硬化するので」
「ああ、あの人、そうかも知れないね」
その時、甲斐さんが「失礼します」と言って、ケーキとコーヒーを持って入ってくる。ボクたちの会話は中断する。甲斐さんはチラっと津田さんの顔を見た。自分もこの席に入った方がいいのかどうか確認した雰囲気だったが、同席しない方が良いようだと判断して、そのまま外に出て行く。
ボクは会話を再開する。
「ローズ+リリーの方はそういう状況ですが、私がローズ+リリー以前から関わっているユニットの方には、昨年9月から12月に父が契約を拒否した日までは直接の関与を控えていましたが、その後はまた伴奏やコーラスに参加しています」
「うん。それは問題無いと思う。今君はフリーだし」
「でも実は作曲の方はローズ+リリーをしていた最中もしていたんです」
「よくあの多忙な中でやってたね!」
「済みません」
「いや、あの契約書は歌手活動にしか触れてなかったから違反ではないと思う。まあ、一応言って欲しかったけどね」
「はい、申し訳ありません」
「でも、なんか有名なユニット?」
などと津田さんはケーキを食べながら尋ねる。
「社長は KARION というユニットはご存じでしょうか?」
とボクは言った。
その瞬間、津田さんはまさに「鳩が豆鉄砲を食らった」みたいな顔をした。そしてむせかえる。
ボクはびっくりしてテーブルの向こう側に回り、津田さんの背中をさする。
「大丈夫ですか?」
「あ、うん、うん、大丈夫」
そんなことをしていた時、突然会議室のドアが開き、事務所の若い女の子が
「社長、済みません」
と言った途端、こちらを見てびっくりしたような顔をして、慌ててドアを閉めた。
「あ・・・」
ボクは一瞬津田さんと顔を見合わせる。
津田さんはドアの所に行き、開けて「何だね?」と訊く。
「あ、えっと。○○プロの浦中部長からお電話です」
とその女の子は言った。
「保留にしてる?」
「えっと・・・保留って・・・」
「じゃ、そちらで取る。ケイちゃん、ちょっと待ってて」
「はい」
5分ほどで津田さんは会議室に戻ってきた。
「あ、僕が汚したテーブル、きれいにしてくれたんだ? ありがとう」
「いえいえ」
「しかし最近の子は、電話の保留も知らないのかねぇ」
「みんな携帯しか使わないから」
「ああ!」
「でもさっきの変に誤解されたりして?」
「気にしない、気にしない」
「危ない会社だと思われたりしません?」
「ははは。でもホントにおかしな会社もあるからなあ、この業界には」
「私は枕営業はできませんよ」
「いや、君みたいなタイプがふつうの女の子より高値が付くよ」
「う・・・・」
「まあそれは置いといて」
と言って、津田さんはコーヒーを一口飲む。
「KARIONなんだ!」
まさかそんな有名所とは思っていなかったのだろう。今やKARIONは∴∴ミュージックの稼ぎ頭である。
「KARIONは最初、私も含めた4人での結成を畠山さんとしては考えていたんです。私は KARIONでは らんこ と呼ばれてて、いづみ・みそら・らんこ・こかぜ、と名前が尻取りなんですよ」
「へー! らいこじゃなくて、らんこだったのか」
「幻のKARIONメンバー《らいこ》というのが居たのではなんて噂がありましたね。ちょっと惜しかったですね」
「うんうん」
「そしてKARIONの曲を書いている水沢歌月というのが私です」
「そうだったのか!!」
「水沢歌月の正体はKARIONのメンバーと畠山さんの他は、町添さんしか知りません」
「町添さん・・・あの人は本当にタヌキだな」
「あはは」
「それでお願いなのですが」
「うん」
「ローズ+リリーに関して、私の方は実際問題として、マリのお父さんが納得する所と契約するつもりです。それがもし、△△社さんになった場合に、∴∴ミュージックさんの方で、私がKARIONへの最低でも楽曲提供と、可能なら音源制作での伴奏などを続けることを認めて頂けないかと思いまして」
「ふーん・・・」
と津田社長は少し考えるようであった。
「それって音源制作の時だけ?」
「はい。ライブには出ないことにしていますし、1度も出たことがありません」
「もし両方の音源制作のスケジュールがぶつかった時はどうする?」
「その場合はローズ+リリー優先です。KARIONの音源制作では、これまでも結構、私のパートだけ先行して録音しちゃってということもあったので」
「ああ」
と言ってから、津田さんはまた少し考えていた。
「その件に関しては、僕にも少し考えさせてくれる?」
「分かりました」
「ね、正直な話、今競争している7社の中で、君たちにいちばん迫っているのはどこの事務所?」
私は微笑んで答えた。
「8番目の事務所です」
津田さんは大きく手を広げる動作をして
「やはり、あの人か!」
と言った。
「ごめんなさい」
「まあ仕方ないかもなあ。マリちゃん自身がいちばん信頼している人だろうからな」
「それでそのあたりも含めて、一度畠山さんと会って頂けませんか?」
「うーん。そうだね。その方が話が早い気もするな」
「場所は私の方で用意しますね。内緒の話をしやすい場所を」
「というか、僕とケイちゃんと畠山さんの3人が同席しているのを絶対誰にも見られたくないね。やばすぎるから」
「ええ。そういう機密が確保出来る場所を用意します」
KARIONの音源制作は土日まで掛かった。ボクは自分の出番はあまり無かったものの、日中スタジオに詰めてそれに立ち会った。エンジニアの菊水さんからは結構便利に使われて「あ、これちょっと加工して」などという感じで頼まれてProtoolsの操作などもしていた。結局この音源制作でも、ボクはコーラス兼・キーボード兼・作曲兼・エンジニア助手であった。
週明け、月曜日の夕方。ボクと畠山さん、津田さんの3人は都内の高級料亭に集まった。ボクは若葉から借りたオートクチュールのスーツを着て出席した。ソバージュのヘアピースを付けてメイクもしているので、ちょっと見た目にはケイには見えない。実際、最初津田さんも畠山さんもボクを認識できなかった。
「しかし蘭子ちゃん、よくこんな所が取れたね」
「ケイちゃんの着ている服が凄い気がする」
「私の親友のコネです。この服も彼女からの借り物です。でも彼女はとても口の硬い子なので情報が漏れることはありません。ここを選んだのは、このお店では客同士が廊下で会うことが絶対無いようにコントロールしているからなんです」
「へー」
「トイレに行くのにも、他のお客さんがトイレに立っていたら、そちらが終わって部屋に戻るまで待たされます」
「トイレが近い人には辛い店だな」
「悪い相談がしやすい店ということか」
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