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■夏の日の想い出・3年生の早春(5)
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(c)Eriko Kawaguchi 2011-12-17
宮島SAを20時半頃出発する。山陽道もこのあたりからは交通量が少し減ってくる。途中PAなどで随時トイレ休憩するが、施設も何だか寂しい。政子も助手席で寝てしまったので、私はカーナビに放り込んでいる音楽を聴きながら運転を続けた。やがて車は山口JCTから、いったん中国道に戻り、関門海峡にさしかかる。壇ノ浦PAで休憩し政子も起こしてトイレに行き、しばし関門橋の夜景を楽しんだ。
車に戻り、一気に関門橋を渡って、九州自動車道に入った。途中古賀SAで短い休憩と食料補給と給油をしたあと、結局夜1時頃、玉名PAに駐めて寝た。
トイレに行った後、しっかり目隠しをして後部座席で布団をかぶり一緒に寝る。もちろんお互い裸である。
「今夜はこのまましばらく抱き合っていたい気分」と政子。
「いいよ」
「恋人とか夫婦ってさ・・・」
「うん」
「いちばん大事なのは一緒にいることなんじゃないかなあ」
「・・・そのあたりはお互いのあり方もある気がするよ」
「同じ物理的空間と心理的空間を共有することが大事だと思うの」
「ああ、それは言えるかも。一緒に住んでても全然心が通じてない夫婦とかよくいるよね」
「仕事ばかりしてて、そもそも家に帰ってこない旦那とか、何のために結婚してるのか疑問」
「男の人って、放置してても女はじっと待っててくれてると思い込んでるんじゃないのかな」
「冬、正望君とあまり会ってないでしょ。大丈夫?」
「会った時は濃厚なデートしてるから」
「じゃ、大丈夫か」
「政子の方はどう?直哉君とはうまく行ってる?」
「あれ?言ってなかったっけ?直哉とは別れたよ」
「え?」
「今付き合ってるのは、1年先輩で宮城出身で」
「和則君か!」
「うん」
「でも何で別れちゃったの?お似合いみたいだったのに」
「飽きた」
「えー!?」
「というより、彼とはこれ以上付き合ってても進展がない気がしたのよね」
「ね・・・・私とは長い付き合いだけど、私のことは飽きないの?」
「冬は飽きない。だって、まだまだ冬の過去とか追求していける感じだし」
「あはは」
「それに冬と抱き合ってると幸せな気分になれるし」
「彼氏と抱き合ってても幸せな気分にならない?」
「冬は正望君と抱き合ってる時幸せ?」
「え?幸せだよ」
「私と抱き合ってる時と、正望君と抱き合ってる時と、どちらが幸せ?」
「その質問にはお答えできません」
「ちぇっ」
朝起きたのは5時頃だった。政子はもう少し寝ていたいと言ったので、後部座席に一応シートベルトをして座り、身体を少し斜めにして寝て、身体に布団も掛けた状態で出発した。
北熊本SAで朝御飯を食べたあと、政子はまた寝るというので寝せておき、熊本ICを降りて国道57号に入る。混みやすい道路だが早朝なのでスイスイ走れる。大津の道の駅まで来たところで目を覚ました。トイレ休憩したが、ここでちょうど日出となる。
政子も助手席に来て出発。車は阿蘇路に入って行く。やがて阿蘇パノラマラインを通って7時半頃に米塚の前に到着した。
「懐かしい・・・・」と政子。
「きれいな形をしてるよね」と私。
車の外に出て、ふたりで朝の光の中の米塚をしばし眺めていた。
「あ・・・・」
「うん・・・・」
「今、来てるよね?」
「うんうん。来てる」
目に見えるものではないが、米塚の平らな頂上の上に何かが来ている感じがした。そこから来る光の粒子が心地よい。それに何か柔らかい風に包まれるかのような感覚があった。私たちはしばらくその感覚を楽しんでいた。
「行っちゃった・・・・」
「うん・・・・」
「歓迎されたね」
「そんな気がした」
私たちは見つめ合ってキスをして、それから車に戻った。政子がバッグから、いつもの作詞用のレターパッドを取り出す。一緒に五線紙も取りだして愛用のセーラーのボールペンと一緒に渡してくれた。政子の方も、もう1本のセーラーのボールペンを持ち、詩を書き始める。私も五線紙に音符を書いていく。
ふたりとも15分ほどで詩と曲を書き上げた。
「できた」
「私もできた」
政子はタイトルの所に「Venti」と書いていた。私は「spirits of the wind」
と書いていた。つい笑ってしまう。(ventiはラテン語の風ventusの複数形)
「この詩をその譜面に書き入れてみて」
「たぶん、きれいに納まるよね」
「と思う」
私たちは書いている間、お互いが書いているものを見ずに各々の創作に集中していたのだが、果たしてふたりとも予想していたように、政子の詩は私の書いた曲に、ピタリと納まってしまった。ことばの区切りと音の流れの区切りがちゃんと揃っていて、詩に曲を付けたか、曲に詩を付けたか、したとしか思えないものであった。私はその曲を歌ってみた。政子がパチパチと拍手する。
目的地の役場には朝9時過ぎに到着した。なんと市長さんが出迎えてくれて、観光課長さんと一緒に30分ほど会談した。
実はこの九州行きの発端は、半月ほど前にラジオで私が『天使に逢えたら』は阿蘇の米塚で着想を得て書いた曲だということを言ったら、阿蘇の観光協会の会長さんの娘さんがその放送を聴いていて、それを父に言ったところ、ぜひ阿蘇の広報に使わせてくれという話が来たことであった。
交渉事は既に電話と文章のFAX,郵送によるやりとりで完了しているのだが、『天使に逢えたら/影たちの夜』の阿蘇限定版を作ることになり、取り敢えず1000枚プレスして観光協会側に送付済みであった。基本的な中身は変わらないのだが、ジャケット写真に阿蘇五岳と米塚の写真を使い、ボーナストラックとして阿蘇の観光ソングをローズ+リリーの歌で録音したものを入れていた。
今回はそのお披露目のイベントをしたいということで、私が行くことになっていたのである。熊本までなら普通は飛行機でさっと往復してくるのだが、今回は他のイベントのキャンセルなどでスケジュールがぽかーんと4日間空いてしまったので、車で往復することにした。
政子はどっちみち「人前で歌わない」契約なので、お披露目イベントには私だけが出席する予定だったのだが、町添さんが「デートを兼ねて行こうよとか、マリちゃんを誘ってみない?」などと言っていたので、その口車に乗って誘ったら行くと言ったので、ここまで一緒にドライブしてきたのであった。
市長さんとの会談の後、観光課長さんが、公用車で観光名所などを案内してくれた。政子は楽しそうで、たくさん課長さんと言葉を交わしている。やがて、この土日に町の広場で開かれていた物産展の会場に、案内された。ここで11時から今回プレスしたCDのお披露目をすることになっていた。
しばし会場を現場の担当者さんに案内してもらい、阿蘇牛の串焼きなど頂いて食べる。「美味しい!」と政子がご機嫌になる。お代わりして3本も食べていた。
やがて11時になり、今回制作したCDの紹介、そして歌っている私たちの紹介があった。ここで『天使に逢えたら』と阿蘇の広報ソングを、私のパートだけを抜いた(マリの歌は入っている)特種な音源で、私ひとりで歌う予定だったのだが、政子が「私歌っちゃおうかな」などと言い出した。「串焼きが美味しかったし」などと言っている。
そこで、こういう展開になった時のために用意していた、マリとケイの歌を抜いた(宝珠さんの歌のみが入っている)『天使に逢えたら』と楽器部分だけの阿蘇広報ソングを私のパソコンから直接会場の音響機器に接続して流した。
私と政子が会場のステージの上に立ち、演奏に合わせて一緒に歌った。会場のスタッフさんたちや、観光課の人などが拍手をしてくれる。政子が例の大騒動の後で、大勢の人の前で歌ったのは、大学1年の時の長岡のライブハウス、昨年12月のマキの結婚披露宴、に続いて3回目であった。歌っている所を写真などにも撮られたが、たぶんローカル紙にしか載らないだろうから騒がれないだろうと私は踏んだ。歌手が歌を歌ったのを見て誰も特別に思うわけがない。
お披露目の後、CDのサイン会が行われ、大半が市職員などの関係者の動員ではないかという気もしたが、数十人の人にサインをした。そのあと課長さん、観光課の40代くらいの女性のスタッフ(主任の肩書きの名刺をもらった)と一緒に4人で昼食に行った。
「九州には時々来られるんですか?」
「ケイはよく来てるよね」
「ええ、主としてFMの番組に出演するのに来ますし、私がやってるもうひとつのユニット、ローズクォーツの方では、ライブハウスツアーとか、ホールツアーとかしますね。熊本市にもけっこう来てますが、この界隈に来たのは高校の修学旅行の時以来になりました」
「私は母の実家が諌早なんですけど、あまりそちらには行ってないんですよね。福岡とか鹿児島とかは何度か仕事で来ましたが、私もこの付近に来たのは高校の修学旅行の時以来です」
「いや、昨夜にわか勉強で娘からいろいろ聞いてきたのですが、おふたりは高校の同級生だったんですね」と主任さん。
「同じ高校の同じ学年ですね。クラスは同じになったことないです。ふたりとも書道部に入ってたんで、それで仲良くなったんですよ」
「私は普段演歌ばかりなので、こういう音楽はさっぱり分からないのですが、ロックなんかとも違いますよね」と課長さん。
「ローズ+リリーは基本的にはフォーク系の曲が多いですね。『天使に逢えたら』
はヴァイオリン2つ、ビオラ、フルート、バロックフルート、ピッコロ、などとクラシックで使うような楽器をメインに演奏しています。ちょっと異色の曲ですね」
「何だか凄くきれいな曲ですよね」
「3年前にその修学旅行で来た時に、ミルクロードの話をガイドさんから聴いて興味を持っていたところで米塚を見て、見た瞬間、山の上で天使が遊んでいるかのような感覚を覚えたんですよね。それでその場でモチーフだけ書いて、最終的にはその夜泊まった別府の旅館で書き上げました」
「でもCD出したのは今年ですよね」
「2年くらい前からCD出そう出そうと言っていたのですが、なかなかタイミングが無くて。今回の上島先生のスキャンダル騒動が無かったら、ずっと世に出なかったかも知れないです」と私。
「でも上島先生が、放送前夜に自分の曲が使えないということになった時に、あれ使おうよって言ってくださったんですよね」と政子。
「へー」
「でも実はこの曲、3年前には歌えなかった曲なんです」
「あら」
「この曲は高いドの音まで使っているんですが、私がそこまで出るようになったのは去年の秋頃なんですよ」
「わあ」
「私もとても歌えなかったです。3年前は私も歌が下手で、ケイと同じ音を歌うか、あるいは3度とか5度違う音を歌うかとかしかできなかったので、こんなにメインメロディーと違う旋律をライブで歌うのは、当時の私には無理でした」
「マリは高3で私たちが受検勉強もあって休養状態になっていた時期、自宅にカラオケのシステム入れて、毎日10曲も20曲も歌ってたんですよ。それで凄くうまくなりました」
「ケイも高い声出すのに、コーラス部に入って、ソプラノパートを歌ってたもんね」
「へー、凄い。でもその頃はまだ男の子だったんでしょう?」と主任さん。
「はい。学生服着てソプラノの所に並んで歌ってました」
「わぁ」
「もう今は完全な女の子になったんですよね」
「はい。昨年の秋から戸籍上も女になりました」
「でもケイは私からすると最初から女の子だったね」と政子。
「うん。身体は手術していろいろ変えたけど、私の中身は変わってないよね。身体を変えていったのも、自分では、ある意味、髪型や服装を変えたのと大差無い感覚なんです」と私。
「あ、そうかもね。髪切るのも、おちんちん切るのも大差無いよね」と政子。「それはさすがに大差ある気がしますが」と課長さん。
「いや、ケイさんの性別のことは話題に出さないでくれと言われてたのだけど」
と課長さんは頭を掻いている。
「あ、そうだったんですか。ごめんなさい」と主任さん。
「あ、本人こういう感じで全く気にしてないですから大丈夫ですよ」と政子。
「自分で性別のこと、ネタにしてしゃべってるしね」
「まあね。私の性別は、いきなり写真週刊誌で全国に報道されちゃったから、もうあの時点で開き直っちゃったから」
その日は課長さんが運転する車で、地元の有線放送、それからコミュニティFM局にも行き、キャンペーンに来たことを話し、やはり両方の局でも『天使に逢えたら』
と、阿蘇の観光ソングを生で歌った。ラジオ局で歌うのは政子も全然問題ない。
16時頃、市役所まで戻り、課長さんに御礼を言って別れ、自分たちの車に乗って、国道57号線を熊本方面に戻った。熊本市内のショッピングセンターに車を駐め、食料品の補給と給油をして、夕食も取って少しゆっくりと休憩した。
19時頃、出発し熊本ICに乗って九州道を更に南下する。いったん、えびのPAで休憩した。
「何?あれ」
「えびのループ橋だよ。高速を通らない場合はあそこを走ることになる」
「きゃー。目が回りそう」
「子供の頃、九州旅行に来て目が回った」
「やはり・・・」
「この少し北の方に人吉ループ橋というのもあって、ループ橋が2つ連続してるんだよね」
「そういう道はあまり走りたくないなあ」
「ジェットコースターは好きだよね?」
「うーん。ジェットコースターなら目が回ってもいいけど」
夜風が寒いので、すぐに車に戻って出発した。少し走って霧島SAで端の方に駐めて休憩する。
スナックコーナーで霧島ラーメンセットを2つ頼み、政子は1杯きれいに食べ、私が半分しか食べなかったので、残りは政子が食べてくれた。
「でも別れちゃったけど、直哉も嫌いじゃなかったなあ」
「何を今更」
「和則とはまだキスもしてないんだよね」
「何回くらいデートしたの?」
「もう6回したかな」
「そんなにデートしててキスしてないって、もしかして相性悪いとか?」
「悪かったら別れてると思うのよね。確かに直哉とは3回目のデートでキスしたけど。でも和則とは会話してると結構楽しいよ。ほんとに話が合うんだよね」
「だったらキスくらいマーサからしちゃえばいいのに」
「うーん。。。向こうから仕掛けて欲しいんだけどね。ちょっと彼弱気な所ある感じだから」
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夏の日の想い出・3年生の早春(5)