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■夏の日の想い出・点と線(10)
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「どうしようか?」
とミソノが困ったように言う。
するとマキコが客席に呼びかけた。
「次の演奏予定のアーティストさんが、急にお休みになったのですが、どなたか代わりに演奏しちゃろうという方はおられませんか?」
すると7-8人の体格のよい女子のグループの中にいた1人が
「私でよかったら?」
と手を挙げた。見ると千里である。
「千里?来てたの?」
と和実は訊く。
「ちょっと買物してたんだよ」
「へー。千里なら安心だけど、何する?」
「そうだなあ。龍笛の吹き語りとか」
「そんなのできるの?」
「いまだに成功したことない。じゃピアノ貸して」
「OKOK」
それで千里はスタインウェイのグランドピアノの前に座る。和実が
「それではお願いします。作曲家として有名な鴨乃清見さんです」
と紹介すると、店内に驚きの声があがる。唐突にそんな大物が出てくるとは思いも寄らなかったであろう。
千里は軽くまず自作曲で大西典香が歌ったワールドヒット『ブルーアイランド』を歌い拍手をもらう(逆カバー)。
「この曲は実は宮崎県の青島を歌ったものなのですが、同じ“”ということで『青葉城恋歌』」
などど言って、それを歌って結構盛り上がる。
「少し仙台関係の歌を歌おうかと思います。次は『オ・シャンゼリゼ』」
この曲は仙台ではベガルタ仙台の応援歌として通っている。ちなみに“オ”はよく誤解されているが感嘆詞(O!)ではなく「〜にて」という前置詞(au)−英語で言えば at である。つまり曲のタイトルは直訳すると「シャンゼリゼにて」とか「シャンゼリゼでは」という意味になる。なお同じ“オ”と発音する単語でもリセエンヌ・ドオの最後の“オ”は金(きん)"or"である。
続けて楽天ゴールデンイーグルスの応援歌の一つ『楽天サンバ』(マツケンサンバの替え歌)を歌う。店内は大いに盛り上がる。更に『仙台牛たん音頭』でウケを取って『大漁唄い込み』(通称:斎太郎節:さいたらぶし)で、店はもう宴会になる。
その後はExile『Rising Sun』、ついでにアラジン『陽は、また昇る』、更についでにUSA For Africa『We Are The World』、MISIA『明日へ』、そして最後は『花は咲く』で締めた。
「鴨乃清見さんでした」
と和実があらためて紹介して千里はステージを降りたが
「ごめん、ちょっと時間オーバーした」
と謝った。
「いや、盛り上がったからOKOK」
と和実は言う。
千里の連れ?の女性たちはすぐ帰ってしまったが、和実はテーブルでリズが出したカフェラテをゆっくり飲んでいる千里の所にオムレツを作って持って行った。
「これサービスで」
「ありがとう。頂きます。カフェラテももらっちゃった」
「ギャラはいくら払おうか」
「要らない、要らない、友情出演ということで」
「じゃそうさせてもらおう。ところで買物に来たって、ずんだ餅とか笹かまぼことか?」
「ああ、土地を買ったんだよ」
「へ?」
「このカフェに隣接する土地、Q議員が作って発表していた図面にあった400m×300m, 12ha の土地を私が買っちゃったよ」
「嘘!?」
「イオンが来るかもというんで、ここの土地が凄い高騰していて、平米単価が仙台市街地並みの100万円くらいまで上がっていたんだよ。12haで1200億円だよ。こんなのイオンだって買わないよ。それがQ議員の逮捕とイオンの声明で、ここにイオンが来る可能性は消えた。するとこんな人気(ひとけ)の無い土地なんて誰も買わないだろうというので価格が暴落して平米単価2万円まで落ちていたんだよ。そこを知り合いの必殺値切人に交渉させてさ、結局個別の価格にばらつきはあるけど、12ha全体13億8000万円くらいで買った。今日の午前中に売買契約完了。年末だからどうせなら損切りして税金を安くしたかったんだと思うね。そこを必殺値切人さんはうまく突いたんだろうけど」
「必殺値切人って凄いね」
「ついでに売り手にQ議員の友人や親族の企業が随分あった」
「それは物凄く問題だ。でも必殺仕事人ってどんな人?」
「必殺値切り人ね。若葉のコンサルタントのひとりだよ。中村平蔵さんという人」
「若葉の知り合いか!でも必殺仕事人と鬼平が混じってる」
「本人も自分の名前をネタにするけど、どっちみち怖い。逆らったら斬られそうで。ちなみに剣道五段だよ」
「凄い」
「だけど12haを13.8億円って、かなり安くない?」
「平均平米単価11500円になるね。和実がここの土地を買った時の単価と似たようなもんじゃない?」
と千里は電卓アプリを叩いている。Panecalというアプリだそうだが、まるで本物の電卓を操作しているかのように見える。凄くリアルっぽい画面である。
「あれは400坪を1500万円で買ったんだよ」
「それだと平米単価11364円になる。和実に負けたな」
「あの時は旅館を廃業した人が早く現金を欲しがっていたからね」
「でもここに土地買って何するの?」
「巨大ショッピングモール作ったりして」
「え〜〜〜!?」
「冗談冗談。公園にしてもいいかなと思うんだよね。たくさんお花植えてさ。小川なんかも流して」
「それはいいね」
「ついでに体育館を建てる」
「それが目的か!」
「さっき話していたのは、仙台グリーンリーブズという社会人バスケットボールのチームメンバー。しばしばグリーン・スリーブスと誤記される。大会でも誤記されていたことある。緑の小袖じゃなくて仙台の青葉城ね。キャプテンの小野寺秀美ちゃんは、ここの事務をしている金子さんの高校時代の元チームメイトだよ」
「おっ。複雑な人間関係が」
「そこに体育館建てたら、彼女たちのチームが練習場に借りたいというので、彼女たちの希望とかも聴いていた。設備面とかで考慮する」
「へー。幾らくらいで貸すの?」
「年間300万円でどうよ?と言っている所」
「それかなり安い気がする」
「まあ儲けるつもりは無いから、施設の維持費が出ればいい」
「でも社会人チームにはその300万円もけっこう辛いかも」
「スポンサーと相談してみるということだった。値引き交渉には応じる」
「それあまり安くすると支援しているとみなされるんでしょ?」
「そう。それが面倒なんだよ。私は東京40 minuitsのオーナーだから、他のチームを支援したら違反になる」
「なかなか難しいんだね」
「それでローキューツは冬子に投げたからね。和実、グリーンリーブズのオーナーになる?」
「さすがにお金が無い」
「ユニフォームの広告スポンサーになるとかは?袖口とかなら安いよ」
「金額によっては考えてもいい」
「可能だったら私か金子さんに言って。小野寺さんに連絡を取れると思うから」
「じゃ検討はするよ」
「実は金子さんのチームにも貸す方向にしている。彼女のチームは仙台コシネルズというんだけどね」
「1つの体育館で2チーム練習?2コート使えるんだ?」
「2コート取れるけど、彼女たちには隣の体育館を貸す。こちらはしっかりしたスポンサーがいるから貸し賃年間500万取る。さすがに私も慈善事業ばかりはできない。それに所属リーグも違うしね」
「もしかして体育館2つ建てるの?」
「そうそう。並べて建てる。何かの時には間の壁を撤去して1つの体育館としても使えるようにする」
「それもしかして冬子が絡んでる?」
「ご明察。よく分かったね」
「大きなキャパのライブ会場が欲しいんだ?」
「そうなんだよ。だから建設費は半分冬子が出してくれる」
「金沢でも体育館建設やってるのに」
「その内、体育館の大チェーンができていたりしてね」
「既にできている気がする。千里これ何個目の体育館?」
「そんなに作ってないよ。千葉県の千城台体育館、茨城県の常総ラボ、兵庫県の市川ラボ、東京の深川アリーナ、福井県の小浜ラボ、石川県の火牛アリーナ、そして今度の仮称・若林ツインアリーナとまだ7つ目だよ」
「充分チェーンになってる。福島のは?」
「ムーランパーク福島は若葉が単独で建てた体育館で、私は関わっていない。Bリーグのアブクマーズが設計に関わっているけど若葉の資金力を理解していない。私個人としては少しスペックに不満がある」
「まあプロの目から見たら色々あるだろうし、お金の無い人は本当に必要なものを理解できない傾向があるんだよ」
と和実は言う。それは神田店時代によく若葉から言われて個人的に意識革命していったことでもある。人は資金的に厳しいものを無意識に除外しているのである。
「まあそれでここの体育館はツインアリーナという仮称の通り、2つ並べて建てる。グリーンリーブズに貸す方はヴェガつまり織り姫、女の子たちだから。シンボルは機を織る女の子。椅子は木の枠で暖色系・布の座席。コシネルズに貸す方はアルタイルつまり牽牛星、男の子だから。シンボルは牛を曳く男の子。椅子は鉄の枠で寒色系のビニールの座席」
「金子さんたちのチームって女子チームじゃないんだっけ?」
「本人たちは半分男とか言っているよ。まあバスケガールたちには性別誤解される子や、いつも誤解されて開き直っている子も多い」
「私も最初、金子さんを見た時はてっきり男性かと思ったんだよ!」
と和実は言っている。どうも千里が「半分男」と言ったのを冗談だと思ったようである。
「でも隣に公園ができるのならいいや。ショッピングモールだと雑然としてしまうけど、公園ならカフェの雰囲気としては良いと思うし」
「練習の後、お腹を空かせたバスケガールたちが来るかも知れないけど」
「何かボリュームのあるメニューを設定しようかな」
そういう訳で隣に公園を作り、体育館も建てるという計画について和実は異論が無いようであった。
1月6日(月)、和美は今年の予定について打ち合わせるため、TKR仙台支店に出かけていった。クレールでのライブを担当してくれている山崎さんと会う。
「うちもお店自体はおかげさまで黒字運営しているんですが、やはり建てた時の借金の返済がきつくて、そのことを先日メイド喫茶の連合会で話していたら『どうにもならなくなったら、お客さんがもっと来る仙台市街地に引っ越しちゃえばいいよ』なんていわれたんですけどね」
と和美は相手が山崎さんなので正直に言う。
「それも悪くないと思いますよ。市街地なら、多分今の数倍のお客さんが来るでしょうから売上も数倍になって借金も返しやすいでしょうね。ただ場所代が高いから、部屋を借りて営業するにせよ、買っちゃうにせよ、その家賃やローンも結構するでしょうけどね」
「でもTKRのアーティストさんはお客さんがたくさん来て嬉しいかな」
「それは微妙です」
「そうなんですか?」
「これが★★レコードとかのアーティストならお客さんがいっぱい居るのはありがたがると思いますが、TKRのアーティストの場合はセミプロ以下のいわばクォータープロとか素人に毛が生えた程度の人が多いから、むしろお客さんが少ないほうがいいという人も多いんですよ。大勢の前で演奏する自信が無い、もしくは恥ずかしい。男の娘がスカート穿きたいけど、それで人前に出るのは恥ずかしいとかいうのと似てるかな」
「ああ、何となく分かります」
と言いながら、どういうたとえなんだ?と思う。
「見てたら信濃町ガールズの子たちもお客さんが多い日はビビっているみたいですよ。あの子たちこそ半ば素人ですからね」
「確かに」
信濃町ガールズの子たちがここで定演している最大の理由が“度胸付け”であり、彼女たちは仙台で最低5-6回の出演を経験した後で、もっと大きなホールでの公演やテレビ番組に出るようにしている。ここは練習台なのである。
「あと音量の問題もありますね。町中でやると、よほど防音をしっかりした造りにしていない限り、思いっきり音を出せない。防音構造になっていても同じビル内には振動が伝わるから、貸しビルとかでは難しい。でもあそこは単独の建物で周囲に何もないから、いくら音を出しても叱られない。だからメタルバンドとかも、町中よりあの場所のほうがありがたいんです」
「つまりあそこはそれなりに存在意義があるんですね」
「ですよ」
「でも仙台の市街地といったら、どのあたりを考えられています?」
と山崎さんは訊いたが
「いやなーんにも考えていません。でももし出店するなら、どこがいいんですかね?」
と和美は逆に訊いた。
「まあ仙台市街地で人が多いところといえば、仙台駅周辺、一番町、それと両者を結ぶ中央通りですよね。中でも一番町の中心部、ぶらんどーむ一番町の界隈はファッションの町で渋谷系の文化にも敏感ですからメイド喫茶は受け入れられやすいと思いますよ。また北方の一番町四丁目はライブハウスが多いので、ライブ目当ての客がたくさん来てくれる可能性があります。それと北の四丁目にしても南側のサンモール一番町にしても、歴史の古い商店街だから、老齢の経営者も多くて、お店を辞める人も割とあるんですよ。ですから結構売り物件がありますよ」
「なるほど」
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