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■夏の日の想い出・混乱と暴走(5)
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(C)Eriko Kawaguchi 2017-10-15
その日マンションの掃除に来ていた田代幸恵は宅配便屋さんが来たので荷物を受け取ったものの、送り状を見て困惑した。洋服屋さんからの荷物なのだが、どうも龍虎が買ったもののようである。龍虎が自分で買ったのだろうが、龍虎が服を買うこと自体が珍しい。ファンからの贈り物が大量に来るので、それで充分まかなえている、ただしファンが送ってくるのは100%女の子の服である。しかし龍虎は女の子の服を着るのが好きなのでそれをそのまま着ている。もっとも龍虎はこの春、男物の下着を若干買ったようである。何でもこれまで使っていた下着が引越の際に行方不明になったということだった。
この日は芸能関係の仕事が無かったので龍虎は16時過ぎに帰宅した。
「お母ちゃん、ただいま。来てたんだ?」
「お帰り。お掃除しようと思ってね」
「ありがとう!」
「荷物来てたから受け取っておいたよ」
「わっ、それもありがと」
「お洋服、頼んだの?」
「学校の制服〜」
と言って、箱から取り出してみせる。C学園の女子制服である。ブレザーとスカートのセットだ。
「あら、夏服じゃなくて冬服頼んだの?」
「そうそう。洗い替えにと思って」
「洗い替えが2着も必要なの?」
「うん。忙しい時、すぐクリーニングできなかったりするかも知れないし」
「まあいいけどね」
と母は言った。細かいことあまり気にしないのが、お母ちゃんのいい所だよなぁと思いつつ、龍虎は冷や汗を掻いていた。
ゴールデンウィーク前の4月23-28日、AYAの、ゆみは新しい曲の音源製作に臨んでいた。これまでのAYAのシングルはだいたい2日くらいで音源製作するのが常だったのだが、今回制作の陣頭指揮を執ってくれた三宅先生が、ゆみの歌い方にかなり注文を付けた。
今回のCD制作そのものが、実は普段のルートではなく、★★レコードの加藤次長から提起されたものだったらしい。ゆみとしても、あれ?前回のCD制作からあまり時間が経ってないのにと思った。
ここの所、AYAは年に2回くらいの制作になっていた。
加藤さんはAYAの立ち上げに関わった一人である。
AYAの最初のCDの企画は、★★レコードの松前社長・加藤課長(いづれも当時)、雨宮先生をはじめアキ北原、新島鈴世、醍醐春海、毛利五郎、といったいわゆる雨宮グループ、それにH出版の辛島社長とで作られたものである。その時点では、まだ上島先生も$$アーツも関わっていない。
加藤次長は4月上旬にゆみを呼び出してこう切り出した。
「AYAの営業成績がずっと低迷している」
それを聞いた時、これは★★レコードとの契約解除、あるいはTKRへの移行の打診かと思った。昨年1月にTKRが設立されて以来、★★レコードのアーティストで売れ行きのあまりよくないアーティストが数十組TKRのブランド Vert Recordに移管されている。TKRはアクアをメインとするMarine Record, ステラジオをメインとする Broad Record, そしてその他大勢の Vert Record という3つのブランドを持っている。Vert Recordは基本的に委託契約扱いである。自由はあるし、実は歌手印税の率が高くて歌手本人に有利なのだが、あまり宣伝もしてもらえない。
ゆみは最近毎回5〜6万枚は売っていたので、安全圏かと思っていたのだが、年齢が高いのでリストラの対象になったか?とも思った。
しかし加藤次長の次の言葉は思いがけないものであった。
「しかしAYAはそのまま落ちていくアーティストではないと思うんだよ。だからテコ入れをしたい」
「テコ入れですか?」
「上島君って、実際の音源制作の時、ほとんど顔出さないでしょ?」
「お忙しいので仕方ないと思います」
「それで結局スタジオ技術者と、レコード会社の担当とで制作しているよね」
「そうですね」
「今回、ワンティスの三宅君が、自分がぜひ直々に指導したいと張り切っているから」
「わっ!」
「上島君も、三宅君がやるなら是非と言っていた」
「分かりました!」
三宅先生って・・・・怖そう!とゆみは思った。
しかし実際に音源制作が始まってみると、三宅先生は結構優しかった。恋愛経験の少ないゆみは、その美男子でしかも優しい先生の雰囲気に、ちょっと憧れの気持ちを抱いてしまったのだが、初日の昼頃、その視線に気付いた三宅先生から言われた。
「念のため言っておくけど、俺は既婚だから」
「あ、そうだったんですか!全然知りませんでした」
「実は高岡が死んで、ワンティスが一時活動停止になった頃に結婚したんだよ。籍は入れてないけどね」
「へー。どうして入れなかったんですか?」
「相手が、俺に『結婚式無し・指輪無し・同居無し・入籍無し・お互い浮気自由』というのを結婚の条件にしたから」
「それで結婚になるんですか!?」
「俺はそれでもいいと言った。それで結婚したんだよ。最終的には式だけは挙げたけどね」
「へー。でもちょっとロマンティックかも。お互いの夫婦であるという意識だけで関係を維持しているんですね」
「うん。それと毎年、結婚記念日の前後にお互いの予定を空けて一緒に旅行に行っている」
「素敵かも」
「ゆみちゃんには見せてあげよう」
と言って、三宅先生は首から掛けているロケットのふたを開けて、中の写真を見せてくれた。
「・・・・」
「どうかした?」
「この三宅先生の奥さん、ちょっと雨宮先生に似てますね」
「うん。俺の女房は雨宮三森なんだよ」
「え!?だったら、もしかして雨宮先生って性転換なさっているんですか?」
「いや、あいつは女になるつもりなんて無いと思うよ。おっぱいは大きくしているし、タマタマは取っちゃったけどね」
「だったら、もしかして男の方同士の夫婦?いえ、別に私はそういうのには偏見持ってないつもりですが」
「ちょっと違う。俺が女だから」
「え〜〜〜〜!?」
三宅先生は制作を一時中断して、自分と雨宮とのことを話してくれた。
「凄くロマンティックだと思う。素敵な関係ですね」
とゆみは心からそう思って言った。
「まあ浮気自由と言って結婚したけど、あいつの浮気はちょっと度をすぎている気はするけどね」
「きっと三宅先生は雨宮先生のホームグラウンドなんですよ」
「かもね〜。上島君の浮気が最近だいぶ収まってきているのに比べて雨宮の浮気は全然収まる気配が無い」
「あらあら」
「ついこないだも浮気している所を、醍醐君に連れ戻してもらった」
「あははは」
「それでその時、醍醐君に迷惑掛けたからというので、そのお詫びにこの曲を書いてもらったんだよ」
「なんか凄い曲だと思いました」
「醍醐君にはこのCD、絶対ミリオンにするから、とその印税をお詫び代わりにと言っているから」
「だったら、私頑張らなきゃ」
「うん。頑張ろう」
三宅先生は、ゆみの歌いかたに、かなりの注文を付けた。特に感情表現に関する部分である。ゆみは元々楽譜に正確に歌うより、リズムや音程を微妙に変えて、感情を込めて歌うタイプの歌手である。しかし三宅先生はその微妙な変化を意図してするのなら構わないが、正確に歌えないから崩して歌うのはNGだと言って、崩してはいけない部分については正確な音程とリズムで歌うことを要求した。
それで普段の制作の何倍もの時間を取ったのである。
そして感情を込める所については、その歌詞の意味をよくよく考えて、そのシーンを思い浮かべるようにして歌うことを要求した。
こういう細かい指導をされたのは、インディーズの頃以来だなとゆみは思った。あの当時、アキ北原さんが熱心にAYAの3人(あすか・ゆみ・あおい)に指導してくれていた頃のことを思い起こす。そのアキ北原さんもメジャーデビューを目前にして亡くなってしまった。上島先生はその後を継いでくれたのである。
結局6日も掛けてやっと完成する。
終了したのは4月28日夕方で、実は明日からゴールデンウィークのツアーにAYAが出かけるので、もうタイムリミットであった。
ゆみもポーラスターのメンバーも最後はかなりくたくたになったものの、仕上がった曲を聞くと、これまでにない「線の強さ」を感じる演奏に仕上がっていた。
「だけどこれ打ち込みでは表現できなかったね」
とポーラスターのリーダー杉山さんが言う。
「打ち込みはどうしてもゆみちゃんの歌唱と微妙にずれるんだよね。今回はゆみちゃんの歌にきれいに演奏を合わせてもらったから」
と三宅先生自身も疲れた表情の中で言っていた。
「私も練習している中で、演奏と完全にシンクロするのが、凄く心地いいことを感じた」
と、ゆみも言っていた。
この曲は5月24日(水)に発売され、初動は5万枚だったものの、FM放送のナビゲーターさんたちの間で評価が高く、そこからの口コミで6月末までに40万枚を突破。それでも売れ行きが止まらないので、このまま行くと6年ぶりのダブルプラチナかもという雰囲気になった。
AYAのヒット曲ランキング
2010『2度目のエチュード』60万枚 (マリ&ケイからの提供曲)
2011『カチューシャ』51万枚
2015『停まらない!』48万枚 (マリ&ケイからの提供曲)
2015『変奏曲』42万枚
2017『ゴールドラッシュ』40万枚←★イマココ
2008『三色スミレ/スーパースター』38万枚(スーパースターはアキ北原の遺作)
2017年春から初夏に掛けて、私の友人が相次いで結婚式を挙げた。私はアルバム制作で忙しい中ではあったが、結婚式・祝賀会に出席してきた。
まずは4月23日(日・大安)、千葉ローキューツで3月までキャプテンを務めていた愛沢国香が結婚式を挙げた。相手も北海道の帯広出身で関東の実業団に所属するバスケット選手ということで、バスケット関係者が大量に集まる結婚式であった。
ローキューツの選手やOGなども多数来ていたし、旭川や帯広出身で関東周辺に来ているバスケット関係者も多数来ていた。新郎新婦が2人とも北海道出身なので、“内地”で主流の《披露宴》ではなく、北海道流の《祝賀会》で実施する。案内状にも《会費18,000円》というのが明快に記載されていた。
それでも私と政子はローキューツのオーナーという立場から、会費とは別にご祝儀も用意して行き、会費を払った上で、受付をしていた原口揚羽に祝儀袋を渡した。
私は北海道での結婚式にも参加したことがあるが、政子は会費方式の祝賀会というのは初体験で、
「財布から出して払うのか!」
「領収証があるのか!」
と驚いていた。
祝賀会は参加する人数が読めなかったこともあり、立食パーティー方式で、但し、多数の椅子も用意されていた。政子は
「たくさん食べられる!」
と張り切っていたが、そもそもバスケット選手ばかりで沢山食べる人ばかり来ることが想定されて料理は大量に用意されていた。それで食費がかさむことが予想されるので、今回の会費は、やや高めの18,000円に設定されたようだ。
会場でバッタリと千里に会った。
「よく来られたね!日本代表の合宿中かと思った」
「よく来られたね。KARIONでツアー中かと思った」
と双方の挨拶である。千里は日本代表候補ではあるが、昨年のリオデジャネイロ五輪の代表なので、25日から合流すればいいらしい。それでも合宿に任意参加するつもりだったが、少し調子を落としていたので、合宿から離れて別メニューで調整している所だと言っていた。
KARIONも土日はツアーをやっている最中で、先週末も来週末もライブがあるが、今週末は無かった。実は今週末はアクアの写真集撮影が入っているので、それにアクア・プロジェクトのディレクター役である和泉が同行することになっていた。それでKARIONツアーも今週はお休みにすることにしており、それで私も国香の結婚式に出ることができたのである。
「今年のローズ+リリーのアルバム制作もそろそろ始まるんじゃないの?」
「うん。KARIONのツアーが終わったらそちらに取りかかる。また年末まで、ほとんどKARIONの活動はできない。そうだ。今年もローズ+リリーのアルバムに1曲もらえない?醍醐春海の名前でいいから」
つまり鴨乃清見水準でなくてもいいという意味である。あのレベルのものは千里としても年間数曲しか書けないはずだ。
「アルバムのタイトルは?」
「Four seasons」
「へー。OK。何か考えておくよ」
と千里はそんな会話をした。
「あ、そうそう。冬は鹿島信子と中村正隆の結婚式には出るよね?」
「もちろん」
「祝儀言付かってくれない?その時期はアメリカ遠征中だから」
「いいよー」
「じゃお金だけ渡しておくね。名前は代筆しておいてよ」
「どの名前?」
「葵照子名義と醍醐春海名義1つずつ」
「OK」
「じゃ渡しておくね」
と言ってバッグからいきなり封印の入った100万円の札束が4つも出てくる所がさすが芸能人である。
「じゃこれ入れておく。ところで千里、今日は会費だけ?」
「まさか。それ以外に別途祝儀で50万円渡した」
「良かった。私もオーナーだからと思って100万円祝儀を渡した。一般の人の結婚式の祝儀の相場が分からなくなっちゃったんだけど、多すぎないよね?」
「大丈夫じゃないかなあ」
その会話を近くで聞いていた40 minutesの松崎由実がポカーンとした顔をしていた。
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