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■夏の日の想い出・混乱と暴走(3)
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ここまで解説を聞いていて、七星さんが言った。
「だったら私も自分の曲1曲に加えて、このやり方でケイ風の作品を1つ試作してみるよ」
「私も自分の曲1曲とケイさんの風の曲を1曲書いてみます」
と青葉が言う。
私はもうどう答えていいか分からずに苦笑していたのだが、千里は言った。
「それで私は3曲書いて、その内2曲はケイ風に書く」
と千里。
「するとこれで私たち3人でケイ名義の作品を4曲書ける。それに加えて、私、七星さん、青葉、ゆまちゃん、エリゼさんで1曲ずつ提供すれば9曲になる。あとケイ自身が3曲書けば12曲入りのアルバムになるね」
と千里は言った。
「ごめん。1日考えさせて。でもその作品作りは進めていてもらえない?もし今回のアルバムに使えなかったとしても、必ずどこかで使うから」
「了解了解」
と千里は笑顔で言っていた。
5月13日。
政子は珍しく早朝に起きたかと思うと
「美空と一緒にケーキの食べ放題に行ってくるね」
と言って出かけて行った。
政子を1人で出すのは怖いのだが、まあ美空と一緒ならいいだろうと思い、私は楽曲のとりまとめで忙しかったこともあり、そのままひとりで出した。
しかし実際は政子は美空に口裏合わせを頼んで、単身新幹線で大阪に行っていたのであった。
新大阪駅で降りた政子は地下鉄に乗り換え、やがて大阪市内の某駅で降りる。そして駅から歩いてすぐの所にある総合病院に入った。
産婦人科のある5階に上る。キョロキョロして歩いていたら、若い看護婦さんから声を掛けられた。
「お見舞いですか?」
「あ、えっと松山露子の友人なんですが」
「松山さんなら、4号分娩室ですよ。さっき入られた所なので、まだ1-2時間かかるかも」
「ありがとうございます!」
それで看護婦さんから教えられた方角に行き、4号分娩室を見つける。廊下に松山貴昭と彼の両親がいるのに気付き、ギクッとする。立ちすくんでいたら、貴昭が政子に気付いた。
「どうしたの?」
「心配で来てしまった」
「ここに座ってなよ」
「うん」
それで政子は貴昭の隣に、30cmくらいの隙間を空けて座った。この30cmの距離が今の自分と貴昭の距離なのかも知れないと政子は思った。
「そちらは?」
と貴昭のお父さんが尋ねるので、貴昭は
「露子の古いお友達なんだよ」
と答えた。
「露子は昨夜陣痛が始まって。つい30分ほど前に破水して分娩室に入った。初産だから時間が掛かるかも」
と貴昭が説明する。
「露子さん、細いから心配で」
と貴昭のお母さんが言っている。
確かに細い人だよなあと政子は思った。体重が40kgあるかないかくらいだった。
「露子さんのご両親や妹さんは?」
と政子が訊く。
「昨夜連絡したんだけど、甑島から出てくるのは大変なんだよ。多分夕方になる。さっきもうすぐ川内港という連絡はあったんだけど」
と貴昭。
甑島から大阪に出てくる場合、鹿児島空港から空路を使う手と川内駅から新幹線を使う手があるが、実際問題として大して時間差は無いらしい。費用は新幹線のほうがずっと安いので、新幹線を使うということだった。お父さんが結構足腰が弱いらしく乗り換えに時間がかかるので、恐らく14:00の《さくら》になり、それだと新大阪到着が17:48である。そこからこの病院まで30分くらい掛かるが、通勤ラッシュにぶつかるので、1時間くらい掛かってしまうかも知れない。要するに今日中には着くだろうというレベルだと貴昭は細かい説明をした。
「未経験の人が通勤ラッシュの電車に乗ったらショックで死にかねないかも」
と政子。
「うん。だから状況次第では、通勤ラッシュが収まるまで新大阪駅で休憩してから、移動した方がいいと妹さんには言った」
と貴昭。
「その方がいいと思うよ」
と政子は言った。
結局政子はそのまま貴昭としばらく話していたのだが、ふと気付く。
「露子さん、他にお友達とかは?」
「あいつ、あまり友だちがいないんだよ。あまり都会の空気に馴染めなかったみたいでさ」
「そっかー」
そして政子が到着してから1時間ほど経った頃、
「おぎゃー、おぎゃー」
という元気な産声が聞こえた。
「やった!」
と思わず貴昭も政子も声を出した。
少しして看護婦さんが出てきて
「女の子ですよ」
と告げた。
「貴昭さん、女の子のパパになったね。おめでとう」
「ありがとう」
何となくふたりは握手をして見つめ合った。政子は久しぶりに彼の手に触れてドキッとした。
「じゃ、私は帰るね」
と政子は言った。
「そう?」
と貴昭。
「あら、露子さんに会ってあげてください」
とお母さんが言ったが
「ごめんなさい。仕事の途中を抜け出してきたので」
と政子は言って、フロアを後にした。
政子はそのまま病院のロビーで3時間ほど待った。大阪に来ているのに、そしてまだお昼も食べていないのに、政子は何も食べずにその3時間を過ごした。
そしてまた総合病院の5階に行った。新生児室に行く。
どの子かな・・・・と思って並んでいる赤ちゃんを眺めていた時、ひとりの赤ちゃんが政子の方を見て、ニコッと笑ったような気がした。政子はその子が凄く愛おしい気がした。
看護婦さんが通りかかる。午前中に政子に声を掛けてくれた看護婦さんである。
「あら、松山さんのお友達でしたね」
「あそこの右から2番目の子が松山さんの赤ちゃん?」
「そうですよ」
「ママに似て可愛いなと思ったから」
「さっきまで凄くご機嫌が悪かったのに、今は笑顔ですね」
そんな会話をしてから政子は
「ありがとうございました。今お見舞いして帰る所だったんです。じゃ失礼します」
と言って、今度こそ本当に病院を出て、地下鉄の駅に向かった。
政子は帰りの新幹線の中でぼーっとしていた。新幹線の中でも政子は何も食べなかった。
そして恵比寿のマンションに帰り着いて、冬子が
「マーサ、どこに行っていたの!?」
と咎めるような声で訊くと、こう言った。
「お腹空いた〜。冬、スパゲティが食べたい」
5月21日。千里は「ケイ風に書いた曲」2曲を送って来てくれた。
ひとつは1960年代のグループサウンズっぽい曲『お嫁さんにしてね』という曲、もうひとつは1970年代のフォークっぽい曲『冬の初めに』という曲であった。スターキッズの標準構成で演奏する場合のスコア付きである。
私が彼女たちに頼んだのは5月12日である。それなのに千里はこの2曲をわずか9日後に続けざまに送って来た。1曲は21日の朝6時、もう1曲は夜の20時である。ほぼ同時に到着したのは、最初に2〜3日で曲の根幹を作り、お友達(?)にスコアを書いてもらったのが、同日に完成したからかな、と私は思った。しかしどちらも物凄くクオリティの高い曲であった。短期間にこういうレベルの高い曲を2曲というのが凄い。あるいはストックとして持っていた曲を手直してローズ+リリー用にしてくれたのかも知れないという気がした。
私は千里に御礼がてら21日の22時頃電話してみたのだが、つながらない。何かの作業中かなと思いメールしておいたら夜の1時過ぎに連絡があった。
「ごめーん。毎日22時から午前5時くらいはバスケの練習してるんだよ」
と千里は言っていた。
「あれ?もしかしてもうヨーロッパ遠征始まったんだっけ?」
「それはまだ。でも私も最近生活時間帯がどうもよく分からなくなって。1日に3回御飯は食べているんだけど、どれが朝御飯でどれが晩御飯か分からなくなりつつある」
「ああ。それは私も分からないかも知れない」
彼女に訊いてみると、別にストックを使った訳ではなく、この9日間の間に発想してまとめあげたものだという。
「『お嫁さんにしてね』はたまたまフロリダで結婚式を見て、それで思いついたんだよ」
「ああ、こないだアメリカに行ったもんね」
「『冬の初めに』はフランスの最近の気候から思いついたんだよね」
「最近?」
「フランスってさ、この時期は朝晩は冬服、昼間は夏服が必要なんだよ」
「そんなに寒暖の差があるんだっけ!?」
「だから実は『冬の初めに』はマルセイユの夕方の風景を読んだ歌」
「確かに歌詞がヨーロッパっぽい気はした」
そういう訳で、千里はまだヨーロッパ遠征には出かけていないというのに、ヨーロッパの歌を「最近」の体験から発想したという話で、何だか誤魔化されたような気もしたのだが、ともかくも彼女がこういう良質の歌を短期間で書いてきたことで、私は大いに刺激された。
千里は22日の朝になって
「PV作る時の参考になれば」
と言って、写真を数枚送って来てくれた。
結婚式の写真が写っている。タイムスタンプが2017.05.14 4:08になっているが昼間の風景である。教会の時計が映り込んでいることに気付いた。拡大してみると、3時8分くらいであることが分かった。昼間の風景だからこれは15:08のはずである。私は世界時刻のページで調べて、アメリカの東部夏時間っぽいことを確認する。つまりこれは本当にアメリカの東部で撮影されたものなのだろう。
まるで冬のような服装の人々が道を歩いている写真がある。タイムスタンプは2017.05.14 3:58 になっている。しかし情景は夕方か早朝という感じである。私は千里がマルセイユと言っていたなと思い、この日のマルセイユの日没時刻を国立天文台のサイトで調べてみた。すると現地時刻で 5/13 20:53 日本時間に直すと 5/14 3:53 であり、すると千里が写した写真はマルセイユの風景だとしたら日没の5分後に撮影したことになり、光の加減と矛盾しない。
しかし・・・アメリカ東部の写真とフランスの写真の時間差はわずか10分である。私は写真のExif情報を表示してみた。
どちらもメーカー情報や位置情報が入っている。アメリカ東部と思われる写真の位置情報で地図を見ると、撮影場所はフロリダ州のオーランドであることが分かる。メーカーはアップルだ。iPhoneかiPadで撮影したものだろう。
フランスと思われる写真のExif情報も見ると撮影場所は間違い無くマルセイユである。メーカーはSharpになっている。もしかしたらAquos Phoneかも知れない。
でも千里はガラケーを使っていたはずである。となると、これは恐らく千里の友人が今フランスとアメリカに居て、偶然ちょうど似たような時刻に撮影して送ってくれたものなのだろう。たぶん千里はその写真にインスパイヤされて、あの2曲を書いたのではないかと私は推測した。
でも。。。まるで自分が見たかのような言い方をしていたのはなぜだろう?
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