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それで俺たちは翌週から、高木さん・麻取さんを含めて4人でB社に行き、望月支店長と面談。B社福岡支店の現状のヒアリングをして、それならこういうシステムがあるのですが、というのを提案した。
「ああ、それは面白いね。検討してみようか」
と望月さんが言ってくれたので、具体的な提案に入った。
A社との交渉では、俺たちはいつも肩書きのない担当者と打ち合わせていたので、その人が権限を持っていないため、合意したはずの話がすぐひっくり返って何度も何度も似たような作業の繰り返しを強いられていたが、B社との交渉では、望月さんがいつも対応してくれて、そこに担当者を同席させて、忌憚ない意見を聞くという形で進んだ。判断できる人がその場にいるおかげで短期間で話がまとまった。
それで見積書を出すと、「うん、これでOK」と言い、一発で契約してもらえることになった。
A社との交渉が4ヶ月も掛けて結果的にアウトだったのが、こちらは1ヶ月半ほどで妥結に至る。
こうして、戦略的営業センター(SSC)は開業してから半年で、とにかく最初の案件を獲得することができたのである。
望月さんは、その後も俺たちと時々スタジオでセッションをした。ある時は彼の古い友人でサックスを吹くという人を連れてきたが、その人が地場の運送会社の幹部さんで、その縁で俺たちはそこにもシステムの提案をして、導入することができた。またある時は、食料品卸の中堅の会社の部長さんを連れてきてくれて(この人はヴァイオリンを弾いた)、またそれでお仕事をもらえた。
このセッションにはその内、うちの福岡支店の女子社員・さっちゃんも加わるようになった。さっちゃんはピアノが上手いので、望月さんの代わりにキーボードを弾いていた。ついでに、さっちゃんを福岡支店から戦略的営業センターの方に引き抜いた!
しかし、何だか音楽を媒介にして、人脈が広がっていき、望月さんがまるで俺たちの営業活動の要になってくれている感じだった。望月さんは「そもそも会社と会社を結びつけるのがうちの会社の仕事だから」と言っていた。確かに商社というのはそういう仕事だ!
むろんそれとは別に、俺とあっちゃん、さっちゃんで積極的に地場の中小企業などを訪問して契約は取っていたのだが、大口の契約はほとんど望月さん経由でもたらされている感じであった。
そして・・・・1年後、望月さんと麻取さんは結婚した。
ただし麻取さんは仕事はそのまま続けるし、旧姓で勤務するということだった。
結婚式には俺は、女性用のドレスを着て出席した。あはは、さすがに男物の礼服を着る訳にはいかないだろうなぁ。
しかし俺ほんとにこんな生活していていいのか?
「このドレス買ったの?」
とナミちゃんから訊かれた。
「レンタルだよぉ。女物のドレス買っても着ていく所ないし」
「でも多分、結婚式はまだまだ発生するよ」
「だけどさ、同じ服を着ていく訳にはいかないじゃん」
「そうそう!それが女の面倒な所だよねー」
「男の人は同じ礼服でいいのにね」
「でもすっかり女の子が板についてる。お化粧も上手だし」
「さすがにお化粧は慣れた」
「いつ頃、性転換するの?」
「しないよー。私、男だよー。その内ちゃんと背広着た生活に戻るから」
「いや、多分もう男には戻れなくなってると思う」
「う・・・・」
「だいたいさあ。いつも、ひろちゃん、女子更衣室で他の子とおしゃべりしながら着替えてるじゃん」
「うん」
「今更、ひろちゃんが男だなんて主張したら、下着姿晒してる女子全員からリンチにあうと思うぞ」
「こっわぁー」
まだ福岡支店所属だった頃は、男性の同僚と飲みに行ったりすることもあったのだが、最近はもうずっとしていない。生活が完全に女性化してしまっているので、勤務が終わってからどこかに行くのも、女性の同僚たちとしかしてない感じだ。スカート穿いてお化粧していると、男性の同僚たちとの間に壁を感じてしまっていた。
その年の夏は、生の松原に海水浴に行こうという話が持ち上がっていた。
福岡支店長が以前住んでいた家(現在空き家)が今宿にあるので泳いだ後はそこに泊まり込もうという計画である。ごろ寝だが、一応部屋は男子と女子に分けるという話だった。参加者は男性が10人と、女子はあっちゃん、さっちゃん、ナミちゃん、まいちゃん、はるちゃん、ゆきちゃんに俺!である。俺は完全に女子の方にカウントされていた。麻取さんは水着姿なんて晒せないと言って欠席。高木さんは東京の本社で用事があり欠席だ。
「ひろちゃん、水着持ってる?」
とあっちゃんから訊かれた。
「えっと・・・学生時代に着てたのなら」
「それって、水泳パンツなのでは?」
「うん」
「まさか、それを着ないよね?」
「おっぱい大きくしちゃったからなあ」
「じゃ、女子水着を買いに行こう」
「うん」
という訳で、一緒に天神コアに行って水着を物色した。
「ビキニ着てみる?」
「さすがにその勇気は無い。ワンピース型にさせて」
結局、体形をかなりカバーできるタイプで、パレオ付きのを買った。それとアンダーショーツも一緒に買う。
「ひろちゃんさ、いつも更衣室で着替えてる時に見る感じではショーツの上から、アレの形は分からないじゃん」
「目立たないように穿いてる」
「たぶんアンダーショーツをそういう穿きかたした上で水着を着たら、付いてるようには見えないと思うよ」
「あ、そうかも」
そういう訳で自宅に帰ってから実際に(玉は体内に格納して棒は下向きにして)アンダーショーツを穿き、その上でワンピース水着を着てみると、全然目立たない。そもそも上から触っても、まるで付いてないかのような感触だ。
これならパレオ無しでも行けるかも知れないなあと俺は思った。
鏡に映してみると「何だかいい女じゃん」と思ってしまう。以前はこんな時は性的に興奮して、アレが熱を持ったりしていたのだが、最近はそういうことも無い。自分の心自体が女になりつつあったりして。あはは。ホントに俺その内男に戻れるのかな。
水着を着たまま鏡の前でいろいろポーズを取ったり、ついでに携帯で自分の写真を撮ったりしていた時、俺はふとある問題に疑問を感じた。
あっちゃんに電話してみる。
「ね、ね、こういう水着を着てる時さ、トイレはどうすんの?」
「どうすると思う?」
「やはり全部脱ぐしかないんだっけ?」
「まあ、それもひとつのやり方だね」
「水着の股の所をずらして出来るかな?」
「それやるとどうしても水着におしっこが掛かるだろうね。でもひろちゃんはおちんちんを引き出したらできたりして」
「それやると、元に戻せないから結局全部脱いで着直すことになる。そもそも無理矢理引き出した状態では、尿道が圧迫されるから、実際問題として出そうとしても出ないと思う」
「なるほど。おちんちんも不便ね」
「まさか、海の中でこっそり放流とか?」
「それは、はしたないと思う」
「他にやり方あるの?」
「ふふふ。男の子には想像も付かないやり方があったりしてね」
「うーん・・・・」
当日は朝から水着を下に着込んで、その上に水貴の模様を隠すのにグレイのシャツを着てから、サマードレスを着て集合場所に行った。今日はノーメイクだ。とはいっても、化粧水と乳液と日焼け止めは塗っている。日焼け止めは直前に手足にも塗るため持って行っている。
「おお、夏少女ですね」
とはるちゃんから言われた。
「ひろちゃん、何歳でしたっけ?」
とまいちゃんから訊かれる。
「26歳だけど」
「まだ21と言っても通るよね」
「うんうん。凄く若い」
「まあ、私ロッカーだし」
「ああ、音楽やってるから若さが保たれてるのかな」
「ひろちゃんは、最初この会社に来た時、私はてっきり高卒かと思ったよ」
などとあっちゃんは言っている。
「まあ戸籍上は26の男でも、実態は21の女でいいのかもね」
とさっちゃんも笑って言っている。
西新まで地下鉄で行ってからバスに乗り継いだ。海水浴場前で降りる。
まいちゃんとはるちゃん・ゆきちゃんは更衣室に行ったが、俺とあっちゃん、さっちゃん、ナミちゃんは水着を着込んできていたので、そのまま服を脱いで水着姿になった。
「ひろちゃん、それもしかして、おっぱい本物?」
「えへへ」
「ひろちゃんはもう2年くらい前から、本物おっぱいだよ」
とあっちゃんからバラされる。
「へー。やはりひろちゃん、そっちなのね」
「あまり勝手に納得しないように」
男性社員たちからも、俺のバストのことは指摘された。
「井河、とうとうおっぱい大きくしちゃったんだ」
「うん、まあ」
「そうなって当然だよなあ」
「もう下も取っちゃった?」
「まだですー」
「でも付いてるように見えない」
「この水着でお股が膨らんでいたら恥ずかしいから隠してます」
「隠せるようなもの?」
「やり方があるんですよー」
「性転換手術受けるのに半年くらい休職するんなら、その間の営業廻りは代行してやるよ」
「ありがとうございます。って、性転換手術するつもりはないですけど」
「実はもう手術済みということは?」
「ないですー」
「でも話し方が完全に女の子口調になってる」
「実は男の話し方を忘れつつあるのではないかという気がして」
「別にこのまま女になっちゃうんなら忘れてもいい気がする」
「うーん・・・」
昼間はたっぷり海で遊んだ。男性たち数人は結構沖の方まで遠泳したりもしていたが、女子は波打ち際でビーチボールを打ち合ったり、誰か犠牲者を決めて砂に埋めたりして遊ぶ。もっともその犠牲者の第一号は俺だったが!
足だけ出されてくすぐられたりするので「やめて、やめて」と言いながら笑っていた。男子も2人ほど捕まえて砂に埋めて、お約束で顔にお化粧を施した。
「俺、井河2号になっちゃいそう」
「週明けから女子の制服着る?」
「あはは。やってみたい気もする」
「じゃ着せてあげるよ」
「いや、多分サイズが入らない」
「そういえばひろちゃんは最初から女子制服がちゃんと入ったんだよねー」
「やはり元々そういう傾向があったのでは」
「元々も何も私はそういう傾向は無いんだけど」
「そういう傾向の無い人が、おっぱい大きくする訳が無い」
「言えてる、言えてる」
ぼーっとしているのが好きなナミちゃんは砂の城など作ったりしていたが、彼女も最後は砂に埋められて、足をくすぐられて「彼氏の名前を吐け」などと言われていた。彼女は実は技術のS君と付き合っているのだが、そのことは俺とあっちゃんくらいしか知らない。
15時で引き上げることにする。シャワー室で水着を脱いで全身にシャワーを当てる。俺はそのままシャワー室の中で身体を拭いて服まで着てしまった。
俺がその格好でシャワー室から出てきたら
「なんだ、もう着ちゃったの?」
とさっちゃんが言う。
「着替える所はしっかり見てようと思ったのに」
「あはは、そんな見て楽しいようなものでもないよー」
と俺は答えておいた。
バスで今宿の支店長の家に移動する。ふつうの3LDKだ。1階にLDKと6畳の和室があり、2階に4畳半の洋室が2つある。今日はその1階の和室に女子が、2階の2部屋に男子が泊まることになっている。寝具は無しの雑魚寝である。
「支店長から、井河はどっちに寝せるの?と訊かれたから女子と一緒でいいですよ、と答えておいたから」
とあっちゃんに言われた。
「ほんとにいいんだっけ?」
「むしろ、ひろちゃん、男の人と同室だと寝られないでしょ?」
「うん、そんな気はする。服も女の子の服だし」
「実際女子社員は全員、ひろちゃんのこと女の子としか思ってないよ」
「私、完全にはまりこんでるよねー」
「まあ、その内気が向いたら性転換手術受けちゃいなよ」
「それ受けたくなったりしないかと自分が怖い」
「ふふふ」
夕食は庭でバーベキューをした。俺は他の女子社員と一緒に材料を切ったりする作業をした。
「包丁使い、結構うまいね」
「まあ、大学時代から自炊してたから」
「偉いなあ。私なんか学食頼りだったのに」
「学食にも行きはしてたけど、お金が足りないから」
「まあ確かに節約するなら自炊だよね。学食だって充分安いけど」
収拾が付かなくなるのを避けるため、夕食中はビールのみとした。それで食事が終わってから、LDKに移動して日本酒や焼酎を出して酒盛りである。俺たち女子社員は協力して、竹輪にチーズとか、クラッカーにハムとかの簡単なおつまみを作った。
「今だから言うけど、俺実は一時期、井河のこと好きになってしまったことある」
と男子社員のひとりが大胆な告白をする。あはは。まさにアルコールの勢いという感じだ。
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■女子社員ロッカー物語(7)