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航空券の名義は「ヒロシ」だが、ヒロシという名前は女の人にもある名前であるせいか、手荷物カウンターでも保安検査場でも何も言われなかったのだが、搭乗の所で、チケットを見たGHさんが
「お客様、これはお客様の航空券ですか?」
と訊いた。
性別がMになっていることに気付かれたようであった。
「あ、すみません。私、ニューハーフなんです」
と言ったら
「大変失礼しました」
と言って通してくれた。
あはは。本当に今俺って、ニューハーフじゃん! と思う。体毛は全部剃ってるし、下着から上着から全部女物を着ていて、おまけに、おっぱいも大きい!
このおっぱい、自分で揉んでも興奮するものだろうか? その時、男として女のおっぱいを揉んでいる気分になるのだろうか?それとも女として男におっぱいを揉まれている気分になるのだろうか? アパートに戻ったら少し試してみたい気分だ。
飛行機はやがて離陸する。シートベルトサインが消え、ドリンクサービスが始まる。その時突然トイレに行きたくなった。
そこで席をたって飛行機の後ろにあるトイレに行ったのだが、そこはふさがっていた。少し待っていたら、CAさんが声を掛けてきた。
「お客様。機体の真ん中付近に女性専用のパウダールームがございますので、良かったらそちらをどうぞご利用下さい」
そうか私は今女の子だから女性専用のトイレが使えるのか!と、ちょっと意外な発見をしたような気がした。そこにドギドキしながら入ってみると、とてもきれいなトイレだった。しっかり鍵を掛けてから、用を達すると、ほっとする。しかしこんなきれいなトイレを使える女の人っていいなぁと思ったりした。
ふだんの会社ではもうノリで女子トイレを使っているが、外では使ったことが無かった。サミットの最中は、ホテルの女子トイレに入るのが恥ずかしかったので、実はトイレはいったん自室に戻ってしていたのだった。
福岡空港に降り立つと時刻は4時だった。直帰するには早すぎる時間だ。いったん会社に寄らなければいけないが、まぁいいかと俺は開き直り、地下鉄に乗った。
会社に入って行くと、近くに居たカナちゃんが寄ってきて
「いらっしゃいませ」
と言うが
「私だよぉ。ひろだよ」
と言うと
「えーーー!?」
と言ってびっくりしている。
そのまま課長の机の所まで言った。
「あ、済みません。どちら様でしたでしょうか?」
「課長、私、井河です」
さすがにこの格好では「僕」とか「俺」とかの自称は使えない。
「へ?」
「課長、ひどいですよ。これ女子販売員サミットだったんですよ。おかげで、こういう格好させられちゃいました」
と言うと、課長は最初はまるで鳩が豆鉄砲をくらったような顔をし、次には真っ赤になり、次いで「馬鹿!」と意味もなく怒ったかと思うと、最後には
「いや、それは済まなかった」
と言って、一応私の苦労をねぎらってくれた。
課長は私を会議室に連れて行く。麻取さんや山崎さんも入って来て私の報告を聞く。
講演で社長やCTO,CMOなどが言っていたこと。それから小グループのミーティングや(それとは言わなかったが)温泉の中での討論した内容には、かなり感心していた。もちろん胸を大きくしてしまったことなどは言わない。
「いや、でもご苦労様」
「だけど、ひろちゃん、その格好似合ってる」と山崎さん。
「明日から、そんな服で通勤してきなよ」
「勘弁してよぉ」
セミナーの内容については明日中にまとめてレポートを出すことにして会議室を出る。自分の机に行って、旅費の精算書を書いて麻取さんに出し、出張していた間にたまっていたメモを処理して、何ヶ所か電話して用事を片づけた。そして帰ろうとしていると同僚の女の子たちが集まって来た。
「ひろちゃん、ほんとにそれ可愛いよ」とカナちゃん。
「明日からもそれで来るんですか?」と今年入ったナミちゃん。
「それは無いよ」
「惜しいなぁ。ひろちゃんって前から女の子になればいいのに思ってたから」
とよっちゃん。
結局その日は女子社員5人に誘われてその格好のまま、パーラーに行って、フルーツパフェを食べた。彼女たちとはいつもこういうことをしているのだけど、完全に女性の格好でスカートも穿き、お化粧もした状態でこういうのをしたのは初めてだったので、そのせいか、みんなとの会話が普段よりはずむような気がした。
若林さんからの荷物はさすがにまだ届いていなかったので私は翌日別の背広を着て会社に出かけた。
「なんで背広なの〜?」
と更衣室で一緒になった、さっちゃんから言われる。
「えー?だって、これが私の普段のスタイルだし」
などと言いながら、私は背広を脱いでいつもの女子制服に着替える。さっちゃんも
「今日からはもう完全に女子社員になるかと思ったのに」
などと言いながら制服に着替えている。最近、彼女たちはみんな私がいる前でも平気で下着姿になって着替えたりするようになっていた。
その日私は午前中サミットのレポートを書き、午後からは得意先回りをしてきた。
予定の所を全部回るともう7時だ。もう直帰させてもらおうと思い電話しようかと思っていたらちょうど会社から電話が掛かってきた。課長だった。
「実は今こちらに高木慶子さんが来ている。知っているか?」
「あ、はい。先日のサミットで一緒でした」
「彼女の素性は知らないのか?」
「素性?」
と私が怪訝な声を出すと課長は信じがたいことを言う。
「会長の孫娘だぞ。それで枚方にある関西総本部長。気づかなかったのか?」
うっそー。もらった名刺に総本部長なんて肩書きは付いてなかったのに!
「枚方って関西総本部があるんでしたっけ? 枚方支店とかじゃなくて」
「枚方には支店は無い。うちの会社で枚方といえば関西総本部だ」
ぎゃー。勉強不足だったか。私がびっくりしていると課長は続けた。
「慶子さんは《井河比呂子》に会いに来ている。サミットの時に会った印象が今時の女性にしては珍しく、ちょうど九州方面で始める予定になっていたプロジェクトを井河比呂子とやりたい、と言っているんだ」
私は絶句した。
「もう今日は直帰しましたと言って取り敢えず誤魔化そうと思ったんだが、それなら、どこかで待ち合わせて食事でもしながら話したいと言っている」
「えーっと・・・・」
「だから、君はどこかで女の服を調達して、女の格好で天神まで出てこい。こちらはしばらく私が応対しておくから」
私は返す言葉を失っていた。
「あの〜、私は男だと言ったら」
「君も私もクビだろうな」
仕方無いので、私はそのまま近所のスーパーに寄り、女物の服を調達した。こちらは一応女子制服を着ているので、女物の下着などを買っていても不審には思われない。ショーツ、ガードル、ブラジャー、それにブラウスとスカート、パンプス。結構な出費だけど、これ課長払ってくれるよね?
試着室を借りて着替える。女子制服を脱ぎ、その下に着ているシャツとトランクスを脱ぐ。そしてショーツを穿く。ちょっとドキドキ。ガードルを穿いて、変形しやすい突起を抑え込む。
ブラジャーを付ける。何かノリで大きくしちゃったけど、秋の社員旅行の時はどうしよう? これだと男湯に入れないじゃん!
スカートを穿き、ブラウスを着て、パンプスを履く。ここでお化粧をしていないことに気がつく!
でも化粧品買ってたら高そう・・・
ということで、100円ショップで化粧水、乳液、ファンデを買い、コンビニでアイカラーと口紅を買った。チークはいいことにする。うまく塗れないし!なお、アイカラーは若林さんからもらったのがグリーン系だったので違うのがいいなと思いパープル系を買った。
天神まで戻って駅の女子トイレに入り、化粧台(ここは手洗い場と別に化粧台がたくさんある)でメイクをした。数日前に少しならっただけだから、あまり自信は無かったけど・・・・こんなものでいいかなあ。
それから天神まで出てきたことを連絡し、三越のライオン前で待ち合わせた。
「こんばんは」
「こんばんは」
と私たちは明るく挨拶した。
「会長のお孫さんなんて、全然知らなかった」
「いや、あまり知られると面倒だから。ひろこちゃん、普通に付き合ってくれたからこちらもリラックスできたよ」
「一応、こちらの名刺もあげとくね」
と言って慶子は関西総本部長の肩書きの名刺もくれる。
「ふだんは騒がれたくないから肩書き無しの名刺を使ってOLの振りをしてるんだよ」
「なるほど」
私たちは、西通りを少し散歩して、目に付いた洋食屋さんに入って、軽くワインで乾杯した後、コース料理を食べながら彼女の計画について概要を聞いた。
「それってわりと少人数のプロジェクトですよね?」
「そうなんだよ。お金はどーんとつぎ込むけど少数精鋭。だから、ひろこちゃんが信頼できるスタッフ3〜4人と、後は必要に応じて、アウトソーシングとかを請け負っている所を動かして実質的な仕事をしてもらう」
「なるほど。うちの支店内部で話してもいいですか?」
「うん。でもあまり多人数には話さないで。それとこれ女性のみで」
「分かりました」
女性のみで、と言われたけど、既に私、男なんですけど!?
その晩、仕事の話は1時間ほどで切り上げ、その後は先日のサミットのことに始まって、芸能界やファッションなどの話題も入り、ごくふつうのガールズ・トークになってしまった。
慶子との食事が終わった後、一応課長に電話を入れてから帰宅する。
そして翌日、私は何だか開き直って、女装のまま会社に出て行った。
「おっ、女の子ライフに移行する気になった?」
などとナミちゃんから言われる。
「私、このあと自分がどうなるのか、分からなくなってきたよぉ」
そう言って一応いつものように女子制服に着替えた後、麻取さんと山崎さんにちょっと話したいことがあると言って、会議室に入り、昨日慶子から言われたプロジェクトの話をした。
「ちょっと面白い話だね」
「だいたい3〜4人でいいと思うんですよ。中核スタッフは」
「そうだろうね」
「だから、この3人でやりませんか?」
「私は乗った」と山崎さん。
「私もやろうかな。ここで一花咲かせてみるか」と麻取さん。
「でも条件がある」と山崎さんは言う。
「これ、純然たる営業が主だから私服勤務になるよね?」
「ええ」
「ひろちゃん、ちゃんと女の子の服を着なよ」
「まあそれは開き直ることにしました。だって時々慶子さん来るだろうから、男の服は着てられない」
麻取さんが慶子さん、そしてその後ろで動いている本社のCMOとも連絡を取りつつ、福岡支店の支店長や直属の三田課長などとも交渉をしてくれて、年明けから私と麻取さん・山崎さんの3人が福岡支店から独立する形で、同じビルの2階に戦略的営業センターを開設した。
ちなみに私の社員台帳は元々性別女で登録されていたのだが、名前まで比呂子に変えられてしまった!
一応麻取さんにセンター長になってもらい、山崎さんに技術長ということになってもらったが、私も営業課長の肩書きで、実際には私が業務の中心となって、仕事をしていた。私たちは福岡支店の管轄ではなく、本社直属の部署として活動し、春の取締役会で執行役に選任された慶子さんが統括することになって彼女は福岡に引っ越して来た。
そうして私たちの部署は活動を始めた。
私は毎日女子の下着を着け、女性用ビジネススーツに身を包み、お化粧をしてパンプスを履き「井河比呂子」名義の定期券を持って職場に通勤するようになった。なお、私たち3人のロッカーは同じビル3階の福岡支店内の女子更衣室に置いてある。但し私たちはお茶くみはする必要が無い。むしろ必要な場合は3階の女子社員の誰かが2階に降りてきて手伝う。
でもこれって、もしかしてニューハーフ女子社員状態!?
私は万一親に見られたらどうしよう?などと若干の不安を覚えながらも、仕事に日々全力投入した。そして帰宅すると、一応自分のアイデンティティを見失わないように男物の服を着ていたが、男物の服での外出は厳禁と麻取さんからは言われていた。あはは。
こういう時はロックだぜ!
私は愛用のフライングVのギターを掻き鳴らすと、日々の思いを歌に歌うのであった。
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■女子社員ロッカー物語(4)