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■春乱(4)

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午後からは、会場をホテルに移動して、咲子の誕生祝い(93歳)が行われた。咲子は夫の和彦を亡くしてからこの1年でかえって若返ったかのようで、まだ70歳代くらいかという雰囲気であった。巨大なバースデイケーキに立てられた大きな蝋燭9本と小さな蝋燭3本の火を3回の息でしっかり吹き消していた。
 
そして・・・今度の余興は「抽選大会」と言われた。
 
「何か当たるんですか?」
と青葉が訊くと
 
「うん。当たる。取り敢えず春彦君引いてみよう」
と来彦さんが楽しそうに言っている。
 
それで春彦さんが嫌そうな顔をして引く。その表情を見ただけで青葉はこれって要するに罰ゲームのようなものか!と思い至った。
 
春彦が引いたのは「女装して可愛く『つけまつける』を歌え」というものである。
 
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「ひぇー!」
と春彦が悲鳴をあげている。
 
「ちなみにこちらの青い箱は男性用、こちらの赤い箱は女性用」
と来彦は言っている。
 
要するに男性用には女装しろとかいうのが何枚も入っているのだろう。
 
春彦は奥さんからスカートを貸してもらい「女装」したことにするものの
 
「『つけまけつる』ってどんな歌よ?」
と言っている。まあこの年代の男性なら知らないかも知れない。
 
歌詞を見せてもらう。
 
「これ日本語?」
「まあ意味不明だよね」
 
それでとにかくも歌っていたが、すぐに歌詞と曲のシンクロがずれてしまう。大量に歌詞が余ったままの状態で終了。
 
「訳が分からなかった!!」
と言っていた。
 

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千里は「逆立ちしてピザを食べろ」というのに当たった。
 
「逆立ちできる?支えておこうか?」
と春彦が心配していたが
 
「ああ、平気平気」
と言って千里はいとも簡単に逆立ちすると左手だけの片手立ち状態に移行して、青葉からピザを一切れもらい、平気で食べていた。逆立ちしているのにスカートがめくれないのはどうなってんだ?と青葉は思ったが、それより逆立ち片手立ちに歓声があがる。
 
「すげー!」
と歓声が上がっていた。
 
「あんなの、俺にもできん」
とアマチュア野球選手の成明が言う。
 
「まあ、千里姉はバスケットの日本代表ですから」
と青葉が言うと
 
「日本代表か!女子でも凄いね。さすが」
と成明は感心していた。
 
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もっともその日本代表の活動でアメリカに行っていることになっているんだけどねと青葉は思って腕を組んだ。
 

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青葉は「日本酒一升瓶一気飲み」というのに当たる。
 
「うっそー!?」
と声をあげてから
「すみません。私未成年なんですけど」
と言ってみたものの
「お姉ちゃん、そういう冗談は5年前に言いなさい」
と言われた。
 
どうも誰も青葉が未成年だとは思いも寄らないようである。それで仕方なく地酒の一升瓶を開けて、一気とはいかないものの5回くらいに分けて飲んだ。
 
それで拍手をもらう。
 
でも飲んだ後、足腰が立たなくなった!(*2)
 

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座り込んだ所で千里姉が
「青葉、運転免許証見せて、未成年だということを主張すれば良かったのに」
と言った。
 
その手があったか!
 
「運転免許証って性別が印刷されていないのもいいことだよね」
「うん。それは割と思う」
 
青葉の足がふらついていて気分も悪そうにしていたら、千里が
「ちょっと青葉」
と言って手を握り、その手を千里が自分の服をめくって、千里の胸の所に触らせた。千里姉の大きな胸に触ることになるので少しドキッとする。そしてその状態でしばらくいると、急速に辛さが減っていく。
 
ちー姉こんなこともできるの!?と青葉は驚いた。普段は「私は霊感とかも何も無いから」と言っているのに、青葉がちょっとやばいかもと思って特に助けてくれたのかも知れない。
 
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「2合程度飲んだ状態まで軽減したと思う。あとは自分の体力で解決して」
「ありがとう」
 
ちなみにこの一気飲みをやった時、朋子はちょうど席を外していた。
 
更に青葉が酔っているのを見て朋子は青葉を叱った!!
 

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(*2)日本酒1升のアルコール量は270ml(216g)であり、身長159cm 体重56kgで、スポーツ選手の筋肉を持つ青葉が飲んだ場合、血中エタノール濃度は
6.67mg/Lとなる。一般に血中エタノール濃度が4mg/Lが「死亡する危険」のあるアルコール量とされる。つまり千里が瞬嶽から預かっている解毒の法で治療してくれなかったら青葉は死亡していた可能性があった。
 
ちなみに身長180cm 体重90kgのスポーツをしている男性が1升瓶の一気飲みをした場合は血中エタノール濃度は3.79mg/Lで“致死量”未満なので無事に済む可能性が高いものの、それでも一時的に昏睡状態に陥る危険はある。
 
千里の場合は身長168cm 体重68kgのトップアスリートなので血中エタノール濃度は4.86mg/Lになるが、千里はお酒にかなり強いので、気合いで持ち堪えるであろう。それでもまっすぐ歩けない程度には<来る>はずだ。
 
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なお、青葉の身長で体重が40kg, スポーツをしていない女性が飲んだ場合は血中エタノール濃度は9.82mg/Lとなり、致死量の倍以上なのでほぼ確実に死亡する。青葉が死なずに済んだのは、千里に勧められてここ数年ずっと水泳で身体を鍛えていたからである。
 
いづれにしても一升瓶の一気飲みは、10階の窓から飛び降りる程度に、ほぼ自殺行為である。
 

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そしてこの抽選大会が終わった後は、またカラオケ大会になる!
 
青葉は今度はアクアに自分が提供した『エメラルドの太陽』、千里も自分がアクアに提供した『もっとオブリガード』を歌った。
 
「『エメラルドの太陽』の歌詞が違う」
と波音が言った。
 
そういうのに気付いた人は少数だろう。
 
「今青葉が歌ったのが本来の歌詞なんだよ。でもぶっ飛びすぎるからというので一般発売したバージョンでは歌詞を少しトーンダウンしたんだよ」
と千里が説明すると
 
「一般発売されたバージョンでも充分ぶっ飛んでいるのに!」
と波音は言っていた。
 

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千里は仕事があるので今日帰るということだったが、朋子はもう1泊しないと辛いということだったので、青葉は朋子に付き合うことにした。
 
千里は岡山の満彦・紗希のカップルの車に同乗させてもらって岡山まで行き、そこから新幹線に乗り継いで大阪に移動して1泊。朝1番の新幹線で東京に戻ると言っていた。満彦たちもやはり今夜中に帰らなければならないらしい。
 
青葉はそれを聞いて、大阪での1泊はやはり貴司さんとデートするのかな?と思った。
 
この日帰らなければならないのは他には芸能活動で多忙な波音などである。彼女は千里たちより一足早く、17時頃に父の大輔さんが運転するレンタカーで高知空港に向かい、羽田行き最終に乗ったようである。大輔さんはそのまま東京まで波音に付き添うが、大輔さんの奥さんの笑美(わらい)さんや、姉の月音(だいな)・弟の太陽(みとら)は居残り組である。
 
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千里が部屋で荷物をまとめている時、青葉が声を掛けた。
 
「さっきの酔いを覚ましてくれたのありがとね。でもちー姉のああいう力って初めて見た」
 
「さっきのは瞬嶽さんの力。解毒の効果がある」
「わっ!師匠の」
「私の身体には瞬嶽さんの色々な術が封印されているから」
「そういえば、そんなこと言っていたね」
「でも私には起動できない。私はただの置き場所だから。だからさっきのは青葉自身の力を使わせてもらったよ」
「そうだったのか!」
 
と言いつつ、そういえば去年の春も千里が青葉の力で師匠の風遁の術(?)を起動して悪霊の集団を倒したんだったと思い起こす。もっとも他人の能力を勝手に利用できるちー姉って、それ自体が凄いぞという気もした。
 
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「青葉があと120-130年修行を積んでくれると、私の身体に封印されている術を全て継承できると思うんだけど」
「ごめん。さすがにそんなに長生きする自信は無い」
「死んでも修行続ければいいんだよ」
「それ無茶だと思う」
 
と青葉は千里が冗談を言ったと思って答えたのだが、千里は真面目な顔をして
 
「青葉は取り敢えず、死んだ後も生き続ける術を覚えるべきだな」
と言った。
 
青葉は腕を組んで考え込んだ。
 
「ちー姉はそれもう覚えたの?」
と青葉が訊くと
「私は死ぬことも老いることも許してもらえないらしい」
と困ったような顔で言った。
 

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青葉は千里に“解毒”してもらったこともあり、その日はわりと平気だったのだが、翌朝起きると凄い頭痛がした。
 
「完璧に二日酔いだね。こういう場では飲まされやすいから気をつけなきゃ」
と朋子は苦言を呈し
「ごめーん」
と青葉も素直に謝った。
 
朋子の勧めでオレンジジュースをたっぷり飲んだ。
 
青葉たちは結局翌5月4日に次のような連絡でJRを乗り継いで金沢に帰還した。
 
中村13:24-15:04高知15:13-17:41岡山17:53-18:38新大阪18:46-21:22金沢
 
そもそも来る時に金沢にヴィッツを駐めていたので、その車に乗って高岡の自宅に戻った。こういうルートで帰るつもりだったので、行く時も金沢に出て車を置いておいたのである。今回は帰りの道は青葉が運転するつもりだったのだが、アルコールチェッカーで確認すると、まだ完全には抜けていなかったので、朋子が運転することにした。金沢市内で24時間営業のジョイフルに寄ってそこで2時間くらい休憩してから帰った。
 
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今年の連休は、このようになっている。
 
4月29日(土祝),30日(日) 休み
5月1-2日(月火) 平日
5月3-5日(祝),6-7日(土日)5連休
 
青葉は3-4日に高知に行って来た他は、順調に水泳部の練習はサボり、友人と映画を見に行ったり、イオンとかでおしゃべりしたりしていた。むろん他に作曲活動をしたり、サックスやフルートの練習をしたりもしていた。
 
5月1-2日は実際には休講になった講義も多かった。青葉も1日は出て行ったものの2日は高知に行くのに休んでいる。
 

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5月9日(火)。
 
青葉はこの日、金沢の大学に行っていたのだが、15時頃、朋子からメールで桃香の陣痛が始まったという連絡がある。ちょうど4時間目の講義の時間中ではあったが、たまたま休講で図書館に居たので、すぐにバス停まで行き、着たバスに飛び乗った。
 
(K大学の図書館からバス停まではすぐである。中庭を走り、大きな階段を駆け下りるだけである)
 
明日香にメールして今日の帰りのアクアは明日香が運転してくれるように頼む。金沢駅を15:55の《かがやき510》に飛び乗る。朋子は同じ新幹線に富山駅から乗ることで連絡が取れていた。
 
車内で青葉の隣の席の人にお願いして朋子の席と交換してもらい、並んで座る。
 
新幹線の車内から朋子が千里に連絡しているので、青葉は驚く。
 
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「ちー姉、桃姉のそばに付いているの?」
「うん。仕事を中断して来てくれたらしい」
「へー」
 
青葉はバスケット協会のフェイスブックをチェックしていたので、昨日10:46(=5/7 20:46 CDT)のタイムスタンプで、女子日本代表候補チームがダラスから同じテキサス州内のサン・アントニオに移動したという記事が書かれていたのを見ている。青葉が来ることは分かっているから、桃香のそばに居るのが、千里本人だろう。だとすると、ひょっとしてアメリカに行っているのは、千里姉の眷属か何かの代理かもという気がしてきた。それなら先日の高知にも千里本人が来ていたのが理解できる。
 
もしかしたら、ちー姉の眷属の中に、日本代表で活動しても遜色ないほどのバスケのうまい子がいるのかもしれない。
 
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18:28に東京駅に到着する。到着時刻は千里にメールで報せていたのだが、実際に千里が車(オーリス)で迎えに来てくれた。
 
「この車は初めて見た」
と青葉が言うと
 
「例によって借り物〜」
と千里は言っていた。
 
夕方で渋滞していたので、結構な時間がかかり、病院に着いたのはもう20:30くらいであったが、桃香はひたすら寝ていた。
 
「寝てるね」
と朋子。
 
「陣痛は10分に1回くらい来ているようですが、今の段階では寝られたら寝ていた方がいいと言ったら、実際寝ちゃったようです」
と千里は説明する。
 
「うん。寝られるなら寝ていた方がいい」
と朋子も言っている。
 
青葉は千里が、到着するなり、看護婦さんとかと特に会話する間もなく、即桃香の状況を説明したので、眷属に見守らせておいて自分は青葉たちを迎えに来たんだろうなと考えた。3〜4時間留守にしたはずである。
 
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「どっちみち出産は明日になると思うから、お母さんと青葉はホテルに泊まってて」
「そうするか」
 
それでふたりは助産師さんからも話を聞いた上で、ホテルに行くことにする。千里が車でふたりをホテルまで運び、荷物を置いてから、歩いて近くの和風料理店に入って夕食を取った。
 
この時、千里は青葉たちに「先に席に座っていて」と言って、携帯を取り出すとどこかに電話を掛けていたようである。やがてこちらの方に来る。
 
オーダーをした後で青葉は尋ねてみた。
 
「ちー姉、バスケの練習の方はいいの?」
 
「うん。今日はお休みさせて下さいと連絡したよ」
 
「ああ、それを今電話していたのね」
と朋子が言った。
 
まあ追及しても仕方ないよなと青葉も思い、それ以上はその件は言わなかった。現在千里が本来参加しているはずの日本女子代表の一行は、サンアントニオで多分日本時間の23時から朝6時くらいに相当する時間帯に練習をするはずである。しかし今夜は桃香から目を離せないので、お休みするということであろうか。
 
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食事の後は、青葉と朋子はホテルに戻り、千里は病院に戻ったようである。
 

翌日、青葉と朋子は朝食を取ってから病院に出て行く。
 
「今日来るかなあ」
「初産だから時間掛かるかも知れないよね」
 
などと話していたが、病院に着いてみると、陣痛は既にかなり間隔が短くなっているようである。
 
「あ、お母さん、青葉、そろそろ起きているだろうから電話しようと思っていた」
と千里が言う。千里はずっと桃香のお腹をさすっていたようである。
 
「ちー姉、それ私が代わるよ」
「うん。よろしく」
 
それで青葉は千里に代わって桃香のお腹をさすり始める。朋子は桃香の手を握る。しばらく様子を見ていた朋子が千里に言った。
 
「千里ちゃん、これまだ数時間かかりそうだし、御飯食べておいでよ」
「じゃそうします。よろしくお願いします」
と言って、千里はふたりに任せて出て行った。
 
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その千里が不在中に桃香のスマホに着信がある。むろん桃香はとても出られないので朋子が取った。
 
「あら?千里ちゃん」
「桃香さんの様子はどうですか?」
「特に変わりは無いよ。私と青葉が付いているから、そちらは少しゆっくりしてきて」
「分かりました。しばらく通信途絶しますが、何かあったらメール下さい」
「あ、うん」
 
それで電話を切ったが、通信途絶というのは、電波の届かない地下か何かに入るのかな?と朋子は思った。
 
しかし千里は15分ほどで戻って来た。
 
「あら、もう少しゆっくりしてくれば良かったのに」
と朋子が言う。
 
「ここで少し休ませてもらいます。またしばらくしたら、お腹さするの交代するよ、青葉」
 
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「うん」
と答えながら、青葉は何か違和感を感じていた。
 

「これ料理番組みたいに、こちらに産まれた子がございます、なんてことにはならないものかね」
などと桃香は言っているが、そんなことを言えるのは、苦しい中にも若干の精神的余裕があるのだろう。
 
「赤ちゃんは料理とは違うからね」
と朋子も呆れて言う。
 
9時半頃には朱音も来てくれて、色々話しかけてくれるので、朋子はおしゃべりは彼女に任せて少し休む。
 
 
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