【娘たちの予定変更】(5)

前頁次頁目次

 
ともかくもその3人で富永さんの部屋に行った。今日のホテルは基本的に全員シングルなのだが、富永さんの部屋は色々打合せなどにも使うためスイートである。行くと、そこに田原監督、夜明コーチ、三木エレン、羽良口英子というメンツがいるので驚く。
 
「あのぉ、何の話でしょうか?」
と玲央美が代表して言った。
 
「まずはこのメンバー表を見てもらいたい」
と言って、田原監督は千里たちに世界選手権のエントリー表(英語)を見せた。 
Eiko Haraguchi / Hiromi Muto / Atsuko Hanazono / Chisato Murayama /Taeko Hirokawa / Reomi Sato / Atsumi Yokoyama / Mutsumi Miyamoto /Kimiko Takahashi / Miki Ishikawa / Mari Shirai / Keiko Umada /
 
そこに"Chisato Murayama"の文字があるのでドキッとする。 
漢字で書けばこういうラインナップだ。
 
PG.羽良口 武藤  SG.花園 村山 SF.広川 佐藤 PF.横山 宮本 高梁 石川 C.白井 馬田 
「これは何のメンバー表ですか?」
と玲央美はわざと訊いた。
 
「むろん世界選手権のメンバー表だ」
と田原さんは言ったが、ひじょうに厳しい表情をしている。
 
「その前に別のメンバー表もあったけど、私が拒否した」
と三木エレンが言う。
 
たぶんその三木さんが拒否したというメンバー表は、こんな感じてはないかと千里は想像した。
 
PG.羽良口 武藤  SG.三木 花園 SF.広川 佐伯 PF.横山 宮本 高梁 石川 C.白井 馬田 
つまり最初提示されたメンバー表をキャプテンのエレンが恐らくプライドが許さないとか言って拒否し、千里と玲央美をメンバーに入れさせたのだろう。それで結果的にエレン自身と佐伯さんが落ちることになる。羽良口さんがここに居るのは、落選したエレンに代わって主将をすることになったのか?
 
「これで明日というか、もう今日になってしまうが発表することで協会側の了承を得た。三木君を落とすというのに協会幹部の抵抗が凄まじかったけどね」
と田原監督は言う。
 
「ところがここで困ったことが起きたんだよ」
と富永代表が言った。
 
「結論を先に言うと、村山君と佐藤君は申し訳ないが、今回はフル代表からは外れてもらう」
 
千里は苦笑した。期待しただけに内心落胆が大きかったものの、何とか自分を慰める。
 
「私は問題ありません。今回はたくさん勉強させて頂きましたので、それで充分です。来年のアジア選手権で今度こそはフル代表に選ばれるように頑張ります」
と千里は無表情で言った。
 
すると富永代表は困ったような顔で
「その前に今年11月のアジア大会もあるんだけど」
と言った。
 
「すみませーん!」
 
しかし玲央美は言った。
「何が起きたんです?」
 

「僕が説明する」
と富永代表が言った。田原さんにしても富永さんにしてもひじょうに厳しい顔をしている。
 
「実はU20アジア選手権の日程が変わってしまったんだよ」
「え〜〜!?」
 
「本来10月17-24日の予定だったのが、インドで総選挙が行われることになってね。それでこの時期は暴動なども起きやすいというので繰り上げられることになった。更にインドでは10月8日から16日まで大きなお祭りが行われてその期間は交通機関とかもまともに動かないし、祭りで興奮している人もあるし、熱心な信者さんは断食とかもするので、その前にしようということで、新しい期日は9月26日から10月3日になる」
 
「A代表の世界選手権と日程がぶつかるじゃないですか」
と亜津子が言う。
 
「実はそういうことなんだよ」
と富永さんが言った。
 
「試合終了後、三木君も入れて激論をした結果、村山君・佐藤君・高梁君を入れるメンバーが決まった。田原君も三木君も、これが現時点での日本の最強布陣だと言った。ところが、その後、U20選手権の日程変更のニュースが飛び込んできてね。3人はU20の代表も兼ねているが、どうするか?と協会から言われた。実は僕とU20の高居君の話し合いに任せると言われてボールをこちらに投げられてしまった。さっきから何度も高居君と電話で話している」
と富永さん。
 
高居さんは今福岡、篠原監督は大阪、片平コーチは沖縄、高田コーチは札幌に居て、U20関係者は今夜は山形まで来られなかったらしい。
 
「先日は日程が重なったので、U24のウィリアム・ジョーンズカップ参加をキャンセルした。またキャンセルという訳にはいかないし、FIBA公式戦のU20アジア選手権はさすがにキャンセルできない。キャンセルすれば来年のU21世界選手権にも出られなくなるしFIBAからも制裁を食らう可能性がある」
と田原監督が言う。
 
「それでやむを得ないので、高居君と話し合いの結果、戦力を分けることにした。高梁君は申し訳無いけど、フル代表に欲しい。その代わり、村山君と佐藤君はアジア選手権の方に出て優勝して欲しい」
と富永さんは言う。
 
「高梁抜きで優勝しろと言うんですか?」
と玲央美は言った。
 
「君たちなら出来る」
と夜明さんが言う。
 
千里としても正直、王子抜きの布陣というのは不安だ。2年前のU18選手権で優勝できたのは半分まぐれのようなものである。実力的には中国の方が勝っていたが向こうの「隠し球」に偶然気付いて、しかもうまく相手の弱点を見つけることができたから勝てた。今回、中国はあの時のリベンジに燃えてくるだろう。しかし王子がいれば何とかなると千里は思っていた。
 

千里は突然思い付いて言った。
 
「U18の渡辺純子をもらえませんか?」
 
「え!?」
とその場に居たほぼ全員が言った。
 
「体格が良くて強い選手が欲しいんです。高梁をU20から外した場合、常識的には、補欠からの昇格は竹宮星乃だと思います。彼女も充分強いけど彼女は167cmで中型の選手です。中国の体格の大きな選手に対抗するのには、180cmの体格を持ち、しかもスピードも併せ持っている渡辺が欲しいです」
 
渡辺純子は足も速い。札幌P高校の校内マラソン大会で銅メダルを取ったとも言っていた。
 
「ちょっと待って。渡辺君はその時期、確か国体に出るのでは?P高校が彼女を出してくれるかな?」
と田原監督は言ったのだが
 
「今年、札幌選抜は道大会で旭川選抜に負けちゃったんですよ」
と玲央美が言う。
 
「おぉ!」
 
「私もそれで思いついた。うちの湧見絵津子なら背が低いから竹宮星乃とあまり差は無いと思う。それなら経験の豊かな星乃を出した方がいい。でも渡辺純子は体格がいいから、こういう国際大会では使えるんですよ。しかも彼女はU18で本気の中国と先日、激しい戦いを経験したばかりです」
と千里は言う。
 
「私もそれいいアイデアだと思います」
と玲央美が言った。
 
田原監督と富永代表が顔を見合わせている。
 
「待って。いきなり2つ下の学年じゃなくて今の19歳の学年には誰か強い子は居なかったっけ?」
と富永さんが言うが
 
「それは森田雪子とか丸山愛理紗とか篠原美津江とかですよ。国際試合で使える程の子と言ったら」
と夜明コーチが言った。
 
「うーん・・・・」
「森田も丸山も小型だな」
「篠原はたしか175-6cmだけど、篠原を使うなら、むしろ同じJ学園でひとつ下の加藤絵理の方が篠原より強い」
「その加藤はインターハイで渡辺純子に完璧にやられたね」
 
「女子四天王(絵津子・純子・絵理・志麻子)のもうひとり、F女子高の鈴木志麻子は確か172cm。この4人は実力はそう違わないとは思うのですが、背丈でいうと渡辺純子がひとつ飛び出ているんですよね」
と玲央美。
 
「国体道予選の時、渡辺(純子)と湧見(絵津子)の対決ってどうだった?」
「ビデオで見ましたが、拮抗していたと思います」
と玲央美。
「私も同意見です」
と千里。
 
「背丈だけでいえば、吉住杏子とか富田路子、U17で5位になった小松日奈、あるいは先日高梁王子とインターハイで死闘をした吉田愛美などもいますけど、その付近よりは渡辺純子が使い手がありますよ」
 
と夜明コーチ。
 
それでその場で30分ほど何人かの補充候補について話し合ったものの、やはり渡辺純子がベストチョイスという結論になる。U20のチーム代表・高居さん、監督の篠原さんとも連絡を取る。最終的には、その2人と田原さん・富永さん、バスケ協会の強化部長の5人でオンラインのチャットをして話し合い、その方針を固めた。
 
深夜で本当に申し訳無かったのだが、富永代表が札幌P高校の十勝監督に電話した。そして事情を説明した上での20分以上に及ぶ話し合いの結果、9月末から10月上旬のインドでの大会に彼女を出すのは問題無いという回答が得られた。 
千里たちが自分の部屋に引き上げたのはもう3時近くであった。
 

翌朝、朝食の席で彰恵たちから何があったのか尋ねられたが、レストランで話せるような内容ではないので、朝食が終わった後、玲央美の部屋に集まり、昨夜の話し合いの内容を説明した。
 
「何〜!? U20アジア選手権の日程変更?」
「彰恵、何か予定があった?」
「結婚式挙げる予定だったのに、結婚式はキャンセルだな」
「誰と結婚するの?」
「その相手を探さなければいかんと思っていた」
 
あまりジョークを言わない彰恵がこういうジョークを言うというのは驚きの現れなのだろう。
 
「リリー(大野百合絵)が性転換してくれたら結婚してもいい」
「それ以前から疑惑が囁かれているけど、あんたたちの関係は?」
「キスしたことならあるけど」
「怪しいな」
 
「しかし王子の離脱は痛い」
「それで渡辺純子が緊急招集されることになったのか」
「うん。お偉いさんたちが深夜に激論して決めたらしい」
 
その話を千里たちが提案したことは彼女たちには言わないことにしていた。結果的には自分たちの親友でもある星乃の代表入りの機会を奪ったことになる。 

9時頃、千里・玲央美・彰恵・江美子・王子の5人があらためて富永代表の部屋に呼ばれた。華香も呼ぶつもりが、彼女に連絡したら既にホテルをチェックアウトしていたということで、後日説明することにしたらしい。
 
U20アジア選手権の日程変更でフル代表の世界選手権と時期が重なってしまったことが説明された上で、本来なら千里・玲央美・王子の3人をフル代表に入れる予定でメンバー表も書いたこと(そのメンバー表を見せてくれた)、しかし日程が重なるので、苦渋の決断で戦力を分けることにし、千里と玲央美はU20に出てもらって、王子はフル代表の試合に出てもらうことにしたと富永代表は説明した。
 
「それで村山君と佐藤君には、いったんメンバー入りの登録をした上で、変更で外す形も考えた。そうするとふたりは公式に日本代表の経験者ということになる。しかしふたりからは、どっちみち次の機会では日本代表入りするつもりだから、そんな配慮は要らないし、そんな形になれば自ら村山君と佐藤君を推してくれた三木さんはいいとして、佐伯さんのプライドを傷つけることになるから、むしろその話はどこにも出さないでくれと要請された。経過説明のために君たちには話したけど、この件は彼女のためにも、この場限りで忘れて欲しい」
 
と富永代表は言った。
 
ただ、バスケ協会の内部データベースには千里と玲央美の2人はフル代表経験者というマークを付けるし、FIBAにもそう登録すると富永さんは言っていた。 
「まあそうすると他の国の代表にはなれなくなるけどね」
「日本以外の国の代表になるつもりは無いから問題無いですよ」
 
「結局今回、若手からのフル代表チーム入りは、花園亜津子と高梁王子ということになる」
と夜明コーチが言う。
 
「私、チェコ行って、その後インドに行きたいと思っていたんですけどねぇ」
と王子が言った。
 
「何か見たいものとかあったの?」
「チェコでチョコレートを買って、インドで紅茶買って、紅茶飲みながらチョコレートを食べようと」
 
「じゃ、インドの紅茶、お土産に買ってきてあげるよ」
と千里は言った。
 
「ありがとうございます。じゃチェコでチョコレートをサンさんとレオさんに買ってきますね」
と王子も言った。
 

朝10時。
 
千里たちが泊まっているホテルの会議室に席が設けられ、記者が集まる中、富永チーム代表が、世界選手権に臨む12名の選手を発表した。
 
その12名を雛壇に並べて、各々抱負を述べさせる。王子は「チェコでチョコを買ってきます」などと発言して、記者さんたちが苦笑していた。
 

千里たちは10時前にホテルをチェックアウトした。東京への帰り新幹線のチケットはフリーにしてあったので、玲央美・彰恵・江美子の4人で山形市在住のU20代表・鶴田早苗に連絡を取り、落ち合ってお昼を一緒に食べることにした。
 
山形駅そばの霞城セントラルに行き、24階にある中華レストランに入った。窓際の席に案内してもらったので、山形市の眺望を楽しみながら食事をすることができた。
 
「結果的には落選したんだし、やけ食いしようよ」
と玲央美が言うので、
「じゃ財布は私が持つから、どんどん頼んで」
と千里が言い、
コース料理を頼んだ上で更にたくさん追加で注文した。
 
お店の人が心配になったのか、途中で
 
「今このくらいのお勘定になっているのですが」
と言いにきたが、千里が財布から黒いカードを出して
「これで払いますから、伝票作っておいてください」
と言うと
 
「分かりました!お預かりします」
と言い、そのあと、どうも対応が丁寧になった感もあった。
 
「何か凄いカードを見た気がした」
と銀行員である早苗が言う。
 
「まあ、けっこうあれでハッタリが効くよね」
とやはり銀行員で、これまで数回千里があのカードを使う所を見ている玲央美が言った。
 
「あれ会費が結構痛いんだけどね。あのカードでしか決済できないようなものが時々あるんだよ。私、突然ドイツまで0泊で行ってきてとか言われたこともあるし」
 
「なんか大変そうだ」
 
「朝4時にパリに着いてハンブルグに移動して、フランクフルトを21時の便で帰って来たよ」
「まじ!?」
「冗談ではなかったのか」
「ワールドワイド・ビジネスレディだね」
 

結局1時間半ほど大量に飲み食いして、お勘定が14万円もあった。あはははと思いながら、持って来てもらった端末に暗証番号を打ち込んで決済した。 
「でも本当におごってもらって良かったの?」
「うん。OKOK」
「この子、昨年の税金2億円払ってるから」
と玲央美がバラしてしまう。
 
「うっそー!?」
「そんな高額納税者なんだ」
「うん。だから個人事業主では辛すぎるから、個人会社設立したんだよ。もし株式を買いたいという人はいつでも歓迎。1株500円」
 
と言って、取り敢えず株式申込書を彰恵と早苗に渡した。玲央美と江美子は実は既に千里の会社の株を所有している。
 
「500円なら買ってもいい気がしてくるなあ」
「まあ定期預金よりは良い配当ができるつもり。但し倒産したらごめんね」
と千里は言った。
 
「ねね、そんなにお金あるなら、うちの銀行に定期預金作ってくれない?利率があまり高くなくて申し訳無いけど」
と早苗が言う。
 
「いいよー。1000万円くらいでいい?」
「そんなにしてくれるなら、大歓迎。サービス品たくさん出すね」
 

食事の後、何となく
 
「食べたら身体を動かさないと変だよね〜」
という話になる。
 
「どこか体育館借りて少し汗を流そうか」
などと江美子が言い出すと
 
「だったらうちの練習場に来てよ」
と早苗が言うので、みんなでお邪魔することにした。
 
練習場には早めに銀行の仕事をあがったメンバーが来て練習をしていた。千里が昨年7月にお世話になったキャプテンの奥山さんに
 
「ご無沙汰しておりました」
と言って挨拶する。
 
「うん。ご無沙汰、ご無沙汰。今日は例の男子に見える刈り上げ頭の子は来てないの?」
「あの子だけフル代表に選ばれて、私たちは落選したので、憂さ晴らしにやけ食いしてきた所です」
 
「おお、やけ食いいいよね」
などと奥山さんは言っている。
 
それで彼女らと一緒に練習するが、
「あんたら強ぇ!」
と言われる。
 
「村山さんも、佐藤さんも去年の倍くらい強くなっている」
とスモールフォワードの鹿野さんが言っていた。
 
「今月下旬の実業団競技会では、もし当たったら佐藤さんにはダブルチームで行かないと無理だな」
などと鹿野さんは言っている。
「お手柔らかに」
と言って玲央美は笑っていた。
 

練習場には昨年ここにお邪魔した時にも居た“男の娘”選手・梅津真美(180cm)も居た。昨年に比べて、かなりリバウンドを取るのが進化していた。
 
「真美ちゃんも随分進化している」
と千里が言うと
「ありがとうございます。頑張ってます」
と真美は答える。
 
「ところで去勢はしたの?」
と小さい声で訊くと
「結局、去年の冬のボーナスで手術受けたんですよ」
「おお、これで真美ちゃんも女の子の仲間だね」
「みんなから祝福してもらいました。女性ホルモン2年間していたら女子選手になれるという話なんで、それまでしっかり鍛えます」
 
「うん。ただ睾丸が無くなるとどうしても筋肉は落ちるからね」
「はい。それは仕方ないと思っています。その分、頑張って練習します」
「うん。偉い偉い」
 

夕方くらいになって奥山さんが心配する。
 
「君たち、最終は?」
「江美子がいちばん大変なはず」
 
「新大阪まで乗り継げる最終は山形駅18:08ですけど、都内に1泊してから帰ってもいいです。だから山形新幹線の最終20:40に乗ろうかと思っているんですけどね」
 
「ああ、それでもいいかもね」
 
それで結局18時に練習をあがることにする。奥山さんたちに御礼を言って4人は汗を掻いた服を着替え、バスで山形駅に移動した。早苗も付き合ってくれた。みどりの窓口で4つまとまった座席を確保するが、20:40にはまだ時間があるので、駅に隣接したS-PAL内のロッテリアに入り、おしゃべりしながらハンバーガーやリブサンドなどを食べる。代金は取り敢えず玲央美が払っておき、後で早苗以外の4人で割り勘にすることにした(つまり早苗の分はおごり)。
 

散々追加注文して結構食べてからロッテリアを出る。土産物店に入って、早苗に
 
「もらえるとしたらどのお土産がいい?」
と訊いたら
「個人的には、ただっ子かなあ」
と言うので、だだっ子18個入りを4個千里が買って、早苗に
「重いけど、皆さんへのお土産に」
と言って渡した。
 
改札口で早苗と別れ、新幹線が(新庄方面から)到着するのを待っていたら、千里と玲央美の携帯が鳴る。千里が見るとフル代表の田原監督からである。 
「村山君、今どこに居る?」
「今山形駅で、東京行きの新幹線を待っている所です」
「東京着は何時?」
「23:28です」
「だったら、それからでいいから、タクシーでバスケ協会まで来てくれない?緊急事態が発生したんだよ。バスケ協会の場所は知ってる?」
「はい。何度か行きましたから」
 
電話を切ると玲央美も同じ要件だったようである。玲央美は富永代表からだった。
 
「何だろう?」
「あれだけ緊急事態が起きて、更に緊急って何だろうね?」
と言い合った。
 
ふたりが言っているのは黒江さんの骨折とU20日程変更である。
 

更にその後今度は、昨日まで一緒にフル代表候補をしていて、U20代表にも入っている華香から玲央美に電話が掛かってくる。
 
「ボク、突然バスケ協会から呼び出されたんだけど、何かあったの?」
などと言っている。
 
「今、ソラ(華香のコートネーム)はどこに居るの?」
 
「山形から新幹線乗り継いで、夕方、(愛知県の)豊明(とよあけ)に戻った所だったんだよ。寮に戻って鍵を開けようとしていた所で呼び出されたから、結局そのまままた駅に向かっている最中。パスポートも持って来てと言われたけど、そもそも合宿の荷物を持ったまま。寮に置いてたおやつ少し追加したけど」
 
「パスポート!?」
 
「もしかして、白井さんか馬田さんかが怪我か急病でもしたのでは?」
「え〜〜!?」
「それでソラが呼び出されたのかも知れないよ」
「そうか!黒江さんが怪我しちゃったから!」
 
そうなのである。白井か馬田に何か事故があった場合、本来なら黒江さんが補充されるべきであった。ところが彼女も怪我しているため、華香が緊急にフル代表に入れられることになったのかも知れない。
 
しかし華香がフル代表に入ったら、またU20のメンバーが足りなくなる! 
千里たちが呼び出されたのは、その話し合いのためかも知れない。
 

「でもなんで私たちが呼び出される訳?U20のキャプテンは朋美なのに」
と千里。
「うーん。私がキャプテンで千里が副キャプテンと思われていたりして」
と玲央美。
 
「あ、そういえば彰恵は副キャプテンだよね?」
「すまん。目立たない副キャプテンで」
と彰恵は言っていた。
「彰恵も来る?」
「いや、呼ばれた人だけが行くべき」
 

新幹線に乗ってから、ロッテリアの支払いと、早苗に渡したお土産の代金を精算しようということにする。
 
ロッテリアのレシートを合計してみたら5人で12540円食べていた。
 
「ロッテリアでこれだけ食べられるのは凄い」
「まあ激しい練習の後はお腹空くよね」
などと言いつつ、お互い感心していた。
 
「早苗に渡したお土産の分は私の負担でいいよ」
と千里が言う。
「じゃそれは高収入さんに任せた」
 
それでロッテリアの分だけ割り勘にしようということになったが、玲央美が端数はいいよと言ったので、彰恵・江美子・千里が3000円ずつ玲央美に払った。 

新幹線の中ではみんな寝ていた。23時半に東京駅に到着。ここで解散する。 
江美子は予約していたホテルに行くが、彰恵も今からつくば市には帰れないので結局江美子と同じホテルに泊まることにして(新幹線車内から予約をシングルからツインに変更した)、一緒にタクシーで移動していた。
 
千里と玲央美もタクシーで代々木のバスケ協会(この当時は岸記念体育会館)に向かった。
 
「私も何度か来たけど、なんかいつ崩れてもおかしくないビルだよなあ」
と玲央美。
「かなりやばいよね、これ」
と千里。
 
それで5階のバスケ協会の事務局に行く。華香がまだなので少し待ってと言われたが、その華香もすぐに到着した。
 
一緒に会議室に案内される。
 
フル代表のチーム代表富永さんと田原監督・夜明コーチ、そしてU20代表の篠原監督と高居チーム代表が居た。他に数人顔を知らない人がいるが、全員厳しい顔をしている。どうも千里たちが入室する前の段階でかなり厳しい議論をしていた雰囲気である。
 
千里たちはまるで面接でも受けるような気分で着席した。
 
「U20の高田コーチと片平コーチにもこの場に臨席して欲しい所なんですが、片平さんは今沖縄、高田さんは札幌で、とても無理ということで、篠原監督に任せるということでした」
と強化部長を名乗る人が言った。
 

「それで説明しますが、実は昨日の午前中に発表したメンバーでエントリー表を提出したら白井真梨さんのエントリーが拒否されました」
と強化部長が説明する。
 
「え!?」
 
「実は彼女はアメリカでU18のアメリカ代表に選ばれ、FIBA Americas U18選手権に出場したことがあるのです。1度だけですが」
と強化部長。
 
「代表になっていたのですか!?」
 
「だから、そもそも日本代表になれる訳が無かったですよね?」
と篠原さんが指摘する。
 
「申し訳ありません。代表経験があった場合に、他国では代表になれないという規定はフル代表の場合のみと認識しておりましたもので」
と強化部長さんは歯切れが悪い。
 
あれ?そんな話を昨夜富永さんとしたじゃん、と千里は思った。
 
「それはおかしい。同様のケースは中国籍の**選手がU18アジア選手権に中国代表として出ていたのに、EuroBasketのギリシャ代表になろうとして拒否された事件があったはず。それをご存知無かったんですか?」
と篠原さんは厳しい。
 
「申し訳ありません。きちんと認識しておりませんでした」
と強化部長。
 
高居さんが発言する。
「そうすると、白井さんって今後も日本代表にはなれませんよね?」
「なれません」
 
「彼女、日本代表になってくれと言われて日本に帰化したんでしょう?」
「そのあたりは何とも・・・」
「これかなり揉めませんか?バスケ協会だけじゃなくチームとも」
 
「すみません。各チームの事情まではこちらとしては把握できません」
と強化部長は逃げ腰である。
 

「そういう訳で、こちらがエントリー表を提出したのが11時でして、それはフランス時刻では朝4時になります。向こうから昼12時、日本時間の19時に拒否の連絡が届きまして。エントリーの締め切りが向こうの時刻で夕方16時、日本時間で夜23時でしたので、急遽、田原さん、富永さんに連絡致しまして、交替で登録するとしたら、中丸さんしかないということでしたので、御本人の了承も得ないままで本当に申し訳無かったのですが、日本時間で夜22時半に中丸さんの名前を白井さんに代えて書いたメンバー表を提出致しました」
 
と強化部長は言った。
 
華香はじっと話を聞いていた。
 
そして言った。
 
「私は構いません。やります。でもU20はどうなるんですか?私は来る途中で佐藤との電話で聞いと知ったのですが、日程が変わったそうですね?」
 
「はい。フル代表の世界選手権と、U20のアジア選手権が日程が重なってしまったのです。それで、世界選手権に出る選手は物理的にU20アジア選手権には出ることができません」
 
U20監督の篠原さんは苦虫を潰したような顔をしている。
 
千里は考えていた。
 
そもそも白井さんに日本代表になる資格が無いと分かっていたら、白井さんは日本に帰化していなかったろう。その場合、日本代表のセンターは安定で馬田さんと黒江さんだったはずだ。その場合、黒江さんは今回の試合で無理なプレイをしたりはしなかったろうから、骨折もしなかったろう。
 
最悪黒江さんが使えたら、華香をフル代表に出す必要も無かった。
 
何て間の悪い話なんだ!?
 
華香は凄いセンターだ。今回の一連の合宿でも随分と評価が上がっているようである。しかし白井さんや黒江さんに比べたら実力はまだまだである。これはフル代表の出る世界選手権はかなり厳しいものになるぞ。
 

「実は、白井さんが出られないということで、戦力の低下が避けられないので、いったん外した村山さんと佐藤さんに世界選手権の方に出てもらえないかと篠原さんに打診させて頂いたのですが、絶対にダメだと言われまして」
と強化部長は言う。
 
「当然だよ。村山も佐藤も出なかったら、日本は予選リーグで敗退するよ。僕は本当は高梁を外した件に関してもまだ納得していない」
と篠原さんはかなり怒っている。
 
千里は自分が必要だと篠原さんから言われたことが少し嬉しかった。
 
結局強化部長の説明にも専務理事の話にも、篠原さんや高居さんが全く納得しないまま話し合いが続く。専務理事は困り果てて、結局、麻生太郎会長に連絡を取った。
 
麻生さんは急を聞き、夜中の2時すぎというのに、バスケ協会まで来てくれた。前総理というのでSPの護衛付きである。
 
麻生さんをこんなに至近距離で見るのは昨年U19世界選手権で7位に入ったことを報告に行き、選手ひとりひとりと麻生さんが握手してくれた時以来である。
 
しかしあの時の麻生さんはとても柔らかいオーラをまとっていた。しかし今日の麻生さんは燃えるように激しいオーラである。きっとこちらが本当の麻生さんだろうと千里は思った。さすが総理大臣までする人だ。
 
麻生さんは話をあらためて聞いて
 
「その白井君の代表資格について、きちんとFIBAに問い合わせて、代表入りが可能であることを確認してから帰化させるべきだった。この件でいちばん可哀相なのが彼女だ」
と明快に指摘した。
 
全くそうなのである。彼女はあまりにも気の毒である。
 
「その問題については責任の所在を曖昧にせず、きちんと処理することが必要だ」
と麻生会長は言い、専務理事もきちんとした調査報告をすることを約束した。 

「しかしここはフル代表の名簿を提出してしまった以上、フル代表の世界選手権はそのメンツで行くしかない。もう変更はできないんでしょ?」
 
「できません。メンバーを外すことは可能ですが、追加は選手に事故があったりしたような場合以外は、できません」
と強化部長は答える。
 
「でしたら、フル代表の方はそれで行くしかないですね。後はU20の方をできるだけ強い状態で戦えるように考えることが課題ではないでしょうか?」
と麻生さんが言う。
 
それでこの件にかなり反発していた篠原さんと高居さんも、元総理の麻生さんからまで言われると、同意せざるを得なかった。
 
「中丸さんがU20代表から抜けた場合、補充候補になるのはどういう人なんですか?」
と麻生会長が訊く。
 
「補欠として代表と一緒に行動していた花和留実子さん、またはU18代表に入っていたものの、その後所属チームの事情で離れていた森下誠美さんだと思います」
と高居U20代表が答える。篠原さんも頷いている。
 
千里と玲央美も顔を見合わせて頷いた。実際、その2人しか考えられない。 

麻生さんも入った中で、その2人の経歴が比較された。
 
森下誠美 186cm 東京T高校/エレクトロウィッカ/ローキューツ

 代表経験 U18代表(2008) U24候補(2010)

 総体 1年3位 2年3位 3年BEST8

 選抜 1年BEST16 2年準優勝 3年4位

 
花和留実子 184cm 旭川N高校/H教育大学旭川校

 代表経験 U19候補(2009) U20候補(2010) Univ候補(2010)

 総体 1年−− 2年3位 3年3位

 選抜 1年−− 2年−− 3年準優勝

 
麻生会長はふたりの身長の数字に「大きいね!」と言って驚いていた。 
「現在、ふたりとも別のアンダーカテゴリーで代表候補になっているんだね。各々どういう強化活動をしているの?」
 
「U24は3月下旬にオーストラリア遠征をしました。U20は6月下旬にロシア遠征をしました」
「どちらも強いの?」
「FIBAランキングでオーストラリアは4位、ロシアは2位です」
「日本は?」
「14位です」
「日本は意外に上位なんだね」
「女子は強いんです」
 
「男子は?」
「済みません。32位です」
「なぜそんなに弱いの?」
「済みません!」
「まあいいや」
 
と言った上で麻生さんは言った。
 
「ここからの話はこの子たちに聞かせたくない。おとなだけで話し合わない?彼女たちは、ちょっと別室で待機させよう」
 
「それがいいですね」
とずっと沈黙していた夜明コーチが言った。彼は立場上何も言えないものの、本当は色々言いたいことがあるはずだ。
 

それで千里・玲央美・華香の3人は近くのホテルに移動することになった。その前に「概算」で交通費をもらった。実際には専務理事さんが個人的にお金を出してくれたようでもあった。正確な精算は後日と言われた。強化部長さんが予約を入れ、タクシーも呼んでもらったので、3人はそちらに移動して、寝ることにした。
 
一応部屋はシングルを3つ取ってあるのだが、華香が一緒に居たいと言ったので、毛布を持って!玲央美の部屋に集まった。でも
 
「おやつがないね」
という話になり、3人で深夜のコンビニに買物に行く。
 
ポテチ・さきイカ・チョコの大袋、更にはカップ麺・ハンバーガーとかお弁当!まで買って華香が精算したら、レジの人が20Mの青いボタンを押したので 
「ソラちゃん、リードされちゃったね」
などと言って盛り上がりながらホテルに戻った。
 
「僕は高校時代、制服のブレザーとスカート穿いていても青いボタン押されてた」
と華香は言っている。
 
「同じく同じく」
と玲央美も言っていた。
 
「私は男子制服着ていても赤いボタン押されてた」
と千里が言うと
「いや、そもそも千里は男子制服なんて着てなかったはず」
と言われてしまう。
 

「でも王子がフル代表に参加するんでしょ?でも今回フル代表とU20は兼任できない。それどうなる訳?」
と華香が訊く。
 
「ああ、まだその話も届いてなかったか」
「華香にも話したかったんだけど、ホテルで見当たらなかったから、ごめんね」
 
千里と玲央美がその件を説明する。それを聞いて華香は言った。
 
「そういう話なら、むしろ誠美をフル代表に入れれば良かったと思う」
「その手はあったと思うけど、短時間で決断しなければならなかったし、代表候補外からの緊急招集という所までは頭が回らなかったんだろうね」
 
実際には誠美の場合、正センターになる馬田さんとの感情的な面も考慮された可能性もあると千里は思った。1年前、馬田さんが日本代表にするという口約束で日本に帰化しエレクトロウィッカに入った結果、誠美は選手枠から弾き出されて、特例移籍でローキューツに入っている。その因縁の馬田さんと一緒に代表にするのは、2人の感情的な面のケアを時間を掛けて行ってからでないと難しい。
 
「ビザの問題もあったかも知れない。代表候補は彰恵たちも含めて全員ビザを取っていたけど、誠美は取っていない。万一期日までに取れないとやばいことになる。少なくともフランスの事前合宿には間に合わなかった」
 
「あるいは石川さんを本来のセンターとして使ってパワーフォワードで月野さんを入れる手もあった」
と華香。
「だよなあ。そのあたりも、もうパニックになってて考えきれなかったんだろうね」
 
「フル代表になるのは嬉しいけど、なんかスッキリしないなあ」
と華香は言った。
 

結局千里たちは朝6時まで起きたまま、色々話していた。そして6時過ぎ、玲央美の携帯にU20監督の篠原さんから電話が入った。
 
「U20の補充は花和君になったから、よろしく」
「分かりました。彼女と一緒に頑張ります。監督もお疲れ様でした」
「うん。ありがとう」
 
おそらく今の時間まで激論していたのだろうが、実際にはU20の補充選手問題だけではなく、今回の事件そのものの検証も行われたのではないかと千里たちは想像した。
 
玲央美は「疲れているのでこのまま夕方くらいまで寝ていられませんか?」と言った。それで強化部長さんがホテル側に電話して、結局玲央美たち3人は3日の朝までこのホテルに居ていいことになった。
 

9月2日10:00。
 
日本バスケットボール協会は緊急記者会見を開き、昨日発表した代表選手の内、白井選手の代表選手資格がFIBAに認められなかったため、中丸華香選手を代りに代表入りさせたことを公表した。
 
記者たちから厳しい質問が相次ぎ、強化部長・田原監督・富永チーム代表は、終始不手際を陳謝していた。
 

2010年9月5日。
 
千里、麻依子、誠美、国香、浩子など、千葉ローキューツのメンバーは車に相乗りして、柏市中央体育館にやってきた。
 
今年の千葉クラブ選手権大会の1回戦が行われるのである。
 
ローキューツは3月の全日本クラブ選手権で3位に入ったので、11月の全日本社会人選手権に参加する権利がある。しかしその一方で、来年3月の全日本選手権を目指して、また県大会からの挑戦が並行して始まるのである。 
この日の相手はホワイトブリーズであったが、試合前から向こうは凄く嫌そうな顔をしていた。千里たちが出る必要もないだろうということで、この日は旭川N高校の“銀河五人組”のひとりであった司紗にキャプテン代行をさせ、元代、玉緒、菜香子、夏美といった面々で始めた。
 
(銀河五人組というのは、3年前の春に旭川N高校女子バスケ部の入部試験に落とされたものの、球拾いでも掃除係でも洗濯係でもいいから入れてくれと南野コーチに訴え、その熱心さが認められて入部した5人である。彼女らは体力も無かったし、完全な初心者だったが、川西靖子(現在レッドインパルス・マネージャー)らに基礎からみっちり鍛えられた。当初は「補欠5人組」と自称していたものの、2年に進級する時に「後輩も入ってくるのに補欠5人組では可哀相」と言って、佐々木川南が新たに「銀河五人組」と命名したものである。何となく格好良いが、実は銀河=星屑である。5人のうち越路永子は2年生の12月に、ウィンターカップ道予選、総合選手権の道予選でベンチ入りを果たし「補欠の星」と自称した。永子と夜梨子はジョイフルゴールドの2軍ジョイフルダイヤモンドに入り、司紗はローキューツに入った) 
こちらのメンツは元代や玉緒など、素人と大差無い子も入っているのだが、ベンチに座っている千里や誠美などの雰囲気に呑まれてしまったようで、トリプルスコアでローキューツが勝った。
 
むろん千里も麻依子も国香も薫も誠美も出る幕は無かった。
 
この続きは10月11日に行われる。
 

「先日のゴタゴタはネットでもいろんな噂が書き込まれているけど、僕までフル代表候補に入れる話があったんだって?」
と試合後の食事会で誠美が言う。
 
「そうなんだよ。あの時、ほんの1時間くらいの間に白井さんの代わりにエントリーさせる選手を決めないといけなくて、たまたま華香はつかまったけど、サクラも誠美も所在をつかめなかったらしい。国外に出ていたり、あるいは怪我とかで入院中だったりするとやばいから、連絡がすぐ付いて、特に怪我とかもしていなかった華香を代表に入れたんだよ。それと誠美の場合はビザの申請が間に合わない恐れもあったから」
 
と千里は言う。これは9月3日に、A代表田原監督・U20篠原監督・千里・玲央美・彰恵・江美子・亜津子に、名古屋から駆けつけて来た(U20主将の)朋美まで集まって「こういうことだったことにしようよ」と言って、できるだけ傷つける人が少なくて済むストーリーを考えて決めたものである。
 
「あれビューティーマジックとも揉めてるみたいね」
「うん。法廷闘争になるかも。白井さんが『騙された。これは詐欺だ』って怒っていて、チームとバスケ協会を訴えると言っているみたい」
 
「白井さんにしてみれば、自分の人生をめちゃくちゃにされた気分だもん。怒って当然だよ」
と誠美は彼女に同情するように言った。
 
「しかし何か今年はトラブルが多すぎる。僕が出るはずだったU24のジョーンズカップは参加をキャンセルになったし。あれもなんで〜〜!?と思った」
 
「主力4人がリトアニアで合宿中だったからなあ」
「あれももう少しうまくできなかったのかなあ」
 
「取り敢えず華香には、フランスとチェコのお土産よろしくと言っといた」
と誠美は言う。
「ああ、お土産大変そう」
 

9月6日(月)。
 
高梁王子・中丸華香、そして花園亜津子を含む日本代表12名は成田から事前合宿地のフランスへと旅だって行った。日本代表のユニフォームは連番なので4-15である。本来6番を白井さんが付けるはずだったのを急遽華香がつけることになった。華香は「うっそー!?1桁なの?」と騒いでいた。
 
(4番がエレン、5番が羽良口さんである)
 
そして玲央美と千里は田原監督と富永代表から「君たちにも本当に申し訳無い」と言われ、16と17の背番号の同じデザインのユニフォーム(ホーム用+アウェイ用+練習用+スタジャン)を渡された。
 
ふたりはそのユニフォームを着て当日成田まで行き(代表選手は専用のバスだが千里たちは電車。但し運賃は協会から渡されている)、亜津子・華香とハグして「お互い頑張ろうね」と言い合った。王子は明るく「アメリカやロシア倒してきますね」と言っていたので、握手して「うん。頑張れ頑張れ」と言って送り出した。
 
しかしその後、4-15の背番号を付けた12人で記念撮影しているのを見たら、物凄く悔しい思いが込み上げてきた。千里は玲央美に言った。
 
「悔しいよぉ」
 
玲央美は言った。
「優勝しようよ」
 
「そうだね」
と言ってふたりは力強く握手をして、12名の代表が臨時ゲートの方に行くのを見送った。千里の燃えるような瞳に気付いたのか偶然なのか、三木エレンが振り返ってこちらを見ると笑顔で手を振った。千里はエレンに深くお辞儀をした。 

9月7日(火)夕方。
 
千里はまたインプに荷物を積んで北区の合宿所に入った。明日から12日までU20の第四次強化合宿が行われるのである。元々の日程では今回の合宿は10-12日の週末のみの予定だったが、スターター格の2名が抜けてチームの構成が変わってしまうことから新体制に慣れるため、少し長めにおこなうことになった。
 
集まってきたのはこういうメンツである。
 
4.PG.入野朋美(愛知J学園大学)159cm

5.PG.鶴田早苗(山形D銀行)164cm

6.SG.村山千里(ローキューツ)168cm

7.SG.中折渚紗(茨城県TS大学)166cm

8.SF.前田彰恵(茨城県TS大学)169cm

9.PF.橋田桂華(茨城県TS大学)173cm

10.SF.佐藤玲央美(ジョイフルゴールド)182cm

11.PF.鞠原江美子(大阪M体育大学)166cm

12.PF.大野百合絵(神奈川J大学)175cm

13.PF.渡辺純子(札幌P高校)180cm

14.C.花和留実子(H教育大旭川校)184cm

15.C.熊野サクラ(ジョイフルゴールド)180cm

17.SF.竹宮星乃(神奈川J大学)167cm

18.PG.森田雪子(東京N大学)158cm

 
夕食を食堂で取った後、会議室に集まるように言われる。高居チーム代表からU20アジア選手権の日程が変わってしまったこと、その件で各所属企業あるいは学校に麻生会長の直筆署名入りの協力依頼書を作成したので、後で内容を確認して欲しいことが説明される。
 
そして日程変更によってフル代表の世界選手権とU20アジア選手権の日程が重なってしまい、両者を兼任する選手がどちらかにしか出られなくなってしまったことが説明される。そして高居さんはハッキリと、千里と玲央美に王子の3人が実はフル代表に組み込まれ、発表される予定だったことを言った。
 
しかし、日程が重なってしまったことから、苦渋の決断で、高梁をフル代表に、村山・佐藤をU20に振り分けたことを説明した。更にフル代表を発表した後で、白井さんがFIBAからエントリー拒否されたため、急遽中丸華香をその補充として出したこと。結果的にU20も2人補充せざるを得なくなったことが高居さんから説明された。
 
「長い説明だった」
と星乃。
「結局よく分からなかった」
とサクラ。
 
「まあ今4から15付けてる12人でU20を闘わざるを得ないということで」
と玲央美が言う。
 
「突然言われて驚いております。今回の大会は国体とも日程が重なっているので、私が国体に出場しないからお呼びが掛かったと聞きました。国体の予選に負けて凄く悔しい思いしていたのと、6月にU18で中国の死んだふり作戦にやられたのが悔しかったのと、その2つの悔しさをぶつけて、中国には雪辱を果たしたいと思っています。同じ中国とは言ってもカテゴリーが違いますが、江戸の仇を長崎で討つ気持ちで。それと高梁さんにはとてもかないませんけど、その半分でも戦力を埋められたらと思っています」
 
と渡辺純子が言った。
 
彼女は先日のインターハイではプライドを捨てて、2人がかりで王子を停めるダブルチーム作戦で王子を封じている。
 
「枠が2つ空いたと聞いた時は、出番が来たかと思ったのですが、純子ちゃんを候補選手以外から緊急補充ということで、正直がっかりしました。でも現地までは連れて行ってくださるということなので、U20のお笑い担当として雑用でも何でも引き受けますので、よろしく」
 
と星乃は正直な感想を言っている。ここまで言っちゃうあたりは星乃だから許容される内容かなという気もした。
 
篠原監督が特にコメントして、星乃にはトレーナー名目、雪子にはマネージャー名目でベンチに座らせるのでコートにとっても近い場所でアジアのトップ戦力たちの戦いを見てそれを自らの糧にして欲しいと言った。雪子も「スコア係と雑用がんばります」と言った。
 
「華香が急遽フル代表の方に出ることになったので代わりに頼むと言われて驚きましたが、出してもらう以上は、華香の戦力を補って余るくらい頑張るつもりです」
 
と留実子は言った。
 
「うん、頼もしいね。男らしくていいよ」
 
と篠原さんが言うと、留実子は少し恥ずかしそうに微笑んだ。
 
留実子はいつも発言はわりと男らしいのだが、こういう反応は結構女の子らしい面もある。そのあたりで鞠古君はこの子に魅力を感じているのかも知れないなあと千里は思った。
 

この週の練習では篠原監督のコネで、W大学の男子バスケット部の人たちに練習パートナーを務めてもらった。
 
とにかく外国チームとの試合で課題になる、背の高い選手、フィジカルの強い選手との戦いに慣れることが主目的である。彼らには、女子選手との接触を恥ずかしがらずに、思いっきり当たってきてもらっていいと言って練習を始めた。実際彼らは割り切って思いっきり当たってきたので、身体の小さな早苗や渚紗が吹き飛ばされる場面もあったが、さすがにサクラや留実子はフィジカルが強い。ゴール下の乱戦で、むしろ男子の方が吹き飛ばされたりして
 
「君すごいねー」
とマジで褒められていた。
 
江美子なども166cmで身体はあまり大きい方ではないのだが、190cm代の男子選手にも全く当たり負けない。このあたりはやはり千里と一緒にやっている出羽での修行の成果かな、と千里は思った。むろん168cmの千里も全く当たり負けないし、190cmの選手のブロックをかいくぐって、たくさんロングシュートを撃った。
 
「なんでその体格差で吹き飛ばされない?」
と渚紗が言うが
 
「重心が入っていれば、そう簡単には負けないよ」
と千里が言うので、その後、渚紗は千里や江美子のプレイをかなり観察していたようである。
 
男子選手たちが休んでいる間は、スクリーンプレイやトラップなどの連携プレイの練習をしたり、色々な組合せで1on1をやった。
 
W大学の男子チームは2時間くらいやったら30分程度休んでいるのだが、U20女子代表チームはほとんど休まずにひたすら練習をしている。
 
「あのぉ、君たち休まなくていいの?」
と向こうは控えめに質問してきた。
 
「代表練習の時は、休みは基本的にありません」
と朋美が答えると
 
「ひゃー」
という声があがっていた。W大学のメンバーの中にはU24(Univ)の男子代表候補になっている選手もいたのだが「うちの代表チームの練習はこんなに濃くない」と言っていた。
 
千里はU20の練習とフル代表の練習の「密度」の違いを感じていたのだが、もしかしたら、こういう濃厚な練習をするのは、篠原チームだけなのかも知れない。 

今回の合宿では、フル代表のリトアニア遠征の際に浮上した日本選手には多い「撞き出しのトラベリング」について千里が説明し、千里と玲央美・彰恵の3人で違反になる場合とOKな場合とを模範演技した。
 
「すみません。分からなかった。もう一度」
という声が掛かり、10回くらいやる羽目になったが、理解した子も
 
「これ回避するのはどうするんだろう?」
と言うので、回避の仕方も模範演技してみせる。
 
「これは結構練習しないと、うまくできない」
という声に、高田さんが
「僕が見てあげるから特訓しようよ」
と言う。
 
「トラベリング取られるのはもったいないから特訓頑張ります」
と、特に危ない数名は答えていた。
 

9月12日。日本バスケット協会は創立80周年の記念祝賀会を行った。これに合宿最終日であった千里たちU20チームも参列してと言われた。
 
祝賀会には湧見絵津子や加藤絵里などのU18代表、原口紫や水原由姫などのU17代表も参列した。純子はこの日はU18の所に並んだ。
 
世界5位のU17チーム12名、アジア準優勝のU18チーム12名が壇上に昇って、あらためて報奨がおこなわれた。U17とU18を兼任している小松日奈と水原由姫は慌ただしく両方を行き来していたが、報奨金の袋を2つもらって嬉しそうにしていた。
 
その中でU17監督(福井W高校監督)の城島(きじま)さんがこんなことを言っていた。
 
「昨年のU16アジアの最終戦では、久保田・永岡・小松の3人で調子よく得点を重ねていたものの、最後に久保田が足がつってしまい、交替を余儀なくされて、そこから逆転されてしまいました。しかし今回その3人は最後の5位決定戦で40分間フル出場して最後まで走り回ってくれました。それで私は思ったのです。日本の走り回るバスケットは40分間走り続けたら世界に通用するんだと」
 
その話を聞いた千里が何気なく呟いた。
 
「私、次バスケチーム作る時は“40分”って名前にしようかなあ」
「次作るってそれいつよ?」
と玲央美が笑いながら訊く。
 
「たぶん私も結婚したり赤ちゃん産んだりしたら、いったん引退すると思うんだよね。でも、ずっと家庭に閉じこもってはいられないじゃん。子供の手が空いたりしたら、多分バスケの好きな子に声掛けてチーム作って練習するようになると思うんだよ。その時、その名前を使う」
 
「千里って、京平君を自分で産むつもり?」
「そのつもりだよ」
「ほほぉ」
「子持ちの主婦であっても40分間走り回れるチームだよ」
「それはそれで凄い」
 
「思ったんだけどさ」
「うん?」
「私高校2年のインターハイでは正直全国で通じる選手が少なかったら、実質40分間フル出場に近かった」
「ああ確かにあの頃の千里はそうだった」
「それが高3の時は結構ハイレベルな選手が増えたし、U18チームとかだと才能豊かな選手がたくさん居たから、結果的にベンチで休んでいる時間も長くなった」
 
「・・・・・」
「やはりバスケット選手って本当は40分走り回れる体力が無いといけないのかも知れないね」
「まあウィンターカップの死闘の時は、最後はもう身体が動かない子が何人もいたよ」
 
「あれは・・・・楽しかったね」
と千里が言うと玲央美は苦笑する。
 
「まあ、思い起こせば楽しかったかもね。あまりああいう試合はしたくないけど」
と玲央美。
「うちは後少しの頑張りが足りなかった」
と千里。
 
「ほぼN高校の勝ちという場面もあった。逆転できたのは奇跡。チームファウルなどという不思議なルールに助けられた」
 
「ファウルした方にアドバンテージが与えられるって、何とも不思議なルールだよね。でもインターハイの彰恵たちとの試合もそうだった。ほぼ向こうの勝ちだったのをトリックプレイで同点に追いついて延長で逆転」
 
「千里はたまにトリックプレイするけど、最後の勝負所でやるから、相手はうまく引っかかる」
 
「私、レオにもJ学園の日吉さんにも勝負所で審判の死角でユニフォームひっぱられて手許が狂ったけど、ああいうのもここぞという時のプレイだよね」
 
「あははは。まあ勝負は終わってみるまで分からない」
「だよね〜」
 
 
前頁次頁目次