【娘たちの予定変更】(3)

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翌日。7月16日。
 
朝食(今度はちゃんと食べられた)後、バスで2時間ほど掛けてペネヴェジーズ(Panevezys)という町に移動する。
 
「暑い」
という声があがる。実は14日くらいまでは涼しいくらいの感じだったのが昨日あたりから気温が上がりはじめ、今日は“夏らしい”暑さが戻ってきたのである。しかも、バスはエアコンが無い! 窓を開けているのだが、結構暑い。朝からこんなに暑いということは、お昼を過ぎるとかなりの暑さになりそうだ。 
到着したのはペネヴェジーズにあるシド・アリーナ(Cido Arena)という立派な体育館である。先日3国リーグをやった体育館とは段違いである。ここで今日・明日2日間、リトアニアとの観客を入れた試合をする。どうも、これは“リトアニアの”壮行試合のようである。
 
千里は、この2試合は向こうはかなり気合いを入れてくるなと思った。 

シドというのは、ラトビアの飲料メーカーである。
 
http://www.cido.lv
 
多分フランス語のシードル(cidre)、英語のサイダー(cider)と同系統の言葉かな?と千里と玲央美は言い合った。
 
このシド・アリーナの収容人員は5000人で、バスケットと自転車競技に主として使用される。アリーナと客席の間に自転車用のバンクが設置されている。ここのスコアボードは天井中央からの「吊り下げ式」である。、いわば両国国技館の土俵の上に吊り下げ式の屋根があるような感じで、コート中央に立方体状のスコアボードが空中にぶら下がっていて、ちょっと格好いい。
 
この体育館はリトアニアの男子バスケットリーグLKLに所属するBC Lietkabelisのホームである。また、来年開かれる FIBA EuroBasket 2011 Group A の会場になることになっている。
 
現地に到着したのが11時半くらいで、12:00-13:30の時間帯で練習をした。 
練習の後で近くのレストランに行き、お昼を取るが、このお昼を食べ終わった所で今日のロースターが発表された。
 
PG.富美山 福石 SG.花園 川越 SF.佐伯 山西 千石 前田 PF.寺中 月野 花山 簑島 C.白井 馬田 石川  

「さて、練習しよう」
 
と千里と玲央美は、江美子にも声を掛けて、体育館の裏で練習を始める。すぐに「私も混ぜて」と言って広川さんが来て、一緒に練習する。暑い中で屋外で練習しているので、どんどん汗を掻く。トレーナーの内藤さんがスポーツドリンクを持って来てくれた。
 
「あんたら元気だね〜」
と今日のロースターに入っていない三木エレンが来て千里たちの練習を見る。 
「私はこの暑さだけで体力を削られる」
 
「エレンさん。今回は間に合わないけど、ロンドンまでにはエレンさんを引きずり降ろしますから、待っててください」
と千里は言った。
 
「OKOK。私に追いつけるものなら、追いついてごらん」
とエレンも楽しそうに言っていた。
 
なお、他の選手は控室で、試合のビデオを見たり、あるいは寝たりしていたようである。
 

5000人入る体育館なので、さぞ大勢観客が入るかと思ったら、観客は200人ほどであった。これだとインターハイの道予選並みである。やはり女子の試合は大して入らないのかなぁ、と千里は思った。
 
この日の試合結果はこのようであった。
 
7.16 19:00-20:40 LTU 96-96△JPN
 
リトアニアは立ち上がりから猛攻を仕掛け、これまでこれほどパワフルなリトアニア・チームを見ていなかった日本は、戸惑っているうちに大量得点差を付けられてしまった。
 
その後、少しずつ挽回していき、終盤とうとう逆転したものの、終了間際、リトアニア選手のスリーが決まり、結局同点で終了した。
 
今日・明日の2試合は同点の場合、延長戦は行わないことになっている。 
なお、この日の審判は主審がリトアニア人、副審はリトアニア人と日本人(薬師)であったが、リトアニア人の2人は英語ができず、薬師さんはその2人とコミュニケーションを取るのに、かなり苦労していたようであった。
 
この日の試合でも、日本は例の「撞き出しのトラベリング」をかなり取られた。 
「え〜?」
という顔をしている選手が結構いる。自分では先にボールを撞いたつもりが、やはり軸足が離れるのがわずかに早かったようで、千里たちの近くで観戦していた羽良口さんは審判の判断に頷いていた。
 
「あんたたちは、あれ上手いね」
と千里たちに声を掛けてくれた。
 
「高校時代、かなり鍛えられたんです」
と千里は答える。
 
「旭川N高校の選手はそれがすごくきれいだと思っていた。うちはそこまで厳しくは指導されてないけど、目に余るものは時々注意されていたよ」
と玲央美。
 
「愛知J学園もかなり厳しかったんでしょう?亜津子さん言ってましたが」
と千里は羽良口さんに投げる。
 
「うん。沢田先生が凄く厳しかった。おかげで私はWNBAに行っても苦労しなかった。亜津子ちゃんもうまいね」
と羽良口さんは言っていた。
 

試合終了後は2時間掛けてバスで移動して、ヴィリニュスのホテルに戻って宿泊した。そして翌日17日はまた2時間掛けてペネヴェジーズに移動する。そしてエアコンの無いバスで暑い!
 
「なんか移動だけで体力消耗している気がするのですが」
「なぜペネヴェジーズのホテルに泊まらないんですか?」
「うーん。。。なんでだろ?」
「日本選手を疲労させる作戦だったりして」
「それ、ありそうで恐い」
 
この日は11:00に到着して12時からの試合である。ロースターは朝食後、バスに乗ってすぐに発表された。
 
PG.羽良口 福石 SG.三木 村山 SF.広川 佐藤 山西 前田 PF.宮本 高梁 寺中 鞠原 C.馬田 黒江 中丸  
それで千里は体力を温存するため、移動のバスの中でひたすら寝た。玲央美や彰恵・江美子も寝ていたようである。
 
今日の審判は日本側の薬師さんが主審で、副審2人がリトアニア人である。2人の内1人は英語が分かるということで、その人が通訳することにより、今日は3人の審判のコミュニケーションが取れるようであった。
 

この日の試合結果はこのようであった。
 
7.17 12:02-13:40 LTU 82-76 ×JPN
 
最後まで競った試合であったが、結局リトアニアが僅差で試合を制した。これでリトアニアとの戦績は2勝1敗1分である。
 
リトアニアは昨日同様“本気”であった。多分先日のリーグ戦はどうせ観客もいないしと手を抜いていたんだろうなと千里は思った。昨日・今日のリトアニアが本当のリトアニアだ。
 

この日もバスで2時間掛けてヴィリニュスに戻る。今日はこれまでで最も暑い日で、エアコンの効かないバスの中は窓は開けていてもサウナに近い状態だった。千里は体力消耗をおさえるためずっと寝ていた。夕食を取ってからホテルで休んだが、大半の選手が敗戦の精神的な疲労もあり、すぐに寝たようである。 
王子と華香に美樹の3人はルーカスさんに「何か気分転換できるような所は無いですか?」と尋ねて、結局ゲームセンターに行ったようである。最初、もっとおとなのプレイスポットを提案したようだが、美樹が「すみません。王子が未成年なので」と言うとルーカスさんは驚いたようであった。どうも22-23歳と思い込んでいたらしい。
 
「ついでに女の子というのは認識してもらってますかね?」
「もちろん、可愛いお嬢ちゃんだと認識してますよ、ムッシュー」
などとルーカスさんもお茶目に言っていた。
 
千里と玲央美は少し仮眠してから亜津子・彰恵・江美子に声を掛けて近くの公園で2時間くらい練習をした。日はまだ高いのだが、時間的には夕方になるので、夜明コーチが護衛を兼ねて付いていてくれた。
 

18日。遠征試合の最終日である。
 
今日の試合はヴィリニュス市内で行われる。Lietuvos rytas Arenaという体育館を使う。やはりLKLに所属する BC Lietuvos rytas のホームである。ここでLietuvos rytasというのはリトアニアの新聞で「リトアニアの朝」という意味である。ここは1700人の観客の入る体育館で2005年に建設された。
 
4日後、7月22日から始まるU18男子ヨーロッパ選手権の会場になるということで、床に FIBA EURO のペイントが既になされている。
 
「移動しなくていいのは楽だ」
という声があがった。9:30-11:00が公式練習時間だったので、ここでたっぷりと汗を流す。その練習が終わった所で今日のロースターが発表された。
 
PG.羽良口 武藤 SG.花園 村山 SF.広川 佐藤 佐伯 前田 PF.横山 宮本 高梁 鞠原 C.馬田 黒江 石川  
この発表に「え?」という声があがる。
 
多くの選手が予想していたものとまるで違っていたからである。
 
ここまでの選手起用で、だいたい首脳陣の考え方が分かってきていたので今日はこのようなオーダーになるものと多くの選手が予測していた。
 
PG.羽良口 武藤 SG.川越 村山 SF.佐伯 佐藤 早船 千石 PF.横山 宮本 花山 簑島 C.白井 黒江 石川  
それなのにかなり選手が入れ替わっている。千里はこれは「勝つ」ためのラインナップだと思った。昨日の敗戦で、単に「選手の調子を見る」オーダーでは終われないと監督やチーム代表は判断したのだろう。そもそも名前を並べる時、これまでは佐藤より佐伯の方を先に書いていたのに逆になっている。おそらくかなりの議論をして選手の入れ替えをしていたため、ここでひっくり返ってしまったのだろう。 
千里はじっとそのオーダーを見た。
 
そしてにっこりと笑顔を作ると、玲央美を見て行った。
 
「2〜3時間練習しない?」
 
玲央美はじっと千里を見た。そして言った。
 
「うん。練習しよう」
 
「私も混ぜて」
と亜津子が言う。
 
「じゃ私も」
と広川さんが言う。
 
「私たちは寝てる」
と彰恵と江美子は言った。
 

体育館の外でやろうと思ったのだが、あいにく雨が降り出したようである。ルーカスさんに聞いたら、この体育館のトレーニングルームが使えるということだったので、そこに行く。
 
夜明コーチが付いてくれて、その4人でかなり濃厚な練習をした。1時間半くらいしたところで夜明コーチが
 
「このあたりでやめとこうか。本番に響く」
 
というので、そこでやめて、あとは汗を掻いた下着を交換。予備に持って来ていたトレーナーを着て、控室の隅で寝た。
 

「おーい、御飯だよ」
という玲央美の声で目が覚める。
 
「ありがと」
と言って起きる。時計を見ると17時である。みんなで一緒に体育館の近くのレストランに行く。雨が降っているので、傘が人数分用意されていて、その傘を差して歩いて行った。
 
予約していたので、実質貸し切りにしてもらっている。ここで軽く夕食を取る。消化の良さそうなメニューで構成してもらっている。18時頃に体育館に戻ると、何か揉めてる!?
 
ルーカスさんがリトアニア語(?)で何やら叫んでいる。
 
「どうかなさいました?」
「今日の試合のテーブル・オフィシャルが居ないんです」
「居ない?」
「さっき協会に電話して確認したら、手配し忘れたと」
「え〜〜〜!?」
 
「どうするんです?」
「観客の中から選びます」
「へ!?」
 
「どっちみちこういう試合見に来ているのは、バスケット関係者ばかりだから、できる人が絶対居ますよ」
 
それでルーカスさんが観客に向かって、スコアが付けられる人、24秒計の操作ができる人、タイムキーパーができる人、と募っているようである。結局数人出てきた人とルーカスさんが話をして、3人選んだ。
 
「3人?」
「スコアラー、タイムキーパー、24秒計オペレータです」
「あのぉ、アシスタント・スコアラーは?」
「タイムキーパーが兼任します」
「大丈夫ですか?」
「よくそれでやってますよ」
 
恐らくルーカスさんたちから見て信頼できそうな人がその3人しか居なかったのだろうと千里たちは思った。
 
しかしタイムキーパーとアシスタント・スコアラーの兼任はかなり忙しくなる。ただスコアラーや24秒計オペレーターは試合中ずっと神経を張り詰めた状態で作業するのでとても余裕がない。確かにアシスタント・スコアラーを兼任するならタイムキーパーしかあり得ないだろう。それでも、ほんとに大丈夫か?と不安を感じながらも、取り敢えず何とかなったかなと思っていたら、今度は審判が居ないと言い出す。
 
「どうなってるんですか?この試合!?」
 
こういう国際試合では審判は3人制で、今日は日本の薬師さんが主審をすることになっているのだが、リトアニア人の審判が1人しか来ていないらしい。つまり副審が1人足りない。
 
「2人制でやります?あるいは審判できる人をお客さんから募ります?」
 
「副審は私がやります」
とルーカスさんが言った。
 
「できるんですか!?」
「私、3部リーグで審判やっているんですよ」
「そうだったんですか!?」
 
しかし。。。3部リーグの審判って、大丈夫か?
 
いや既にこの試合、3部リーグ並みになっているのかも!?
 
「多分お客さんの中に審判ができるほどの人がいたら、さっきもう1人テーブルオフィシャルとして採用していたんだろうね」
と江美子が言う。
 
「うん。そもそもお客さんの数が少ないからなあ」
 
この時点で会場に入っているお客さんは50人ほどである。
 

ともかくも試合が始まる。千里はスターターに指名されて出て行った。背中に亜津子の視線が痛い。
 
日本は序盤から激しい攻勢を掛けた。千里、玲央美が立て続けにスリーを決めるが、向こうもスリーで対抗する。今日は点の取り合いになるなと思った。第1ピリオドは21-28で日本のリードである。
 
第2ピリオドは亜津子が出て行く。千里が第1ピリオドで4本スリーを入れているので、亜津子もかなり張り切っている。このピリオドもお互い激しい攻防が続いたが、18-20で日本のリードで終わる。亜津子はスリーを3本入れた。 
ハーフタイムで休んでいる間、外では雨が激しくなってきている感じだ。 
「これ傘さしてても濡れそうだなあ」
「帰ったら熱めのシャワーを浴びたい気分だ」
 
それで控室からコートに出て行くと、テーブル・オフィシャルをしてくれている人たちがモップを持ってコートの掃除をしている。わあ、ご苦労様ですと思いながらベンチに座る。掃除が終わったようで、後半が始まる。第3ピリオドも亜津子が出て行く。それで試合が始まったのだが、試合開始早々、リトアニアの選手が滑って転ぶ。
 
何か文句を言っている。
 
「床が濡れていると言ってるみたい」
「なんで?モップに水を付けて拭いてたのかな」
「まさか」
 
ルーカスさん自身がモップを持って来てその付近を拭いている。
 
不可抗力による中断と判断され、リトアニアのスローインから試合が再開される。それで5分ほどやっていたのだが、今度は彰恵が滑って転んだ。
 
「床が濡れてると言ってる」
「ねえ、まさか、雨漏りしてるんだったりして」
「まさか・・・」
「この体育館、5年前に出来たばかりとか言ってなかった?」
「手抜き工事だったりして」
「雨が降る場合を想定しない設計だったりして」
「そんな馬鹿な」
 
また掃除をして試合が再開されるが、1〜2分後、今度はゴール下でリバウンドを争ったリトアニアのセンターの人と馬田さんが相次いで滑って重なり合うように倒れた。
 
「なんか濡れてると言っている」
「これやはり雨漏りしてる」
「あははは」
 
審判団、そして双方の監督が出て協議している。
 
主審の薬師さんがマイクを持った。英語で説明する。
 
「雨漏りが酷く、このまま続行するのは危険であることから、この試合はここで中止。試合はここまでの得点で60-54で日本の勝ちとします」
 
続いてルーカスさんがマイクを持ち、同じことをリトアニア語で説明しているようである。英語のアナウンスでは観客も分からない人が多かったようだが、ルーカスさんの説明で観客が騒いでいる。
 
バスケットの試合で降雨コールドゲームなんて前代未聞だ!?
 

整列して挨拶した後、双方握手などしていた。5人が引き上げてくる。 
「最後までやりたかったよぉ」
と亜津子が言う。
 
「彰恵、転んだ所大丈夫?」
「平気平気。転んだくらいで壊れるような身体してないし」
「馬田さん、大丈夫ですか?」
「OKOK。私、馬(うま)並みに頑丈って子供の頃から言われてるから」
 
と馬田さんはここで自分の名前をネタにしたダジャレを飛ばしている。多分大丈夫なのだろう(彼女は中国名は馬(マー)さんである)。
 
その後、15人全員で向こうのベンチに挨拶に行く。向こうの15人もこちらのベンチに挨拶に来る。その後、コート上に今日は出ていない選手も入って、リトアニア・日本双方の選手が入り乱れて並んだ状態で記念撮影をした。 
7.18 19:00-20:05 LTU 54-60○JPN (21-28 18-20 13x-13x x-x) 雨天コールド 
こうして、リトアニア対日本の連戦は合計で日本の3勝1敗1分ということになった。ブルガリア戦まで入れると4勝1敗1分である。
 
バスでホテルに戻ったが、外は物凄い手土砂降りだった。みんな熱いシャワーを浴びてから寝たようである。
 

亜記宏は天津子の顔を見ると土下座して感謝の言葉を言った。
 
「その節は本当にありがとうございました。私自身のことより、織羽のことで本当にお世話になりました」
 
「まあ私はたまたま気分で助けただけ、だけどさ、子供を置いて逃げるのは頂けないなあ」
と天津子は言った。
 
織羽は単純に
「あ、パパだ。元気だった?」
と言ったので、亜記宏は
「織羽、ごめんな、ごめんな」
と泣いて言っていた。
 
「でもなんで織羽はスカート穿いてるの?」
「この子の性別のことでは、あとで相談したいのですが」
と天津子は言った。
 
「はい」
 

美鈴・ミラとそれに伴われてきた理香子との対面の方が厳しかった。
 
美鈴やミラが怒る前に理香子が亜記宏に言った。
「パパ、どうして私たちを捨てたの?」
 
それは小学2年生とは思えない、厳しい口調の言葉だった。亜記宏はその理香子の態度に驚きながらも、ただただ謝った。
 
「じゃ、パパは私たちが嫌いになったんじゃないのね?」
「そんなことはない。理香子たちと別れた後も、ずっとずっと理香子たちのことを思っていた」
と亜記宏は言う。
 
理香子と亜記宏の対話は10分以上続いた。対話というより厳しい詰問の連続であった。理香子の言葉は全く容赦が無い。そばで聞いている美智の方が、何もそこまで言わなくてもと思いたくなるほどだった。そして亜記宏はひたすら謝った。その上で理香子は言った。
 
「だったら、もしママがパパのこと許してあげるのなら、私も許してあげる」
 
亜記宏が美智(春美)を見る。
 
「分かったよ。かっちゃん(理香子)。私はパパを許してあげるよ」
と美智は笑顔で言う。
 
すると理香子は言った。
「ママ、パパのこと好き?」
 
この質問には美智はマジで困った。しかし答えなければ理香子は亜記宏を許さないだろう。
 
「うん。理香子たちのパパのこと好きだよ」
「結婚する?」
「じゃ、その内ね」
と美智は笑顔で答えた。
 
「だったら仕方ないからパパのこと許してあげるよ」
 
この理香子の厳しい亜記宏への詰問で、ミラも美鈴も色々言いたいことがあったのをもう言えなくなってしまったようである。
 
「亜記宏、あんたには色々言いたいことはあるけど、理香子と美智に免じて許してあげることにするよ」
とミラが言った。
 
「だけど、かっちゃんはまるで長女ではなくて、長男のようだ」
と美鈴が言う。
 
「それでいいよ。私が長男で、しずかが長女なの」
と理香子。
 
「なるほどー!」
と美鈴と美智は一瞬顔を見合わせてから納得するように言った。
 
「ねえ、しずか、おちんちん私にくれない?」
「いつでもあげたいけど。私はあれ要らないし」
 
「お医者さんに行ったら、しずかのおちんちん取って私に付けてもらえるかなあ」
 
「そういう話はもう少し大きくなってからね」
とミラが苦笑しながら言った。
 

リトアニア、ヴィリニュスのホテル。
 
7月19日の朝起きると、また玲央美が何か書いている。
 
「またロースター予想?」
と千里は訊く。
 
「そうそう。結局さ」
「うん」
「ブルガリア戦のメンバーがほぼ最終ロースター候補だと思う」
と玲央美は言った。
 
「へ?」
「つまりね、こういう海外遠征って色々な国のチームとの対戦を選手に経験させることも重要な目的じゃん」
「うん」
 
「そうなると、リトアニアとは5試合するから、全員リトアニアとは対戦経験を持てる。ところがブルガリアとは1試合しかない」
「あぁ・・」
 
「となると、代表ロースターと考えている選手は、絶対ブルガリアとの経験も積ませると思うんだよ。だから、ブルガリア戦のラインナップが基本。15名から12名に絞るし、若干の入れ替えはあるかも知れないけどね」
 
ブルガリア戦のメンバーはこの15名であった。
 
PG.羽良口 武藤 SG.三木 花園 SF.広川 佐伯 早船 山西 PF.横山 宮本 高梁 月野 C.白井 馬田 中丸  
「結構妥当かも・・・あれ?レオ入ってないじゃん」
「うん。私もやはり落選かな、という感じ」
「うーん・・・」
 
「勝つためのラインナップなら最終戦のメンツだと思う」
と玲央美は言う。そちらはこういうメンバーである。
 
PG.羽良口 武藤 SG.花園 村山 SF.広川 佐藤 佐伯 前田 PF.横山 宮本 高梁 鞠原 C.馬田 黒江 石川  
「勝つためのメンツと代表に実際に選ばれる人が違うんだ?」
「だって人気選手は入れなきゃ」
「うむむむ」
 
「フル代表というのは、実力と人気のふたつのファクターで選ばれるんだよ。オリンピックとか世界選手権は興行だしね。お客さんを呼べる選手を入れることが必要。アンダーエイジは実力のみの勝負」
 
「それは悔しいなあ」
「だから私たちもフル代表に選ばれるようになるには、オールジャパンとかで活躍して、人気も得ないとダメ」
 
千里はため息をついた。
 
「じゃ、まあロンドン五輪までにはもう少し頑張ろうよ」
「うん。お互い頑張ろう」
 
と言ってふたりは握手をした。
 

朝食後8時半にホテルをチェックアウト。ヴィリニュス空港に向かう。 
11:30にコペンハーゲン行きに乗り、1時間半のフライトで12:05にコペンハーゲン国際空港に到着する。時差を1時間遡ってUT+2(JST-7)になる。ここで出国手続きをして、15:45の成田行きに乗った。
 
10時間50分の空の旅で翌7月20日の朝9:35に到着する。
 
いったん北区の合宿所に入り、ここで解散した。千里は6月18日以来、1ヶ月以上ここに駐めていたインプに乗って合宿所を出た。
 
フル代表の次の活動は8月23日からである。
 

日本代表のリトアニア遠征と並行した日程でU17チームはフランスでの世界選手権に臨んでいた。昨年11.30-12.06にインドのプネー(Pune)で開かれた第1回U16アジア選手権で準優勝して参加権を獲得している。
 
これに参加したメンバーは下記である。
 
旭川N高校の原口紫(PG)、札幌P高校の久保田希望(PF)・宮川小巻(SF)、秋田N高校の広川久美(PF)、東京T高校の永岡水穂(SG)、静岡L学園の大沼マリア(SF)、愛知J学園の杉山友梨花(SF)・山本みどり(C)、岐阜F女子高の水原由姫(PG)・栗原美麻(SF)、愛媛Q女子高の小松日奈(C)、福岡C学園の竹原沢子(SG)
 
ひとつ上の学年のU18に派手な選手がいるのに比べて小粒だと言われ、彼女らはあまり期待されていなかった。実はメンバーもU16の時から半分くらい入れ替わっている。
 
日本は予選リーググループAで2勝3敗の4位で決勝トーナメントに進出する。そして準々決勝でベルギーに敗れ、5-8位決定戦に回る。ところがここでオーストラリアとの激戦を92-95で制して5-6位決定戦に進出。そして予選リーグでは負けている超強豪ロシアに68-74でまさかの勝利。
 
堂々5位に輝いたのである。
 
千里たちの世代がU19世界選手権で7位に入ったのも快挙と言われたのだが、それを上回る世界5位の成績で、バスケ協会幹部を歓喜させた。
 
なお、久保田希望は得点2位、小松日奈が3位、水原由姫がアシスト2位であった。
 

U17の選手は7月27日に帰国。全員がそのまま那覇に飛んだ。29日からインターハイが始まる。
 
千里は彼女たちを応援するため、7月31日、沖縄に入った。実はこの時期は大学の前期試験なのだが、千里はその直前まで代表合宿をしていた。そちらは公休にしてもらっている。それなのに試験だけ実際に受けろというのはあまりにも酷なので、前期の科目は全部レポートに代えてもらったのである。但し体育や英語・フランス語など無試験で単位をもらえた科目もある。
 
それでリトアニアから帰ってきた後は、曲を1曲作ってはレポート1枚書いてと作曲の仕事と大学の課題とを交互にひたすらやっていた。
 
千里は31日、今日の試合が行われる西原町民体育館に行くと、まずは原口紫に 
「U17で世界5位おめでとう」
と言い、湧見絵津子には
「U18で準優勝おめでとう」
と言い、みんなに
「今年はインターハイ、国体、ウィンターカップの三冠を狙おう」
と発破を掛けた。
 
「三冠ですか!?」
と湧見絵津子が驚いたように言う。
 
「去年P高校が三冠取ったでしょ?今年はN高校が三冠取る番だよ」
と千里が言うと
「うーん・・・・」
とかなり考え込んでいた。
 
この日は大会3日目である。29日の1回戦では高知県の高校に大差で勝利、昨日の2回戦では沖縄の高校に快勝している。
 
千里も実際さすがにここまでに負けることはあるまいと思い、3日目に沖縄入りしたのである。
 

千里は背番号のないユニフォームを着て、松崎由実と話していた横田倫代に話しかけた。
 
「みっちゃん、とうとう手術しちゃったんだって?」
「あ。はい。夏休みに入ってすぐ、札幌市内の病院で去勢手術して、男の子を廃業することができました」
「おめでとう」
「私6月生まれだから。18歳以上なら、結構手術してくれる所あるみたいです」
 
「みっちゃんは私よりおっぱいあるからなあ」
などと由実は言っている。
 
「何か感じ変わった?」
「身体からきれいに毒素が抜けた感じなんですよ」
「うんうん。男性ホルモンは毒素の感覚だよね」
「既に睾丸の機能自体はもう停止していたはずなんですけどね〜」
「あれは機能停止していても、存在するだけで悪い影響があるみたいだよ」
 
「なんか会話聞いていたら、男であることが悪であるかのようだ」
「うん。男は悪」
「そうだったのか」
 
「次は性転換手術だね」
「ええ。でもいつできるか。お金も掛かるし。一応、GIDの診断書は2枚もらったんですよ」
「えらいえらい。ちゃんと正式ルートを通っているね」
 
「千里先輩は正式ルートじゃないんですか?」
と由実が尋ねる。
 
「うん。正式ルートでは小学生の内に性転換なんてできないし」
「やはり小学生のうちに性転換しちゃったんですか!?」
「まあ色々誤魔化している所が、あちこちほころびているというか」
「でしょうね〜」
 

なお、今年のインターハイは男女の会場が完全に分離されている。男子は沖縄本島北部の沖縄市とその周辺なのに対して、女子は沖縄本島南東部の西原町・南城市付近である。西原町民体育館がメイン会場になっている。
 
今回2回戦まで突破してBEST16に名前を連ねたのは、愛知J学園、岐阜F女子校、札幌P高校、福岡C学園、愛媛Q女子校、大阪E女学院、山形Y実業、宮城N高校、といった上位常連組に加えて、旭川N高校、千葉S高校、金沢T高校(神奈川)、新潟G学館、福井W高校、といった最近比較的安定した成績を上げている学校、地元の那覇V高校、将来有望という評価の高いセンター吉田愛美(182cm)を要する山梨F学苑、そして今大会の“台風の目”で“スーパー大学生級”フォワード高梁王子を擁する岡山E女子高(初出場)である。
 

そして今日の3回戦で旭川N高校は、上位の常連・愛媛Q女子校と激突する。 
Q女子高とは昨年ウィンターカップの3位決定戦を戦い僅差で破れている。それで昨年N高校はメダルを取れなかったのである。絵津子たちはその雪辱に燃えていた。
 
南野コーチが「試合前に疲れるからやめときなさい」というのを絵津子は千里と1on1を30本やってから、試合に臨んだ。彼女は無茶苦茶気合いが入っていた。 
N高校は試合開始冒頭から猛攻を掛けた。ソフィア/カスミ/絵津子/不二子/由実という得点力の高いメンバーで頑張って得点を重ね、いきなり2-8とリードするも、向こうもキャプテン山形治美を中心にすぐに建て直して挽回。結局第1ピリオドは19-18でQ女子高1点リードで終わる。
 
第2ピリオドは終始Q女子高のペースで試合が展開するが、N高校も粘って粘ってあまり離されないように付いていき、このピリオドは14-10で前半は33-28の5点差。 
第3ピリオド冒頭、今度はQ女子高が猛攻を掛けて、一時期は15点差を付けられる。しかしここから客席最前列に陣取った、千里・暢子・夏恋・揚羽・蘭・志緒といったOGたちの凄い音量での声援で紫が開眼したかのように冷静さを取り戻す。ひとりでコートを走り回り、割と物事に動じない由実や不二子をうまく使って得点を重ねる。
 
紫は同学年のライバル水原由姫や宮川小巻同様、ボールを持った場合、パスもあれば自らペネトレイトしての近くからのシュート、そしてスリーと何でもあるポイントガードなので、相手はとても守りにくい。
 
これにQ女子高は翻弄され、彼女らの活躍で、キャプテンの重責感もあり一時期精神的に混乱していた絵津子も自分を取り戻しN高校が完全に試合のペースを握った。結局このピリオドを21-22で終え、4点差に迫る。そして第4ピリオドもこの勢いが衰えず、N高校が完璧にQ女子高を圧倒する展開。最後にQ女子高山形のスリーが出たものの、このピリオドは結局17-26とN高校が大量リードを奪い、最終的に71-76で勝利を収めた。
 
これでN高校は4年連続のBEST8で準々決勝に進出した。
 
この日の結果
 
愛知J学園○75−44×山形Y実業

岐阜F女子○69−45×新潟G学館

札幌P高校○101−67×千葉S高校

福岡C学園○70−67×大阪E女学

宮城N高校○92−79×金沢T高校

福井W高校○74−66×那覇V高校

旭川N高校○76−71×愛媛Q女子

岡山E女子○98−79×山梨F学苑

 
となった。
 
岡山E女子高の高梁王子(183cm 87kg)と山梨F学苑の吉田愛美(182cm 90kg)という“ヘビー級”対決も注目されたのだが、実際にはほとんど勝負にならなかった。似たような体格の両選手であったが、体格は似ていてもパワーの違いが鮮明になった。ゴール下で激突した時、他のチームの選手のように吹き飛ばされたりはしないのがさすがなのだが、吉田は王子のシュートを全くブロックできなかった。リバウンドは吉田もよく拾ったものの、王子のシュートが事実上フリーに近いので、結局20点近い点差となってしまった。
 
やはり高梁は凄いという印象を強く与えた試合だった。
 

準々決勝の相手は福岡C学園で、この試合も激戦になったが、U17大健闘の勢いに乗る紫が終了間際自ら逆転のゴールを挙げ、1点差で勝利。2年ぶり3度目のBEST4に進出した。
 
この日の試合はこのようになった。
 
札幌P高校○90−61×愛知J学園

岐阜F女子○72−65×宮城N高校

旭川N高校○65−64×福岡C学園

岡山E女子○75−58×福井W高校

 
P高校とJ学園が準々決勝で激突したのは「もったいない」と多くの人が言った。決勝戦で当たってもいい組合せである。どちらもU17,U18代表が複数いるチームで特に“高校四天王”の一角である渡辺純子と加藤絵里の対決が注目されたのだが、意外に大差が付いてしまった。渡辺はこの試合で加藤を圧倒した。試合中、加藤が顔面蒼白になり足元までふらついたりしたので、審判が試合を停めて、交替を促す場面まであった。
 
高梁王子の岡山E女子高はこの日も勝って、バスケ協会幹部からフル代表に呼ぶ条件として言われていた「インターハイ・ベスト4」を達成した。千里もやはり沖縄入りしている玲央美も
 
「これで王子のフル代表ロースター入りは決まったね」
 
と言い合った。
 

大会は5日目に入る。今日は準決勝の2試合が行われる。
 
今日の旭川N高校の相手は、キャプテンの絵津子が一時期留学させてもらっていた岐阜F女子校であった。
 
湧見絵津子−鈴木志麻子、原口紫−水原由姫、というライバル対決が注目された。その他、今大会の二大シューターのひとりで、絵津子と交換で旭川N高校に留学していた神野晴鹿を、N高校がどう抑えるかもポイントだった。 
実際には神野晴鹿と一緒に“村山学校”でシューターとして鍛えられた宮坂智加が神野のマーカーとなり、彼女のシュートをかなり防いだのでF女子高はいつものような爆発的な得点力を発揮することができず、かなり苦しんだ。しかしN高校も選手レベルの高いF女子高を凌駕するほどのパワーは無い。特にF女子高自慢の外国人センターにはN高校の耶麻都・紅鹿・由実といった170cm代のセンターは対抗できずに苦しんだ。
 
この試合は延長戦にもつれる激戦となる。
 
しかし3回戦でQ女子校、準々決勝でC学園、準決勝でF女子校というのは今年のN高校はくじ運が悪すぎた感もある。
 
第3延長(第7ピリオド)の終了間際、同点の場面から紫がゴールを決めて2点差にしたものの、残り5秒からF女子校の水原由姫がスリーを決めて逆転。激戦を制した。最後はU17代表対決であった。
 
この日の結果
 
岐阜F女子○108−107×旭川N高校

札幌P高校○72−58×岡山E女子高

 
もうひとつの準決勝である、札幌P高校と岡山E女子高の対決は激戦が予想されたものの、あっさりとP高校が勝利を収めた。P高校は常に高梁王子に2人付けるという作戦に出た。「王子はふつうの選手の2人分」と十勝監督は後でインタビューで答えていた。
 
さすがの王子も常に2人付かれていては、なかなか仕事ができない。その代わりP高校は残りの3人でE女子高の4人に対抗しなければならなかったのだが、あいにく今年のE女子高は高梁を除くと、そこまでレベルの高い選手が居ない。 
そこがワンマンチームの悲しさである。
 
P高校が消耗を防ぐため計画的かつ短時間で選手を交代させてプレイした作戦ともあいまって、結局、14点もの点差でP高校が勝利を収めた。どうも札幌側は最初から、どのタイミングで誰々が出るという綿密な計画表を作り、それを元に作戦を実行していたようである。
 

「あれって、私たちの時に、国体予選でレオちゃんにうちがダブルチーム掛けたのと似てるよね」
と観戦しながら千里は言った。
 
「そうそう。あれがヒントになったみたいだよ」
と玲央美は苦笑しながら答えた。
 

王子は1年生のインターハイでは静岡L学園の舞田さん、ウィンターカップでは旭川N高校の山下紅鹿に厳しくマークされて封じられ敗れている。今年岡山E女子高と当たった各チームも同じ作戦で行ったものの、誰も王子を停めることができなかった。しかし今年のP高校は渡辺純子+赤坂正枝とか、久保田希望+工藤典歌とか、主力級の選手を2人、常に彼女に付けて王子を停めたのである。普通のレベルの選手なら3人分くらいである。
 
王子はそのくらいしないと停められない強烈な選手に成長していた。
 
試合終了後、高梁王子は仁王様のように怒りの表情で立ち尽くしてコートを見つめていた。
 
ここで相手選手を殴ったりしないのが、やはり1年間での成長か。むろん“前科”のある王子が人を殴ったりしたら、1年間くらいの謹慎処分をくらい、フル代表入りの話も消える所であった。
 

そして最終日、決勝戦は岐阜F女子高と札幌P高校とで争われ、P高校が快勝して3年連続の優勝を決めた。
 
F女子高は昨日のN高校との死闘の疲れが取れておらず緩慢な動きが目立ち、そこをP高校はしっかり突いて、優勝をもぎ取った。
 
十勝先生が、狩屋コーチが、主将の渡辺純子が、副主将の伊香秋子が、主将代理の工藤典歌が(*1)、みんなに胴上げされるのを、旭川N高校のメンバーは客席からじっと見つめていた。
 
(今年の札幌P高校は渡辺も伊香も2年の久保田・宮川も日本代表に出て不在のことが多いため、3年の工藤典歌が“主将代理”として実質チームを牽引し、普段の練習でも中心になると共に選手のまとめ役となっていた) 
MVPは渡辺純子、BEST5は、水原由姫/神野晴鹿/渡辺純子/鈴木志麻子/湧見絵津子と発表された。得点女王は渡辺純子(僅差2位で湧見絵津子)、スリーポイント女王は神野晴鹿(僅差2位で伊香秋子)、アシスト女王は水原由姫(僅差2位で原口紫)、リバウンド女王はP高校の工藤典歌が獲得した。工藤はブロックショット数も1位だった。
 
これには工藤がマジで驚いていた。
 
今年は天才センターが何人もいたのだが、U18代表になっていた4人のセンター、夢原円(愛知J学園)、吉住杏子(東京T高校)、富田路子(大阪E女学院)、小松日奈(愛媛Q女子高)、およびU17代表センターの山本みどり(愛知J学園)が全員、チーム自体が下位で敗れたことからリバウンド女王に届かなかった。岐阜F女子の3人の外国人センターも出場機会が均等に分散したことから、意外に数字があがらなかった。
 

「えっちゃんはメダルがだいぶ溜まったね」
と8月2日の「3位表彰式」の後、千里は絵津子に言った。
 
2008年のインターハイ銅メダル、ウィンターカップの銀メダル、今年のU18アジア選手権の銀メダル、そして今回の銅メダルである。
 
「インターハイの金メダルが欲しかったです」
 
絵津子は今回が最後のインターハイだった。
 
「また頑張ろうよ。そしてウィンターカップの金メダルを取りなよ」
「そうですね。まあ明日からその挑戦ですね」
 
「ん?明日から?」
「いえ。今日からです! 誰か今から少し練習しない?」
 
と絵津子が言うと、疲れた表情をしていた、ソフィアと不二子がそれに応じ、由実とカスミ、花夜に倫代も志願した。「3年生枠」からハミ出て、自らはウィンターカップに出場できないのが確実な胡蝶と紅鹿も参加した。紫もやると言ったが「あんたはあのクレージーな人たちとは身体のつくりが違うから無理しないこと」と南野コーチに停められていた。
 

千里はこの8月2日の最終便で羽田に戻った。
 
8月3日、千里は新島さんに呼ばれてまた渋谷のマンションに出かけて行った。千里の負荷が今年はかなり重いようだと感じた新島さんが、再調整しようよと向こうから言ってくれたのである。千里も正直、U20アジア選手権まではなかなか思うように時間が取れないので歓迎であった。
 
2時間ほどの話し合い(また例によってその時間の90%は新島さんのグチを聞くことになる)により、千里は8-10月の割当を月6曲から4曲ずつに減らしてもらうことになった。
 
「済みませんね。私の分、誰かに負担を掛けているんですよね」
 
「それなんだけど、ローズ+リリーの活動再開が遅れているから、ケイちゃんが、8月8日でKARIONのツアーが終わった後は少し時間が取れるのよ」
 
「それですけど、ケイがKARIONに蘭子の名前で参加していること、どうもあまり一般には知られてないみたいですね」
 
「あ、それ私も思った。KARIONの古いファンサイトにはそれを示唆するようなことが書かれていたりするみたいだけど、世間的には認識されてないみたい。まあ特にわざわざ広報することもないということかな」
 
「へー」
 
「まあ。それで、あの子に6曲くらい書いてもらえることになったから、その枠を使うことにする。あの子はゴーストライトは、しないから、というか、させないようにしようって、雨宮先生や木ノ下先生で話し合ったみたいだから、鈴蘭杏梨かヨーコージの名前で出してもらう」
 
確かにケイは“サラブレッド”なので、そういう闇の世界には関わらせない方がいいと千里も思った。正直千里にもこの「闇」はよく分からない。しかし、それより新島さんのさっきの言葉の中に、気になることがあった。
 
「でもローズ+リリーの再開、遅れているんですか? 高校卒業したらすぐ再開するかと思ったのに。アルバム作っているような話も聞いたけど」
 
「7月いっぱいはKARIONのほうのアルバムを作っていたみたい。ローズ+リリーのアルバム制作は9月に入ってからになるみたいね。どうもバックバンドの人たちが現在他の仕事をしていて、それまでに退職して専任になってもらうから、それを待つとかいう話で」
 
「ああ。専用のバックバンドを作るんですか?」
「うん。私も話がよく見えてないけど、そんな話みたいよ。それにやはりマリちゃんの精神的な回復がまだ遅れている感じで」
 
「大変だなあ」
 
「だからマリ抜きで1枚リリースしたみたい。これ《ローズクォーツ》という名義になっているけど、たぶんマリ復帰まではローズ+リリーの名前は使わない方針なんだろうね」
と言って、新島さんは今日発売らしいミニアルバム『萌える想い』(この時点ではダウンロード版のみでCDは発売されていない)を掛けてくれた。
 
「さすがケイは上手いなあ。正直この子の歌を聞くと、私なんか永久にこのままインディーズでいいと思っちゃいます。まあどっちみちバスケと掛け持ちは不可能ですけどね。でも『ふたりの愛ランド・裏バージョン』は、よくこんなのケイが公開同意しましたね。彼女は確かにまるで男みたいな低い声を出せるって雨宮先生言ってましたけど、人前では絶対使っていなかったと思うのに」
と千里は言う。
 
「うまく乗せられたんだろうけど、二度とこういう音源は出ないだろうから、貴重な録音かもね」
と新島さんは言った。
 
「だいたいこれカラオケの一発録りっぽい雰囲気で、商品として出す品質の録音じゃないですよ」
 
「一応その曲はアルバムのボーナストラック扱いで、単品ダウンロードはできないように設定されている。値段を付けて売るような商品ではないという意味かもね」
「なるほど」
 
「もしかしたら、おふざけで歌ったのを、ケイにも黙ってこっそり入れちゃったのかも」
「だったらすぐ消えるかな」
「あ、そうかも」
 
実際この『裏バージョン』はネットストアで発売日の8月3日から翌日の4日朝までの24時間ほど公開されただけで4日の朝10時にはアルバムから削除され、代わりに『Sweet Memories』の未公開テイクがボーナストラックとして収録された。その間のダウンロード数は7000件ほどであった。その後発売されたCD版にも収録されなかった。後にケイは「あれは黒歴史」と言っていた。 

新島さんとの話し合いを終えマンションを出て、千里は渋谷駅の方に行きかけて、大きな通りに出た所にある呉服屋さんの所で足を止めた。
 
先日は話の途中で紙屋君が女の子に間違われていたことが判明して混乱してうやむやになったので、結果的に千里はそこの店頭に飾ってある振袖をよくは見ることができなかった。それで改めてショウウィンドウの左端に展示されている振袖を見る。
 
美しいなあと思ってそれを見ていたら、お店の中から先日の女性店員さんが出てきた。確か鈴木さんとか言ってたなと千里は思う。
 
「この振袖、可愛いでしょう」
「あ、はい」
「この先生の作品はこういう可愛い雰囲気の絵柄が多いんですよ」
「40代くらいの女性作家かな?」
「よく分かりますね〜」
「いえ。そんな気がしたので」
 
これは千里がその振袖の絵柄から感じた《波動》の年齢を言ってみたものである。
 
「先日はお友達があなた男の方だって言ってたけど」
「まあ戸籍上はそうですね」
「全然そう見えないのに。振袖は妹さんか誰かへの贈り物とか考えておられるのかしら?」
「いえ」
と言って千里は少し赤くなって首を振る。
「やはりご自分用ですよね」
千里はコクリと頷いた。
 
「別に押し売りしませんから、少し商品のご説明しましょうか?」
と鈴木さんが笑顔で言うので、千里も
「そうですね」
と頷いて、彼女に案内されて店内に入った。
 

先日の男性店員さんが
 
「あ、そのお客様は・・・」
 
と言うが、鈴木さんは
 
「いいの、いいの」
 
と言って、千里に座敷への上がり口の所に腰掛けるように促す。すぐにお茶が出てくるので頂く。上等の玉露である。
 
ああ、呉服屋さんって、こういう感じで商談するものだよなあと思う。ふだん洋服屋さんで多数の服がぶらさがっている所から選ぶのに慣れているから、こういう昔スタイルのお店は、千里自身も含めて最近の若い人には「ちょっと恐い」かも知れない。
 
ただこの呉服屋さんは、土間(Pタイル床)の部分にも多数の和服が衣紋掛けに掛けてある。浴衣や街着などはそのまま展示されているが(盗難防止のチェーンは付いている)、振袖とか留袖・訪問着などは鍵の掛かったガラスケースの中に掛けられている。意識を飛ばしてそちらに付いている値札を見ると、154,000とか182,000なんて値段が付いているものもある。「きゃー」と思う値段だ。 
しかしおそらく伝統的な呉服屋さんでは、この部分が無いのではないかと思った。呉服屋さんの元々のスタイルは西洋風に言えばオートクチュールであり、既製品を並べたプレタポルテ型は、浴衣をメインにしているお店以外では少ない。ここはどうもプレタポルテとオートクチュールの折衷方式のようだ。
 
「女物の和服、浴衣とか持っておられますか?」
「いえ、全然ありません。和服自体、さっぱりわからなくて」
と千里は言う。何度か美輪子に浴衣を着せてもらったことがあるが、自分で所有したものではないし、ひとりで着られない。
 
「着物の格というのは分かりますか?」
「いや、実はそのあたりもさっぱり分からなくて」
 
と千里は首を振りながら言った。
 
それで鈴木さんは、まず和服は礼装・外出着・普段着に別れることを説明し、パンフレットを出してきて図解を示しながら、各々のジャンルにどのような服があるか、そしてどのように違うのかを丁寧に説明してくれた。
 
振袖や訪問着で使用されている「絵羽模様」については、実物を見せてもらって「すごーい!」と千里はマジで感心して言った。
 

鈴木さんは30分ほど千里に色々説明した上で訊いた。
 
「お客様、振袖に興味を持っておられたようですが、成人式か何かに着られます?」
 
「ああ、成人式か・・・・」
 
そういえば、そもそも成人式の服装の話題から、呉服屋さんに行ってみようなどという話になったものであった。
 
「実は何にも考えてなかったんですけど、着てもいいかなあと思い始めた所なんですよ」
と千里は正直に言う。
 
「お客様なら、振袖似合うと思いますよ」
と鈴木さんはにこやかに言った。
 
「でも、和服を全然着たことのない人がいきなり振袖着ると、なかなか着こなせないことも多いので、まずは浴衣などで練習なさってはいかがでしょう?今年は猛暑ですしまだしばらく、浴衣を着る機会はありますよ」
 
と更に鈴木さんは続ける。
 
それで結局千里は、浴衣で少し和服に慣れてみようかなという気になり、店内に掛かっている浴衣の中から、赤い花柄の浴衣を選んで買って帰った。帯・草履とセットで6000円の品であった。
 
和服を買ったのは初めてだったので、ちょっとドキドキした。なんか中学生の頃、女物の洋服を初めて買いに行った頃のドキドキ感を思い出す気分だった。 
 
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